平成20年度あしたのまち・くらしづくり全国フォーラムの内容
分科会
第1・レジ袋削減分科会 テーマ:「レジ袋減らし隊」運動を今後どうするか、どう活かすか
(順不同・敬称略)
【助言者】
江上  渉  立教大学社会学部教授、生活学校運動中央推進委員
白水 忠隆  読売新聞東京本社編集局生活情報部長、生活学校運動中央推進委員
【全体司会】
桐原 悦子  茨城県生活学校連絡会会長
【パネリスト】
江上  渉  立教大学社会学部教授、生活学校運動中央推進委員
白水 忠隆  読売新聞東京本社編集局生活情報部長、生活学校運動中央推進委員
幡井 政子  全国生活学校連絡協議会会長
【コーディネーター】
田丸 せつ子 東京都生活学校連絡協議会会長・「レジ袋減らし隊」実行委員長

分科会のねらい

 この分科会は平成17年に、初めて全国生活学校連絡協議会が、独自で「レジ袋削減」をテーマに立ち上げ、今年度で3回目を迎えた。今回の分科会では「レジ袋減らし隊」全国運動を今後に向けてどう活かしていくか、また、地域ぐるみの運動として引き続き促進していきたい、そのために私たちはさらにどのような工夫を加えていけば良いか、この運動を通して感じたこと、学んだことをこれからの生活学校の進め方に、どう活かしていけば良いのか本音で徹底的に話し合う。


グループ討議の中から

1.運動の評価
・全国運動だけあって各地域的な温度差を感じたが、それなりの効果はあった。
・事業者、他団体、行政との信頼関係が出来たと思う。
・出前講座など各地域で工夫し、伝達することが出来た。
・地域の店の大切さ原点に戻るキッカケをつくってくれた。
・全国的にこの運動の広がり、成果は上がってきたがまだまだPR不足を感じる。
・長年自分たちだけでやってはいたが、全国運動になってから、市民に分ってもらえたのが良かった。
・生活学校を見直す良いチャンスだった。
・広島県福山市では、この運動のお陰で生活学校が3校増えた。
・子どもたちの環境意識が高まったと思うが、全体的にはまだまだの感あり。
・存在感が全国に広がった。
・地道な活動が良かった。
2.運動によって学んだことは何か
・ライフスタイルを変えること。
・どんな小さなことでも目標を持って草の根運動として進めていくこと。
・市民会議会長より熱いエールがあり、生活学校の運動を市に反映させ新規校設立に向けたい。
・特に行政と連携を密にし、運動の推進強化に向ける必要性を認識し、運動を展開する上で良かったとの声が多い。
・他団体と関わることによって、考え方、見方など勉強になった。
・われわれの運動が「県」を動かすきっかけとなる。
・改めて百人十色であることを感じた。年配者よりも若い方が環境に関しての意識が高いことを知った。
・皆で動くことの大切さを知った。
3.今後の「運動の継続」について
・押印に拘らないで今後も継続が必要。
・スーパー・コンビニ等で、全国一斉にマイバッグ持参率の出口調査をしてはどうか、但し、1週間位の期間を持って行なうようにする。
・地域の特色を活用した運動にすべき。
・一般への啓蒙には3年位かかる。来年度も継続?
・3R運動の取り組みなども含め、今後行政との話し合いを深めながらこの運動を継続していきたい。
・活動が一つの支えになっているので継続して欲しい。
・「何年もやっている」そのことが大事。
・継続することによって周りの人たちの意識が変っていく。
・全面的に再考する必要があるのでは。
・ここで止めるのは今までの運動がもったいない。全員一致で継続!
4.有料化と、どう上手くかみ合わせていくか
・有料化のメリットとデメリットに対する資料を作成して今後の活動に役立てたい。
・削減枚数の集計した物があれば裾野が広がる。
・有料化が避けられない今日では、〇〇推進協議会のような企業との会合の中で発言力を高めていく。
・県の審議会に進んで参画し情報の発信と収集を!
・事業者の意識改革を促す。
・有料化が目標ではない。マイバッグ持参率を高めないと有料化になっていく。
5.運動を通して地域との関わりの変化は? それをどう活かしていくか
・地域資源の活用として人材の発掘が必要である。
・生活学校の役割を見直す。
・全生連・単位校のPRの充実を図る。
・地域商店会との繋がりも広がったのでこれからの発展に繋げていきたい。
・「レジ袋運動」からECOの事業に関心を持つようになった。
・この運動を通して地域の人との距離が縮まった。ご苦労様と声を掛けてくれる。
6.この運動を通して若い人との接点は
・大学祭等でこの運動を拡げてはどうか。
・現在行なっている出前講座の拡大。
・生活学校が地域にどのようなメリットをもたらしているか。積極的にアピールとPRできる学校にすべき。
・若い人は自分が良いと思わないと入らない。取り組むテーマがポイント!
・子どもとの「物づくり」で親も誘う。
その他の中から
・買い物袋を持たないことが恥ずかしいと思う時代にしていきたい。
・地球温暖化防止のための「レジ袋削減」であることを認識し、今は第一歩であることを、心して今後ともこの運動を高めていきたい。
・メディアへの積極的な働きかけを。
・行政との連携を蜜にする努力を!


パネルディスカッション

江上 渉氏
 先程から皆様のグループ報告を聞いていてひと言で「凄いなー」というのが率直な感想です。なかなか生活学校の活性化が難しいといわれている中でこのレジ袋分科会は凄いと思います。とにかく900万枚削減という具体的な事例があり、新しい生活学校も生まれたというお話しもありました。そうした色々のことを受け入れた中で、この先をどうするかということで話をしてみたいと思います。
 今回の運動では3000万枚という削減数値目標を上げたわけですね。やっぱり数字で成果を示せるということは説得力があります。これだけやりましたということを行政、業者、あるいは市民に対しても数字で示せるということは大きな「武器」だと思います。ですが、この運動の目標は3000万枚だけで良いのでしょうか。やはり環境を考えていく上では「レジ袋削減」は一つの手段で、だから究極の目標、目的というのは何なのだろうかを、もう一度再確認してください。簡単に言ってしまえばそこを今日考えようというわけですが、実は環境を考えるということはいろんな中身がある訳です。資源の問題、二酸化炭素の問題と様々な問題を含んでいます。それを具体的に生活学校の運動として環境について何を目的にこれからやっていくのかを、今一度確認したいと思いました。
 それからもう一つは、こうやって確認した時にどういうふうに、運動として組み立てて行けるかという問題があります。レジ袋の運動は数値的な目標がありましたし、世間的にも認めてもらいやすい内容だと思いますが、環境という一般的な捉え方で一体どういう運動にしていくんだという時に、新たな課題が浮かび上がって来るわけです。そこにどう切り込んで行けるかというところが、これから考えていく非常に重要なことなのです。ただ生活学校はこれまで積み上げてきた色々な武器を持っているわけです。多分二つの大きな「武器」があると思います。一つは学習です。生活学校の名前が示す通り学習するということを皆さん得意としています。だから環境問題ということをレジ袋だけでなく、少し広げて最初に何をしなければならないかということを具体的に学習してみるのです。それには助言者の方、または、日創協に聞けばいろんな専門家の方を教えてくれるでしょうから学習してみることです。
 もう一つの「武器」は「提案する」ということです。行政に対しても市民に対しても提案して行くという、それも実際に地域で生活している、足を地に着けている生活者の声としてなのです。「レジ袋はやっぱり必要なんだよね」と、生ゴミを出す時に便利だし色々と便利だから、実際に必要で、もらわないと困るんだという方にレジ袋を減らしなさいと言っても、別な所からビニール袋を買って来て、ゴミを入れていることもあるわけです。そういう人たちを一体どう説得すれば良いか、どういうふうに提案すれば良いか。つまり協力ということが出てきてますが、やはりライフスタイル全体を変えていくということを提案していかなければならないのです。でも、環境問題を考える上ではライフスタイルを変えることが大事ですよ、ということは私には言えるのですが、皆さんが言わなくてはいけないのは、具体的にどうすれば良いのかということで、これは皆さんしか言えないことなのです。例えば、生ゴミをゴミとして出すのではなくて、「コンポストを使いましょう」と、これは一戸建ての庭のある住宅だとコンポストが一番良いわけですよ。でも地域協働で生ゴミを処理するようなことを考えていきましょうみたいな、足を地に付けて地域に即した生活者としての提案が多分皆さんなら出来るはずです。そういう部分に是非切り込んで行って欲しいなと思うわけです。だから、レジ袋削減運動を全国運動として取り組んだことは非常に大きな成果を生んだと思いますけれど、その全国運動のパワーと成果をそれぞれの皆さんの地域にどう活かしていくか、その辺が今、問われているのではないかと感じながら先程からグループの発表を聞いていました。
白水 忠隆氏
 レジ袋の分科会に今年で3回参加させていただいて、最初の1回は一番最初にレジの分科会を創った次の年で環境省が、有料化の法制化をするのではないかということで、今日以上にたくさんの人が集まって熱気でムンムンでした。私は食の分科会で地道な活動をしておりましたが、やはり中央推進委員が助言者として加わりなさいとのことで、全く知らない「レジ袋分科会」に加わることになり、分科会の前日、実行委員会で法制化という目標がなくなった時に、次の目標をどう設定するのかという話をしました。そこでやはり数値目標をつくるとか、そういうことをしないと中々難しいですよねと言ったら、隣にいらっしゃる会長が「それは良いかも知れない」という話になり、それから実際に出来るか出来ないか、こんな困難がある、難しい、という話しをさんざんやった上で、全国運動に踏み切ったわけですが、今日の皆さんのお話を聞くと、良くここまでになったというのを正直思いました。もう出来ないのではないかと思う時期も実際にありましたが、今日聞きますと、行政からも他の団体からも非常に評価が高いということは全国的に共通してあるかと思います。
 私なりに考えて理由は二つあります。その一つは、全国的に組織を持っているところが、全国統一をしてやった全国運動であること。もう一つは運動の継続の時に、スタンプカードに「ハンコ」を押してもらうのは非常に辛いという声がありましたが、しかし、何で「ハンコ」を押したかということだけは頭に置いておいていただきたい。要は環境問題とか、レジでもそうですが、いろんな活動があるけれども、はっきりと目に見える形で実績を残すことが出来ている団体というのはそんなにないのです、というか、あまり知られていないのです。目標が3000万枚で、半年では900万枚削減したというのは、やはり大きい。運動の継続という話があって今でも運動は継続しておやりになっているのですけれど、やはり大事なのは自分たちでやっていることを、どう見せるか。細かいことをあれこれ言わなくても「900万枚減っているでしょう」と言えばそれで受け取る側は、ストンと落ちるのです。で、方法論については検討の余地はありますが、一つはやはり実績を残すことです。今日も行政の方がお見えになっていると思いますが、これだけ厳しい財政状況の中で、どこと一緒に運動をやっていくのかを決める時、実績を残したところを選びます。そこに限られた少ない予算を分配するし、そこと一緒にやっていきましょうということになると私は思います。そういう運動の仕方もあるということを理解するなら、単に私たちは良いことをしているから、地道にやっているから、単に必要なことだからということじゃなくて、自分たちがやっていることをどう形にして、どう世間に見せるかということで、スタンプというのはその見せ方の一つというふうに理解をしていただきたい。数値というのはそういうもので、まずそこから物事は動き始めるのです。ここまで出来るんだなと、実際にこれだけのことが出来るんだねと…そういうことを県や団体はどう思うか。あるいはアンケートをやってこれは1億枚削減していると計算されるようなやり方をしているところもありますが、実際に事実としてやっているところが少ないので、今回の「レジ袋減らし隊」のやり方としてはそこが大事なのだということを理解をして頂きたい。
 もう一つは分科会のテーマで運動の評価というのがあったのですが、もともと私はレジ袋の運動をやって来たわけではありません。何でそういう運動のやり方をしたら良いかと提案したのは、運動の仕方を「レジ袋減らし隊」の運動をすることで生活学校の他の色々な活動にも応用出来る要素がいっぱいあると思っただけです。メディアとの関わりや行政との関わり、他団体との関わりもそうです。
 はっきりとこれをやりますと言った以上は、どんな困難があっても何とかしなくてはならないと思ったら、火事場の馬鹿力ではないですが色々なアイデアが出てくると思います。そういうアイデアが出て来た結果が色々な反応として、皆さんの周りにも出てくると思います。大変だけれども何となく良かったとか、やり方はともかくとして、続けようという声が出てくるのは、やっぱりどこかで楽しかったからだと思うのです。何らかの反応があるのは楽しいし、それが活動を継続して行く力になると思うのです。そのためにどういう知恵を出すとか、どういうアイデアを出すかというのが大事だなと、今日皆さんの話を聞いて思いました。
幡井会長
 今日、九つのテーブルから発表いただき、聞いていて胸がつまって涙がこぼれそうになりました。なぜ、そんなふうに私を感動させたかについてお話したいと思います。私が生活学校運動にかかわって30年以上になりますが、その頃の学校数は2000を超えていました。一つのテーマに全国で取り組んで本当に生活学校様様でした。そういう時代を経験して参りまして、しばらく行政の方に関わったものですから生活学校とちょっと、お別れをしておりましたが9年前、大分県の小野ひさえさんが会長をしている時に中部近畿ブロックから理事として出て参りました。
 私が会長になって3年目ですが、9年前に理事として出てきました時は一時は2000を越していたのが850校に減っていました(かつての全国大会には800人から1000人の方が集まって来まして、食中毒を起したこともありました)。これは随分減ってどうなるのかなと思いながら小野会長に理事として仕えておりました。ご縁がありまして3年前に私が会長就任した時には850あったのがわずか4年の間に750校と100校減っていました。そういう状態を見た時に「大変な時に会長を仰せつかったな」と、このまま放っておいては、生活学校を続けていけないのでは、生活学校が崩壊してしまうのではないか、何とかせねばいけない、生活学校を活性化しなければならないと思いました。行政、兵庫県の職員でも「生活学校って何? 学校の先生の集まりですか」と、地域に行きましても「生活学校ってどんな団体ですか」と言われました。学校の先生方の会合かなと思われていました。
 これでは駄目だ、なんとしても生活学校を活性化しなければならない。行政や企業に対しても生活学校を認めさせなければいけない、何とかしなければ何とかすると誓いました。
 そうしている時に白水先生から今のレジ袋削減についてのご提案がございまして私は飛び付きました。全国が一つになって一つのテーマに取り組んだら、活性化になるだろう、この運動を通じて行政や企業に生活学校を知っていただけるだろう、こんな素晴らしい運動はないと覚悟を決めて皆様方に大変ご苦労を頂きまして、2年経過しました。その結果先程申し上げたように皆様方から成果についてのご発言がありましたけれど、全国運動としてこの運動をやって良かった、また行政や企業が生活学校を認めてくれた、また審議会等にも登用されるようになった。これは嬉しいことで私が願っていたことです。また、もう一つ嬉しいことはもっと生活学校が違ったテーマを取り上げて全国運動としてやろうではないかという力強いお言葉もありました。また、他の団体と連携が取られたという発言もございました。本当に私が夢のように思っていた生活学校が今、ここにその生活学校が新しく誕生出来たと思いますので先程から胸を熱くしているわけです。しかし、振り返って見ますと随分ご苦労をお掛けいたしました。「押印」をしてもらうということは、大企業等からは中々してもらえませんでした。
 地域によってはそこにある店でしか買い物ができないのに、その店が「押印」してくれないという現実にもあいました。
 行政にも協力をお願いしたり、また何度も何度もお店を訪問して押印のお願いをしてくださいました。本当に苦しいことの中で皆さんが頑張ってこられたわけです。そうした中でも「やはりこの運動は継続しなければ」という声が出ていましたし継続することには皆様方賛成のようでして、大変有り難いことだと思いますが、これは明日の代表者会議で皆様のご意見を基にして決めさせていただきます。
田丸せつ子コーディネーター
 各先生方にそれぞれのお立場からこの運動を通しての評価、またこれから運動を進めるに当たって、ご助言を頂きました。そして先程来皆様方のご発言によりますと、「この運動は継続しなければ」というお声が多いように思います。ただ、継続するにも従来の「押印」という手法のみで削減枚数を換算していくのか、もっと多角的な方法を取り入れてやるか、または地域性を尊重したやりやすいやり方でやるか、運動のやり方、換算の方法は色々あると思います。この分科会の皆様方のご意見を明日の代表者会議において報告させていただき、代表者会議で決定するということになりますのでご了解を頂きたいと思います。
 今回の「レジ袋減らし隊」全国運動は環境省からも高い評価を頂き、来る21年1月15日環境省主催の「容器包装3R推進全国大会」パネルディスカッションに消費者団体からは生活学校だけが参加させていただくことになっております。これは一つには、全国的に運動が展開されたこと、もう一つは換算された削減枚数の「数」の多い少ないではなく、削減された確かな数として目に見える「押印」という手法による運動のやり方が、高く評価されているそうです。先程の幡井会長のご発言にありますように、継続するに当たっては「押印」という手法はこの運動の削減枚数を換算する基本的なやり方の一つで、先程も会長がおっしゃってましたように、例えばお店が出しているカードの押印数を数える方法、あるいはレシートにレジ袋を断ると印が付いている店もありますし、これらに当てはまらない場合でも、レシートによって削減枚数を換算する。その場合にはレジ袋を買わない、もらわなかった、マイバッグを持参したことなどを、自分以外の人に(家族でも良い)確かめてもらうようにするなど皆様方が色々工夫をして下さることを期待しております。
 そしてこの「レジ袋減らし隊」全国運動によって、ご苦労も多かったと思いますが新しく三つの生活学校が福山市に誕生したことは私たちにとってもこの上ない喜びであり、励みになると思います。
第2・企業と地域活動の出会いの場分科会―あしたのまち・くらしづくり活動賞分科会―
テーマ:企業と地域活動団体との連携・協働の可能性を探る
(順不同・敬称略)
【助言者】
福留  強  生活会議運動中央推進委員長、あしたのまち・くらしづくり活動賞中央審査委員
岡 完治  財団法人あしたの日本を創る協会理事長、あしたのまち・くらしづくり活動賞中央審査委員
【全体進行】
藤岡 基昭  山口県下関市・住みたくなるふるさとづくり実行委員会
【事例発表・パネリスト】
あしたのまち・くらしづくり活動賞受賞団体
まち・くらし活動部門
曽根原 久司  NPO法人えがおつなげて(山梨県)
福井 美知子  石坂線21駅の顔づくりグループ(滋賀県)
佐久間 憲治  大張物産センターなんでもや(宮城県)
清水  浄  兵庫県立龍野実業高等学校デザイン科(兵庫県)
企業の地域社会貢献部門
小林 俊哉  本田技研工業株式会社(東京都)
尾崎 一夫  株式会社イトーヨーカ堂(東京都)

 「平成20年度あしたのまち・くらしづくり活動賞」のまち・くらしづくり活動部門と企業の地域社会貢献活動部門の受賞集団を交えて、企業と地域活動団体との連携・協働のあり方について協議が行なわれ、「地域活動集団等から企業の社会貢献への期待は大きいが、全ての要望に対応が出来ない。特に、金融危機以後、経済状況が悪くなっており、どのように、継続していくかが課題」「地域や企業、行政へのプレゼンテーションをきちんとしたことで、活動への助成や協力を得られることが出来た」などの意見が出された。その上で「地域社会づくりを、効率的、継続的に進めていくために、各地域で、地域活動団体、地域社会貢献を進める企業、また、行政等が、それぞれの役割を調整する地域協議会といった場がこれから必要ではないか」との今後の提言が出された。

 まず、受賞団体が活動内容紹介とともに、現在考えていることなどを発表した。
 まち・くらしづくり活動部門の内閣総理大臣賞受賞のNPO法人えがおつなげての曽根原久司さんは、「耕作放置が増えている農村と、田舎志向を強めている都市住民をコーディネートすることにより、農村のみならず都市も活性化させることが出来る」、「企業が活動として、農業に関ることで、安全な食材の確保だけでなく、人材育成にもなっている」と述べた。また内閣官房長官賞を受賞した石坂線21駅の顔づくりグループの福井美知子さんは、「地元の路面電車、その駅を単なる交通手段とするのでなく、住民、企業、行政がパートナーシップを組んで、地域をつなぐコミュニュケーションの手段として、地域文化の創造を図ってきた」ことにより「思わぬ人のつながりが生まれ、市民力というものが生れた」と述べた。
 同部門主催者賞受賞の大張物産センターなんでもやの佐久間憲治さんは、「農協の合併等で高齢化の集落に店舗がなくなり、住民等の出資により商店を始めた」が「そこで高齢者が自ら店に野菜を出品する楽しみという生きがいや、惣菜を宅配するなど新しいサービスも生み出し、売り上げを伸ばす結果になった」。同賞受賞の兵庫県立龍野実業高等学校の清水浄さんは、「文化祭で、高校生がファッションショーをやりたい、しかも学校外を会場にやらして欲しい、ということから始まり、地域の住民、まちづくり集団、企業、行政とつながり始め、地域で評価された」だけでなく、「地域で行事をやることにより、高校生が地域の問題点に気付くことになった。また高校生が地域の住民や企業との付き合い方を学ぶことにより、地域の人材確保につながっている」と述べた。
 続いて、企業の地域社会貢献の部門内閣総理大臣賞受賞の本田技研工業株式会社の小林俊哉さんは「技術で社会貢献するという企業理念で社会活動推進室で様々な活動を展開、さらに理念としてグローバル活動方針を立て、世界中で活動している」が、「経済状況が悪くなった場合、企業の社会貢献活動を支える地域活動のあり方も考えてほしい」、同部門内閣官房長官賞受賞の株式会社イトーヨーカ堂の尾崎一夫さんは、「小売業という企業の特性を生かし、社会性や公益性が高く、広く理解が得られる活動、という観点からマタニティ相談室などに取り組んできた」がその中で「現在は転勤などで地域や家庭で、孤立して子育てする人もあり、マタニティ相談室が父母の不安を取り除くことにつながっている」と述べた。

参加者・栃木 石坂線21駅の顔づくりグループのような活動は、バス交通でも考えられるか。
木村 功一(京阪電鉄) 公共交通を単に移動手段とだけ見るのではなく、まちづくりの手段と考えれば、同じようなことが出来る可能性もあるのではないか。
参加者・宮城 耕作放置による遊休地の開拓は山梨県全県で行なわれているか。
曽根原 県内で協力体制がとれる自治体で取り組んでいる。そこに参加する都会の人と田舎の住民の価値観に違いがあり、両者をつなぐコーディネート役を育てることが必要である。
参加者・岡山 企業の地域社会貢献が、地方では見えてこない。
小林 企業の地域社会貢献は事業所を元に行なわれるので、全国各地に地域社会貢献が及ぶのは難しい。経費をかけコマーシャル等でこうした社会貢献活動を紹介することにより、広告経費は社会貢献活動に使うのが有効であるとも考える。

 午後は、福留強中央審査委員を司会に、@企業は、社会貢献活動を進めるなかで、地域社会との関わりをどうとらえているか、A市民は、企業の社会貢献活動にどのような期待をしているか、Bそれぞれの地域で、市民の地域活動と企業の地域社会貢献との連携や、これに行政をも加えた三者の連携をどのように図っていくことができるか、について参加者を交えて話し合った。
 概要は次の通りである。


独りよがりの助成の要望ではなく

司会 市民から企業への期待は大きいが、不況下、企業に頼ってばかりでいられないと思うが。また、企業は地域社会貢献の努力が評価されていないということについては。
参加者・岐阜 企業の社会貢献活動はイメージアップにつながる。その観点で、同じ思いを持った地域住民団体に活動資金を援助し、団体を育成するということは考えられないか。社会貢献活動としての支援の枠を増やすことは出来ないか。
小林 多くの団体から活動資金等の要請があるが、まず、全部の要望に答えられない。さらに、企業がどの団体に提供するかを決めるのは非常に難しい。要望する団体は、周りに同じ思いの団体をまとめ、調整して要望してほしい。
 また、企業には、なぜその地域で活動団体に資金を提供する必要があるか、の理由付けが求められる。活動集団の地元にも様々な企業があり、理由付けもまとめやすいと思うので、地元企業に働きかけることも考えられる。
 地域のためにという思いで提供した経費、人材について、提供された、されなかったで、クレームをつけられるのは避けたい。
尾崎 自分のところはいい活動しているから、という理由だけで助成の要望があるが、他団体との比較は難しい。そうではなく、自分たちの団体と連携して、活動をすれば、企業だけで出来ないような地域貢献活動が展開できるというような提案であれば、耳を傾ける。
曽根原 企業の基金などに応募し、活動に関わる機材や資金の提供を得ている。さらに、そうしたことをホームページで紹介したことにより、さらに様々な企業の支援も得ることになった。
清水 高校生は交渉を通じて、自分たちが言いたいことを言うだけでは、ダメだということを理解した。高校生は交渉する企業のホームページ等で、企業がどのようなことであれば支援出来るか、そのうえで自分たちが支援して欲しいこと、支援することにより企業にどのようなメリットがあるかを考え、交渉している。
司会 優れた団体は、企業の考え方などを研究していて、アピールの仕方を知っている。また、助成は資金だけではない。スーパーのチラシに、活動集団の事業を紹介してくれるのも地域貢献で、市民がそうした地元企業の貢献活動度を評価し、発表すればいい。
小林 企業業績が落ちたような場合、なるべく経費を確保してやっても、もっとやれと言われる。少し、社会貢献の経費を減らさざるを得ないような場合、企業評価が落ちる。これが社会貢献の一番難しいところだ。こうした時に、地域が企業の社会貢献活動を支えるようなことは考えられないか。
 また、事業をする許可を得るのに行政など時間がかかる場合もあり、無駄な経費がかかってしまう。地域で調整する機関・人たちがいればと思った。
尾崎 企業は無理をして、赤字を出してでも社会貢献をやるということは難しいことも理解して欲しい。
司会 企業の社会貢献を地域が評価してくれないという話はよく聞く。まちづくりを住民、企業、行政のお互いがそれぞれ勝手にやっていると思っている。三者が、定期的に連携できることを協議する場を各地域に作ることが必要ではないだろうか。


若者層もまちづくりの担い手に

清水 学校の授業を教科書だけではなく、地域内で実際にマーケティングなどを学べたらということで、行政や企業とも関わりながらやってきたが、どういう理由でまちづくりということで評価されたか。
 自分だけの利益、自分だけの暮らしだけでなく、自分も他人と一緒に生きていけるように、出来る貢献で社会を変えていきたい。今は一部の人が頑張っているが、こうした活動を若者層にも伝えていくことが当協会の課題であり、日本社会を変える力の参考になるすばらしい活動と評価された。
司会 高校生がまちづくりの担い手になる、子どもの視点のまちづくりがあること、また、そういう団体があるかもしれないことに、気付かなかったかもしれない。学校での取り組みは、どのように周りの理解を求めるか、どこを目標にするか、教師がどう意識するか、という課題はあるが、周りに龍野実業のような活動があれば、これが突破口となって、周辺の学校が取り組みやすくなる。
参加者・岐阜 駅前の空き店舗を利用し、高校生と連携しパソコン教室を実施してきたが、他の分野でも連携が出来るか、考えたい。
福井 当初、駅に中高生が学校新聞など展示した場合、いたずらを心配したが、誰もしなかった。以後、有人駅だけでなく、無人駅にも展示するようになり、文化を大事にするなど、いわゆる市民力が育っていることに気付かされた。
司会 活動を続けるには行政の力も大きいが、行政との連携については。
清水 異動で校長先生が就任するたびに生徒の活動の説明をするが、市行政、地域活動団体などが、一緒に説明してくれたことで、理解を得やすかった。
参加者・滋賀 福祉活動に取り組み、最初は物好きがやっていると思われたが、何回も行政に思いをぶつけていったら、応募事業の紹介をされた。その間に、プログラム作りや会計処理、助成金の書き方までトレーニング出来た。さらに、行政の評価が上がり、さらに、企業などの助成事業も紹介されるようになった。
参加者・岐阜 行政は企業の社会貢献活動に対する減免措置が出来るようなことで後押しが出来ないか。
曽根原 行政は公平原則、企業は得入る原則というように、行動原則が違う。ここうしたことを考えて連携してきた。
 まちづくりの五箇条のご誓文を考えている。「思ったが吉日」、思ったときに始めないといけない。「こっちの水は甘いよ」、始めた事業は甘いよ、甘いよといって続ける。「夏草や兵どもの夢のあと」、10年後は衰退する団体もある、今だけ見ていてはダメ。「砂上の楼閣」は、まちづくりへの夢、思いだけでは続かない。体制などのインフラ整備をしておかないといけない。最後は、「腐っても鯛」、アソコはそれでもいいことをやっていると、社会的に評価されるようになったら、一人前の団体になる。
司会 これまで、まちづくりには女性、子どもは関われず、住む人を増やそうという「街づくり」が中心だったが、これからは、みんなが参画が、住んでいる人が誇りを持って住める「まちづくり」を進めることが大切ではないか。そうした活動を自信を持ってやってほしい。
第3・地域にねざした食育分科会 テーマ:わがまち・むらの食や生活の知恵を次世代に繋げよう
(順不同・敬称略)
【講 演】
甲斐 良治  社団法人農山漁村文化協会編集局増刊現代農業・全集グループチーフ
【事例発表】
石田 ヒサ子  妻沼生活学校(埼玉県熊谷市)
神藤 和裕  農業生産者(埼玉県熊谷市)
金森 喜久代  エコピュア佐久間生活学校(静岡県浜松市)
桐山 三智子  片品生活塾(群馬県片品村)
【助言者】
渡辺 満利子  生活学校運動中央推進委員、昭和女子大学大学院生活機構研究科教授
勝部 三枝子  生活学校運動中央推進委員長・生活評論家
【司会者】
林  貴江  石川県生活学校連絡会

 私たちだからこそ本当に地域でできる食育とは何か?という疑問から、地域や家庭に伝わる食や生活の知恵を活かして、次世代に繋げる取り組みについて話し合った。日々の生活や体験に基づいた知恵を伝えていくこと、そのために世代間のバリアをなくしてまずは話し合っていこうという点が今後の活動として確認された。


活動事例の紹介

○石田ヒサ子さん(妻沼生活学校)
 利根川流域の肥沃な土地が広がり、深谷ネギやヤマトイモ、ほうれん草などの野菜が生産されている地域にある。
 近年では、質のよい野菜を提供しても、形が悪いと市場で認めてもらえない現状や、豊作の年こそ味も良くて値段も安いのに、消費者に受け入れてもらえない現状にジレンマを感じていた。消費者に安くて美味しいものを届けることができたら良いと思った。
 そのため、消費者の立場で生産者とどのようなパイプづくりをしたらいいかと考え、まずは埼玉県内の生活学校の人たちに、生産の現場を見てもらった。同級生で農家をしている神藤さんに声をかけ、野菜の生産の現状を見て、味わってもらい、参加した皆さんにお分けしようと考えた。これが交流会に至った経緯だ。
 畑からネギを掘って皮を剥いて食べるときには一瞬躊躇した人がほとんどだったが、いざ食べてみると、とれたての甘みに感激していた人が多かった。
 農家は「ものづくりのプロ」だが、これまで売り方をなかなか考えることができなかった。その部分を生活学校でアイデアを出していく役割が担えるのではないかと思う。
(質疑)「地元との交流をどうやって進めたのか?」
 交流を広げるきっかけは、「こういう野菜が買えないか?」と蕨の生活学校から寄せられた疑問がきっかけだった。
 そこで近所の農家に声かけをして交流会を開くことにした。また、郷土料理を伝える県認定の「ふるさとの味伝承士」になったメンバーに手伝ってもらい、生産者から提供してもらった野菜を料理してその場で食べてもらった。地域の農を見直すときに、消費者が今何をやったらいいのか、活動をするきっかけを埼玉県の生活学校が与えてくれたと思う。

○神藤 和裕さん(農業生産者)
 交流会のような機会を持った経験はなかったが、2年前に石田さんから話があり、地元の7名の生産者に声をかけ始まった。
 就農して50年になるが、20年前までは輸入品が生活を脅かすようになるとは想像もつかなかった。ところが最近の食の安全の問題によって国産品が見直され、農家にとって追い風を感じている。これまで自分たちで食べるものと消費者に提供するものを区別しないで栽培してきた。
 農家の立場から考えると、子や孫の「食べること」について甘くなっている現状に不安を感じる。「食」の原点に返ったとき、一番おいしく食べられるのは腹が減った状態だ。物量の豊かな現代では難しいかもしれないが、食べる楽しさや健康を維持するための食を、子や孫を交えて考える必要があるのではないか。このままでは生きる基盤がなくなってしまう恐れを感じている。
 また、今の農産物の価格では、10年後に50%の自給率を達成することは不可能だと思う。近年の直売所の拡大は良い流れだが、大量に生産する野菜や米については後継者がいない。消費者と力を合わせて克服していく必要があると思う。
 食を無駄にせず、家庭での手料理を実践してもらえれば、今後も農業が成り立つと思う。これからも消費者との交流会を通じて日本の農業を考えていきたい。
(質疑)「学校給食への農産物の供給は考えているか?」
 学校給食への供給までは進んでいない。ただ、生産の現場から感じるのは、食べ物は「育てている」ということを子どもに教えるのが大事だと思う。石田さんたちがイベントをやるときに、食材を提供して美味しさを感じてもらっている。

○金森喜久代さん(エコピュア佐久間生活学校)
 子どもたちが自由に畑を歩き回り、作物に触り、収穫の喜びを五感で受けとめることができる農園を!との願いで遊学体験農園を開いている。
 高齢化率約60%と少子高齢化の波にさらされている地域で、平成6年以来、毎週月曜日に生ごみ回収活動を続けてきた。地域の非農家や一人暮らし世帯など25世帯を回っており、一人暮らしの高齢者からは「愛の一声運動」として心待ちにされている。
 家庭から出る生ごみをボカシ処理により堆肥化し、休耕田を借りて農作物を栽培している。
 農園体験会は、春のじゃがいも、夏のとうもろこし、秋の大根、種まきと収穫祭の年6回実施している。農作物の選定は3か月で収穫できるものを目安にした。農園体験会への案内は地域の小学校を通して児童全員に配布している。この他にも、学校等の要望に応じて、環境・食農教育を実施している。
 体験農園の土地は、休耕田が増えていたので知り合いから土地を借りた。草刈に費用がかかるので地主がタダで貸してくれた事情もあった。
 若い人との交流については、子どもたちを畑に招いて一緒に作業したり、学校の協力を得て幼稚園〜中学校までの子どもたち全員にエコピュア通信を配っている。子どもから「行きたい」と言うような仕掛けを作り、自然と3世代が集える場を作ってきた。また、役場や駅にも置いて、地域の人から収穫の時期を尋ねてくるような環境になってきている。
 農園体験会では、高校生が小さい子どもに野菜の植え付けを教えたり、子どもが一つも無駄にせずに熱心に収穫する姿も見られる。将来管理栄養士を目指す高校生もボランティアで来てくれた。学校から帰って来た子どもたちが野菜の成長を見に来る姿も見られる。
 当初の環境保全グループとしての活動から、食の取り組み・世代間交流へとつながっていった。生ごみを回収・堆肥化し、虫や草に負けない良い野菜を作り、安全安心な食べ物を地域の子どもに味わって欲しい思いで活動を続けてきた。小規模の畑ではあるが、子どもたちが走り回っている姿が生きる支えとなっている。最近は休耕田も多いので、皆さんも近くの人に声かけしてみると良いと思う。

○桐山三智子さん(片品生活塾)
 5年前まで渋谷のアクセサリー店で働いており、毎日のように終電帰り。お金の大半が家賃とファッションに消えるので食費を削るしかない。十分な食事を摂らずに躁鬱の激しくなった友人もいた。このような生活に疑問を感じて本を読み始めたところ、日本の食糧自給率の低さと環境問題に危機感を持つようになった。
 本当にこのままでいいのか?自分自身が環境を変えて実践することで、食の大切さを友だちに伝えたいし、自分も母親になって子どもに伝えたい。そこで、片品村のペンションに住み込んで3か月間働いてみた。もっと農業を勉強しようと他の地域の大規模農家も回ったが、「労働力」としか見てもらえず挫折して帰ってきたこともあった。
 地域を色々回っているうちに、なぜか芯のしっかりとした若い女性に出会うことが多いことに気が付いた。若い人は将来に大きな不安を持っていて、環境や食を真剣に考えて行動している。自分はペンションできっかけをつかんだけど、大規模農家などに行ってはじめに挫折したらもったいないと思った。
 そのうち、片品村の大豆畑で働いたら、もともと村で暮らしていたお婆ちゃんたちに出会った。身近な人に食べてもらうから無農薬栽培に取り組み、農作業の後はすぐに食事を作って振舞い、家族がそろってご飯を食べている。食・農・環境など様々な問題を切り離すことのない「日々の生活」を見て感動した。「私も偉大なお婆ちゃんになりたい!」と思った。
 そこで、片品村のお年寄りが当たり前にしている「生活」を自分が一番の塾生となって実践勉強する場をつくろう!と考え、拠点づくり=片品生活塾をはじめることにした。将来、自分みたいな若者が学ぶ時の入口になり、いつでも人を受け入れて、何でも実践勉強していく場にしようとした。
 ただ、だんだん自分の仕事ができなくなってきた。自立するために、近所のお爺ちゃんたちに学んで無農薬野菜を作り、横浜のギャルママに買ってもらうようにした。また、冬にやることがないので、近所のお爺ちゃんに炭焼きを学んで、炭アクセサリーの販売に挑戦してみた。アドバイスを受けて、商品の質もあがり商品化することもできた。これがきっかけでお客さんがだんだん仲間になり、後日片品生活塾に来て、畑やお焼きを学んだりしてくれる人も出てきた。
 片品村での5年を振り返ると、変わらず接してくれたのは村のお年寄りだ。でも日々衰えも見られる。
 自分みたいな人は全国に数多くいる。未来のことを考えないといけないのは若い世代だし、真剣に考えている子はたくさんいる。皆さんの近くにもいるはずだ。礼儀を知らないで驚くこともあるかもしれないが、まずは歩み寄って話を聞いてほしい。お互いに一緒になっていろんな知恵を教えてもらいたいと思っている。
 たまたま自分は地域コーディネーターの人に目を付けてもらったが、発見されなかったら挫折していたかもしれない。どうか若者の可能性を決め付けないでほしい。最近、地元の尾瀬高校から依頼を受けて講演したところ、お婆ちゃんたちに習いたいという高校生たちもやって来て、一緒にお焼きづくりをするなど意外な方向になってきている。
 また、皆さんのように様々な活動をしている人と若い人にもっと接点があれば、若い人の方から知りたいことがあるのではないか。


【講演】わがまちむらの知恵を次世代に繋げよう
○甲斐 良治さん(農山漁村文化協会)


 私の育った宮崎県の高千穂の地域づくりを紹介したい。
 ふるさと創生のお金で温泉を掘った。でも温泉だけ引いても地元に楽しみがない。そこで、地元の9軒が力とお金を出し合って小さな簡易食堂を作った。60歳の定年を過ぎてからの取り組みだ。
 直売所には、村の出したい人が誰でも商品を出すことが出来る。ところがさつま芋だけは売れ残る。そこで売れ残りの活用方法を考えた。戦時中は小豆の代わりにさつま芋で作ったように饅頭(団子)にしてみると、年間で各75円×7万個売れる人気商品になった。
 高千穂には各集落で行なう夜神楽という祭りがある。以前は各家が持ち回りでやっていたが、今は家も小さくなり、公民館でやるようになっていた。続けるのが困難になってきたが、何百年も続いてきた行事を今の代で辞めるのはもったいない。そこで、団子で儲けたこともあって、隣村から農村歌舞伎の師匠の家を解体して立て替えることになった。60歳を過ぎた仲間たちが、大工や造園業者などそれぞれの技を持ち寄って、自分たちの神楽の館を作った。
 神楽を舞う常設の舞台ができたことで、粟などの栽培を続け、舞台の公演回数も増え、神楽ツアーも行なうようになってきた。中学生の神楽クラブもできた。都会のお客さんとも交流ができるようになった。また、10数回もイベントをやって、竹を切っているおかげで竹林が綺麗になった。メンバーの1人はこう綴っている。
「都会の人たちと交流することにより、楽しい時間を過ごしながら多くのことを学び、そのことを参考にして、男性は企画準備、女性は自家栽培の安全安心の農産物を持ち寄って料理をつくる。こうすることで年をとっての職場もでき、小遣い銭もいただけ、足腰の痛みも忘れて、自分たちの生きがいだと張り切って頑張っております。はじめた当初は、多額の借金を心配していましたが、今になってみると、出資は自分たちの『生きがい保険』だったような気がしています」
 また、2005年に高千穂鉄道を襲った台風のニュースを見た若者たち10数人が、故郷の復旧を志して都会から帰って来た。自然学校を開いたり、地元の雑誌を出したりするようになった。そんなみんなで共通の活動をしようと始めたのが「高千穂こびる研究会」だ。
 高千穂の食材を今風にアレンジしたファーストフードを作ってみた。また、地元のお婆ちゃんが作ってきたお菓子を、若者のセンスを活かしたコピーを付けて売り出してみた。
 また、神楽の館を作ってきたお年寄りと若者が結びついて新たな動きをしている。お年寄りたちが、若者の仕事の舞台として何か残してあげようじゃないかと考え、隣町にある石倉を移築してこびるを提供するカフェにしようと、1000人で出資を募って「千人の倉プロジェクト」を作った。半年の間に、地鎮祭、解体、移築を経て完成させてしまった。チラシには「孫募集!」と銘打って専任のスタッフを募集しているところだ。
(まとめ)
 1995年が時代の分岐点だった。食管法の廃止、WTOの発足、世界中で農産物の輸出入が拡大し、冷凍食品が輸入に変わったのも95年。これ以降、企業が不況から脱出するために賃金を切り詰め、安い食料に変わってきた。
 今農山村で若者が増えており、その年代は2008年時点で35歳以下の人がほとんどだ。今まで企業の中で育てられてきたのが崩れ、桐山さんのように田舎のお年寄りに学ぼうという人が増えてきた。
 95年から全国で直売所が急速に広がった。食管法が廃止されたので農家の皆さんはお米をどう売るか悩んだ。直売所の特徴は農村の暮らし全体が表現できる点にある。野菜づくりだけでなく、お年寄りの知恵や暮らしをお裾分けし、農村の暮らし全体を表現していくのが農業だと思う。お年よりが切り開いたものを桐山さんなどの若者が受け継いでいる。皆さんの知恵もぜひ引き継いでほしい。


【全体協議】各地の事例から

 全体協議では、地域や家庭に伝わってきた食や生活の知恵、暮らしや家庭や地域での「人と人との絆」を見直し、次世代に繋げていくような具体例を参加者から提案・紹介してもらった。
 千葉・船橋市生活学校では、房総の太巻き寿司を20年以上作り続けている。子育て教室で若い父母に出して意見をもらったり、地域の小学校で教えたり、公民館の文化祭でもPRしている。地元産の懐石料理風(千産千消)にして、公民館で学習会をしている。お年寄りとの交流会や障害者施設へも持参している。
 山梨・韮崎生活学校では、「紙芝居で食べる楽しさを伝えよう」と、小学校や児童館へ行って食育を通じた交流活動を行なっている。学校栄養士と対話集会をしたところ、小学校での活動に声がかかるきっかけとなった。
 三重・鈴鹿市生活学校では、地域で毎月1回開催される「ふれあい市」で、メンバーが仕入れ加工した佃煮などを販売し、生活学校の活動資金にしている。毎回小学校の先生と子どもたちにも参加してもらっている。
 兵庫・上郡生活学校では、町内の学校には給食が全くないため、親、生徒とともに一緒に弁当づくりをしている。メンバーが簡単レシピを作り、教育委員、健康福祉課、栄養士、栄養士会などが一緒に取り組んでいる。これまで朝食を食べてこなかった子どもたちが、おかずがなくても米の美味しさを知った。
 和歌山・上岩出生活学校では、直売所を作り、平成7年からメンバーが自分の畑の朝どり野菜を販売している。日替わりメニューも1週間分作り、加工・販売している。様々な人との交流を通じて自分の元気にもなり、人にも元気を伝えていける。生活学校運動にも繋がると感じている。
 東京・多摩市しあわせ生活学校では、休耕田を15年前から開墾し、3年前から米が採れるようになった。親子80人程が参加し、お米を脱穀して籾にして、おにぎりを作って食べた。何より子どもが作る苦労を知ることで、米の大切さを学んだ。


【分科会のまとめ】
体験に基づいた食の知恵を教えていこう


 渡辺満利子委員からは次のような助言があった。
 エコピュア佐久間の事例は、子どもたちにわかる教え方をしているのがポイントだ。空腹を満たすだけでなくて臭いや味など五感で味わうことを教えている。
 さらに、子どもに教えたことを、エコピュア通信の配布を通じて保護者にも教えている。子どもが家に帰って「こんなことを習ったよー」と見せることができる。文科省でも「早寝早起き朝ご飯」と言っているが具体的な方法を示していない。それを具体的に教えることが大事だ。
 今の親はどう食べるのかを知らないから、その子どもたちは本当の知恵を教えられていない。低体重(2500グラム以下)の子どもが生まれているのは日本だけの現象だ。
 私たちの先祖が何を食べてきたのか、どのくらい食べるのか、どうやって食べるかを、体験に基づいた知恵を教えるのが大事だ。
 桐山さんの発表にあった「今のコギャルは知らないんだ」「若者は時代の当事者なんだ」「若者からの話を聞いてくれ」とは若者の悲痛な叫びだ。桐山さんは実体験から学んで食の大切さを伝えているので説得力がある。若者が自分たちとは疎遠な存在だと思って避けてばかりではダメだ。
 「まずは話を聞いてよ!」という思いを受け止めて、私たちが伝えるべきことをきっちりと教えていくことが大事だ。そのために、大人自身が体験させる能力を持つことが大事だ。子どもと大人のバリアを取り払っていこう。
 妻沼の事例からは「豊かさで失ったものが大きい」という生産者の叫びにも耳を傾けてほしい。早寝早起き朝ご飯の生活リズムが、携帯やインターネットなどで崩れている。時間栄養学の観点に従えば、朝食を食べると全ての臓器に時間遺伝子を送り込んで一斉に活動するので、エネルギーを消費してメタボ防止になる。基本的な生活リズムを取り戻して、自然から命をもらっていることを感じることが大切だ。
 皆さんが「これはおかしい、これは大切だ」と思うことは社会に提案していこう。
 今回の分科会のねらいは、@自分の家庭や地域の食を見直す、A地産地消の食に誇りをもてるようにする、B家庭に伝わってきた食や生活の知恵を次世代に伝えていくという3点だが、現状では家庭がその力を失っているので、もう一度その力を復活させていくことが活動のポイントではないか。


生産者と話し合う機会を持とう

 勝部委員からは、次のような助言があった。
 食と農の関係を改めて考え直す必要がある。昨年、自給率の問題がクローズアップされ、大豆やトウモロコシの不作で、多くの食料品が値上がりという状況に陥った。当初は危機意識が高かったが、今、また元に戻っているのではないか。自給率が40%の状況では、生産者の立場と食べる人の立場を考え直し、農をもっと知る必要がある。JA婦人部や農村の女性ともっと話し合い、お互いの理解を深めていこう。
 少なくとも5割の自給率が必要だ。生活学校はもともと価格と食の安全性の問題に取り組んできたが、もう一度日本人らしい食生活を考え直して、「農の心」「生産者の思い」を汲み取った活動をしよう。妻沼の活動は、東京の生活学校との交流も計画されている。生産の現場を見ながらどうやって食べ物を手に入れるかを考えてほしい。
第4・話そう 考えよう 子育て支援分科会 テーマ:私たちのできる支援・応援について
(順不同・敬称略)
【ファシリテーター・助言者】
奥山 千鶴子  NPO法人びーのびーの理事長、あしたのまち・くらしづくり活動賞審査委員
三沢 直子  コミュニティ・カウンセリング・センター所長、あしたのまち・くらしづくり活動賞審査委員
【司会者】
清水 典子  フリージャーナリスト
【活動紹介:あしたのまち・くらしづくり活動賞「子育て支援活動部門」入賞団体】
内閣総理大臣賞
渡辺 美惠子  NPO法人ふれあいの家―おばちゃんち(東京都)
内閣官房長官賞
小笠原 憲子  NPO法人ながのこどもの城いきいきプロジェクト(長野県)
主催者賞
増田 恵美子  NPO法人ウイズアイ(東京都)


 午前中は、あしたのまち・くらしづくり活動賞・子育て支援活動部門の入賞団体による活動紹介、午後はグループ討議で自分たちの地域でできること、全国運動としてできることなどについて話し合い考え合った。

活動紹介:あしたのまち・くらしづくり活動賞「子育て支援活動部門」入賞団体
内閣総理大臣賞受賞
NPO法人ふれあいの家―おばちゃんち(東京都) 渡辺美惠子さん

 皆さんはおばちゃんと呼ばれるのに抵抗があるかもしれない。あつかましくて図々しくて、絶対おばちゃんにはなりたくないと思った時代が私にもあった。でも振り返ってみるとどれだけおばちゃんが私の人生を支えてくれたかと気づいた。学童クラブなどなかったので、放課後は地域に野放しで育った。そんな私にいつも声をかけてくれたのがまちのおばちゃんおじちゃんだった。その思いを強く持って、30数年の公務員生活の退職後何をしようかと考えたとき、ずっと児童館に携わってきたので30数年の歴史を無駄にしないでなおかつまちにお返しができるとしたらおばちゃんになることだと、仲間に声をかけ生まれたのがおばちゃんち。
 私たちの活動には、定年退職した栄養士、保育士のおばちゃんがボランティアとして加わり、さりげなくお母さんたちに離乳食や卒乳の話をしてくれる。
 良質なおせっかいおばちゃんの資格認定条件を勝手に考えてみた。それは、@温かな笑顔、A気軽な声かけ、Bよく聞く心。こんなことがあったらきっと子育て中の人たちが集って安心してくれるのではないか。

内閣官房長官賞受賞
NPO法人ながのこどもの城いきいきプロジェクト(長野県) 小笠原憲子さん

 いきいきとした子どもたちの世界を守るために環境づくりや支援をしていこうというのが活動のねらい。平成9年に小児科の先生を中心に「最近ちょっと子どももお母さんたちも変だ」「身近に井戸端会議のようなものがあれば解決できることでも来院する」という話があった。また、子育て中のお母さんたちからも皆で集まっておしゃべりできる場所がほしいという話があった。こういう人たちが社協のコーディネートでうまく結びついてながのこどもの城づくりを進める会が発足。月1回子育てサロンをやり小児科医も相談室をやってきた。14年にNPO法人化し、翌年から大型スーパーが撤退した建物を利用してこども広場事業を指定管理者として受託。
 利用者数は1日約200人、年間6万人。土日などはお父さんもかなり来ている。
 活動は、発案者が責任を持って進めるのが特徴。さらに、スタッフだけで運営するのではなく、利用者(お母さんたち)にもキャッチボール隊という運営委員会を作ってもらい、利用者とスタッフの間を取り持ってもらい、皆で一緒に考えて進めている。
 地域の中で親子が育ち合っていくということが一番の願いであり、育ち合いができる支援のあり方を模索しながら活動している。

主催者賞受賞
NPO法人ウイズアイ(東京都) 増田恵美子さん

 新生児訪問指導員として初めての出産で戸惑いと不安、緊張の中で子育てしている母親たちとの出会いが出発点。訪問活動を通して、育児不安を少しでも解消できる場、孤独な密室育児から仲間とともに助け合って子育てしていける場を提供していくことの必要性を強く感じた。
 血縁ではない地縁による助け合い社会を目指して、子どもが子どもらしく育ち、親が子育てしやすい社会づくり、ママたちの笑顔を引き出す、ママたちの幸せが子どもの幸せ、子育てを楽しむために様々な活動を通してお手伝いさせていただくのがウイズアイ。
 悩んでいるママがいれば同じように悩んでいるママたちで会を立ち上げ、悩んでいるのは自分だけじゃないと笑顔を取り戻すことができる。それぞれが工夫していることを話し合い、それを自分の子育てに取り込み、子育てのスキルアップをしていく場になっている。
 私たちは一人ひとりをつなげていく仲人役をするだけで、ママたちは自分たちで動き出す。一人ひとりと私たちがつながることでママたちをつなげていける、そして第一子のママたちとつながることで2人目が生まれたときにまたつながれる、だからこそ丁寧に大切に関わっていきたいと思いながら活動している。

【会場からの質問】
Q 小さな団体なので負担がどうしても一部の人に偏ってしまう。どのように克服して長年活動してきたか?
A 仕事という重荷になったら活動は続かない。できることをできるだけ楽しくが仲間同士の合い言葉。苦しくなるとそこに戻る。新しい事業が生まれたらそれを楽しんでくれる方に任せるということではないか。
A ちょっとのボランティアなら皆も続けられるのではということで、ちょっとのボランティアでセーブできるように多くの人に関わってもらっている。動く人が動いてやれることをやる、でも動けなくなったらもうやれなくなる。無理をしたら続かないのでそこは気をつけている。

【活動をしていて課題は?】
 3団体から活動をしている中から出てきた課題について話してもらった。
・スタッフも子育て中のお母さんたちなので悩みを共感し合えて、お姑さん的な人もなく居心地が良いと子育て中のお母さんには好評だが、私の先輩からは親教育をしてくれと言われる。核家族での子育て状況なので、60代以上の先輩たちの力が是非必要。そういう方たちは子育てや生活の知恵を一杯持っているが、今若いおばあちゃんになった人、子育て中の人には全くない。そこをつなげる人が必要だしつなげる場をつくることが課題だ。(増田さん)
・お母さんたちは意外と依存的なので、先輩が常にいてお互いが育ち合っていかれるといい。(小笠原さん)
・「ともに暮らすまちの人間としてともに育つ関係づくり」がコンセプトなので、子どもと付き合うときは子どもの目線で、若いお母さんたちと付き合うときは若いお母さんたちの目線でという水平な目線ができたらいいなと思う。ボランティア活動を出発にしたNPO法人の初心をどうつなげていくかが課題だと思う。(渡辺さん)


ワークショップ

@これが一番大事だな
 自分たちだけの取り組みではむずかしいかもしれないが子育て支援について一番大事なことについて話し合った。
・相談相手と近所づきあいを持てるように→今は子ども会のつながりもなくなってきているので、町内会でそういう役割を担ってほしい。顔がつながっていないと相談をしても全然違う答えが返ってくることもよくあるので、年に1回の夏祭りだけのつながりではなく町内会館などを利用する。
・地域の力、地域の連携→核家族の中で孤立した子育てで悩んでいるが、地域には様々な技を持った人がいる。保育の経験者は保育を教えられる、折り紙が折れる人、読み聞かせ、離乳食の作り方、教えられる人はいる。そのためには場所を提供してもらうこと。空き教室がある。教育委員会とつながれるといい。空き店舗なら商工会、自治会の施設は自治会、公民館や保育園なら行政とつながっていくことが大事。
・少子化、結婚をしない若者の増加→地域仲人や企業仲人などが必要。結婚や子どもを持つことの良さを伝える。
・孤独な子育て→背景にはコミュニケーション力の弱さがあるのでそういう力を持てるように。
・夫の協力が得られない→孤独な子育ての背景にあるもの。企業はパパを早く家に帰してほしい。企業の意識変革が必要。
A私たちにも支援できるかも
 次に、自分たちの地域でできる支援について話し合った。
・母親の知識不足→お母さんとおばあちゃんや近所の人、市民グループが関わる場、つながる場をつくり知識を伝える。これは孤立しているお母さんたちにも必要なこと。そのためには保育園、幼稚園、学校、児童館、市民学校などとつながると良いのでは? ではどこが動くかといえば、行政、市民パワー。知識のサポートしか考えなかったことから、孤立も防ぐ、環境も変わる、と様々なことが連鎖して解消につながるのではないかと思う。
・登下校時の見守り→子どもの安全が脅かされているので、高齢者は朝夕の散歩などで見守る。ほんの短い時間でも私たちにできるのではないか。
・子育ての孤立化→実は昔から孤立していた。地域であいさつができる顔見知りになる。そのためには祭り、運動会など地域の行事に若い人だけでなく私たちも積極的に参加して顔見知りを増やす。それは行政はもちろんだが、やはり地域住民(町内会)との連携が大切。
・身近なところの人たちとの関わり→あいさつ、子育て中のお母さんたちへの声かけをする。そこからコミュニケーション力も生まれる。ただ、公園に一人でいた男の子に「きみ何年生?」と聞いたら不審者扱いされたという話があった。声をかけるのも勇気が必要だということになったが、でもめげずにやろう!
B全国運動としてみんなでできること
 最後に、全国の皆が一緒にできることをそれぞれの班からワンフレーズで発表してもらった。
・皆でやさしいおせっかいおばちゃん≠ノなろう→やさしく品良く笑顔で、今日のパワーをそのまま活動につなげる。
・子育てにひと声かけて目配り気配りあいさつ運動→コミュニケーションにはあいさつが一番。
・赤ちゃんにやさしい笑顔を→世界の宝=赤ちゃんに私たちはあなたを大事にしているという気持ちを積極的に伝える。
・みんなで声かけあら、かわいいね=@子育てに共感しよう元気ね、大変ね=@声かけは地域の連携の第一歩→どんな親でも「かわいいね」と言われて嫌な人はいない。そこからコミュニケーションを図っていく。
・子育て中のパパ・ママに声をかけてみよう→ママだけでなくパパにも声をかけることが大切。
・地域の絆づくりをしよう→隣同士で声をかけ、皆が知り合いになったら親も子も育ち合える社会ができるのではないか。


まとめ

 分科会の最後は三沢直子さんのアドバイス。要旨は次の通り。
 ここで確認をしておきたいのは、子育て支援とはまず親支援ということ。子育て支援というとついつい子どもをサポートする活動と考えられがちだが、子育てをしている親の支援だ。なぜそれが必要なのか?
 中には子育て支援をすると親が育たなくなる、人頼みになる、親として成長する機会をかえって奪ってしまう、私たちだってずっと苦労して親になってきたんだと思う方々が多いと思う。
 そこで質問。中学(15歳)までに乳幼児に日常的に触れる経験があった方? けっこういる。では自分の子どもに乳幼児に日常的に触れる体験をさせた方? これは、大学で家族論という講義をやったときにしていた質問。手が挙がるのは数人。今の若いお母さんに聞いてもほとんどいない。中学までに乳幼児に日常的に触れた経験がない人は親になったときに非常に不適応を起こしやすいという研究結果がある。このことを念頭においてほしい。
 もうひとつの質問。自分の子どもに親になるための教育トレーニングをした方? いない。自分の親からはしてもった方? いない。地域や身の周りで学びながらやったという方? 今若いお母さんたちに子育てのノウハウをちゃんと教えている方? 少ない。
 私は母親になった時にいかに自分が無能かと感じた。大学院の博士課程まで行き発達心理学や臨床心理学を学び、カウンセラーとしての共感的理解や受容的態度を叩き込まれ、偉そうにお母さんの相談もたくさん受けていた。しかし、母親になったら泣いている子をどう泣き止ませるか、離乳食やら家事やら何から何まであまりに無能で、母に「私が親になると分かっていたのに親になるための教育をなぜしてくれなかったのか」と聞いたことがある。母親の答えは「そんなこと親になったら誰でもできると思っていた」。
 皆さんもそう思っていないか?
 カウンセラーをして子どもや家族などいろいろな問題に関わってきたが、1960年以降に生まれた人から問題が起きていると感じてきた。なぜ60年かというと、時代が変わり核家族化し地域が消え、お母さん一人で子育てをせざるを得なくなった。それで皆さんに子育てを周りの人に教えているかと質問をした。親になる前に赤ちゃんの世話をしたことも触ることもないまま親になり、毎日途方にくれたとしても周りに誰も教えてくれる人がいない。実はそうした子育てをしてきてもう半世紀が経ってしまった。
 私は臨床心理士なので、何か問題が起きたときに個別にカウンセリングする立場だったが、カウンセリング以前に親教育支援が必要なのではないかと思った。本来の専門家は子育てをした皆さんであり、皆さんの知恵を借りながらお母さんたちは徐々に育ってきたはずだが、そういう地域のアドバイスがなくなり、子育てをしたことがないような偉い男の先生が書いた育児書を片手に育児をせざるを得なくなりこれだけの問題が出てきたのではないか。
 私は子どもの描画テストによる調査をしていたが、なんと子どもの心の発達は小学校3年生レベルで停滞してしまっている。前頭全野の発育停止ということだが、前頭全野とはいろいろな情報を集めて、今こういう行動をとると周りにどういう迷惑をかけるか、自分の将来にどういうプラスになるかマイナスになるか、ということを判断する部分。その機能が小学校3年生レベルで止まっているようだという非常に恐ろしい結果になった。それはなぜか?
 母親だけに抱え込まれて育つのではなく、多様な人間関係の中で育つことが前頭全野の発育のためには必要で、恐らく1950年代までは自然にそういう環境が子どもたちに保証されていた。60年以降「3歳までは子どもは母親の手で」という言葉によって入園までは母親一人に押し付けて、手を差し延べる人が誰もいなかった。それが今日の様々な問題を生んできた土台にあるのではないか。
 もう一度、子どもが母親一人に抱え込まれた状態ではなく地域の人と交わりながらいろいろな人たちから愛情や世話を受けながら育てるまちづくりをしたいと思いながら今日の話を聞いた。
 今なかなかPTA活動や地域活動をしてくれる人がいないという嘆きがあるが、実は地域の中で一番助けを求めていたのは赤ちゃんが生まれて途方にくれているお母さんたちだった。しかし誰にも助けてもらえないから全く孤立し独善的な育児になっていた。だからこそ、一生懸命やって子どもが幼稚園・小学校に上がれば当然趣味や仕事を、ということになり地域のために動こうとはしない。でも、私はNPというプログラムを全国で推進してきて、それを受けたお母さんたちは「一番大変なときにこれで支えられたから、余裕ができたら是非地域のために働きたい」と言ってくれる。
 頭で分かっている人が100万人いても行動しなければ世の中は何も変わらない。動く人が世の中を変えていく。今日参加した人たちは自分ができるささやかなことでいいから、何か具体的に動いてほしい。そこから10年後20年後の明るい日本が生まれると思う。
第5・「活かそう!地域の底力」分科会 テーマ:自治会町内会とNPOなどの連携・協働を考える
(順不同・敬称略)
【助言者】
伊藤 光造  株式会社地域まちづくり研究所所長、生活会議運動中央推進委員会委員
内海  宏  株式会社地域計画研究所代表取締役
【司会者】
福原 仁一  心算会会長、古間木山連合町内会会長、まちむら全国ネット世話人(青森県おいらせ町)
【事例発表】
小池田  忠  森の里荘自治会会長(愛知県名古屋市緑区)
竹上 恭子  三鷹市市民協働センター企画運営委員会委員(東京都三鷹市)
佐久間 幹雄  下和泉住宅自治会前会長(神奈川県横浜市泉区)
甲山 知苗  NPO法人アイディング常務理事(岩手県盛岡市)


 分科会では、事例発表や討議の中から、自治会町内会とNPOあるいは各種の市民グループの連携・協働を考えていく場合、抽象論ではなく、地域の防犯、子育て支援、高齢者支援といった具体的な課題に取り組むことの大切さが指摘された。
 また、自治会町内会としては、組織全体の合意が得られないとしても、とりあえず、地域の課題に取り組むテーマごとの有志グループをつくり、この指とまれ方式で参加を募ってみよう。そのなかから、新たな展望が開けるのではないか、などの指摘がなされた。

 最初に、事例発表として四つのタイプの連携、協働の姿が語られた。一つは、自治会側からみたNPOとの連携・協働の事例。二つ目がNPO側からの自治会町内会に連携・協働を働きかけた事例。三つ目が、自治会町内会に、組織的には別のテーマ型グループを数多く立ち上げて課題解決に取り組んでいる事例。四つ目が、町内会の一会員が自治会町内会に働きかけ、町内会主催の新しい活動が始まった事例である。


防災訓練がより実践的になった

 森の里荘自治会の小池田さんは、二つのNPO団体との協働活動を報告した。同自治会では、防災訓練を毎年実施はしているが、いわば「型」にはまった訓練になっているので、中身を深めたいとして防災問題を専門にするNPO法人への協力を求めた。このNPOが主導して、例えば、同自治会のなかには、13階の高層住宅もあるので、そこに住むお年寄りをいかに救い出すかなどをテーマとしたワークショップを開催、その経験を通して、役員、住民の防災訓練に対する考え方がより実践的、専門的になったという。
 もう一つ、同自治会では、中高校生の自治会活動への参加をはかることを模索していたが、その試みとして、夏まつりに中高校生のボランティアを募集したところ、15名の中高校生が応募。折角集まった中高校生に地域への参画をはかってもらおうと、子どもNPOとの連携が始まる。ここでは、夏まつりの模擬店の運営を中高校生が責任をもって行ない、さらに、中高校生がスポーツを楽しむ「絆の会」を結成。自治会では、この活動に対し、集会所の開放、自治会事務所のパソコンの貸与などの支援をした。その後、絆の会は、卓球大会を企画、開催したという。地域における中高校生の居場所づくりの端緒となったという。残念ながら、学業の問題などで「絆の会」は現在休業状態になっているが、模擬店などを担当してくれているという。
 ここで、小池田さんは「自治会・町内会、NPOともに活動場面は地域。ここに両者が連携と協働ができる糸口がある」とし、同自治会では、NPOとの継続的な連携、協働のあり方を追求していきたいとした。


NPOの活動を知ってもらうきっかけに

 NPO法人アイディングでは、市のパイロット事業として、地域の住民が自ら考え行動する自主防災計画づくりに取り組んだ。ここでは、市内の自治会に対し、市消防防災課や企業も参加して、自主防災をテーマに、ワークショップなどを通じ、自治会会員の防災意識の高揚に努めた。このなかで、甲山さんは、町内会にとっては、住民が主体となって問題解決を考えるきっかけとなり、「自主防災隊」結成の呼び水となったこと。NPOにとっては、その存在を地域の人に知ってもらうきっかけになったことや連携の新しい試みができたことを成果として上げた。今後、事業の継続性を得るために、行政のお金に頼らない自立できる仕組みが必要であり、地域に姿の見えるNPOであることが大切とした。また、ひとつのNPOでは限界があるので、行政や企業、他のNPOとも一緒に地縁と志縁の関係づくりを進めることが必要とした。


住民のニーズに応える数多く「委員会」

 三つ目の事例は、いくつもの特別委員会を立ち上げ、住民のニーズ、地域課題に向き合っている下和泉住宅自治会の活動。このような組織づくりをした理由として、佐久間さんは、地域で課題が生じると自治会役員会で討議をするが、任期2年では、討議未了となってしまい、問題解決ができない事例が多くある。それらを解消するため、住民有志による委員会を発足させたとした。ここでは自治会の運営とは切り離した活動をしているという。例えば、NPO法人あやめ会。高齢者の送迎ボランティアを行なうグループとして発足し、現在は、年末年始以外の360日、要介護者以上を対象に病院への送迎などを行なっている。2年前にNPO法人を取得した。さらに、同自治会より広域の連合自治会の範囲で、高齢者宅の簡単な修繕、庭の手入れ、買い物手伝い、病院送迎などを行なう「福祉の会」も発足。また、この地が横浜のチベットといわれる交通不便な地であることから、下和泉地区交通対策委員会(通称:Eバス)では、会員制のコミュニティバスを運行している。他にも消防、警察、看護師の経験を持った人を中心に自衛消防隊も組織。このように地域課題に対処するさまざまな「委員会」を発足しているが、自治会が、地域課題を整理し、その問題を共有化し、調査・研究し、財源や体制が確保出来たら案を総会にかけ、委員会設立の承認を得るという。その後は、自治会とは分離し、自主、独立採算制で運営。自治会は、「生みの親」としてこれらのグループを支援しているという。


町会員の声から新たな町会主催の事業が発足

 四つの目の事例は、一町内会会員が、町内会に働きかけた結果、町内会の主催活動として、公園での世代間交流などを目的とした「ブックカフェ」が生まれた事例。三鷹市の竹上さんは、ご主人の転勤に従い、居を変えていたが、3年ほど前に三鷹市に落ち着いた。ここで若い人たちを応援する活動がしたいと活動をしていたが、恒常的な活動ができないと考えていた矢先、眼にしたのが、三鷹市の「がんばる地域応援プロジェクト」。これは、応募のあった自治会町内会の活動に対し、審査をし、選ばれた活動に助成をするというもの。助成を得るには、町会の承認を得る必要がある。そこで、竹上さんは、企画書を作成し、町会役員会に持ち込んだ。役員会では、竹上さんの熱意が共感を得、課題として挙げられたスタッフもそろえ、再度、5月の総会に提案。6月役員会で承認を得。6月末締め切りの同プロジェクトに応募、審査を通過し、7月にはオープン。企画書を作成してからわずか数か月で活動開始にこぎつけた。
 このブックカフェは、2週間に一度、地域の公園に移動図書館来る日にあわせて開催され、園内にある地区公会堂と戸外を会場とし、子どもには絵本の読み聞かせ、大人はエッセイなどの朗読、さらにあやとり、折り紙など、お年寄りら子どもまでが一緒に遊べる空間を作っているという。この経験を通じて、竹上さんは町内会の応援があれば、他の団体とも連携し易いし、この活動を市内にも広く展開できるのではないかとした。

 午後は、最初に2人の講師による問題提起が行なわれた。伊藤さんは、連携、協働の姿として、地域にある地縁型の団体、テーマ型団体、NPO、企業、行政など、さらに地域の大きさによって様々な連携のあり方が考えられることを、内海さんは、地元の横浜市内のいくつかのNPOと自治会町内会の協働事例などを紹介した。


外側にいる人をいかに巻き込むか

 その後、全体討議に入ったが、自治会町内会関係の出席者から、NPOのみならず、福祉などをテーマとするテーマ型団体との連携協働の実践例が紹介された。反面、連携、協あるいはきっかけづくりの難しさも出された。一方、自治会町内会以外の団体からは、自治会との連携の難しさは、役員の任期が1年ないし2年である。また、役員自身の問題意識にかかると思うとの指摘もなされた。
 これに対し、登壇者からは、地域づくりをする上、「自治会が基本。NPOとの協力関係をつくることは大事だが、ベースとしては自治会が基本にある」という指摘。あるいは「自治会町内会の組織だけでは、住民のニーズ・課題を解決するのが難しくなってきている。一般的な傾向として、町内会の加入率が低下、高齢化という問題もある。また、輪番制で役になっているケースが多いので、新しいことにチャレンジするという人は少ないのが現状、外側にいる人をいかに巻き込むかが重要」とし、その姿として、NPO団体への働きかけのみならず、下和泉住宅自治会のような、自治会町内会とは、連携を保ちつつも、独立した委員会を結成する方式も考えられるとした。
 また、地域を同じくしながら、各種の団体の存在を知らない状況に対し、お互いの活動情報の提供や地域での各種住民団体の状況を知っている、コーディネーターの存在、さらにはつなぎ役としての市町村行政の役割も指摘された。