平成16年度世代間交流シンポジウムの内容
パネルディスカッション
コミュニティを活かした世代間交流について考える
パネリスト(順不同・敬称略)
池 谷 祥 子(東京・神田囃子保存会世話人)
江 上   渉(立教大学社会学部教授)
親 泊 一 郎(社団法人沖縄県経営者協会会長)
加 古 美 穂(兵庫・播州歌舞伎クラブ前代表)
コーディネーター
河 村 常 雄(読売新聞東京本社編集局専門委員)


司会 今起きている様々な問題は、学校、家庭、職場、行政などでは対応しきれない難問だ。そうした中で一番求められているのは地域のコミュニケーションではないか。しかしコミュニケートすることが段々下手になってきているとも言われる。今日は伝統芸能の伝承を通じて世代間の交流・コミュニケーションはできないかを議論したい。


「伝統」をどう受け継いでいるか

池谷 神田囃子保存会は一番上は80代から下は小学生と年齢幅があるが、仲良く助け合って稽古をしている。最近は女性メンバーが6割。以前は先生方が健在で指導を受けていたが、今は最初の稽古は先輩方がやる。後はお互いに研鑽しながらレベルを上げていく。私は実は、子どもの頃に妹がやるというので軽い気持ちで入った。都の無形文化財に指定されている保存会だなんて知らなかった。後から継承の重みをずっしりと肩に感じてきた。しかし、子どもの頃からお囃子を聴いて、「なんかやりたいな」と思って来てもらうということで神田囃子がずっと続いているのかなと思っている。

江上 70年代初めから旧自治省や地方自治体が施策の中でコミュニティ行政ということを言い始めて、コミュニティづくりを政策目標に掲げてきた。その先導的なまち、東京の武蔵野市や三鷹市を対象に、コミュニティ行政の効果や問題点を研究している。
 その武蔵野市は、典型的な新興住宅地。そこでどうやって祭りや伝統をつくっていくか。例えば盆踊りでも、商店会、ボランティア団体、PTA、そのOBのグループ、少年野球チームの方々など様々なグループがやぐらのもとに集まって地域ぐるみの活動を展開している。
 必ずしも伝統文化を持ち合わせない新興住宅地でも、その地域の歴史をどうつくっていくかという工夫をしているという一例。

親泊 先の大戦で沖縄はいろいろと学んだことがある。一番は平和の尊さ。それから命の尊さ。もう一つは、先人が残した有形無形の文化遺産。厳しい戦争を味わった沖縄で、その後の復興においては、確かに芸能文化が心の支えになった。
 それを二つ紹介したい。まずは念仏踊りの「エイサー」。戦後復興させ、さらにアレンジを加えた。旧盆に帰省する青年を中心に受け継いで、青年団、婦人会、商工会などみんなが支えている。
 もう一つは那覇の大綱引き。17世紀からあった行事だが1971年に復活させた。綱の長さが191m、直径1.6m、重量40tというギネスブックにも載っている世界一の大綱。20万人ぐらいの動員があり、年々増えている。これが今は観光資源になり、地域振興になる。
 他にもあるが共通して言えるのは、参加型であること、各世代にそれぞれの役割がある。こういう背景には、助け合うという沖縄の社会的ないろいろな要素もある。

加古 播州歌舞伎は300年ほどの歴史のある農村歌舞伎。しかし後継者も嵐獅山一座の80歳の師匠のみで消滅の危機だった。その頃まちの小学校がふるさと体験学習として播州歌舞伎に着目し、クラブを結成した。でも小学校のクラブでは卒業したら終わり。そこで、卒業生を中心に、一般の人も交えて地域をあげて播州歌舞伎という伝統芸能を守り伝えようとクラブをつくった。中学生から成人まで20人ほどが、勉強あり仕事ありの中で両立しながら芸を受け継いでいる。
 発表の場は地元公民館や公共施設の竣工式、敬老会、芸能祭りなど地域のイベント。しかし昨年、こうした活動が認められNHKホールでやった全国ふるさと歌舞伎フェスティバルに出演できた。休憩時間になると受験の話、仕事の悩みなど歌舞伎だけではないいろいろな話をしながら和気あいあいとやっているが、去年あたりから自分たちでできることは自分たちでということで、化粧や着付けも練習し始めた。
 このような活動を通して、クラブ員が個々に自信を持ち、一人ではできないので互いに信頼し、周囲の声援・協力・支援に感謝をする気持ちを持ちながら、芸の習得に励んでいる。


伝統芸能・文化の持つ意味とは?

司会 伝統芸能は地域社会にどのような影響を与えているか? または、地域からの評価は?

池谷 神田囃子は年代も幅広く、神田町内外から参加してくる。鉦を鳴らして神輿を担いで町内を回るが、孫を抱いたおじいちゃんとかいて、とても喜ぶし、普段は家に閉じこもっている人が車椅子で出てきてくれる。すると、お金も時間もかかるので、縮小しようかという兆しも、「やはり続けよう」ということになる。みんなそういうところで協力してくれるのではないか。

司会 誰でも参加できるということだが、地元の人の気持ちはどうか?

池谷 「地元じゃないから…」ということはない。コミュニケーションも取れるし、むしろ地元の人は祭りの切り盛りで手が回らない部分もあるので、内外から来てくれると助かる。

親泊 確かに、地域の行事が盛んになってくると、「自分も参加させてくれ」という声が多くなる。大綱引きでも、旗頭を持つのは若い連中。すると、「自分の親がこの町の出身だから」「本籍がここだから」「嫁の郷里だから」参加させてと言ってくる。これを受け入れる寛容の精神も大事だ。これがポイントになって友情を深めていき、信頼を深めていき、交流を深めていき、様々なことが広がっていく。
 先ほど沖縄は助け合う、支え合うと言ったが、これを「ユイマール」と言う。その精神がずっと残っていて、こういうお祭りの場面にもある。

加古 地域への影響はまだないが、歌舞伎の公演を通じて町内外の方との交流の機会は増えた。私たちは舞台に立つのが精一杯なので、「こうして、ああして」と言ってもらえると、励みになる。そんな中、平成13年には播州歌舞伎ファンクラブができた。面白さや魅力をもっと知ってもらおうと、会報紙やホームページを作ってくれている。客席からの掛け声やおひねりなどもやってくれて、役者をその気にさせてくれるということをファンクラブの人がやってくれる。

江上 現在は孤独化や人間関係の希薄化と言われる。本当にそうだろうか? それは局所的な人間関係になっているということだ。あうんの呼吸で通じる友だちは一杯いる。ところが何を考えているのかわからない、考えをお互いに出し合わないとちゃんとした人間関係にならないという異質なつながりには恵まれていない。
 最近の地域社会は、様々な背景を持った様々な人がたまたま集まって住んでいる。そこではなかなかツーカーでは通じない。だから地域の人間関係が薄くなっていきがちだ。地域社会の人間関係を復活したいなら、自分とは違う価値観や意見を持った人、異質な人たちと積極的にかかわりあっていくしかない。これが世代間交流の意味を生んでくるのではないか。年かさの方しか知らないことを若い人に伝える、若い人も年かさの方に何かを与える。伝統芸能や地域に伝わる様々な文化を題材に世代間交流をする。これは、多様な価値観がこの世にはあるということをいろいろな世代の人が知っていくということだ。特に子どもは学校と塾と家庭しか知らない。ツーカーの世界でしか暮らしていない。大人になれば自分の知らない世界で生きてきた人とコミュニケーションしないといけないのに、そういう能力に欠けている。そういう現代社会の隘路を解いていくためにも、積極的な世代間交流が意味を持っているのではないか。
 イベントの中で世代間の役割分担があるという沖縄の話を聞いて思うのは、日常生活でもそういう分担があるんじゃないか。実はそういうのがない社会が変で、日常生活の中で自然に世代間の交流ができるという社会を目指すべきではないか。


悩みのタネは人材の確保

司会 隘路や困ったことをざっくばらんに。

池谷 コミュニケーションではないが、小学校からの依頼がきても、メンバーのほとんどが仕事を持っているので、平日の対応ができない。3年くらい経てば定年退職者が増えてくると思うが。

加古 後継者でも活動の支援でも、人材の確保が課題。進学や就職で地元を離れる人がいる。若い人が地元に定着できるような就職や活動が継続できるような環境整備が大切だ。


伝統芸能と観光政策

司会 会場からの質問がきている。沖縄の伝統芸能に対する観光政策はうまくいっているか?

親泊 まず大人が理解してきた。それが受け継がれている。なんといっても子どもたちを早めに参加させて、体感させる、感動させることが一番大事。それが今、伝統芸能において小学校で始まっている。沖縄の芸能は本当に暮らしの中に入って、底力があると思う。英才教育でもなく、生計を立てるためでもなく、家元制度でもなく、地域に本当に密着した芸能が、あらゆる分野に広がっている。
 それと、最近若い人たちが東京でも活躍しているが、庶民の生活の中から生まれた沖縄の島唄が大衆に好んで歌われている。
 こうした素地があって、イベントも多数あり、県外から大勢やってくる。


行政に応じて地域が動く時代は終わった

司会 もう一つの質問は、コミュニティ行政はどうしても縦割り。横のつながりはできないか?

江上 コミュニティ行政の役割は、多分もう終わったと思う。行政に応じて地域が動くという時代ではない。逆に地域に応じて行政がどうそれに乗ってくるかだ。だから、行政が縦割りで困るという話ではなく、地域の論理の行政を合わせてもらう努力をする時代になってきている。お上コミュニティではないということだ。

司会 4人の話を聞いて、こういう活動がどんどん広まっていけば、日本も捨てたものではないな、もっと心豊かな社会がくるのではないかと考えさせられた。本日はありがとうございました。