「アース・地球環境」23号掲載
論文

環境負荷低減効果の大きい宮崎県綾町における有機農業
芝浦工業大学システム学部助教授・環境自治体会議環境政策研究所長 中口 毅博
「有機農業」をテーマに先進的取り組みを進めている宮崎県綾町

 宮崎県綾町は、全国に先駆けて有機農業に取り組んでおり、その成果として農業分野はもちろん、まちづくりとしても成果をあげ、他の自治会の見本となっている。
 綾町は宮崎県のほぼ中央部に位置し(図1)、町内の北に綾北川、南に綾南川があり両川に挟まれたところに綾町がある。豊かな自然・豊かな水に恵まれ、日本の自然百選・水源の森百選・日本の名水百選・日本一星の見える町・ふるさとづくり大賞と数々の賞を受賞し、農村地域における持続可能な地域づくりの先進的地域である。綾町の概要を表1に示した。


堆肥利用の土づくりと有機農産物の認証制度を推進

 有機農業の基本は健康な土作りである。地中の微生物の生態系を大切にしながら、大地の持つ本来の力を引き出し作物の成長に最適な土壌環境を作り出すという考えである。この土作りに大切なのは堆肥である。そこで綾町では、1981年に家畜糞尿処理施設の設置、1987年に堆肥生産施設を設置し、また町民の糞尿は耕地に肥料として還元されるよう綾方式と呼ばれる自給肥料供給施設(液肥工場)を1977年に建設した。この液肥施設の高温発酵処理方式により無臭・無菌化され、液状堆肥になる。これらの施設により町内で回収された生ごみも堆肥として循環されることによって、廃棄物の削減にもつながっている(図2)。

 綾町では自然生態系農業の推進に関する条例に基づいて、認証のしくみを行っている。そのしくみでは農地についての基準と作物栽培管理の基準の2つを設けている(図3)。農地の基準は土壌消毒剤、除草剤を使用しないで完熟堆肥役人による土づくりが継続している年数でランク付けしている。栽培管理基準は、その農地で使用された化学肥料、化学農薬の使用量等によって有機農業開発センターが認証し、収穫された農産物に認証シールを貼っている。
 本報告では、綾町の有機農業における肥料農薬の使用状況など農薬の散布管理状況を把握し、宮崎県中部地域の標準的な作物生産管理の集計値を比較することで、エネルギー消費量・CO2排出量、水質への影響、有機系廃棄物の排出量、農薬の使用による自然生態系への影響などを集計し、綾町における環境負荷の削減効果を推計した。



町内農地の焼く7割はAランク農地

 有機農業開発センターで保管されている各農家の栽培管理記録簿(2002年度)の届出枚数(サンプル数)と作物ごとの耕地面積を表2に示した。集計した栽培管理記録簿は全部で496サンプルであり、その中でサンプル数が8に達している作物名を表記し、達していない作物名をその他に分類した。また496サンプルの総届出面積は約5,309aであり、綾町の全耕地面積の約10%にあたる。
 図4は、これら有機農産物の認定則の耕地面積の割合である。このように総合判定でみると耕地の約7割がA類型に属している。


堆肥利用で質・量兼ね備えた施肥

 栽培管理記録簿の肥料の集計を行い、主要作物の施肥による二要素施用量を図5に示した。三要素施用量とは、窒素(N)・りん酸(P)・カリ(K)の成分量の和である。10aあたりの全作物平均の施用量は、綾町が113.4キログラム、県中部標準が179.1キログラムであり、綾町のほうが約4割施用量が少ないことがわかる。
 これは綾町では肥料に対する三要素の成分割合が一定以上に達している肥料をなるべく使用しないことや、町内で発生した生ごみや家畜糞尿、し尿を堆肥化し施用することで、質と量を兼ね備えた施肥を行っているためである。



環境にやさしい天然原料の農薬を使用

 次に栽培管理記録簿の農薬使用を作物別に集計し図6に示した。農薬は図6中にあるように3種類に分類したが、微量要素系・動植物系は、土壌改良剤や自然生態系にやさしい天然原料でできたものなど補助的な薬剤であり、農薬といえるものは化学系である。今回対象とした耕地ではトマト、かぼちゃを除き、化学系の農薬はほとんど使われていなかった。また作型別の使用量を図7に示した。このようにハウス栽培で微量の化学系農薬が使われているほかは、ほとんどが天然原料による農薬であることがわかる。
 次に、化学系の農薬使用量を県中部標準使用量と比較したものを図8に示した。このように、綾町ではほとんど使われていないことがわかる。県中部標準に対する綾町の作拐引化学系農薬削減率は、全て90%以上である。綾町では極力化学系農薬を使わない代わりに、
天然素材の薬剤を使用したり、耕地の区割りや作型、作付け時期に工夫をすることで農薬の削減をしているためである。


温暖化効果ガスの排出量は約4割少ない

 次に、綾町全体の環境負荷低減効果を4つの側面から推計した結果を以下に示す。
 地球温暖化への影響は、施肥による窒素とりんの成分量からエネルギー消費量・CO2排出量を算定することにより推計した。外部からの移入した肥料の生産時のエネルギー消費量・CO2排出量(全作物平均)に綾町内で生産した堆肥・液肥のエネルギー消費量・CO2排出量を合計し、さらに農薬の生産時におけるエネルギー消費量を推計した(図9、図10)。
 エネルギー消費量、CO2排出量ともに、宮崎県中部地区標準と比べ綾町は約50%削減されている。ただし、今回の計算では農作業のエネルギー消費量が入っていない。これに関しては今研究中であるが、慣行農業に対しておよそ9倍のエネルギーを使っているものの、肥料や農薬の生産時のエネルギーを比べると量的に小さく、これらを含めても40%程度削減されていることが明らかになりつつある。


河川への負担も少ない

 水の汚濁負背景は、施肥による窒素とりんがそのまま河川に流れ出ていると仮定し、窒素とりんの施用量から算定した。図11に、窒素とりんの流出量を合計したものを施肥による汚濁負荷量として示した。全作物平均をみると綾町のほうが低い。綾町では過剰な施肥を行わないような基準を設け、土を大切にした施肥を行っているため水への負荷も少ない。
 コカ家畜から出る糞尿の一部も堆肥として利用しているので、県中部標準のほうにその再生利用畜産廃物分か野積みになっていると仮定した場合の窒素・りんの流出量を上乗せした。全作物平均での汚濁負荷量(図12)は、県中部標準より約60%削減されている。また、合計汚濁負背景を綾町総耕地面積である558hあたりに換算した。現状は432tであり、有機農業を行っていない場合の1,117tに比べ約700tも削減されていることがわかった。


有機系廃棄物の排出削減効果も大きい

 綾町では生ごみ、し尿、家畜廃物を町の工場で堆肥・液肥化し、有機首肥料として農地に還元することで有機系廃棄物の排出を削減している。表3は一般廃棄物排出量とそのうちの再生利用分である。また、図13は有機系廃棄物の再生利用をしている現状と、再生利用をしていない従来を比較したものである。有機系廃棄物は、現状では60,500tであり、堆肥化していない場合の75,400tに比べ約15,000t、20%削減されている。


自然界生態への影響極わずか

 自然生態系への影響は、化学系農薬の使用量の比較をもとに推計し九。化学系農薬使用量は、県中部標準で43,193sに対し綾町はわずか54キログラムであった。このことより、農薬による自然生態系への影響は、県中部標準よりきわめて少ない結果となった。


地球環境にやさしい綾町農業

 本報告は、宮崎県綾町における有機農業の環境負荷低減効果について分析を行った。その結果、以下の4つの側面からみた綾町の有機農業の環境負荷低減効果が、数量的に明らかになった。
(1)地球温暖化への影響
 エネルギー消費量とCO2排出量ともに、宮崎県中部地区標準と比べ綾町は約40%程度削減されている。
(2)公共用水域の有機性汚濁に対する影響
 汚濁負荷量は、宮崎県中部地区標準と比べ綾町は約60%削減されている。
(3)有機系廃棄物の排出
 有機系廃棄物は、現状では従来よりも約20%削減されている。
(4)自然生態系への影響
 自然生態系への影響が大きい化学系農薬の使用は、宮崎県中部地区標準と比べ綾町は90%以上削減されている。
 以上のことから綾町の有機農業には環境負荷低減効果があることが明らかになった。その理由として、
@綾町では過剰施肥を行わないように基準を設け、有機質肥料を用いた土を大切にした施肥を行っている。
A町内で排出された有機系廃物を再生利用し廃棄物の削減を行っている。
B化学系農薬の使用を極力抑えている。
これら3点が大きな要因になっていた。


地域ぐるみの取り組みが成功のカギ

 本報告では環境負荷の面から有機農業を分析したが、有機農業を成功させるためには、今回対象とした綾町のような地域ぐるみとなった有機農業が必要だと思われる。このような有機農業を行う地域が広がることで、農業による環境負荷は低減し有機農業の大きな特徴を活かした新たな農業のおり方をみつけるきっかけになると考えられる。
 今後の課題として、本研究で使用した綾町の対象データは、きゅうりなどの一部のハウス栽培を除いたものを使用したため、作物の種類が不足している。これを含めた集計を行い分析することで、より正確な綾町の有機農業による環境負荷低減効果が推計できると考えられる。

参考文献
綾町:綾町における自然生態系農業と有機農産物ガイド
綾町:綾町プロフィール