「アース・地球環境」23号掲載
特集事例

「食育」による健康づくりと「地産地消」のまちづくり
滋賀県高島市新旭町健康推進員協議会他
 琵琶湖の北西岸の新旭町は、京都からJR湖西線の新快速電車で約45分。京阪神に通勤するサラリーマンのベッドタウン化も一部見られるが、緑豊かな里山と、各所に見られる湧水、琵琶湖のヨシ原などで知られる自然環境に恵まれたまちで、環境省の「エコツーリズム推進モデル事業」の推進地にも指定されている。この自然が元気なまちで、「人」も元気になろうと2001年から「食育」活動がスタートした。4年を経て、JAや自然保護団体などとの連携を進め、総合的なまちづくりの中軸的な活動に発展している。なお、2005年1月1日に市町村合併により「高島市」が誕生。新旭町は新市の一部となったが、本稿では旧自治体名で表記して、これまでの取り組みの経緯をレポート。各地での、これからの地域活動の参考にしていただきたい。(新和風文化研究所所長 市橋 貴)


健康対策からスタート

 町の健康センターが行う町民の健康診断で、肥満やコレステロール値などが高い人が増えていることが明らかになった。生活習慣病が心配される兆候は、子どもたちにも表れた。
 食生活の改善が必要、と考えられた。しかし、広報紙などで呼びかけても、あまり効果が期待できない。そのような情報なら、新聞やテレビなども盛んに発信している。
 同センターの若い栄養士さんや保健師さんたちが、実践活動に乗り出した。健康推進員さんや、「エルダー婦人の会」というボランティアグループなど地域活動の経験豊富な方々に呼びかけて、食生活改善活動がスタートした。「農業小学校」という、子どもたちに土に親しんでもらう活動を推進しているJAにも後押しをお願いした。
 テーマは「食育」。学校教育でいう知育・徳育・体育に、もうひとつ学びのテーマが加わった。従来、「保健体育」で取り上げてきたテーマだが、独立して学ばねばならないほど事態が深刻になったということだ。
 キーワードがたくさんある。「郷土料理」、「和食」、「地産地消」、「身土不二」など。いずれも食生活の“近代化”によって、一時忘れられていた日本人本来の「食」のあり方を表す言葉だ。
 戦後、日本が経済的に貧しかったころ、パン焼きの特殊車両が全国を巡回するパン食普及活動や、「フライパン運動」などが繰り広げられた。フライパン運動とは、1日I回油脂を使った料理を食べようというもの。
 半世紀を経て、流れは大きく、まともな方向へ変わりはじめた。


対象は幼児から大人まで

 食育活動は、「料理教室」という参加・体験型の方法が取り入れられた。対象は幼児から若いお母さん、そして一般まで、町民みんなが対象だ。
●幼児料理教室 幼稚園・保育園児が対象。お米が炊けていく様子が見えるようにガラスの鍋を用いるなどの方法で、食への興味を引き出す。
 4歳児は6クラスで年3回、5歳児は6クラス年6回開催。
●子ども料理教室 和食を中心に、豊かな食生活の基礎を身に付けさせる。JAの協力で、田植えなども体験する。
 低学年、高学年クラス、各2クラスで、毎月1回開催。
●ヤングママクッキング教室 子育て中のお母さんと、妊婦さん(「プレママ」と呼んでいる)が対象。
 「ダシの取り方」「野菜のパーワー」「和食のよさ」「お楽しみクッキング」と、異なるテーマで年4回開催。3組募集するので、開催回数は年12回になる。「お楽しみ」の教室では、参加者の状況に応じて離乳食、おやつづくりなどが行われる。
●新鮮野菜料理教室 年に6回、季節ごとに地元で穫れた旬の食材を使い、野菜料理のレパートリーを増やし、1日5種類の野菜を食べるように促す。一般対象。
●郷土料理講習会 食生活の“近代化”以前はふつうに食されてきた地域の食材を使った料理を、ベテラン主婦が講師となって指導する。メニューは、いぶし大根の煮付け、ふきのきんぴら、よもぎだんご、そら豆のうま煮、小鮎のあめだきなど。一般対象で、年5回開催。
 以上のほかに、幼児料理教室の指導者を養成する「食育ボランティア養成講座」や、父親の参加を促す「お父さんとの簡単クッキング」なども開催されている。
 そして年I回、「良育展」が開かれる。幼児料理教室で学んだ子どもたちが主役の「食育レストラン」、農業小学校で学んだ児童たちの「八百屋さん」、郷土料理の試食コーナーもあれば、石臼ひきや1升びんを使った精米などの体験コーナーもあるフード・フェスティバルで、毎年大勢の町民でにぎわう。


総合的まちづくりへ

 2004年9月に、食育関係者や農業団体などで構成する「食育と農のネットワーク会議」が発足した。食育と、産地が明らかで安全で健康な良材の普及・消費拡大を図る「地産地消」のさまざまな取り組みのコーディネートがねらい。自然保護グループや観光関係団体なども参画する“オール新旭”体制のフォーラムになった。
 新旭町には「30年先」という、いまの子どもたちがすっかり大人になっている時代に実現しているべきまちの姿を描いた長期計画がある。「新旭町スロータウン計画」だ。
 全国57市町村が参加して2002年に「全国スロータウン連盟」が発足している。連盟のコンセプトは「自然のリズムなど多様な時間軸を認め、万事手間暇かけて物事を深く追求し、保存・再生に重点を置く社会を目指す」というもの。新旭町は“30年計画”を立案して、この活動の先頭をきってきた。
 食育と農のネットワーク会議も、この計画を実現する取り組みのひとつとなるだろう。ひと口食べて「おいしい」と感じさせることが外食、とりわけファーストフードの基本だ。これに対して、本来の家庭食は、ゆっくりよく噛んで味わうもの。ファーストフードに対して「スローフード」という呼び方も、次第に一般化してきた。食育が、スロータウン計画のなかでも重要な役割を担うことは間違いない。
 新たに生まれた高島市は、人口5万人都市。人口1万人余りの“旧”新旭町ではじまった取り組みがどう受け継がれるかは予断できないが、「湖国」と称される琵琶湖周辺地域に大きく広がることが期待される。