「アース・地球環境」26号掲載
特集 環境にやさしい交通をめざして

論文 マイカーに依存しない環境にやさしい街づくりを
環境自治体会議 環境政策研究所 主任研究員 上岡 直見
マイカーの環境負荷

 運輸部門から排出される温室効果ガスの8割以上は自動車(道路交通部門)からであり、なかでも乗用車が主な増加要因である。省エネ法のトップランナー基準の効果により、しだいに燃費の良い乗用車に置きかわってゆく効果が期待されるが、その一方で、乗用車の総台数はこれからも伸び続けると予測されている。ここでは、乗用車のうち個人で所有され、個人の移動に便われる「マイカー」について取り上げる。
 図1は、国内の平均世帯あたりのC02排出量を、用途別の比率で示したもの(1)であるが、大まかにみると「自家用乗用車(マイカー)」「照明・家電」「熱(暖房・給湯)」が、それぞれ同じくらいの比率を占める三人要素と考えてよい。これは全国平均の比率であるので、公共交通が不便な地方都市や農山村都では、マイカーの比率がさらに高まる。

(1 国立環境研究所温室効果ガスインベントリオフィスホームページhttp://www-gio.nies.go.jp/より。)


環境とモビリティ

 このようにマイカーの環境負荷が大きいことは事実ではあるが、一方で「モビリティ」の問題も考えなければならない。モビリティとは、人々が自分の意志で行きたいところに行ける自由のことであり、私たちの暮らしの質を決める主要な要素である。日常生活に必要な買い物に行くことや健康管理のための施設にアクセスすることもモビリティであるし、文化的な楽しみに参加したり、人と会う楽しみなどにもモビリティが必要である。いくらインターネット等の電子通信手段が発達しても、それでは代替できない「交通」の本質であり、人々の健康の維持にもつながる。
 ところが現実の地方都市や、大都市圈でも郊外部で公共交通が不便な地域では、公共交通のサービス低下や廃止により、マイカーを利用できない人の移動が制約されている。図2は、ある地方都市における調査の結果であるが、マイカーを利用できる人とできない人により、1人の1週間あたりの外出行先趣致に大きな差が生じていることを示している(2)。

(2 宮崎耕輔・徳永幸之・菊池武弘・小枝昭・谷本圭志・大橋志 広・若菜千穂・芥川一則・喜多秀行「公共交通のモビリティ低下による社会参加の疎外状況」『第29回土木計画学研究発表会・講演集』)

 マイカーを利用できる人は、1週間に26箇所の目的地に出かけているのに対して、マイカーを利用できない人は10箇所にとどまっている。この関係を逆に見ると、マイカーを利用している人は、あえてマイカーを好んで利用しているというよりも、必要に通られてやむをえず利用しているという側面が強い。したがって、マイカーの環境負荷が大きいからといって、単にその利用を規制するという方向では現実的な対策にならない。


将来の動向はどうなるか

 図3は、全国の都市で交通の実態を継続的に調査しているパーソントリップ調査から、地方都市圈における交通手段の分担率の推移を示したものである(3)。図にみられるように、年を追って自動車の分担率が増加する一方で、二輪車(この統計では自転車十オートバイ)と徒歩の比率が減っている。鉄道やバスの分担率はもともと少なく、全体に占める割合はあまり変わっていない。すなわち、環境負荷の大きな交通手段が増える一方であることを示している。

(3 国土交通省都市地域整備局・国土技術政策総合研究所「平成11年全国都市パーソントリップ調査」基礎集計編・現状分析編、2002年より。)

 このような傾向が続いてきた中で、急激に方向を転換して、交通にかかわる環境負荷を減らすことは、現実には相当に困難と考えられる。人々が、可能な範囲で生活の質の向上を求めた結果が、このような自動車の利用増加という形であらわれているわけである。多くの自治体では、公用車への低公害車導入や自転車の利用促進等は実施しているものの、地域全体として生活の質の持続性を考慮しつつ、環境負荷を低減させるという総合的な交通政策は、まだ模索段階といえよう。
 京都議定書の目標年である2010年を念頭に置いて、将来の動向を予測するとどのようになるか、もう少し詳しく検対してみよう。日本はこれから人口減少社会に向かうので、それにつれて自動車の利用も減り、C02の排出も減るのではないかと考える人もある。しかし、いわゆる団塊の世代の後半以降の人のほとんどが運転免許を保有し、その年代が繰り上がってゆく。若い人も当然ながら免許を取り続けてゆくので、人口は減っても運転免許保有人口が増える。
 過去の統計解析によると、運転免許の保有率と、自動車の保有台数の間には相関関係があり、これより予測すると、自動車の保有台数は今後も増え続ける。この影響で、自動車の総走行距離も増えることになる。一方で、毎年一定の割合で燃費の良い新車に置き換わってゆく効果によって、日本全体でのマイカーの燃費が良くなる効果が期待できる。しかし、その効果を考慮しても、自動車の総走行量の増加がそれを上回ってしまう。
 環境自治体会議・環境政策研究所では、国内の全市区町村ごとに、人目動態や全国の交通需要予測の手法をもとに将来排出量の推計を行った(4)。図4は、人口5万人ほどの群馬県北部の小都市の試算例であるが、2010年までに人口が減少するにもかかわらず、乗用車部門のC02排出が増加する。

(4 松橋啓介・工藤祐揮・上岡直見・森口祐一「市区町村の運輸部門のCO2排出量の推計手法に関する比較研究」『環境システム研究論文集』第32巻、235頁、2004年などを元に算出。)

 また図5は人口50万人ほどの東京都郊外の中規模都市であるが、将来も依然として人口の流入が続くために人口が増加し、それにともなって自動車からのC02の排出も増加する。ただし貨物部門については、いずれの市でも微減である。
 国内全体でみると、数にして75%(5)の市区町村では2010年までに人口減少が予測されるにもかかわらず、そのほとんどで旅客(乗用車)からのC02が増加する。その要因は、前述のように、人目が減少しても乗用車保有台数が逆に増加し、いわゆる「1人1台化」が進展するためである。もとより、人口が増加する市区町村でも排出量が増加する。

(5 2000年時点の自治体数で示す。今後、合併の進展により自治体数は3分の2程度に減少すると予想されている。)


C02削減の手だてはあるか

 このように、現状をそのまま放置すれば、マイカーからのC02は増える一方であるが、温暖化防止のために削減の手だては何もないのであろうか。ノーカーデー、公共交通の利用呼びかけなど情報的手法は、これまでも実施されてきたが、目立った効果を挙げてきたとは思われない。京都議定書の目標も達成困難である。抜本的な交通体系に踏み込んだ対策が必要であることが示唆される。ここで一つのヒントは、街のつくりと、C02の排出量に一定の関係があることである。
 図6は、全国都市パーソントリップ調査の集計結果(6)から、いくつかの都市の類型(7)とDID(8)人口密度に対して、住民1人あたりの自動車CO2排出量(9)の関係を示したものである。人口密度が低くなるほど、また地方都市ほど、市民1人あたりのCO2排出量が多くなる関係が示されている。その要因として、人口密度が低くなるほど公共交通のサービスが不便になってマイカーに依存せざるをえなくなり、また地方都市ほど、同じ用事・目的に対して移動する距離が長くなるといったように、基本的に街の構造と、交通体系のあり方に依存していることがわかる。

(6 資料3より。)
(7 図6において、三大都市間は東京、中京、京阪神都市圏。地方中枢都市圈は札幌、仙台、広島、福岡、北九州。地方中核部 市間は前記の他、県庁所在地を中心とする都市間または人口が概ね30万人以上の都市圏。地方中心都市間は前記以外の都市圏。)
(8 DIDとは人口密集地域の略で、総務省の定義では、人口密度が1平方qあたり4000人以上の区域が隣接し、それらの区域の人口の合計が5000人以上であるような区域のかたまりを、DIDとしている。国勢調査を基本として計算される。)
(9 前掲3、4より算出。)

 さらに、図6から別の関係も読み取れる。三大都市圈の人口密度が8000人/平方q以上の範囲では、市民1人あたりのC02排出量に大きな差がない。しかしそれ以下の範囲では、同じ左上がりの関係ながらも都市によってばらつきかある。すなわち、都市のさまざまな要因によって、住民1人あたりのC02排出量が変わりうることを示している。一例を挙げると、長崎市の市民1人あたりのC02排出量は、地方都市でありながら、車京23区のそれとおおむね同じである。長崎市は地形的にコンパクトにまとまり、いわゆるスプロール化が抑えられていることや、路面電車が活躍していることなどが指摘される。地形を政策で変えることは不可能であるが、都市計画によってスプロール化を抑えることは可能であろう。


海外事例からのヒント

 海外の「先進事例」「先進都市」などと言われるが、それぞれを一覧してみると、内容として「先進」的な事例などは存在しないと言ってもよい。それよりも、30年前から知られているテーマを、着実に推進しているかどうかの違いである。
 最近の報告から、米国ポートランド市の事例を紹介する。ポートランド市は、路面電車の路線を整備すると共に、市内中心部の公共交通を無料化するなど、思い切った公共交通の利用促進策で知られている。図7は、ポートランド市を含むマルトマ郡における、近年のC02排出量の推移を示す(10)。

(10 A PROGRESS REPORT ON THE CITY OF PORTLAND AND MULTNOMAH COUNTY LOCAKL ACTION PLAN WARMING,JUNE 2005、ポートランド市「持続可能な発展室」ホームページより。)

 ポートランド市(圈) でも画期的にC02排出量が減少しているとは言えない。交通部門についてはようやく現状を維持している状況である。しかし1990年以降、放置すればC02排出量が伸び続ける傾向を示していたところを、努力してようやく現時点で1990年と同水準までに抑えている様子が読み取れる。逆に考えるなら、もし何もせず放置していれば、後になるほど極端な努力を求められることになり、継続的な取組みがいかに大切かを示している。
 同市の資料に解説されている交通部門の対策をみても、内容としてこれまで知られていないような新規テーマはなく、過去に提案されてきたことを着実に実行しているにすぎないと言ってよい。この中から、日本の現行の制度下でも何ら「できない根拠」はないにもかかわらず、実施されていない項目をいくつか挙げてみよう。

○1990年以来、路面電車2路線追加、公共交通無料ゾーンの拡大により、公共交通利用者75%の増加。(路線拡大と無料化のための費用には、駐車メーター収入とホテル税を充当。)
○自動車の走行台qを減少させるような部市計画(職住近接など)。
○公共交通機関に一定レベル以上のアクセスがある街路における洛外駐車場の設置を禁止。

 日本の政策担当者は、これだけでも実務上は容易でないと思うかもしれない。しかしポートランド市でこれだけ努力して、ようやくCO2排出量を1990年の水準ていどに維持する効果が得られているのである。もし日本で現状を放置していれば、後になるほど無理な努力が必要になることを示唆する情報として受け止めるべきであろう。