「あしたのまち・くらしづくり2008」掲載
<まち・くらしづくり活動部門>あしたのまち・くらしづくり活動賞 内閣官房長官賞

電車へのラブレター―公共交通を舞台にした「点から線へ、線から面へのまちづくり」―
滋賀県大津市 石坂線21駅の顔づくりグループ
はじめに

 「京阪は向い合わせの席が青春っぽいから好き!」これは、「大津の京阪電車は好きですか」という、私たち石坂線21駅の顔づくりグループの質問に答えた中学1年生の女子生徒の言葉です。日々の暮らしの中に溶け込んでいる公共交通に“交流の場・ハレの場”という要素を加えたこの活動。全国から電車と青春に関してのメッセージを募集した際にも、さりげなく存在する電車が、こんなにも人々の思いをつないでいるのだと、その魅力に改めて気づきました。

○「石坂線21駅の顔づくりグループ」の誕生
 2001年行政(滋賀県、大津市、志賀町※)が、地域でまちづくりにかかわる団体を「大津・志賀地域まちづくりNPO協働会議」として招集した。その中で、「まちづくり要素」の一つとして、地元大津市の中央を走る「京阪電鉄石山坂本線」(通称:石坂線)を舞台に、「持続型のコミュニティ構築」によるまちづくりを行なう試みをNPOから行政に提案した。2002年、京阪電鉄大津鉄道事業部(以下、京阪電車)が、行政側から、NPO側の思いを受け止める側として紹介されて参画し企業とNPOの実現可能な協働の取り組み方法の検討が始まった。2003年より石坂線21駅の顔づくりグループ(以下、当NPO)は「点から線へ、線から面へのまちづくり」をコンセプトに活動をはじめた。おりしも大津市では2004年から市民のまちづくり活動を資金面でサポートする「大津市まちづくりパワーアップ夢実現事業」がスタートし、その助成を受けて、種々の活動を推進することとなった。
(※2006年大津市と志賀町が合併)

○「地域に愛され信頼される鉄道でありたい」という京阪石坂線
 単なる輸送手段ではなく町のシンボルである鉄道をまちづくりに活用し、市民の足としての存在をPRするとともに町に活力を与えたい、という京阪電車。石坂線(正式名称…石山坂本線)は、大正2年大津電車軌道株式会社により大津―膳所間が開業したのにはじまり、順次路線を伸ばし、昭和2年に現在の姿である阪本―石山寺間が開通した。全長14.1キロ、現在の利用者は、1日3万数千人、片道30分余りで運行。朝夕は通勤通学の足として、昼間は沿線市民のかけがえのない足として2両編成の各駅に停車する小型電車が走っている。駅間が1キロ以下の箇所もあり「電車は“まちの横エレベーター”」、バリアフリーで下駄履き感覚の路線は、地元では「いしざか線」「いっさか線」と親しげに呼ばれている。

○キーワードは「青春」
 14.1キロの路線中に20校近くの学校がある通学沿線の特性を活かし「駅の顔づくり」の担い手として中学高校生が作品発表する場としてスタートした。以後若者を中心にした各種事業を展開。


「点から線へ、線から面へのまちづくり」

①まずは「点」づくり…コミュニティプラットホーム(2003年~)
 各最寄駅に学校や地域住民の「掲示板・ギャラリー」を設置し、交流拠点とする。2006年で沿線21の全駅に設置完了。メンバーは中高大生に加えて地域の学区社協が参加したことで年代は幼稚園から高齢者まで広がった。掲示板には、各学校の美術や書道クラブの作品、生徒会新聞、学校の授業紹介、老人クラブの作品展示など様々な使い方がなされている。設置後は鍵を利用団体に預け、メンテや作品入れ替えを行なっている。

②「点」から「線」につなぐ(2005年~)
 14.1キロの日本で一番細長い美術館「石坂線文化祭」を開催(2005~2007年度)。普段駅の展示活動を行なっている人たちの作品を電車に載せて通常運行する「年に1回のハレの場」である。出発式には各学校が参加宣言。貸し切り電車の中で作者としての中高大学生たちが世代を超えて交流する場も設定。車内放送は高校の放送部が、シナリオをつくり生放送も行なう。運動部と異なり文科系のクラブは普段の活動の発表が人の目に触れにくい。近年学校の文化祭に外部の人が参加しにくい時代だが駅や電車など身近な場所で発表できることで、学校や保護者にも喜ばれている。

③「線」が「面」にそして時間をつなぐ(2006年~2007年度)
 電車にまつわる青春時代の思い出を全国から募集。第1回は2355通の応募があった(2回目は2621通)。「石坂と青春」のキーワードから大賞は「石坂洋次郎青春賞」、カルピス「初恋賞」、コカ・コーラ「さわやか賞」、大塚製薬「はつらつ賞」と企業の協賛も得て、優秀作4作品を電車のボディに書いて市内を走る試みは大変話題を呼んだ。 ◎好きもさよならも同じ駅 ◎毎朝ひと駅だけのデートをあなたは知らない ◎電車間もなく発車します。告白の方お急ぎください ◎毎日乗るこの緑の電車が もう一つの学校 (入賞作品より)。「青春の舞台としての電車は、今日も甘酸っぱい思いを乗せて走っていることでしょう」と審査員の俵万智さんも評した。2008年には入選作品100点を「電車と青春+初恋 21文字のメッセージ」として出版した。


成果

○ハレの場と文化の継承から「ほほえみの輪」が広がる
 駅の掲示板の女子高生が作った川柳にそっと差し込まれた「返句」、その答えを、また作品にして学生が掲示する。中吊りスペースの「お年寄りに席譲る君 君に惚れるオレ」の作品に微笑む2人。駅で作品交換している学生に「いつもありがとう」の温かい乗降客の言葉。「若い人(小学生)が読めるように漢字にフリガナをうった」と胸を張る生徒会新聞作成の中学生。駅の作品を見る乗客と「いいでしょう! 僕この作品好きなんです」とにこやかに声をかける駅員。作者と乗客、京阪電車の乗務員や駅員との自然な形での交流が生まれている。

○パートナーシップのスタイル
 「世代間交流拠点」「地域の財産を活かして皆が楽しめるまちづくり」を目的に、利用者でもある当NPOと、自身の職場を快適で親しまれる場にしたい京阪電車が協働して事業に取り組んでいる。NPOからはアイデアとネットワーク、企業からは場の提供と社員の人的協力、行政からは資金サポートを得て、3者(NPO、企業、行政)のチームで地域に広がってきた。例えば、地域の中学高校に協力依頼をする際、学校側としてはNPOだけでは事業実現に不安があり、企業だけでは営業色が強い、双方が協働しそれに加えて行政が「まちづくり事業」として資金面でのサポートをする。このチーム構成が「生徒たちにまちづくりへの関心を持ってもらいたい」各校の校長に理解されて積極的な協力を得られることになったといえる。

○地域社会へのメリット
 沿線の中高生を中心に活動していることで「若者が社会性を学ぶ場」、「駅は、自分ちの玄関」という意識が定着。また、電車を自己実現の場として使用できることを知った乗客から「電車でイベントをしたい」などと主体的に京阪電車とかかわる提案が生まれてきている。京阪電車側も市民の希望にできるだけ応じる姿勢を示し協働で各事業を盛りたてている。嬉しいのは、掲示版・文化祭などの種々の試みの中で、学校側や主催者である私たちが当初危惧していた「作品に対するいたずら」などがこれまでに一切ないことである。みんなが作品を文化としてとらえ、コミュニケーションが生まれる「市民力」を実感している。また全国へのメッセージ募集などを通じて大津を広く外部にアピールできたといえる。


今後の取り組みの可能性と課題

 メッセージの全国公募・出版から、他地域の電鉄会社との連携の話も生まれてきている。今後はメディア面から情報誌を発行し、細長い沿線の共通の情報媒体として、また各駅周辺の情報誌として育てていく試みも計画している。企業の協力もあるが、まちづくりに効果があるということから行政の助成金に頼っている面も大きく、事業を継続するための安定的な資金確保が重要である。


おわりに

 毎日見慣れた駅や電車を乗るだけの存在から自己実現の舞台に変身させる仕掛けづくりは 楽しみながら、公共交通の新たな魅力を見出せたといえます。「駅に掲示板を 一つこさえたことがこんなに広がって!」というのは京阪担当者の言葉ですが、私も同じ感慨を持っています。「危険なことでなかったら何でもやってみましょう。精一杯協力します」一つ一つの積み重ねが思わぬつながりを広げるとともに、深い思いも紡いでいく。沿線に育った私は、幼いころ毎日妹弟と電車で会社から帰ってくる父を駅に迎えに行きました。「ガタン、ゴトン」という電車、「カンカン」という踏切の音=お父さんの音でした。冬の寒い日には改札のおじさんに火鉢に当たらせてもらいました。そんな思い出を持っている人がいっぱいいるこの石坂線。関わる人たちが笑顔で楽しみながら取り組み、周りにも微笑みが広がる。「みんなが、ありがとう」これが電車へのラブレターです。