「あしたのまち・くらしづくり2010」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 内閣官房長官賞

いんしゅう鹿野のまちづくり
鳥取県鳥取市 NPO法人いんしゅう鹿野まちづくり協議会
鹿野祭りの似合うまちづくり

 鳥取市鹿野町は、鳥取市の西部に位置する山あいの田園地帯にあり、四季に応じて色とりどりの風景をのぞかせる小さな城下町である。亀井公が城主として37年間統治し、その善政で城下を経済的にも文化的にも繁栄させ、今でも「亀井さん」の愛称で地域の人々に親しまれており町並みは今もなお当時の面影を残している。400年の伝統を誇る「鹿野祭り」は作法に基づき、榊、屋台、武者行列、獅子舞、御神輿等が街並みをゆっくりと練り歩いて進み、祭りに集う人々を町の人々が歓待し、町は大きな熱気に包まれる。
 その鹿野祭りの似合う街をコンセプトとして行政、住民、NPOが協力してまちづくりを行なってきた。行政を中心に平成6年度から街なみ環境整備事業に取り組み、街なみ整備ガイドラインを策定。平成8年には各町内にて街づくり協定が策定され公的空間である道路、水路の縁石、石橋、石行燈など整備を開始した。各町内会では「手作りぼんぼり」「足下行灯」「門灯」の設置等独自に町並みに合った演出に取り組み、地域住民もそれぞれが工夫し、祭りに似合う住宅改修や屋外環境の整備を行なった。


NPOいんしゅう鹿野まちづくり協議会

 行政による街並み整備の活動に住民も呼応し、平成13年10月にそれまで各グループで活動していた多くの住民・グループが集まり、「いんしゅう鹿野まちづくり協議会」を設立した。平成15年2月にはNPO法人を取得した。
 設立のきっかけとなったのは、協議会の母体となったグループが平成12年8月に鳥取県が実施した「鳥取県街なみ整備コンテスト」において「いんしゅう鹿野童里夢(ドリーム)計画」を提案し、最優秀賞を受賞したことで、この計画は空地・空家を活用した、地域振興のグランドデザインであった。
 協議会は「藍染め暖簾」等の軒下演出、「いんしゅう鹿野盆踊り」等の賑わいづくり、「鹿野ゆめ本陣」等の空き家活用、フォーラム開催など町並みや地域文化を活かした活動を継続して行なっている。


軒下の演出

 まちづくり協議会では地域の人々の支援を頂きながら、町なみ景観の向上を推進してきた。平成16年には民家の玄関に藍染め暖簾をかける取り組みや、昔使われていた陶器の醤油瓶を半割にして山野草を植え付け軒下に設置する取り組みを行なった。平成18年には昔の火鉢等を活用して、軒下でメダカを飼う事業を進めた。
 平成20年には鹿野町内に残る家号を活かそうと、昔の家号を書いた瓦を焼き住居の軒先に設置した。そして鳥取大学で研究された約190種類の世界の蓮を譲り受け、鹿野町内の住民に株分けし、各戸の軒下で育てて頂いている。初夏には大小の蓮の花が町並みを彩り、町を散策される方たちの目を楽しませてくれている。


町並みを楽しむ賑わいづくり

 毎年お盆に実施している「いんしゅう鹿野盆踊り」は胡弓や鹿野祭りの笛・太鼓の音色にあわせ、町並みを流して踊り最後は町内有志による出店が待つ河川敷で輪踊りを行なう。来訪者や帰省客も参加しあちこちで同窓会が始まる等、鹿野の夏になくてはならない事業になった。
 虚無僧行脚は全国から尺八の愛好家、顕奏家が集まり町並みを行脚していただく行事。平成13、15年は鹿野町が中心で行なったが、市町村合併後は継続を望まれ、まちづくり協議会が主催となって平成17、19、21年と継続している。提灯の明かりの中を行脚する姿は、幽玄な世界を醸し出し鹿野によくあっている。
 盆踊りや虚無僧行脚では家々の軒先に提灯をつるし、藍染暖簾を掛け、道には打ち水をするなど地域の人々も楽しみながら支えている。
 鹿野わったいな祭りは毎年10月の後半に開催され、街なみ会場のあたごフリーマーケット、ミュージカル館、鹿野祭館、藍染め体験、コンサートや獅子舞、手作り小物などの展示販売等をまちづくり協議会が企画運営している。
 鹿野の街並みに似合った賑わいを地域の人々共に創り出し、楽しみ、継続している。


空家活用による賑わいづくり

 平成14年4月、空き家を改装した活動拠点「鹿野ゆめ本陣」を開設。鹿野を訪れた方の休憩の場に利用するほか、1階の土間では手作り小物などを販売し、2階はギャラリーとして活用している。敷地内には藍染め工房があり、町内の暖簾や衣料品などの製作や、来訪者の藍染め体験も行なわれている。
 平成16年3月には解体予定であった建物を再生し、食事処「夢こみち」を整備した。運営を町内の女性グループに委託し、鹿野らしいもてなしでゆっくりとした時間を過ごして頂き、地域の食文化・食材を提供している。「菅笠弁当」は大変な人気を博し、多くのリピーターを得ている。
 平成20年8月には、75年前に稚蚕共同飼育所として建てられ、その後公会堂や校舎、縫製工場などに使われてきた木造建物を保存し、まちづくりの新たな拠点として活用するため、株式会社「サラベル鹿野」を設立した。建物名を「しかの心」と命名し、お堀端という立地の良さも加味しカフェ、イベント会場、ギャラリー等として活用している。
 平成20年には城下町地区の空き家調査を行ない、空き家が増加しいている現状を解決しようと「いんしゅう鹿野・空古民家再生プロジェクト」による新たな展開を目指した。それぞれの所有者と協議を繰り返し、21年には若者2人のシェアリングハウスとして活用が始まり、22年にはゲストハウスとして活用など新たに3か所の空き家活用が始まった。


フォーラムと新たなプロジェクト

 鹿野ではいろいろなフォーラム、ワークショップを開催している。全国各地のお話を伺い、鹿野のまちづくりの課題を確認し、これからの活動の大いなる糧・指針を頂く機会となっている。新たなプロジェクトもそこから生まれている。

■フォーラム・ワークショップ
□平成20年1月 まちなみ景観を活かした地域づくり「残したい建物があります。」開催。街並みや空き家の活用をあらためて考える機会とした。
□平成21年1月 鹿野まちづくり合宿〜グランドデザイン策定へ向けて〜開催。新しいまちづくりの方向性(グランドデザイン)を検討するため、これまでご指導頂いてきた市村良三氏、濱田美絵氏、藤原明氏、岡村竹史氏、山口真佐美氏をゲストに迎え鹿野まちづくり合宿を開催した。
□平成21年11月 アートとまちづくりの幸せな関係を探るin鹿野〜アーチスト・イン・空き家の可能性〜開催。大南信也氏、三上清仁氏、田島伶子氏をゲストに迎え、アートによるまちづくりを学び、鹿野町を具体的な素材として、アーティストと空き家の掛け合わせでどんなことが可能になるのかを構想した。
□平成22年2月 鹿野まちづくり合宿「激動の時代を迎えて、鹿野は今〜土地の力に根ざしたまちづくり〜」開催。森まゆみ氏、狩俣恵一氏、松場登美氏、結城登美雄氏のゲストを迎えて3日間にわたって行なわれた。
 このまちにしかない風土や文化、そこに暮らす人々の営みを見直し、具体的な鹿野のまちづくり、人づくりを見いだすことを考える機会となった。またゲストの方々、全国からの来訪者、地元の方々の参加によって各地域での活動や課題、方向性の共通する部分など、幅広いテーマで議論されたことはこの会を開催したことの大きな成果であった。

■新たなプロジェクト
□いんしゅう鹿野・空古民家再生プロジェクト
 現在の城下町地区は空き家も多くあり、それらは近い将来に解体せざるを得ない建物もある。街づくりの取り組みの効果もあり、訪れる人も増え、住みたい・お店を考えたいとの声も出てきた今、小さな城下町に住み心地の良さと賑わいを作り出す、空家再生の指針と仕組みを構築する。空古民家の所有者との関わりを深め、課題の解決を行ないながら売買・貸借・活用の提案を行ない、利用者と住居や工房・お店などへの再生を相談し、活用を実現する。
□鹿野的空家活用によるレジデンス・サポート・プロジェクト
 私たちは現代アートに留まらず、舞台芸術や地域づくりも含めた、鹿野的な幅の広さと鹿野の資源を活かしたレジデンス・サポート・プロジェクトの取り組みを進める。アーチストたちを長期間招きレジデンスに必要とされる場の提供だけではなく、鹿野の地域力により人を育てていくことが鹿野におけるレジデンスサポートと考える。
 レジデンス・サポート・プロジェクトは彼らを鹿野の人々が迎え育むことにより、人と人との交流を生み、鳥取力により育つ若者たちが生まれていく。彼らは鹿野に新たな風を吹かせ、鹿野の持つ魅力を再発見し鹿野の人々に伝える。そして鹿野の人々も新たな鹿野の魅力や地域の力を発見し自らも育つことになる。鹿野から育っていった人々は県内や全国各地で活動し、交流が深まりいつか鹿野の力になってくれると信じる。


目指しているもの

 いんしゅう鹿野のまちづくりは、子どもたちが好きなまち、将来町を出て行ってもまた帰って来たくなるふるさと、そんな町を作りたいとの思いから出発した。それにはまず住んでいる自分たちが楽しく、心豊かに暮らせるまちであることが大切だと考える。
 鹿野のまちづくりが進む中で感じられるのは、地域の人々の一体感。祭り・文化・地域を大切に思い、自分たちの町は自分たちで良くするのだという思いをしっかりと共有していること。盆踊りや虚無僧行脚などの開催においても、演出を住民が率先して行なう。
 鹿野には特別な観光地、お宝はないが、歴史と文化、昔ながらの街並と田舎の風景がある。そして来訪された方々を心からもてなす、地域を大切に想う人々がいる。
 私たちはこれからも町並みを守り、歴史・文化や地域資源を活かし、さらなる賑わいと新たな地域文化を作り出すことで、鹿野を訪れた方々に昔ながらのふるさとを感じていただきたいと考えている。