「あしたのまち・くらしづくり2010」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

限界集落が取り組む虐待で苦しんだ子どもたちの「心のふるさとづくり」
宮城県石巻市 あじ朗志組
網地島(あじしま)について

 宮城県北東部の太平洋に浮かぶ網地島は、捕鯨や遠洋漁業の乗組員がたくさん住んでいた活気のある島でした。かつては、小学生だけでも576人もいた時期もありました。しかし、捕鯨や遠洋漁業の操業は難しくなり、島で生活することはできなくなってしまい、やむを得ず、多くの家族が島を捨てて、出て行きました。この10年間で、人口は約1000人から約500人に半減。島に残されたのは、高齢のお年寄りばかりとなってしまいました。わずかな年金と漁業により、細々と暮らしています。あじ朗志組がある網地浜は、子どもが一人もおらず、数十年後には無人となってしまう限界集落です。


活動を始めるきっかけ

 島に残されたお年寄りたちは、子や孫がいなくなってしまった網地島の将来に不安に感じながら、「すかだねぇ(仕方がない)」という諦めの気持ちばかりを持っていました。そして、何か問題が生じれば、それはすべて行政が悪いのだと決めつけてしまい、諦めと焦燥感で何もできずにおりました。そして、自分が生きている間だけ、この島が存続すればよいと考える人も多くなってきました。
 このままではいけないと、島のお年寄り数人が、平成16年に「あじ朗志組」を結成し、島おこしの活動を始めました。


島外の隊士(ボランティア)を募集

 小中学校への通学路や海に出る作業道は通る人もいなくなって、草木が生い茂り、また、マツクイムシ被害の倒木もあって、通れなくなっていました。山のマツクイムシ被害は甚大で、一山すべての松が枯れてしまったところが多く、山の滋養が失われて、ウニやアワビ、根魚の生態にも大きな影響を与え始め、山への植林作業が必要となってきました。さらに、島の海岸には様々なゴミが外国からも含めて、漂着し、漁業の妨げや網地白浜の景観を台無しにしています。そして、これらの清掃活動等は、島のお年寄りにとっては辛いものとなってきました。
 あじ朗志組では、高齢のため、身体の動く者が少なくなり、島のお年寄りだけでは対処できない作業を島外からの隊士(ボランティア)を集めて、島民と交流してもらいながら、作業を行なってもらうことで解決しようと考えました。
 今では、毎年、20代から60代の隊士50名が島を訪れ、その作業を手伝ってくれています。


海外で活躍しているピアニストを招いた網地島ピアノコンサート

 網地島に縁のある方の娘さんで、海外で活躍しているピアニストを招き、平成12年に休校された網長小学校に残されたピアノ等を活用して、網地島ピアノコンサートを開催しました。そこでは、子どもがいなくなって、休校されてしまった網長小学校の校歌が演奏されました。誰からともなく、自然に合唱が始まり、500人以上の子どもたちがいた時代を懐かしんでいるようでした。


網地島ふるさと楽好「虐待で苦しんだ子どもたちの心のふるさとづくり」

 平成19年度からは、虐待に苦しんだ児童養護施設の子どもたちを網地島へ招待しております。新聞やテレビでは、子どもたちへの虐待が毎日のように報道されています。最も信頼を寄せ、愛情を注いでもらえたであろう親から虐待される子どもたちが報道される度に、切なく胸が痛みました。そして、子どもがいない網地浜に住んでいるお年寄りたちは、地域の宝である子どもがなぜそんな目にあわされるのかを理解できませんでした。「なぜ、どうして」という思いばかりが募ってきました。そのような境遇にいる子どもたちに何かできることはないかと考え、この「網地島ふるさと楽好」を始めることを決めたのです。夏の一時期ですが、島のおじいちゃんやおばあちゃんたちにたっぷりと甘えてもらって、心の拠り所となる「心のふるさと」を作ってあげたいと考えました。そして、「生い立ちは不幸であっても、未来にきっと幸せになれる」という強い気持ちを持って、これからの人生を歩んで行けるようにしてあげたいと考えております。
 この活動は、網地島にとっても、良い結果をもたらしています。子どもがいない網地浜に子どもたちが来てくれるだけで、島のお年寄りはとても喜び、子どもたちから元気をもらうことができます。

 何もない島であるため、子どもたちには、お年寄りが子どもの頃の遊びや島の食の体験を通じて、家族の温かみを体験してもらっています。島のお年寄りたちが先生役であり、子どもたちのおじいちゃんやおばあちゃん(島のお年寄りは謙遜して、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんと自分たちのことを呼んでいます)です。素朴な遊びでも、子どもたちにはとても新鮮なものとして受け止められています。

 島伝統の魚釣り技法である「アナゴ抜き」は子どもたちに人気のある体験メニューです。島の昔の子どもたちを熱中させた魚釣りです。漁師である島のお年寄りが教える魚釣りは指導が厳しいのですが、子どもたちは自分の力で魚を釣りたいので、真剣に話を聞いてくれます。仕掛けは簡単で、針の付いているテグス20㎝を竹竿の先端に結び、餌は岩場で採れた「えらこ」を付けます。それを岩の下の隙間に入れて、魚がかかるのを待ちます。この釣りでは、ザリガニ釣りのように次から次とたくさんの魚が釣れます。参加した子どもたちのほとんどが、魚を釣り上げることができました。
 釣った魚は、浜辺で塩焼きにして、子どもたちにごちそうします。ふだん魚を食べない子どもも、自分の釣った魚となると、愛おしく感じるようで、骨までしゃぶるようにして食べてしまいます。

 網地島の食の体験は、おじいちゃんやおばあちゃんが海から採ってきたものを家族でさばき、調理して、一緒に食べるというもので、まさに家族の温かみを感じられるものです。
 朝捕れたばかりの生きたままのヒラメやウニやアワビは、子どもたちにとって、不思議、驚きの連続の生物です。
 スーパーで刺身となった姿でしか見たことのないヒラメは、両手でも持てないくらいの大きさです。時折、飛び跳ねて、子どもたちをびっくりさせます。体の半面にしか付いていない目は、改めてみると、とてもユーモラスで不思議な感じがします。歯はとても鋭く、口に指を入れたら、引きちぎられそうな怖さを感じます。生きたままのヒラメは、おじいちゃんたちの鮮やかな包丁さばきで、あっという間にお刺身に変身します。お手伝いしてくれた子どもたちには、ご褒美がありました。千匹に一匹しか捕れないという幻の「星ヒラメ」のエンガワをおじいちゃんたちが内緒で食べさせくれました。とても甘く、コリコリしていて、子どもたちは、競うように食べていました。お刺身にならなかった部位も、島では無駄にしません。あら汁として、子どもたちに食べてもらいます。様々な形の骨がたくさん入っており、子どもたちはそれだけでも楽しいようです。
 子どもたちには、鮭の捌き方に挑戦してもらっています。左手に軍手を付けて、滑らないようにして捌いていきます。しかし、鮭の「ぬめり」は強力で、つるつるとまな板から落ちてしまいそうになります。何とか三枚におろして、ちゃんちゃん焼きや朝食の焼き魚とします。ちゃんちゃん焼きは、子どもたちに作ってもらいます。煙が目にしみる火おこしから始まり、鮭を焼き、野菜をのせて、身をほぐし、味噌で味付けするところまでやってもらいます。何でもチャレンジです。分からないことは大人に聞いてもらいます。体験を通じて、コミュニケーションがとれるようにしているのです。タレにつけた鯨も、子どもたちが焼いてもらい、みんなで食べます。なぜか自分で作った料理は自慢をしたくなります。各テーブルを回りながら、自分が作った料理を勧めていきます。みんなが「おいしい」と言ってくれると、子どもたちは満面の笑みを浮かべます。
ウニは、黒いイガイガが動いている様子が子どもたちを夢中にさせます。初めは、針の扱い方が分からず、なかなか手のひらにのせることはできませんが、次第に慣れて、手のひらをモジャモジャと動く感覚を楽しんでいます。ウニは殻付きのまま、食卓に出されます。初めは気持ち悪がって、子どもたちはなかなか手を付けません。しかし、一度食べると、その天然のウニの味はやめられなくなり、一人で12個も食べた子どもがいました。
 アワビは一般的には高級食材ですが、島にはふんだんにある食材です。少し固いため、たいていの子どもは食べないのですが、児童養護施設の子どもたちはたくさん食べてくれます。中でも、小学校6年生の女の子は、アワビを「うまい、うまい」と言って、10パイも食べて、島のおじいちゃんやおばあちゃんを驚かせました。さらに、アワビの肝もおいしそうにたくさん食べたので、おじいちゃんたちに、見所があると見込まれて、網地島で「海女」にならないかと誘われていました。
 つぶ貝の殻むきは根気のいる作業です。爪楊枝で一つずつ剥いていかなければなりません。島のおばあちゃんたちと楽しく話をしながら剥いていきます。夢中になると、だんだんと距離は縮まり、自然と額を寄せ合うように剥いています。まるで本当のおばあちゃんと孫のようです。


最後に

 児童養護施設の子どもたちは、網地島に来ると、すぐに大人と手を握ろうとします。頼れる家族を求めているようで、切ない気持ちになります。家族の愛情を心から求めているようです。
 虐待に苦しんだ子どもたちに、温かな家族の思い出を作ってあげたい、夏休みの楽しい思い出を作ってあげたい。そのような思いから、「網地島ふるさと楽好」の活動を続けています。体験の内容はありふれたものかもしれませんが、島のありのままの素朴な生活を体験してもらっています。家族と離れ離れになってしまった子どもたちに温かい家族を味わってもらえたらと考えています。
 そして、これらの思い出が、子どもたちが大人になる過程でぶつかる様々な障害に打ち勝つ心の拠り所になってくれればと考えております。そして、いつか、愛情あふれる自分の家族を持って、また網地島に遊びに来てほしいと考えております。

 3年ぶりに、中学2年生になって参加してくれた男の子に、「久しぶりだね」と挨拶したら、「覚えていてくださったんですね」と本当にうれしそうに微笑んでくれました。そして、その大人びた丁寧な言葉に、この子が「3年間で大きく成長したんだな」と感じることができました。そういった心のつながりを感じ、子どもたちの成長を見ることができるのが、「網地島ふるさと楽好」の大きな魅力となっています。また、網地島にとっても、子どもたちの素敵な笑顔から元気をいただけることが、一番の財産となっています。
 毎年、児童養護施設の子どもたちを呼ぶためには、バス代や船代等の費用がかかります。費用を節約するため、食材は島のお年寄りが自分で採ったものを持ち合っています。何とか子どもたちのために長く続けていきたいと考えております。
 網地島は年寄りばかりが住む何もない島です。限界集落となり、十数年後には、無人となるかも知れません。そのような島ですが、子どもたちを未来へつなげ、網地島を未来へつなげていきたいと考えて、あじ朗志組の活動を続けています。


(参考:これまでの活動状況)
●島の大掃除大作戦(遊歩道造り・海岸清掃)
第1回 平成16年9月11日(土)~9月12日(日) 参加人数19人
第2回 平成17年9月24日(土)~9月25日(日) 参加人数19人
第3回 平成18年6月11日(土)~6月12日(日) 参加人数19人
第4回 平成19年6月5日(火)~6月6日(水) 参加人数20人
第5回 平成20年7月13日(日) 参加人数20人
第6回 平成21年5月14日(木) 参加人数20人
第7回 平成22年12月5日(日) 参加人数20人

●緑の網地島・植林大作戦
第1回 平成18年10月28日(土)~10月29日(日) 参加人数50人
第2回 平成19年10月27日(土)~10月28日(日) 参加人数50人
第3回 平成20年10月16日(木)~10月17日(金) 参加人数30人
第4回 平成21年10月29日(木)~10月30日(金) 参加人数30人
第5回 平成22年11月6日(土)~11月7日 参加人数30人

●網地島ピアノコンサート
第1回 平成17年7月2日(土)実施 参加人数約250人
第2回 平成18年7月1日(土)実施 参加人数約250人
第3回 平成22年8月31日(火)実施 参加人数約100人

●網地島ふるさと楽好(虐待等に苦しむ児童養護施設の子どもたちを網地島へ招待)
第1回 平成19年8月7日(火)~8月9日(木) 参加人数34人
第2回 平成20年7月29日(火)~7月31日(木) 参加人数42人
第3回 平成21年7月26日(日)~7月28日(火) 参加人数40人
第4回 平成21年8月5日(水)~8月7日(金) 参加人数70人
第5回 平成22年7月26日(日)~7月28日(火) 参加人数65人
第6回 平成22年8月8日(日)~8月10日(火) 参加人数40人