「あしたのまち・くらしづくり2013」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 内閣官房長官賞

会議をやめて劇をはじめた住民と専門職のネットワーク
兵庫県明石市 望海地区在宅サービスゾーン協議会
1.はじめに:ネットワークの新たな取り組み
 兵庫県明石市の中心に位置する望海地区は海に面した人口3万人ほどの町だが、他の地域同様、多くの問題をかかえている。高齢化、認知症、独居、コミュニティの崩壊、学校崩壊、予想される災害の被害等々。それらを解決しようと模索するなかで、斬新で効果の高かったのが「地域劇(ぼうかい劇団と命名)」であった。「地域劇」とは阪神淡路大震災をきっかけに平成7年に開設された保健医療福祉の専門職と行政と住民がネットワークを組んだ「望海地区在宅サービスゾーン協議会(以下、「サービスゾーン協議会」とする)」の活動が基礎にある。1999年より、地域の課題を住民が物語にして、住民が監督、役者になり、数か月の練習を経て住民の前で演じる。文字どおり手作りの劇である。始めた当初は、手探りのなかで周囲の期待よりも参加者が喜んでいるというものであったが、2012年で14年目、大きな公演は15回を数え、小さな公民館等での公演は毎年2〜3回行なっている。
 「地域劇」は今では地元だけでなく外部からも高い評価を受けるまでになった。

2.「地域劇」が生まれるまでの経緯
 サービスゾーン協議会は「医師会」「歯科医師会」「薬剤師会」「地区社会福祉協議会」「民生児童委員」「ボランティアグループ」「高年クラブ」「市社会福祉協議会」「障がい者団体」「子ども関係団体」「施設・サービス事業所」「地域包括支援センター・在宅介護支援センター」「行政職員」等で構成され、2か月に1回定例会を開催している。
 地域の課題を上記のメンバーが解決していこうと平成7年に開始されてから毎回会議で議論を重ねてきた。しかし、立場の違うものが同じ課題を会議で解決に導くには遅々として進まない。そんな時、介護保険制度が始まる前(2000年以前)、在宅介護支援センターが、高齢者に小さな文字の難しく聞き慣れない制度の書類で何度説明しても理解されなかった。そこで、簡単な寸劇にしてみたところ「今日の劇はよくわかった!」と大反響。この予想外の結果に気を良くして、サービスゾーン協議会の定例会で「劇にしませんか」と呼びかけ、「ぼうかい劇団」が立ち上がった。悪質商法、老後の生きがいづくり、認知症予防、みんなの居揚所づくり、子どもの夢、インフルエンザ対策、世代間交流、まちづくり、防災等様々な問題に取り組み、課題を住民みんなで物語に変え、解決策を織り込みながら劇に変えていく。一度参加したものはみんな「ぼうかい劇団」劇団員と任命。そして、数年前から見守りを防災とからめて取り組んでいたが、2011年の東日本大震災が勃発し、本格的な防災への取り組みへと移行している。

3.「地域劇」ができあがるまで
 明石市の望海地区には三つの小学校区があり、サービスゾーン協議会は望海中学校区であるが、日頃の活動は小学校区になる。それぞれの小学校区には、歴史と個性があり、自治会等独自の活動を行なってきた。サービスゾーン協議会はその住民の中に保健医療福祉の専門職、行政等がそっと、その関係性を壊さないように関わっていることも大きな特徴である。このサービスゾーン協議会の当初は定例会議で地域の高齢者の課題を取り上げたが、実際には解決に至らない。そんな中で地域劇は生まれる。事務局が課題収集のため、地域の座談会に参加してみると、地域のなかでは様々なドラマがあり、この小さな声を拾い上げて解決に活かすことができないかと物語にしたのである。そうすると、そこには高齢者だけでなく子どもや障がい者の課題も含まれ、地域、人生等がリアルにあらわれ、このままではもったいないと劇にすると、その練習中にも会議では得られなかった心に響くことが起き、参加者には強い連帯感がうまれ、劇が終わっても引き続き課題を解決しようとするさらなる活動につながったのである。
 つまり、地域劇のプロセスは、
@地域の課題を明確にするために座談会やアンケートを行なう。(情報収集・課題分析)
Aその中で明確になった課題や夢をテーマにする。(課題の明確化)
B座談会等で明確になったことや、小さなつぶやきや、今後実現したい夢をシナリオに落とし込む。(課題のさらなる明確化、解決策の明確化)
Cそのシナリオを住民と専門職等で検討しあう。(課題、解決策の検討会、身近な地域ケア会議)
D数か月間の地域劇の練習(顔の見える関係づくり、地域のお宝さがし、人間性の発見、ネットワーク構築)
E本番は見に来た住民にとっても、親しみやすい課題検討会となる(効果的な広報)
F「絵に描いた餅」にしない活動へのきっかけ(課題解決に向けて住民の自主的な活動の始まり)というかたちになり、これまでにも地域劇が数多くの住民活動につながり、具体的な方法で解決しているという効果を上げている。
G劇の効果:たとえば、劇に参加した不良と呼ばれる少女たちが、障がい者の方とふれあい、少女たちが変わり、それを見ていた大人たちや中学校が変わった。この少女たちが進学したいと言い出し、地域の中で「むりょう塾」というボランティアで数学、英語を教える塾ができた。この「むりょう塾」は今でも子どもと大人のふれあいの場となり、小学校の不登校率が画期的に改善したことで校長先生も変わった。不良少女を劇につないだ女性は女優になる夢を心の病で挫折。しかし、劇に出るたび回復し現在は発作もなくなっている。また、みんなの夢だった「みんなの居場所」を劇で演じた後、「劇で終わらしたらあかん」と署名活動を行ない、市の所有する施設の中に居場所作りのためのスペースを確保することができた。また、86歳の認知症の方が毎回劇に出ることでいきいきと演じ、今では他の高齢者の世話ができるまでになり、理想の高齢者として96歳を迎えている。また、傲慢な自治会長の意外なお茶目な一面が練習中にわかり、周りが驚きながら自治会がまとまった等、小さな変化も含めば数限りない。もっとも大きかったのは、防災の取り組みである。2年前の市民会館の大ホールで演じた劇では防災をテーマにした。東日本大震災の後でもあり、劇を見た他の自治会長たちが「あの望海地区のようにするにはどうしたら良いのか」「何か防災の取り組みをしたい」と市に多数問い合わせがあり、その後、各自治会で「見守りマップ」「災害時要援護者防災訓練」等、取り組みが具体化している。平成24年は「なんかあったら助けてやといえるまちに」をテーマにして舞台から呼びかけ、この言葉が広く行き交うようになったことも大きな成果である。

4.サービスゾーン協議会の活動
 その他にもサービスゾーン協議会では、以下のような取り組みを行なっている。
・「安心テンポ」活動(平成15年から)…見守り活動を広く周知してもらおうと商店街などにポスターをはり呼びかける。
・「まちかど健康教室」(平成19年から毎月3小学校区)…地域の医院等の医師等が健康教室の講師を務める。
・「まちかどコンサート」(平成14年から年数回)…「歌を歌いたい」とつぶやいた癌患者の声から地域の医院の待合室で通所サービスにも通えない方々の集いの場。
・「宿題しよーか」(平成19年から3小学校区)…学生が夏休みに子どもに工作を教えるが一番楽しんでいるのは手伝いに参加した住民である。
・「災害時要援護者防災訓練」(平成24年から3小学校区)…地域でセミナーの開催を数回行ない、実際に車いす、視力障がい者等の要援護者が参加し、自主防災、医療機関や専門機関、消防、行政が参加し、「要援護者避難誘導」「トリアージ」「避難所体験」「福祉避難所を考える」「非常食試食」「布タンカ等での体験」等防災訓練を行なっている。
 サービスゾーン協議会の活動のプロセスと成果を整理してみると、
@2か月に1回の定例会で会すること:開設当初はこの会の意味も分からず、しぶしぶ参加していた地域の方々が、2か月に1回、行政や専門職と顔をあわせることで、なんでも身近に話せる、顔の見える関係になったこと。
A会長は医師、副会長は自治会長の理由:サービスゾーン協議会の会長は地域で開業する医師が担う。高齢者にとって医療は欠かせず、医師の信頼は絶大である。その医師が地域の中で中立的にかじ取り役を担い、「先生があんなに一生懸命やってくださっている。わしらもがんばらんとあかん」と住民はついてくる。そして、副会長は自治会長等が担うことで小地域に活動が広がる。
Bお互いの活動を知ること:多機関が集合し、連携するために欠かせないものはお互いの役割を知ることから始まる。サービスゾーン協議会では各機関の活動内容の紹介を順次行ない、それぞれの機関が行なう活動、特色、課題、目標、夢が明確になり、お互い足りないところが足せる関係になる。
C事務局を在宅介護支援センターが担う理由:在宅介護支援センターは、地域の個人の相談に深くかかわり、その地域の特性も把握し、この問題は誰にまずつないだらよいか考える等、サービスゾーン協議会の黒子と地域のコーディネーターの役割を兼ねている。
D毎年テーマ(到達目標)を決定していること:人には夢や目標が必要である。それがあれば人や組織は動く。その目標は地域からの意見を集約する。つまり、サービスゾーン協議会は地域の夢を創る基盤になっている。
E年間計画の持つ意味:テーマの設定だけでなく具体的行動をみんなで決めることでより明確な方法と共通の目標に向かって活動することができる。
F地域劇の意味:これは手法であると考える。地域課題を地域住民に理解しやすく提示していく。ほとんど交流のなかった関係機関と会議の上だけの関係でなく、楽しみながら共通の課題に向かって考えていく。演じることが目的ではなく、シナリオに組み込まれた地域の課題を検討しながら、最終日に向けて進んでいく共通の達成感が何物にも代え難いつながりを生むものと考える。そして、誰でも参加できるのである。毎回30人から60人の住民が参加して劇ができあがる過程が地域づくりの夢につながっていく。
G地域見守り活動「安心テンポ」:ある老夫婦の孤立死から安心できる場所とリズム(雰囲気づくり)を地域の商店等に協力を求めたことによりまちの無関心層にも広く周知された。
H介護予防・健康教室「まちかど健康教室」の評価:この教室は地域の開業医のボランティアから始まった。医師が地域住民の健康をたいせつに思う心を住民は身近に知った。日頃は白衣をきた先生が一生懸命住民に話をしてくれる。これは住民にとっても地域の医療をたいせつに思うきっかけとなった。
I多世代を超えた活動:サービスゾーンの活動やアンケートなどから要援護高齢者の問題は高齢者だけで考えてはいけないということが分かってきた。高齢者がいきいきとしているのは子どもを世話している時であったりする。支援を与えるのではなく、役割を持ってもらえる活動に変えていく。行政の縦割り制度にとらわれず、人の自然なつながりをダイナミックに考えられるのもこのサービスゾーン協議会の持つ強みである。

5.まとめ:サービスゾーン協議会から見えてきたもの
 このメンバーは「この町を住みやすいまちにする」との強い信念を持っていることが見えてきた。それは、共通の活動を通してますます揺るぎないものになっている。目的を共有するものは、家族のつながりに似たものがある。また、専門職は地域の熱い思いの裏付けを理論として証明できなければならないと考える。
 そして、地域の自主性・独創性を生かし、地域性を生かしたユニークで情緒豊かな活動を行なう。人と人のつながり、人々の変化がドラマのように展開され、誰もが参加して楽しいと感じ、解決不能と思えた課題が自然と克服していることに気が付いた。ここに現代社会の難しい課題を解決する糸口があるのではないかと感じる。