「あしたのまち・くらしづくり2013」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

自治会との協働活動「住快環プロジェクト」―佐知川上自治会の活動を例として―
埼玉県さいたま市見沼区 芝浦工業大学三浦研究室
1.活動の始まり〈第1回懇談会〉
 平成24年9月26日午後6時。芝浦工業大学の4年生で三浦研究室に所属している林政志君と船木麻聖(まさと)君は緊張を隠し切れない様子で、さいたま市の佐知川上自治会館に向かっていた。この日の午後7時から自治会館で、佐知川上自治会と三浦研究室がこれから協働して進める「住快環プロジェクト」の第1回懇談会が開催されるのだ。自ら希望してこの地区の担当となった2人は、自治会の役員の人たちと一緒に机を並べたり、パソコンとスクリーンを設置したりと会場の設営を行なうことになっている。

 三浦研究室は芝浦工業大学のシステム理工学部環境システム学科の研究室のひとつ。この学科では3年生までまちづくりや環境問題の基礎を勉強する。4年生になると研究室に所属して卒業論文に取り組む。三浦研究室は12年前から自治会との協働活動を行なっており、筆者が「研究室の外に出よう。環境の現場で住民の役に立とう」とこのテーマを説明している。そこで、林君は研究室配属の志望理由に「住民とのコミュニケーションに重点を置いて取り組み、様々な経験を積んで自己を高めたい」と書き、船木君は「人とコミュニケーションを取るのがあまり得意ではなかったので、それを克服する努力をしてきた。自分の成長を確かめたい」と書いた。

 定刻19時から懇談会が始まった。懇談会の目的は、住民の方々にこれからの活動内容を説明して不明な点を解消すること、地域の環境面の問題点について話し合うこと、そして今後の活動に向けて結束を高めることである。参加者は、自治会から森忠郎(ただお)会長はじめ役員19名、研究室から筆者と2人を含めて学生9名の計28名。自治会長の挨拶、2人の自己紹介と続き、その後、パワーポイントを使って住快環プロジェクトの主旨、自治会選定の経緯を説明、今後の活動の流れを説明した。このプロジェクトでは住民が研究室を手伝うのではなく、住民が主役で研究室がサポートに回って活動することを強調した。質疑応答では夜間の道路の暗さが問題点として挙げられたため、夜間の道路照度の改善を活動の中心に据えることを確認した。

2.佐知川上自治会との活動が決まるまで
 平成24年度の三浦研究室の4年生は9名。平成24年4月から全員で手分けして各市区の自治会連合会と連絡を取り、6月には計3145名の自治会長宛てに住快環プロジェクトの案内資料を送った。その結果、52名の自治会長から詳細資料の請求があった。最終的に16名の自治会長からこのプロジェクトヘの参加の応募用紙が送られてきた。それを受け、9名の4年生は応募のあった自治会を訪問してヒアリングを実施した。それをもとに全員で話し合って自分の担当する自治会を決め、林君と船木君は佐知川上自治会を選んだのだった。

 佐知川上自治会はさいたま市西区に位置している。自治会に加入している世帯数は620。全世帯に対する加入世帯数の割合は約60%。戸建住宅の割合が高いが、田畑、駐車場などが混在している。地区内の道路が曲がりくねっており、暗い場所が多い。さらに幹線道路の抜け道として利用されることが多く交通事故も多い。森会長は応募用紙に「地区内の道は見通しが悪く街灯の数も少ないため暗い場所が多く、自治会として街灯増設を図り事故防止につなげたい」と書いている。

 研究室の他の7名の4年生は、1名が青木一丁目・二丁目町会(埼玉県川口市)で河川水質問題、2名が古石場二丁目町会(江東区)で河川水質問題、1名が染谷共栄自治会(さいたま市)で車両交通量問題、1名が殖産自治会(埼玉県春日部市)で夜間道路照度問題、2名が陣屋町内会(埼玉県上尾市)で夜間道路照明問題に取り組むことになった。実測や懇談会など規模の大きい活動は研究室全員で進めることにしている。だから、2人が担当する佐知川上自治会の第1回懇談会に研究室の全員が顔を揃えた。

 その後、佐知川上自治会と研究室は10月21日に「第1回懇談会その2」と題して、各班の班長さんを集めて懇談会を開催した。自治会から計73名、研究室から2人を含め4名が参加した。班長さんにも活動の主旨を理解してもらうのがこの懇談会の目的。質疑応答では、実測の方法やアンケートの回収など具体的な質問が多かった。班長さんは主婦が多いので、この地区の夜の暗さを何とかしたいと思っていて、地区に街灯が増えるなら活動に参加したいという発言もあった。

3.全世帯対象のアンケート調査
 林君、船木君は、夜間の道の暗さに対する住民の意識を把握するためにアンケート票の案を作って自治会の役員に見せて意見を聞いた。アンケート票の印刷は大学で行なったが、仕分・製本・封筒詰めの作業は10月16日に自治会の人たちと共同で行なった。このような作業も一緒にやることで自治会・研究室の協働という活動の主旨の理解につながる。10月21日に各班長にアンケート票を配布した。班長が受け持ちの世帯すべてに配布し、各世帯は11月6日までに回答して班長に渡す。自治会内のネットワークを生かした方法といえる。この時、回答したアンケート票が人目に触れないよう各世帯で封筒に入れフタを糊付けしてもらった。自治会に加入する614世帯に配布して、401票を回収、回収率は65%に達した。

 11月13日に2人が森会長から封筒に封入されたアンケート票の束を受け取った。さっそく研究室で開封してパソコンヘの入力を始めた。「地区全体の夜間の道路の明るさについてどのように感じていますか」の質問に「暗い」または「やや暗い」と回答した人が69%を占めた。「夜間の道路が暗くて危険や不安を感じたことはありますか」の質問には62%が「ある」と回答した。その原因を聞くと、「人の様子が認識できなかったため」が最も多かった。また、地区の地図に暗いと感じる道路を記入してもらい、それを2人が1枚の地図にまとめることで、地区内で住民が暗いと感じることが多い道路を視覚的に表現することができた。

 2人は、佐知川上地区で2012年度の交通事故発生地点の資料を警察署から入手した。交通事故のほとんどは地区内の路地交差点や丁字路など見通しの悪い所で発生しており、その地点の多くはアンケートで住民が暗いと感じることが多い道路と一致していた。つまり、住民が暗いと感じる道路を明るくすることで交通事故や危険を未然に防ぐことができると2人は考えた。アンケートで「地区の夜間の道路の暗さを今より改善したいと思いますか」の質問に「そう思う」「ややそう思う」と回答した人は合わせて80%に達していた。

4.自治会・研究室協働の夜間道路照度実測
 12月2日、日曜日。夜間の道路照度実測のために住民52名、学生9名が自治会館に集まった。17時30分から自治会館で実測説明会を行なう。林君と船木君は事前に自治会と打ち合わせた手順に従って、住民6~7名と学生1名で班を作り、計8班を編成した。次に、2人は地区内のすべての道路を8エリアに分けて各班が移動する経路を示した地図を配布した。さらに照度計を使って計測方法を実演した。各班は研究室所有の照度計を用いて担当エリアの道路の水平面照度を10メートル間隔で計測する。計測点の位置は10メートルの長さのひもを使って割り出す。街灯の真下に来たら街灯直下照度も計測する。各地点では、明るさの感覚を「とても暗い」「暗い」「どちらでもない」「明るい」「とても明るい」の5段階で評価する。

 2人の説明の後、班ごとに住民が話し合って計測係、記録係など役割分担を決めた。18時のさいたま市の気温は6.2℃、北の風2.0m/S。防寒スタイルで住民と学生はそれぞれの担当エリアに向かった。各班から携帯電話で進行状況の報告が来る。20時30分にはすべての班が計測を終えた。自治会と研究室の協働で全1222地点の照度データが得ることができた。2人は事前に地区を歩いて全190基の街灯の光源(蛍光灯、水銀灯、LED灯など)と設置位置を調べた。11月27日に自治会役員と2人は現地で予備実測を行なって計測方法を確認した。11月29日に2人は現地で最終確認の予備実測を行なった。こうした自治会と研究室との綿密な事前準備が全体実測の成功につながった。

 2人はデータを研究室に持ち帰って分析を始めた。日本防犯設備協会が定める防犯灯の推奨照度は住宅地で3ルックス。これは、4メートル先の歩行者の挙動や姿勢等がわかる明るさ。パソコンを使って自治会地区の地図に全地点の照度を色分けして記入していった。県道沿いは3ルックス以上の地点が多いが、住宅が密集している道路や路地は3ルックス未満の地点が多い。全地点の83%が3ルックスより低く、全地点の56%は1ルックスにも満たない。街灯の少なさが原因で十分な照度が確保されていない現状を明らかにすることができた。

 2人は第2回懇談会に向けて報告書を作成した。各班が担当したエリアごとの計測結果も盛り込んで実測に参加した住民が興味を持てるように工夫した。過去に活動した地区と比較してこの地区は全体的に照度が低く改善の必要性が高いことを示した。さらに、実測データ、アンケート調査、交通事故発生地点資料を総合的に分析して街灯優先改善地点を抽出した。2人は現地でその地点を確認し、カーブミラーがあってもミラーで見た先が暗いとほとんど何も見えないことをつかんだ。改善計画として、優先改善地点での街灯新設、蛍光灯からLED灯への交換、カバーの清掃、陰をつくる枝葉の剪定、各世帯が門灯・玄関灯を点灯すること(電気代は1か月にわずか150円程度)を提案として書き込んだ。

5.活動の締めくくり〈第2回懇談会〉
 平成25年2月3日午後7時から第2回懇談会を開催した。参加者は住民63名、研究室から筆者と林君、船木君を含む学生9名であった。報告書を参加者全員に配布した。2人がパワーポイントを使ってこれまでの活動の成果を報告し、質疑応答を行なった。最後に森会長が「自治会でできることにはすぐに着手する一方、報告書をもとに市役所に働きかけたい」と結んだ。

 研究室は佐知川上自治会を含む平成24年度の各地区の取り組みをまとめた「住快環プロジェクト通信」を平成25年5月10日に発行してこれまで活動した34自治会に送付した。佐知川上自治会の森会長から返事が届いた。「市役所にすでに話をしてあり、近々報告書を提出する予定。この活動が周辺地区の各自治会でも話題になり注目されている」とあった。

6.おわりに〈協働活動の効果〉
 研究室は、ここに紹介した佐知川上自治会とほぼ同じ進め方で平成13年度から平成24年度までの12年間に34自治会とともに協働活動を行なってきた。活動が複数年にわたる自治会もあるため、これらを延べ数でカウントすると41自治会となる。一つの自治会との協働活動を研究室の1~2名の学生が担当し、これまでの12年間で延べ77名の学生が卒業論文や修士論文を作成した。取り上げてきた環境問題には、騒音、大気汚染、車両交通量、河川水質、臭気などがあるが、特に、夜間照度は改善に取り組みやすく多くの自治会でかなりの数の街灯が新設されている。現在も7名の学生が5自治会とともに協働活動を進行させている。

 実際に屋外で自ら実測することによって、参加した住民が環境の実態とその改善に関心を持つようになる効果はきわめて大きい。ある住民は「実測に参加してからは街灯に目が行き、その道が暗くないか、また、改善するにはどうしたらよいかを考えるようになった」とコメントしている。さらに、住民自身が実測の方法を考えたり、他の住民に参加を呼びかけたりするなど、自分で考え手や体を動かす能動的な姿勢を住民が身に付け始める。それは、チームになって一緒にやろうという雰囲気づくりにつながっている。

 協働活動の実践をきっかけに「他の行事の参加者が増えた」「町会活動が活発化した」「連帯感が生まれた」との声も自治会長から寄せられている。住民同士のコミュニケーションを活発にするなど自治会の意識改革に役立っている。こうした実践を通じて、住民が日頃から体を動かしコミュニケーションを密にして自治会が結束すれば、災害時にも大きな力を発揮する可能性がある。三浦研究室はこのプロジェクトのさらなる継続により今後も各地の自治会に貢献したいと願っている。


追記
 このレポートに登場する船木麻聖君は、佐知川上自治会の活動の締めくくりとなった第2回懇談会の4日後に交通事故に遭い、翌2月8日に逝去されました。ご冥福をお祈りするとともに、この協働活動における船木君の奮闘努力に心から敬意を表します。