「あしたのまち・くらしづくり2013」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

「我が街」の未来を語る上映セッション―地域映画が生み出す地域変革の連鎖―
東京都大田区 NPO法人ワップフィルム
1.蒲田とキネマと私たち
 東京・大田区にある蒲田地域は、かつて松竹蒲田撮影所があった歴史的経緯から、映画作りに情熱を燃やす人々が集う「キネマの天地」と呼ばれ、親しまれていた。今でも、JR蒲田駅の接車メロディーに「蒲田行進曲」が流れる等、若干の名残はあるものの、当時多くの人で賑わっていた「東蒲田キネマ通り商店街」は、現在ではすっかりシャッター通りとなってしまった。
 我々ワップフィルムは、この蒲田を舞台とした地域映画「商店街な人」を、市民が主役となって制作し、各地での上映フューチャーセッションを展開してきた。誰もが映画を見た後に、自然と隣に座った人に感想を言いたくなるし、語りたくなる。こういった映像の力を活用し、「我が街」の未来を参加者同士で語り合うセッションを、上映会と結びつけることで提供してきた。

2.ヨソモノが「地元な人」に―映画製作を通じた市民協働
 制作着手は2010年。区内の集会所で映画製作に関する説明会を開いた。本作の監督(当法人理事長)は大田区出身ではない。全くの「ヨソモノ」の登場に、地元の人は少々面食らっていたようだが、共感する人たちの協力によって、スタッフ、キャスト、ロケ地の全てが無償提供によって実現した。まさにソーシャル・キャピタルのなせる技。当時、参加者の一人だった私も「ワカモノ」として会場にいた。「ヨソモノ」がフロンティアとなって、「ワカモノ」たちと連携し、一緒になって「バカモノ」になる。地域活性化で語られる3要素が化学反応を起こした結果、「商店街な人」を創りあげる機運を高めた。
 映画製作の主眼は、市民が主役となって地域資源を発掘すること。掘り起こした地域の歴史や文化、伝統や人情など、様々なリソースを市民自らが再確認し、地域で循環させる仕組みを構築すること。何といっても映画製作の過程を通じて生まれる協働や共感、そして、「和」を創ること。これらの思いを込めて、地域に根ざした映画として完成したのが「商店街な人」である。「・・・の人」では商店主だけの話になってしまう。商店街振興組合の人たちだけではない、様々な職業の人たちが一緒になった「まち」全体を舞台にしたい。しかし、「まちの人」だと、かえって輪郭がぼやける。「・・・な人」とした理由はそこにある。商店街を核として、色んな人を巻き込んでいく。形容動詞にしなければ語りつくせない思いが詰まった表現である。

3.映画「商店街な人」と未来セッション―一人ひとりが主人公
 映画は、大手商社に勤める一人の青年が上司に辞表を突き出す場面から始まる。会社を辞め、自己実現の方法を探る中で、地元の仲間たちや恋人と共に地元・蒲田のシャッター通り商店街を盛り上げていく。ロケ地は、蒲田に実在する商店街、町工場を中心に撮影された。商店街の後継者問題といったテーマに加え、作品の中では撮影当時、まさに蒲田の「地域課題」として注目されていた、羽田空港の国際化や京急蒲田駅の高架化などが取り上げられている。空港の機能強化に伴い、多くの外国人観光客を見込んだ駅前再開発が進む中、舞台の商店街は取り残されてしまうのか、それとも新たな人の導線を生み出す呼び水となるのか等、ストーリーは現実に迫る瞬間がある。
 また、作品の中では、渦中の京急蒲田駅をロケ地に電鉄社員が出演したり、当時論戦が繰り広げられていた大田区役所・区議会で撮影が行なわれるなど、実際の地域課題の核心に限りなく接近する等ドキュメンタリー要素も多い。しかし、単なる時事ネタや社会風刺といった描き方ではなく、現実に直面する地域課題を誠実に作品の中に織り込むことで、シニカルさを感じさせない。今では立体高架化が完了してしまった蒲田駅は、劇中では工事の最中である等、当時の風景を切り取った記録映像としての価値もある。フィルムコミッション形式では、こうした工事中の駅や地域の争点になっている建物等を撮影のために提供しようとしない。そこにリアルがある。全体を通して映画に出演する(実在する)区民の姿も見所であり、温かなまちの雰囲気や地域の様子が垣間見える。「○○市の皆さま」といった「その他大勢エキストラ」としての活躍ではなく、真に区民が大田区を舞台とした主人公となっている。単なる「ご当地モノ」の映画ではない良さが確認できる。
 さらに、この映画は典型的なサクセスストーリーで終わらない。一見すると、青年たちが地元を盛り上げるために腐心する青春群像劇のように見えるが、最後の結論は用意されていない。それは、我が街の未来を描き出すのは、私たちであるからだ。自分たちで描く未来は、誰にも用意されていない。ハッピーエンドもバッドエンドもない。上映時間も1時間強と、長すぎて飽きることもなければ、短すぎて感動に浸れないことはない。この点が、「我が街」の未来を語り会うフューチャーセッションのために用意された所以である。

4.銭湯で映画?!裸で語る街の未来
 これまで、広く大田区内で上映セッションを展開してきたところである。長年地元に住んできた人からは「懐かしい地元の風景が見られた」という感想をいただき、中には「これから地元を盛り上げていきたい」とアクションに繋がる決意をくれたワカモノもいる。十人十色の声に共通していることは、映像の力を通じて、少なくともその瞬間は自分たちのまちの未来を描いている点である。明日の仕事のことや進学や就職といった進路のこと等、自分の明日や将来を考える人に比べ、自分たちの住むまちの明日や将来を考える人は多くない。「自分達の街」を「自分事」として考えるきっかけ創りに取り組んできた。
 特に2011年度は、一風変わった上映会も行なった。例えば、銭湯上映である。9月には大田区にある「はすぬま温泉」にて映画上映&ライブトークを開催した。テーマは「銭湯から次世代へ」「親から子へ繋ぐ、古き良き文化と共通体験」。男湯では映画上映とライブトークを、女湯では大田区の姉妹都市である美郷町の名産品、映画で連携した横須賀市の海軍カレーなどの物産販売を行なった。セントウは、イドバタ・ナガヤといった江戸時代以降の地域コミュニティそのものである。次代を担う子どもたちに、歴史と文化を継承することも、我々ワップフィルムの使命と考えている。
 この取り組みは反響を呼び、2012年3月には藤沢市にある「栄湯湘南館」においても「銭湯から街を語ろう」と銘打って上映セッションを行ない、海外にも発信された。

5.始まりは、いつもヨソモノ―他地域へのスケールアウト
 さらに、近年は他地域での上映にも注力している。ある日「ヨソモノ」の映画監督がやってきて、地元の「ワカモノ」たちが中心となって、一緒に「バカモノ」となって取り組んできた3年前のあの時のプロセスを、今度は我々が新たな「ヨソモノ」となって、他地域の「ワカモノ」と一緒に、自分たちの地域の未来を語り合う「バカモノ」となる。地域活性の起爆剤と、その連鎖反応を巻き起こした結果が、全国的なスケールアウトに結びついた。
 特に2012年度は、各地域のキーパーソンをゲストとして迎え、多様な参加者が集う大規模なセッションを開催した。10月の「おおた商い観光展」(大田区商店街振興組合連合会主催)をはじめ、11月には市長も参加した「ふじさわ上映フューチャーセッション」(神奈川県藤沢市後援)等、それぞれの地域を繋げる土壌を醸成した。また、大田区でのセッションを契機に、都庁の若手職員が中心となって立ち上げた「Tokyo Think Sustainability」(以下、T2S)という有志団体との共同企画によるセッションを、2013年1月に都庁で開催した。
 T2Sは、都庁のみならず都内外の自治体職員や新宿に勤務する若手ビジネスマンやNPO等をはじめとした多様な人たちが社会活動のために自主的に参加する活動プラットフォーム。各地域のキーパーソンが乗降者数世界一の新宿に集結し、「我が街」で「商店街な人」をやるとしたら、を語り合った。世界一多くの人が行き交う新宿がハブとなり、彼らを有機的に結びつけ、他地域への波及をもたらす試金石となった。
 その後、埼玉県・大宮を地元とする人たちが中心となり、大宮銀座商店街にあるコワーキングスペースで「商店街な人」たちが集まってセッションを行なった。実施日は03月08日。まさにオーミヤ(038)の日であると、地元の有志たちが(勝手に)決めた。会場であるコワーキングスペース「7F」は、地域の交流拠点がないという問題意識から地元の人たちが開設した。こうした、市民による既存の主体的な取り組みと「商店街な人」は親和し、実現した。
 また、3月23日には、東京・世田谷の下北沢一番街商店街にある交流拠点「シモキタ・オープン・イノベーション」にて、地元商店主や区職員、市民等を交えてセッションを行なった。3月23日は、小田急線・下北沢駅が地下化した日。映画「商店街な人」の中で描かれた京浜急行線の高架化と同様、商店街への人の流れが変わる瞬間だったこともあり、参加者の意識にある地域課題の解決に向けて、活発な議論が展開された。

6.共通する「地域課題」と「我が街意識」
 これらの地域で共通していたことは、「地域課題」と「我が街意識」が一体となった「解決へのプロセス」の具現化である。一つ例を挙げるなら鉄道である。下北沢の例でも触れたが、我が国における「地域」は鉄道会社による敷設事業と沿線開発が一体的に行なわれてきた歴史である。「路線地価」なる概念が既に諸外国と比べて特徴的であるが、日本の「地域」は鉄道不動産事業に大きく左右される。
 現在の大宮駅は地元の有志らの誘致活動によって設置された。「大宮」の由来にあるように古くから氷川神社の門前町として栄えたが、駅が設置されないことを憂いた明治の人々のパワーが駅誘致を奏功させた。その後、鉄道の街として、西口には旧国鉄の関連施設が集積され、東口は伝統ある商店街の形成により繁栄してきた。
 しかし、高度成長期に西口の旧国鉄用地の再開発が進む一方、商店街と歩んできた東口にとって、地域活性はまさに地域課題であった。しかも、今年3月には、ワカモノを中心とした集客拠点となってきた大宮ロフトが閉店し、商店街にまた一つシャッターが下りた。こうした「地域課題」と伝統的な「我が街意識」が結びつき「商店街な人in大宮」は開催された。その後、上映セッションに参加した地元の有志らにより「I Love Saitamaぷろでゅーす」という企画が立ち上がり、シャッターが降りた旧ロフト前でワカモノたちによる歌あり、踊りあり、笑いありの商店街イベントが開催される等、地域変革の機運を高めた。

7.新たな地域変革の連鎖を起こして
 紙面に限りがあるため割愛するが、この他にも「商店街な人」上映セッションは、新たな地域での「商店街な人」たちを呼び起こし、「我が街」の未来を語り合い、実行に移す場を提供してきた。今後は、再びベースキャンプを蒲田に戻し、我々が描いた「我が街」の未来を実行に移す。
 このほど、我々ワップフィルムは、「商店街な人」の舞台となった「東蒲田キネマ通り商店街」に地域密着型の新しい交流スペースを創出することとした。コミュニティの再生と商店街、まちの活性化を目指す、その名も「キネマフューチャーセンター」の設立である。シャッター通りとなった商店街の空き店舗(ふとん屋)を活用し、住民参加型の映画製作拠点を置く。コワーキングスペースやコミュニティカフェとしての機能も併せ持つ。オープンに向けて地域の人を交えたセッションを開催したところ、多くのアイデアが提案された。区長も飛び入り参加し、地域の人と混ざって車座になり、子どもたちの見守り・居場所作り、世代を超えた交流や支えあう地域社会の構築、オーガニック料理を通じた食育・食文化の形成等、様々なテーマが飛び交った。
 映画のフィクションをリアルにする。キネマフューチャーセンターは2013年7月にオープした。多様な人が集い、まちに賑わいを創出し、またこの取り組みを他地域にも展開する。新たな「ヨソモノ」として、その第一歩を踏み出すために、一人ひとりの思いを繋いでいき、皆で未来を創っていく。今後もワップフィルムは、地域変革の連鎖を巻き起こしていきます。
 きっと次は、あなたの住む街。一緒に地域を良くしていきましょう!