「あしたのまち・くらしづくり2014」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

島が丸ごと博物館―持続可能な里海づくり―
高知県大月町 特定非営利活動法人黒潮実感センター
 黒潮実感センターは、柏島の豊かな自然環境だけでなく、そこに住む人たちの暮らしも含めて、「島が丸ごと博物館(ミュージアム)」と捉え、島を拠点に環境保全・環境教育、調査研究など海に関する活動や情報を発信し、それらを元に地域の暮らしが豊かになるお手伝いをしている。

持続可能な「里海」づくりに向けて
人が海からの豊かな恵みを享受するだけでなく、人も海を耕し、育み、守る。
 これが私たちの提唱する「里海」の考え方である。
 黒潮実感センターが目指すところは、人と海が共存できる持続可能な「里海」づくりである。
 「里海」の実現に向けてセンターでは大きく三つの取り組みを行っている。


キーワードは実感!
 持続可能な里海づくりの第一歩は、まずそこにある自然を知ることから始める必要があると考える。実感センターでは海洋生物等の調査研究を行うことで、その地域の環境の持つ特性や価値を発見しようとしている。地元で得られた研究成果は里海セミナーを通じて、いち早く分かり易い形で地元に還元している。そうすることで地元に興味と関心をもち、誇りと愛着を感じてもらいたいと考えている(里海セミナーの実施 22回)。また次代を担う子どもたちには、海の環境学習会や体験実感学習を通じて、地元のすばらしさを実感してもらう活動を行っている。
 私たちは子どもたちにはサマースクールなどの体験実感学習を、一般の成人向けにはエコツアーを開催している。この活動を収益事業と捉え、大勢の人数を対象に一度に行えばたしかに儲かるかもしれない。しかし、それでは体験はできても実感は得られない。私たちはこれからの時代のキーワードは「実感」だと考えている。NPOとしてセンターの狙いは実感にあることを踏まえ、これらの活動は少人数制とし、中身の濃いモノを提供している(子どもたちを対象とした海の環境学習会の開催(出張講座も) 約300回、子どもや親子を対象とした体験実感学習(サマースクールなど)や成人対象のエコツアー約300回開催)。

柏島学
 黒潮実感センターが柏島で活動を初めて13年になる。様々な活動を通じて情報発信していく中で、平成12年から高知大学との共同研究「柏島プロジェクト」が始まった。私も含めた自然科学系(海洋)と社会科学系(経済・法律)の研究者らが高知大では初めて行う共同研究である。柏島を舞台にした自然科学と社会科学の双方のアプローチによる「島学」である。この研究成果は高知大学の共通講義として学生に還元している。成果を元にした教科書やVTRを使った授業は学生からの評判もよく、受講生が座学のみならず島に来て、島の自然と暮らしを実感するフィールド実習も行っている。これらの活動を通じて柏島ファンが増え、センターのボランティアが育っている。

漁業とダイビングの共存を目指して
 近年全国規模で「磯焼け」現象が深刻化している。磯焼けとは本来大型海藻が繁茂する浅瀬の岩礁域に海藻が付かない状態のことをいう。
 アオリイカは味が良く高値で取り引きされることから、地元高齢漁家の貴重な収入源である。柏島周辺ではアオリイカのことを「モイカ」と呼ぶ。モイカのモは海藻の藻を意味し、春先ホンダワラなどの大型海藻に産卵にやってくる。しかしながらここ数年磯焼けによって藻場が減少している。
 近年モイカの漁獲が落ち込んでいた。漁業者は年々増え続けているダイバーが潜ることがその原因だと主張し、ダイバーを追い出そうという動きもでてきた。ダイビングとモイカの漁獲との関連性は今のところ実証できないが、ダイバーを追い出したからといって漁業が上向く訳ではないはずだ。そこで私たちは漁業者とダイバーが協働で行うモイカの増殖産卵床設置事業を提案した。
 今回両者の協働事業とするために、まず漁業者とダイバーが人工林のスギやヒノキの間伐材を用い産卵床を制作した。産卵床は船でポイントまで運ばれ、海中に投入された後ダイバーが海底に固定した。ここで重要なのは産卵適地の見極めである。私たちは長年柏島でフィールド調査をしてきた研究者としての立場から、もっとも効果的な場所を割り出しそこに投入した。全国的に行われている方法では、一つの産卵床あたり数十から数百の卵嚢(一つの卵嚢には7~8個の卵)が産み込まれれば成功という中にあって、今回の方式では数千から1.5万房の卵嚢が産み込まれており、全国一の成果をあげることができた。こうして得られた成果は水中ビデオで撮影し、黒潮実感センター主催の里海セミナーという形で漁業者やダイバー、地元住民に還元している。視覚に訴えることでその効果を実感しやすくした。

子どもを核に
 「山・川・海のつながり学習」は、近年宮城県の畠山重篤氏が、“森は海の恋人”というメッセージと共に、漁師や子どもたちが山に広葉樹を植える活動を全国的に展開されている。この活動をもう一歩前進させ実感を伴った学習にしたいと考え、産卵床設置事業を初めて3年目の2003年以降、地元柏島小学校の子どもたちらの山川海のつながり学習の一環として、「海の中の森づくり」と称したアオリイカの増殖産卵床設置活動を行っている。その結果、産卵床一基あたり最大で1万5千房(約10万個の卵)の産卵に成功した。その成果は海中映像を元に学校での戻し学習として還元している。
 この取り組みによって本来関係が薄かった様々な業種の人々(林業関係者と漁業者、ダイビング業者)が、子どもたちを核にすえることによってつながり、また山で不要になった間伐材の枝葉を利用する事でモイカが増えるといった「山・川・海」のつながりを実感することにつながった。数年前からはこの活動が広域化し、近隣市町村である宿毛市や土佐清水市、三原村、大月町の他の漁村にも波及している。

西洋医学と東洋医学的処方箋
 モイカの産卵床設置の取り組みは、モイカを増やすといったある意味効果が現れやすい事業としてイカが獲れないという「痛みを取り除く」という意味では西洋医学的な処方箋である。しかし磯焼けによる藻場の消失を回復するものではない。2009年からは同時進行的に藻場再生の研究にも取り組んでいる。藻場の再生といった元々海の持っている自然治癒力を高めることは時間がかかり、すぐ成果は出にくいかもしれないが、じわじわ効果を発揮するということでは、あるいは東洋医学的な処方箋というふうに考えている。
 磯焼けの要因としては、地球温暖化に伴う海水温の上昇や、赤土等の堆積による付着基盤の減少、あるいは濁りに伴う透明度の低下による日照不足、藻食性動物による捕食圧の上昇など色々挙げられる。2009年度からは藻食性のウニの捕食圧を下げることにより藻場の再生が図れないか試験をしている。同時に近隣海域に繁茂しているホンダワラ類を移植することも行った。するとウニの除去により明らかに藻類が回復してきていることがわかった。ウニによる捕食圧を下げた上で、そこに藻場を形成するホンダワラ類を移植し、受精卵が下に落ちて翌年成長してくるのを促そうというわけだ。その成果が早くも3年目にしてでてきた。現在西洋医学と東洋医学的な二つの処方箋を使い、様々な主体と一緒になって海の中の森づくりを進めている。

観光立島から環境立島へ―里海憲章づくり―
 柏島には豊かな自然を求めて年間3万人ものダイバーや釣り客が訪れる。多くのダイバーが訪れることによりサンゴや海洋生物への悪影響もでてきた。また来島者が放置していくゴミや、大量に使用される水の問題などがあり、島民との対立も少なからずある。ただ闇雲に観光客を呼び込む、これまでの消費型の観光地を目指すのではなく、島の自然と島民のくらしが損なわれないような、柏島ならではのローカルルールを島民と一緒に作り、「柏島里海憲章」として広く情報発信することで、島の本当の良さをわかってもらい守ってくれるリピーターを増やしていきたいと思っている。こういった取り組みを推進することで、従来型の消費型の「観光立島」から持続可能な「環境立島」としての、全国に先駆けたモデルを柏島に作りたいと考えている。