「あしたのまち・くらしづくり2015」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 総務大臣賞

開かれた自治会構想
埼玉県川口市 芝園団地自治会
1.川口芝園団地の現状と課題
 埼玉県川口市の川口芝園団地は、1979年に建設された約2500戸を有するマンモス団地です。当初、様々な地域から住民が集まってきたので、既存のコミュニティは存在していませんでした。そこで、1980年に芝園団地自治会が設立され、ふるさと祭りを始めとする行事の運営や市役所への陳情など、当団地の住環境を整える活動をしてきました。

 現在、当団地では日本人住民の高齢化と外国人住民の増加に伴う、地域コミュニティの質的変化と対面しています。日本人住民は、既に60歳〜80歳代となる一方、地域の外国人住民は、1990年代の終わり頃から、以下図の通り増加してきました。


図:川口市芝園町日本人・外国人口推移(人)
町丁字別男女別人口・世帯数の推移(川口市)を基に筆者作成

 2017年には、芝園町における両者の割合が、逆転するものとみられます。また、外国人住民は、30歳〜40歳代の若い世代が多いため、両者の間には、習慣・文化の差だけでなく世代間ギャップも存在しています。従って、当団地のコミュニティ形成は、一段と難しさを増しているのです。

2.質的変化への対応方針
 そこで、芝園団地自治会では、この質的変化に対して、三つの対応策を考えました。

 一つ目は、中国人住民に自治会役員として地域の担い手側に回ってもらうことです。当団地の外国人住民は、その約9割以上が中国人といわれています。中国では、賃貸物件における住民の自治組織がないと聞いており、中国人の自治会員は、全体の約1%に満たない状況でした。従って、中国人住民の自治会役員を通じて、中国の文化や習慣を理解しながら、日本人側からの情報伝達を円滑にして、少しずつ相互理解を深めたいと考えました。
 二つ目は、自治会活動に若い力を呼び込むことです。自治会では会員の高齢化に伴い、若い外国人住民とのコミュニケーションが難しくなっていました。従って、どうにかして若い力、特に大学生を呼び込みながら、一緒に自治会活動を展開することを考えました。
 三つ目は、様々な組織との連携を促進することです。当団地には、誰もが住みやすい街作りというコンセプトを共有できる、商店会などの地域の組織が存在していました。また、地域外には、語学学校や近隣大学など、潜在的な協力組織もいました。自治会だけでは、様々な対応策を実施できない現実を見据え、これら組織との連携促進を考えました。

 しかし、住民だけの閉じられたコミュニティでは、これら方針の実現に困難を極めると想像されたので、国籍も年齢も問わず様々な組織も交えた“開かれた自治会”の実現を目標としました。この目標を念頭に置いて、2014年度より具体的な活動を開始しました。

3.これまでの具体的な活動
 これまでの活動について、以下の五つを時系列に沿って説明します。
@防災を通じた住民間の“顔の見える関係”作り
A近隣の大学生との関係構築
B“芝園にぎわいフェスタ”を通じた様々な組織との連携
C大学生によるアートプロジェクト
D中国人住民の自治会役員の誕生

@防災を通じた住民間の“顔の見える関係”作り
 自治会活動の方針が定まったものの、実際の活動は至難の業です。当時は、中国人住民との関係も無きに等しい状況でした。従って、まずは、中国人住民との小さな関係作りから、始めることにしました。
 その第一弾は、防災講習会です。なぜなら、防災は国籍を問わず誰でも関心のある点だからです。災害の多い日本では、いざという時に地域の外国人住民と助け合える関係を、日頃から育むことが必要です。団地内の広場にいた外国人住民の奥様など一人一人に、防災講習会を説明して回ることで、少しずつ顔の見える関係を作りました。

A近隣の大学生との関係構築
 また、日本人住民の自治会員が減少していく中で、自治会単独での新しいプロジェクト実施は、現実的に困難な状況でした。しかし、若い力を呼び込もうにも、そのつてが全くない状況でした。
 そこで、大学生ならば、平日の空き時間などに協力してもらえるのではと考えて、近隣の大学生への協力依頼を開始しました。方法は簡単です。地域コミュニティ論などを専門とする大学教授をインターネットで検索し、ゼミ生と直接交渉したい旨をメールしました。
 また、多文化共生に関連するセミナーなどに出席し、参加者の大学生に活動趣旨の説明と協力依頼をしました。偶然とは怖いもので、これらの方法が功を奏して、國學院大学、東京大学、東京国際大学、文京学院大学、早稲田大学の学生たちが、自治会活動に興味を示してくれたのです。

B“芝園にぎわいフェスタ”を通じた様々な組織との連携
 そして、運が良い時には、良い巡り合わせがあるものです。芝園団地商店会が、国際交流イベント“芝園にぎわいフェスタ”の開催を計画していたのです。この千載一遇の機会を活かすため、自治会も熱心に協力することで、相互の連携を強めていきました。
 このイベントは、国籍を問わない地域住民の交流に加えて、様々な組織との連携促進も、その目的にしていました。様々な組織に足を運び、協力の依頼をしたところ、アプリュス芝園スタジオ、川口市役所、埼玉県行政書士会、盛人大学コーラス部、日中交流協会、UR都市機構、早稲田大学早田宰研究室などの組織と連携できたのです。
 また、芝園公民館を利用する中国人住民で構成されるバドミントンクラブ、地元の幼稚園を利用する中国人住民の奥様たちや、さらには、王子国際語学院のベトナム人留学生にもブースを出店してもらいました。結果的に、国籍を問わない多くの人々や、個々の利害を超えた組織の協働を進めることができたのです。

 一方で、イベントにおける交流は一過性であり、その継続がとても難しいものです。ここで、川口芝園団地には守り神がいるのか、と空を仰ぎ見たくなることが起きました。それは、イベントに協力してくれた東京大学の学生2名から、芝園にぎわいフェスタでできた小さな交流の芽を育むために、住民の皆さんと一緒に地域の活動を継続していきたい、という提案をもらったのです。
 彼らは、地域住民や様々な組織の“かけはし”として地域活性化を目指す、“芝園かけはしプロジェクト”を立ち上げました。当初、わずか2名での開始でしたが、現在は10名となりました。自治会では、大学生の柔軟な発想を形にするため、大学生との打ち合わせを重ねながら、新しい地域コミュニティの形を模索しているところです。

C大学生によるアートプロジェクト
 そして、芝園かけはしプロジェクトは、活動の第一弾として、今年4月に落書き消しを実施しました。自治会は、中国人住民に対する心ない落書きのある机を大学生に見せました。大学生は、『日本人として、この落書きを恥ずかしい』と思い、日中住民を集めてこの落書き机をアート作品を創り上げて、日中友好のシンボルにしたいと考えてくれたのです。
 当日は、日本人も中国人住民もたくさんの方々が集まり、この机に手形を付けました。この手形は、同じ時代に同じ時間と場所を共有する、地域住民の記憶の証として刻まれたのです。
 また、大学生が自分たちで、自治会だけでなく、商店会やUR都市機構とも打ち合わせを重ねてくれました。大学生のかけはしが、“国籍・年齢を問わず誰もが住みやすい街作り”に向けて、様々な組織のさらなる協働を促進したのです。

D中国人住民の自治会役員の誕生
 そして、2015年度の自治会年次総会にて、初めて中国人住民の役員が1名誕生しました。その方は、最初の防災講習会の時に知り合い、その後、継続的に連絡を取っていた方です。わずか1名の役員誕生ですが、自治会活動の新たな幕開けを意味しています。今後は、中国人住民の自治会役員と協力しながら、相互理解を深めていく機会を作れるはずです。

 最後に、@〜Dを振り返ってみると、2014年度における三つの方針は、概ね実現できたようです。これは、国籍を問わないたくさんの人々や自治会、商店会、UR都市機構や川口市役所を始めとする様々な組織が、一つずつ積み重ねてきた努力の賜物です。そして、“開かれた自治会”構想が、当団地における協働を促進する一要素になったといえます。

4.今後の抱負
 川口芝園団地は、将来の日本の縮図です。住民の高齢化率は4割を超え、国際化率も5割です。当団地の課題は、文化・習慣の違いから生じるものだけでなく、世代差に伴うものもあります。従って、地域住民だけでは、これらすべての課題を解決するのも困難です。
 また、住民自治は、地域コミュニティの基本です。一方で、国籍や年齢を問わずたくさんの人々が往来し、隣近所との関係が希薄な現代において、その考え方も自然と変化していくのではないでしょうか。それは、住民だけでは足りない部分を、様々な人々や組織を巻き込みながら補い合う、住民自治の姿です。それが、“開かれた自治会”構想といえます。

 今後、この構想は、芝園かけはしプロジェクトの活動を支え、一緒に歩む中でさらなる展開を見せるはずです。一つは、住民間の平時における顔の見える関係を育むことで、災害などのいざという時に協力できる体制を作ることです。これは、地域の安心・安全を考える上で、必要不可欠といえます。
 もう一つは、住民の孤独感を緩和し、地域の担い手不足を解消するための高齢化対策に取り組むことです。高齢者の居場所や活躍の場作りは、当団地における地域コミュニティの活性化に必要不可欠といえます。

 川口芝園団地は、地域の高齢化と国際化という日本の課題を先取りしています。当団地における芝園団地自治会の活動は、大学生の若い力と発想力を梃にしながら、今後の住民自治の一つのあり方として発展していくものと確信しています。