「ふるさとづくり'01」掲載
<市町村の部>ふるさとづくり賞 内閣官房長官賞

行政と住民の新しい関係をつくるまちづくり出前講座
埼玉県 八潮市
まちづくり出前講座スタート

 平成6年(1994年)4月、八潮市では「生涯学習まちづくり出前講座」をスタートさせた。市民の聞きたい内容をメニューから選んでいただき、市職員が講師となって、指定された日時に、指定された場所に出向いていく制度である。日曜・祝日を問わず、午前9時から午後9時までの間の2時間以内で実施している。本市が始めてからマスコミや専門誌で紹介されたこともあって、現在出前講座を実施している市町村は、北海道から沖縄県まで700を超えたといわれており、実施に向けて検討している市町村も多いと聞く。
 埼玉県八潮市は県の東南部に位置し、人口約75000人、世帯数約27000世帯の中堅都市である。市域の南部を東京都足立区・葛飾区と接し、都心から15キロという至近距離にある。市民の平均年齢は38.27歳、高齢化率10.07%(いずれも平成13年1月1日現在)という若いまちであるが、若いがゆえにということになるのだろうか、市民の地域帰属意識が比較的薄い。平成3年7月1日に「生涯学習都市宣言」を行い、生涯学習を総合行政としてとらえ、行政をあげて市民ぐるみで「生涯学習によるまちづくり」を進めている。
 八潮市で出前講座を始めたきっかけは、市民に自主的な学習の場を提供すること、それを通じ市の現状を知っていただき課題について考え行動していくきっかけを作ろうとしたこと、行政と市民の信頼関係を築くこと、そして職員が出向いていくことによって意識改革や資質向上につながることなどである。


市民ぐるみの出前に発展

 市職員が市民の注文に応じて出向いていく制度として始まった出前講座は、受講する市民からの要望により、毎年改善し、部門も増えていき、現在8部門となっている。
 メニューは平成13年度現在、市民編30、サークル編17、子ども編18、民間企業編10、教職員編32、公共機関・公益企業編16、行政編88、行政編ダイジェストメニュー10となっている。行政編以外の講師は公募で、謝金や旅費などは一切支払えないことを前提に登録していただいている。(ただし、ボランティア保険には市として加入)。
 市民編の登録は、俳句や詩吟、生け花などの文化的な講座をはじめ、国家資格取得のための講座や戦争体験談などバラエティに富んでいる。サークル編では、文化、趣味、スポ一ツなどそれぞれのサークルの特色を生かしたメニューとなっている。子ども編では、小・中・高校生の個人メニューに加え、高校のクラブとしてボートや陸上競技などがある。民間企業編では、ガラス製造会社などの体験を含んだ工場見学や、ISO関係の取り組み、変わったところでは葬儀の会社が「お葬式について」を登録している。教職員編では、学校で教えている内容をそのまま行うものから、マジックや古銭など個人的に行っているものの登録などがある。行政編とダイジェストメニューには、役所の各課が工夫を凝らしたメニューが並んでいる。
 実績は、6年度が41件で受講者は1139人、7年度は44件で1494人、8年度は83件、受講者は2886人、以下9年度134件、7892人、10年度191件、17870人、11年度182件、11820人、12年度206件、14130人となっており、市民に広く浸透してきた。会場も、公民館や集会所をはじめ、企業、学校、イベントの合間に、とさまざま。8年度からは初めて小中学校の授業にも取り入れられ、現在学校が一番のお得意様だ。会場は、公共施設はもちろん、会社や学校、一般のご家庭でも、青空のもとでも実施している。
 12年度の統計を見てみると、行政編が注文の上位を占め、一番人気は、「交通安全教室」。小中学校15校のほか、幼稚園や老人会など幅広く利用されている。2位は「応急手当講習会」。町会の防災訓練に、学校の授業に、企業の労働安全週間事業の一環にと注文が多く、担当者もうれしい悲鳴だ。「起震車による地震体験」も人気が高く、阪神・淡路大震災以来市民の災害への関心の高さが現われている。3位は「ここが知りたい介護保険」。他に人気があるのは、「八潮市のゴミの現状」「常磐新線と新駅周辺のまちづくり」となっている。他の部門の人気メニューは、市民編では「菊づくり実技講座」や「健康体操」、公共機関編では「交通安全教室」、教職員編では「マジック入門」、民間企業編では「立体消しゴムができるまで(工場見学)」、子ども編では「バルーンアート」、サークル編では「交通安全紙芝居」、行政編ダイジェストメニューでは「八潮の歴史ダイジェスト」などに人気がある。


みんなが学ぶ人であり教える人

 平成12年7月、市立大瀬小学校の体育館では、放送局や新聞社の取材陣が見守る中で、出前講座の「和太鼓」が行われていた。生徒は市内の主婦たち、そして講師は小学校6年の女子児童だった。出前講座子ども編がスタートして初めての講座。インタビューに答えて女の子は、「教えるってむずかしいですねえ」と語った。教えることはむずかしい、そして教えることによって学ぶ、ということを体験した瞬間だった。
 子ども編は小・中・高校生が講師となって出前をしてもらうもので、子どもも市民の1人として自分たちの持っている特技を地域に生かしてもらうことを目的にしている。子どもたちもまちづくりに積極的にかかわる機会をつくり、子どもから大人ヘ、また子ども同士の学びあいというような学びの広がりをつくることを目的に実施した。
 講座のメニューは、小学生メニュー、中学生メニュー、高校生メニューの3種類に分け、講座の内容は子どもたちの特技を生かしたものとしている。小学生は5年生程度からとし、部活動など団体単位での講師登録もできる。講師の登録には保護者の同意を得ており、部活動での登録の場合は保護者のほかに学校長の同意も得ている。
 「和太鼓」の次には、小学生の女の子2人が、風船でうさぎや犬などを作るバルーンアートの講座を地域のお年寄りの会が注文。終わったあとには、お年寄りの手作りのお菓子を講師にごちそうしながら、なごやかに交流会が行われた。
 中学生の男の子が登録した「キックボード」には、地域の父親で構成する「おやじの会」から注文が入った。今の子どもたちはどんな遊びをして楽しんでいるか、父親も一緒に体験して理解しあおう、という趣旨で実施された。
 子どもは従来「教育の客体」だった。主体となることで、子どもも大人も、そして地域も変われるだろう。
 そして、まちづくり出前講座から、「まちぐるみ出前講座」へと変わっていくのだろう。


おわりに

 出前講座は目に見える形で行政と住民の新しい関係を築く制度だと思う。地方分権時代のキーワードは、行政職員と住民の意識改革であると思う。出前講座の意義はこの双方の意識改革を同時に行うことができることである。
 スタートした平成6年度から12年度までの累計をみると、7年間で881件の注文をいただき、延べ57231人の方々に受講していただいている。平成7年11月には、日本生涯教育学会で出前講座について発表し、学会役員各位のご評価をいただいて「会長賞」を受賞することができた。全国の出前講座研究会もでき、自治体職員や研究者、マスコミなどがそれぞれ情報交換をしながら、よりよい制度をめざして研究し、全国大会等で発表している。
 市民に「まち」の現状や課題について自主的に学ぶ機会を提供し、それをきっかけとしてまちづくりに向けてのさまざまな行動に移してもらう、もちろん行政も住民のニーズや時代の流れを学び、新しい時代に向けての行動に移していく。そして大人も子どもも、官庁も市民も企業も、お互いに学びあい、知恵を出しあう。
 今後もまちづくり出前講座を通じて、ともに学び、ともに議論し、ともに知恵を出し合い、ともに行動しながら、八潮の生涯学習によるまちづくりを進めていきたいと思う。