「ふるさとづくり2000」掲載
<集団の部>ふるさとづくり賞 内閣官房長官賞

農業を楽しみながらの地域づくり
長崎県上五島町 上五島町農業を楽しむ会連絡会
 上五島町は五島列島中通り島の北部に位置し、リアス式海岸線に山が迫っており、平地の少ない地形である。人口は平成3年8,252、平成9年7,696と過疎化が進んでいる。
 産業は、戦前から巻き網船団など漁業が盛んで、農業は家に残された女性の仕事という意識の強い地域である。
 過疎化の進む離島、しかも漁業中心の地域での農業は衰退の一途であった。しかし、地域のリーダーたちは、この悪条件を逆手に取る発想の転換を行った。青年就農者がいなければ高齢者にできる農業を振興すればよい。大規模な農業ができなければ小さな農業を積み重ねればよい。島外からの野菜を食べるよりも、島で作った、新鮮で安心なものを食べればよい。このような発想のもと「農業を楽しむ会」が誕生した。


男性のみを対象に会員を募集

 当地域は農業就業者の減少がかなり進んでおり、農業の担い手に窮する状態であった。そこで、平成8年7月、農業委員(ほとんど元船員)は、農業関係機関(町役場、農協、農業改良普及センター)の応援を得て、船団などを退職した人や、農業に積極的な関心を持っている人などに働きかけた。農業委員が中心となって集落ごとに座談会、または個別巡回をし、男性のみを対象に会員を募った。
 あえて男性のみを対象にしたのは、当地域では農業と家事は女性の仕事といった考えが根強く、男性はほとんど農業に関わらないことが普通だった。しかし、これから地域の農業を発展させる環境をつくるには、まず男性が農業に対する興味を持ち積極的に参加する必要があると考えたからである。


農業を楽しむ会の発足と体制づくり

 農業委員会、地区代表者からなる「上五島町担い手協議会」が組織されて、各地区の「農業を楽しむ会」からなる「上五島町農業を楽しむ会連絡会」を上五島町役場、農協、普及センターが支援するという体制もできあがった。奈摩、網上、船崎の3地区の農業を楽しむ会ができ、24名の人材が確保され活動が展開されていった。
 気楽な名前にしたいとの会員の要望があり「農業を楽しむ会」という名称になった。これにより、農業は楽しみながら、地域の皆さんとともにやっていこうという共通の認識が会員に生まれた。


農業をするのは初めての人たち

 平成8年9月から活動開始。会員のほとんどは農業をするのは初めてという人たちだったので、土づくりの仕方、種のまき方、農薬や肥料の使い方の基礎的な講習を中心に果樹の剪定方法、省力化に向けてのマルチ栽培や、機械講習会、先進地視察などを行った。計画的に学習され、出席率も高く、地域の関心もひいた。(家での講師は奥さんたちであった)
 会員は慣れない畑仕事に加え、農業の先輩である奥さんからいろいろな注意を受けながらの作業に、はじめのうちは作物作りを投げ出しそうになる人も多かったようである。その場合は、地域の農業委員やリーダーがさりげなく励まし、何かと1回目の収穫まで体験させるように働きかけた。自分で丹精込めて作った野菜の味を知ると農業への自信とやる気がわいてきたようで、会の活動にも見違えるほどの活気と積極性が出てきた。その活気に刺激され、平成9年1月には青方、相河地区にも会が設立され会員も42名となった。


趣味の農業から経営活動へ

 男性が農業に対してやる気が出ると、女性も元気になり、地域の農業も目に見えて活性化してきた。まず、収穫量が増えて自家消費だけでは余るようになってきたので無人市が開設された。それにより、新鮮な野菜が広く地域の人びとの口にも入るようになり、一般の消費者も農業へ関心を寄せるようになった。無人市を通して消費者との交流も始まった。
 今までの農業は作物を作っても自家用か、近所へお裾分けをする程度であり、趣味として女性が畑を耕しているというものだった。しかし、自分の作った作物が、少しでもお金になると農業に対する自信もより大きなものへとなり、少しでも売り上げを伸ばすように、作型や、品種、出荷時期を工夫するようになった。ビニールハウスが導入され、機械利用組合が作られ大型の機械も導入され、荒れ地となっていた畑が数十年ぶりに復活され地域の景観も変わってきて、地域の関心や期待も大きくなっている。この地域にやっと本格的な農業経営が生まれようとしている。


地場生産地場消費型農業の展開

 無人市への出荷は、生産者も消費者も身近な存在であり、消費者は「この野菜は誰が作った」ということを知っているし、生産者は消費者の喜びや苦情の声をじかに聞くことができるということである。
 それにより生産者はできるだけ消費者の立場に立ち、作物を作るように心がけるようになった。消費者はよりきれいな野菜を好むが、安全な野菜を販売したいという意識を会員が持ち始め、そこから農薬を正しく使おうという意識と、防虫網などを利用してなるべく農薬の使用を減らそうという意識が生まれてきた。そういう努力を消費者にも知ってもらいたいと活動している。
 また、作型を広げる試みとして、馬鈴薯の早出し栽培や、1月収穫のタマネギ等試験栽培も始まり、来年の正月には新タマネギが町内に出荷される。
 会員は高齢者であり、農作業の省力化を図る必要があった。そのため、機械利用組合を設置し、耕耘、畝立て、マルチ張りを機械でできるようにし、かなり広い面積も畑も一人で管理することが可能になり、年を取って十分に地域の農業の中核を支えることができるということを示した。


朝市から有人の直売所へ

 青方では1週間に1度の朝市が行われているが、消費者の毎日新鮮な野菜が欲しい、手作りの漬け物や味噌も欲しいという声に応えようと「有人直売所」を検討中である。
 常設の有人直売所はこの上五島地域ではなく、これが設置されると他の町村への刺激になると予想され、会員は地域のオピニオンリーダーたらんと張り切っている。
 省力化のために、「いちごの高設栽培」を導入したのは楽しむ会の会長である。この栽培方法は最新の方法で、本格的ないちごの産地でもまだ少数が導入されているのみである。この施設の導入で、この上五島地域でも、本土以上の農業ができる可能性を示しており、地域の農業に対する考え方を変えている。


農業を楽しむ会の発展

 このような活動が認められ、会の発足から3年目に「農産漁村女性・生活活動支援協会長賞」、「長崎県農業賞」を受賞し、県知事の視察も受けた。4年目には女性も入会できるようにし、道土井地区18名も加わり6地区69名となり、活動は輪を広げている。
 また、会員には、地域農業の牽引者として、中学校農業体験学習や幼稚園の芋掘りなどの活動支援など、ボランティア活動も率先して行っている。
 他の町村でも、70歳近くなってビニールハウスによる野菜作りに取り組む人が出てきたり、直売所や、ふれあい市の設置が検討されたりするのも、この農業を楽しむ会の成功による影響であろう。今や、農業を楽しむ会は一つの町内だけではなく、広い地域の模範となっている。