「ふるさとづくり2000」掲載
<集団の部>ふるさとづくり奨励賞 主催者賞

特産品の開発等による豊かな村づくり
和歌山県美山村 美山村生活改善友の会
 紫陽花の花が今、椿山ダム周辺に一杯咲き誇っています。これは私達生活改善グループが発足して最初に手がけた作品です。過疎の進む中で私たちは、しっかりと美山の里に根を下ろして、花を咲かせようとの願いを込め、接ぎ木から育てた苗木を道路脇や広場・空き地などに3万本植えました。あれから17年、「ようこそ美山へ」の植え込みの上で、紫陽花も美山を訪れる人びとを歓迎しています。


誰も食べなかったイタドリを漬け物に

 専業農家が1%にも満たない山村僻地のわが村において、地域の条件を生かしたグループ活動はどうあるべきかを、会員が頭を寄せ合い、試行錯誤を繰り返しながら考えて参りました。そして高齢化や価値観の多様化の進む中で、私たちは美山村の良さを自ら認識し、積極的にPRしていく必要性を確かめ合いました。
 その上に立って、無農薬無添加の健康食品を家族はもちろん広く地域に提供していこうということで、山野菜や村内で生産している椎茸・柚子・梅等を材料とした加工食品作りに取り組みました。
 最初に取り組んだのはイタドリを材料とした「ごんちゃん漬け」です。その理由は、私が自家用車で全国を回って買い求めた各地の漬け物の類の中にイタドリを使ったものは全くなかったこと、全国至る所に自生していてもこれを料理したものには一度も出会わなかったからです。美山村でもほとんどの人は、すっぱくて食べていませんでした。
 第2回総会に、たまたま副会長がイタドリの塩漬けを持参し試食したところ、味は塩辛くてすっぱいものでしたが、歯触りの良さと新鮮さには驚きました。
 その日から私の頭の中はイタドリのことばかりで、なんとかこれを加工食品化し村の特産品にできぬものかと考えました。
 そして、早速「リーダー研修会」を開き、これを提案したところ賛同を得て協力を約束してくれました。その日から「ごんちゃん漬け」に向かって各グループが意欲的に取り組んだのです。
 イタドリはどこにでも自生していて子どもから高齢者まで誰でも採集に参加できること、薬草であること、加工食品化すれば日本で唯一の産品となることなども魅力でした。
 また、この食品を「ごんちゃん漬け」と名付けたのは、美山村ではイタドリのことを通称ゴンパチと言っているからです。
 食品化するのには苦労も多かったのですが、中でも特にすっぱみを除去することと長期保存には苦心を重ね、商品化するまでに3年の月日を要しました。
 昭和63年4月28日、美山村産品販売所が椿山ダムの袂にオープンして1か月後、「ごんちゃん漬け」を販売所に初出品しましたが、その反響はすごいものでした。4日目の5月2日、滋賀県朽木村から技術提携等についての要請の電話があったのをはじめ、各方面から問い合わせが殺到しました。その後も人気は衰えることなく持続しています。


次から次に新商品を生み出して

 「ごんちゃん漬け」のヒットに自信を持った会員たちは次から次へと試作に取り組み、新しい産品を生み出していきました。友の会が開発・指定しているものは現在23点に上ります。
 その中で好評を得ているものの1つに、梅アイスクリームがあります。残念ながら牛乳は美山で生産されていませんので各メーカーの牛乳を使用、試作の結果特定の牛乳を決めて品質の統一を図っています。梅ジュースと梅ジャムを使ったこの梅アイスクリームは後味の良さと爽やかさが定評です。
 また、梅・シソ・柚子を使った3色ゼリー、柚子を使った「柚女」、ヨモギを使った「よも」というカリントウ、山くらげを材料とした「リカ」、その他佃煮4品、味噌食品6品、ヨモギの草餅、木炭のアクを使ったコンニャク、各種の漬け物等があります。その他抗菌性のある草木染めのハンカチも作っています。


本音で話し合い結びつき強まる

 これらは全て産品販売所を通じて販売していますが、販売所では「ごんちゃんが出品されている時は他の商品もよく売れる」と言っています。
 どこにも売られていないもの、珍しいもの、その土地ならではのもの、美味しいもの、現代風に付加価値を付け再生させたものなどに人気が集まります。また、ネーミングも人気を得る上で1つの大きな要素を占めています。
 なお、年に1回具体的なテーマを決め、多くの人を招待して味の交換会を開いていますが、販売の産品には、その中から生まれた特産品も数多く含まれています。
 これらの活動のお陰で、若い会員も年々少数ながら増加してきています。活動は行政や地域でも認められ、村内2か所に加工所を建てていただいていますが、その加工所も連日のように使用されています。今では家族の応援も得られるようになりました。
 グループ活動の成果としては、本音で話し合いを交わすことにより、人と人との結びつきが強くなったことです。
 これらの活動を通して感じることはリーダーの大切さです。リーダーは会員に自分の考えを押しつけたり気がつき過ぎるのも敬遠されしっくりいきません。むしろ自分の考えを先に出さず会員の意見をよく聞き、包容力を持ってあまり手を出し過ぎないほうがかえってリーダーを支え、お互いの協力を生み、会員の自主性が身につくと思います。


イベントにも村外から大勢集い

 次に「豊かな村づくり」の取り組みについて簡単に述べさせていただきます。
 村にとって最も大きな行事で毎年恒例となっている「産業まつり」には大きなイベントとして「食の体験コーナー」がありますが、これは私たち友の会が担当して行っており、今年で15回目になります。体験の1つである20メートルの「ジャンボ巻きずし」は県下で初めて実施したのも私たちです。しかし、毎年イベントの内容を考えるのは大変苦労します。
 また、北海道から沖縄までの参加者が集う「紀の国美山マラソン」では私たちは毎年豚汁を1,500人分。去年は5回目とあって3,000人分を提供しました。
 会員は準備や当日は総動員となりますが、これは自分たちの担当だという自覚が強く、積極的にボランティアとしての作業に喜んで参加してくれます。
 マラソンのアンケートで毎年1番多いのは「豚汁がおいしかった」であり「おばちゃんたちは親切で気持ちがよかった」など豚汁に関する嬉しい感想も多く寄せられ好評を得ています。
 また、今年5月2日から4日間私たちは「藤まつり」を行いました。
 村には日本で2番目に長い藤棚ロードがありますが、今まで村も産業振興会議の機関もその活用については誰も手がけていませんでした。
 たまたま私が所用で山に登った際、藤棚の見事さに驚きました。そして、村内の人もその存在さえ忘れてしまっている現状の中では今PRしなければこのまま埋もれてしまうと思い、友の会や村産業課にイベント実施を提案し賛同を得て実施することになりました。
 花の咲き具合を見て開催日を決定してから中3日しかありませんでした。ただ新聞社にはその旨を伝え記事にしていただきました。
 最初は4日間で村外から500人程度も入場してくれれば最高と思いましたが4日の雨天中止を除き後の3日間で村外から1,500人余の入場があり、村内の入場者も含めると2,000人余に上ります。
 道標も看板も旗も何もない天幕一張のにわか作りの藤まつりでしたが、大阪・和歌山市方面からも多く来られ「こんないい所があるのにどうして今まで放っておいたのか、宣伝不足やなあ」など叱られたり、良きアドバイスをいただいたり、私たちもこのまつりを通して大いに勉強になり得るところがありました。
 神戸の方で2日に見えられて、あまり良かったからと5日に再び友だちを大勢連れてこられたこともありました。
 この成果を踏まえ、来年度からも実施することを産業振興協議会に提案し、村ぐるみで取り組むことになりました。村当局も積極的な姿勢を示し、6月議会に補正予算として計上承認を得ました。


心を合わせ取り組めば

 誰かが実行しないと何事も進みません。しかし、実行には大変な努力や心労がともないます。私はこのイベントを通じそれを強く感じました。心配で夜も眠れぬということもありましたが反面、成功の歓びを味わうこともでき、また自分たちでできることには果敢に挑戦する積極性が必要であることも痛感しました。
 かつて、私が婦人会長を務めている頃、太鼓を導入することを考えつき村へ提言、太鼓を購入していただき、曲の創作からはじめ11年が過ぎましたが、今では若い人たちや中学生が引き継ぎ、美山太鼓として定着し、各種の式典やイベントで演じたりしていますが、これも苦労を恐れず積極的に取り組んだ1つの表れだと思っています。

 今咲き誇る紫陽花を眺めながら、ただ一節の接ぎ木から見事に大輪を咲かせたように、ささやかなアイデアであってもそれを生み出し生かし実践・実行していくことの大切さを思うとともに、群生の中に美があるように、美山村も人びとが心を合わせ一丸となって何事も前向きに取り組んでいけば、たとえ過疎の村であっても将来にきっと明るい展望が開け発展することを固く信じ、そうなることを念じつつペンを置きます。私は美山が大好きです。