「ふるさとづくり2000」掲載
<市町村の部>ふるさとづくり大賞 内閣総理大臣賞

ふるさと教員による人づくり、町づくり
徳島県 海部町
 海部町は徳島市から南へ82キロメートル、自然豊かな室戸阿南海岸国定公園のほぼ中央に位置しています。海部町と隣の海南町にまたがる形で流れる清流海部川、さらには海部町を横断する形で流れている母川が、肥沃な土を下流一帯へ運び、豊かな農業地帯を形成しています。温暖な気候を利用したキュウリやなすの促成栽培やランのハウス栽培、アイガモを使った有機農法による米作りなどが農業経営の近代化を目指す村づくり推進委員会の方々によって行われています。
 また、海部川がそそぎこむ太平洋には、海を職場として漁に出る漁民たちの営みがあります。中でも徳島県下でただ1つとなってしまった大型定置網「大敷網漁」は、貴重な漁法で、昭和9年以来盛衰を重ねながら半世紀あまり、常に海部町漁業の中心となっています。本年、大敷網漁体験学習船『虹マンボウ』を就航させ、観光漁業による活性化を図っています。
 さらに本町は、自然環境にも恵まれており、貴重な動植物が多く生息しています。国の天然記念物に指定されている「オオウナギ」をはじめ、世界の自生の北限となっている「ヤッコソウ」、世界的に珍しい「モモイロカンアオイ」、日本最小のトンボ「ハッチョウトンボ」など、温暖な気侯と日本一の水質を誇る海部川がこれら貴重な動植物の営みを支えています。


ふるさと教員設置の経緯と概要

 現在の教育は、知育偏重のきらいがあり、不登校やいじめ問題など様々な問題を抱えています。
 その一方で、これら諸問題の解決に向け、21世紀に生きる子ども達を育てるために、学校教育に求められているものはたくさんあります。それは、教科といろいろな体験を関連づけた総合的な学習であり、学校・家庭・地域が一体となった教育活動の推進などであります。
 そこで、本町では、体験学習や郷土学習を専門的に扱う「ふるさと教員」を、町費採用し、学校教育と地域教育との連携役として、学校教育の充実に努めています。海部町のめざす子ども像「地域の特性を生かし、豊かな心をもったたくましい子ども。自ら考え生き生きと活動する子ども」の育成を目指し、ふるさとを教材とした様々な取り組みが、町内海部東・西小学校で実施されています。


ふるさと学習

 海部東・西小学校では、各校に配置されたふるさと教員が中心となって、毎月それぞれの地域特性(東小学校校区:水産業、西小学校校区:農業)や、多種多様な地域の教育力を活用した「ふるさと学習」に取り組んでいます。
 この両小学校のふるさと学習に共通していることは、各活動が継続性・発展性を考慮して実施されている点にあります。「点」で終わる学習ではなく、6年間あるいは生涯学習へと発展していくことを見越し、長期スパンでとらえた「線」の学習を心がけています。
 その一例として、年に1回東西小学校と地域の方々を巻き込んだ活動『合同収穫祭』を紹介します。
 この収穫祭では、子ども達が「ふれあい農園」*1で育てたさつまいもと東西小学校5年生が田植え、稲刈りした米が使われます。さつまいもは、田植えや稲刈りをお世話してくださる農業改良普及センターや村づくり推進委員会、町役場関係の方々の手によって豚汁として調理されます。一方、有機肥料、無農薬で育てられた米は、東西小学生が混成で構成された班で、飯ごう炊さんを実施し、おにぎりへと調理されます。飯ごう炊さんは、かまどづくりから始まり、薪集め、火の調節にいたるまで教師の指導を仰ぐものの、子ども達が主体となって作業は進められます。
 そして、できあがった料理を地域の方々と一緒に、海部川のほとりで楽しくいただきながら、子ども同士あるいは地域の人との交流を深めています。
 この東西小学校合同収穫祭では、
●米やさつまいも、それぞれの収穫に至るまでの苦労や喜びを体験すること。
●飯ごう炊さんの準備から後かたづけまでの作業を、自分達で役割分担して実施すること。
●お世話になった地域の方々や、他校の友達との交流を深めること。
以上の3つの大きなねらいを持って、実施しています。
 活動後の子ども達からは、「新しい友達ができて楽しかった」とか「飯ごう炊飯で使ったお米は、私たちが植えたお米だったので、最高においしかった」、「火の調節やかまどをつくるのが大変だった」などの感想も聞かれ、年を追うごとに子ども達の中にも活動後の充実感や自信のようなものがうかがえるようになってきました。
 また、収穫祭に至るまでの段階で、5年生が体験する稲作では、田植えで『定規』、稲刈りの脱穀作業で『千歯こき』など、昔の道具を使う体験を組み込むことで、昔の人々の知恵を知り、現在の機械化された稲作との違いに気づく機会となっています。
 一方、「ふれあい農園」でのさつまいもの栽培においても、春先のつるの植え付けに始まり、夏の炎天下の草抜きなど収穫を迎えるまでには、様々な苦労があることを身をもって体験しています。
 これら一連の学習は、稲作、さつまいもづくり、飯ごう炊飯、地域の方々との交流等の「点」の学習を、東西小学校が合同で収穫祭を実施することで、1本の「線」の学習とし、今求められている「生きる力」や「子ども達が主体的に考え、行動する力」を育てる場として位置づけています。さらに、見方を変えれば指導してくださる地域の人々にとっては、子ども達とふれあうことが新たな生きがいを見出すことへとつながり、ある意味生涯学習的な要素も含んでいるのではと考えています。
*1 海部町教育委員会が中心となって、管理・運営している農園で、町内各種団体(保育所、小学校、中学校、老人会、婦人会等)が、毎年農作物を栽培している。


そのほかの活動
<海部東小学校>

★海部川のお話会:毎年海部川にまつわるいろいろなお話を、地域の方を迎えてお話ししてもらっています。
★海部川・母川の生き物、水質調査:学年ごとに設定された課題に沿って、縦割り班で調査を実施しています。
★海苔すき体験:磯の岩に生えている海答をかき、板海苔づくりに挑戦しています。
など
<海部西小学校>
★オリエンテーリング:縦割り班で構成された班ごとで、ふるさとの動植物や、文化財などに関する問題を解きながら、オリエンテーリングを楽しんでいます。
★茶摘み:地域の方が栽培されているお茶畑におじゃまし、お茶作りの一連の作業を体験しています。
★ゲンジボタルのお話会:校区を流れる母川に棲息しているゲンジボタルの生態や、1年間の生活についてホタル博士にお話してもらっています。


成 果
〜子ども〜

 『ふるさと学習』が始まって4年、徐々にではありますが、子ども達の中にその成果が見られるようになってきました。
 例えば、「海苔すき体験」をした子ども達は、岩に生えている海草をコケだと思っていたのが、実はそれが「海苔」であり、地域の人々は採取・加工して食べてきたことを知りました。また、オリエンテーリングでは、縦割り班で長い道のりに挑むことで、上学年と下学年との間に新たな信頼関係が生まれ、その後の学校生活にも反映されています。
 このように、いままで何気なく見たり、聞いたりしていたものが、新たな感動や驚きとして子ども達の心に響き、1人ひとりの感性を磨き、興味関心を高めることにつながっていると思われます。また、様々な体験をすることが、ふるさとをより身近に感じ、郷土の先人の業績や、地域の人々の努力に対して尊敬の念や感謝の気持ちを持つことへとつながっています。
〜地域の方々〜
 ふるさと学習の実施以来、両小学校にはのべ100名余りの地域の方々がご協力くださいました。「開かれた学校」が叫ばれて以来久しいですが、両小学校にとっては、地域と一体となった学校づくりが実践できているように思います。
 今では逆に、地域の方からふるさと学習のアイデアを持ち込んでいただいたり、子ども達の学習機会に合わせた様々な配慮をいただいています。
 また、実際にふるさと学習に関わった方からは、「ふるさと教員が配置され、ふるさと学習が始まったことにより、学校の敷居が低く感じられるようになった」とのお言葉もいただきました。
 このようなことからふるさと教員の存在は、徐々にではありますが、地域の方々に知られ、受け入れられてきているように思います。


課題と今後の展望

 ふるさと教員制度が施行されてまだ4年、他に例のない制度ということで、講師の発掘から各活動の計画、実践など苦労は多々あります。しかし、その苦労も活動を通して見えてくる子ども達の生き生きとした表情や、歓喜に満ちた感想で払拭され、我々ふるさと教員にとっての活力となっています。
 現在のところ、我々ふるさと教員の役割は、より地域を知り、地域の人々を知ることにあります。地域にはまだまだ多くの教育力が潜在しています。それら1つ1つを学校教育へと結びつけるパイプ役として、常に地域にアンテナを張り巡らせ、日々の生活を送っていく必要があるように思います。
 そして最終的には、地域と学校が一体となって、地域全体で子ども達を見守り、育てていける環境を構築したいと考えています。
 また、ふるさと学習を含めた学校教育全体で、自分のふるさとに誇りと愛着を持ち、ふるさとを語ることのできる子どもの育成に努めていきたいと考えています。