「ふるさとづくり2002」掲載
<市町村の部>ふるさとづくり賞 振興奨励賞

お迎えのごあいさつは、いつも、心から「お帰りなさい」
埼玉県 桶川市
プロローグ
 埼玉県桶川市は県のほぼ中央に位置し、東京都心より北へ約40kmの圏内で東西に細長く、JR高崎線が東西を二分するように走っている。東側は中山道を中心にした古くからの市街地であり、西側は比較的新しい街並みが続く。総面積は、25・26km2、人口7万4806(平成14年5月1日)で、首都圏近郊都市として、今後ますます生活圏・文化圏の広域化が予想される一方で、住民の地域への帰属意識は年々薄れはじめている。
 こうした中で、桶川市ではふるさと意識の高揚とまちおこしを目的に、江戸時代、山形の「最上紅花」に次いで全国で二番目の生産量を誇り経済的繁栄をもたらした、市に縁の深いべに花を、シンボルとして蘇らせ「個性あるまちづくり」をしていこうと「ベに花の郷づくり事業」を市民とともに平成6年度からスタートさせて取り組んできた。またそのころ、広域的には近隣の3市2町で地域間交流等の推進を目指そうと「埼玉県央都市づくり協議会」が設立されていた。その中で、圏域内をネットワーク化し、圏域全体を再構築するため、構成市町をサテライト施設で結ぶ構想があった。
 こんな折、市民の方(廿楽氏)より土地(一部)と家屋・長屋門の寄贈があった。この「旧廿楽邸」は、明治時代の木造2階建て瓦ぶきの母屋を中心に、土間、離れ座敷、長屋門が配され、昔からの桶川を象徴する、地域の典型的な在村地主民家であった。そこで活用方法についていろいろ検討した結果、この「旧廿楽邸」を「ベに花の郷づくり事業」の拠点施設として、また「埼玉県央都市づくり協議会」が目指す地域間交流を推進する施設(サテライト施設)となるように、整備することになった。
 そこで平成8年に基本計画を策定し、平成9年度から3か年計画で二つの目的を満たす施設として、管理工房棟、蔵(倉庫)、駐車場等を加えて整備したものである。なお、整備にあたっては、国土庁の「地域間交流支援事業補助金」と埼玉県の「彩の国づくり推進特別事業補助金」を受けている。


市民の視点を盛り込んだ民間的運営の施設を
 まず平成8年には、「旧廿楽邸」とその敷地をいかに有効に活用することができるかを市内在住の弁護士・イラストレーター・建築家などの学識経験者8人で構成する「旧廿楽邸活用に関する調査研究会」に依頼をし、基本方針を明らかにしていただいた。その内容は、(1)生活に密着した身近な文化の創造拠点施設とする。(2)ベに花の郷づくり事業の拠点施設とする。(3)農家環境を自然資産として残し守っていく。と言うものであった。
 翌平成9年には、学識経験者・市民・民間業者・行政のメンバー11人で構成する「旧廿楽邸(カルチャープラザ)建設に伴う研究会」の中で、建物全体計画及び配置等を協議し、また地域間交流としての取り組みや施設運営のあり方などの検討を行った。検討の結果は、市民的立場に立った「地域間交流プログラム」としてまとめられた。さらに、運営については「ベに花の郷づくり拠点施設運営検討委員会」を15名の委員で組織し、運営の具体的な方策について検討がされた。その中で、運営体制は、市民と行政がパートナーとして、協働する体制を構築し、事業は経営感覚を持って、運営することが確認された。この様に、市民の視点を十分取り入れ、平成9年に再生・改築整備がなされた。名称は、公募して「桶川市べに花ふるさと館」(以下「ベに花ふるさと館」と言う。)と決まった。


運営は財団・スタッフは全員60歳以上でおもてなし
 「ベに花ふるさと館」は、こうした研究会や委員会の提言・意見を踏まえて「ベに花の郷づくり事業」が掲げる「個性あるまちづくり」との整合性を図り、「地域間交流推進プログラム」を活動の特徴付けとしながら、枠にとらわれない民間的発想と、また市民の利用を最大限考慮しつつ、経営的発想を取り入れた運営を基本方針にして、管理運営が行われることになった。そこで、利用する立場に立った柔軟な発想ができて収益部門の運営が可能な財団(けやき文化財団)に、運営を委託することになった。また、スタッフ(財団職員以外)は、誰もが心の奥に記憶しているふるさとの、言わば<実家>の雰囲気を醸しだしたいことと、年配の方が今までに培ってきた経験や技術を運営に生かしていただきたいとの思いから、全員60歳以上の方で運営をすることになり、新規に募って採用した。


お迎えのごあいさつは、いつも、心から、「お帰りなさい」
 ここで「ベに花ふるさと館」のスタッフが、来館する方をお迎えする基本的なコンセプトとして、全員で心掛けていることを、パンフレットの一節を用いて紹介することにする。

――べに花ふるさと館では、「いらっしゃいませ」の代わりに「お帰りなさい」とお客様をお迎えしようと決めています。ここを訪れていただくお客様の「心のふるさと」として親しんでいただきたいからです。この建物は100余年もの間、桶川の自然の中で、さまざまな歴史を見つめ、人の歴史を見つめ、人の暮らしを支えてきたものです。(中略)私たちは、この建物をみて、触れて、楽しんでいただけるだけでなく、生きた「ふるさと」の本物の暮らしを体験し、その喜びや感激を実感として、お持ち帰りいただきたいのです。
 「ふるさと」は、みんなでつくり育てることに意味があると思います。大人ばかりでなく、子どもたちや、そのまた子どもたちに「ふるさとの文化」を少しでも多く伝えることが「ベに花ふるさと館」の大切な仕事と思います。――



べに花ふるさと館が展開する諸事業
 「べに花ふるさと館」では、スタッフ全員がこのような気持ちになって、館が目指す地域文化の形成と地域間交流のための、諸事業を展開している。地域文化の形成事業としては(1)年中行事の伝承(1月=繭玉飾り、2月=節分、3月=ひな祭り、5月=鯉のぼり、8月=七夕飾り・盆踊り、9月=十五夜等ほぼ月1回)(2)見る味る講座(地粉100%の手打ちうどん・手打ちそば・お食事)(3)教室・体験等(うどん打ち・ベに花料理・陶芸・木工・染色等の体験教室)等である。また地域間交流の推進事業としては(1)県央都市づくり協議会が推進する事業の展開(県央都市が掲げる花に関わるまちづくりから花と祭りの100円ショップ)(2)市<いち>の開設(フリーマーケット・ふるさと蚤の市、わいわいワゴンセール等)(3)ふるさと祭りの実施(同郷の人たちとの語らいによる地域間交流の推進)等である。特に、見る味る講座は、基本的には、出来たてのうどん・そば等の提供ですが、小麦文化、言い換えれば地域食文化を紹介し伝承していく考えから、「作る工程を見て、できたものを味わって」いただくことを主眼にしている。地粉100%の手打ちうどんは味も良く値段も手ごろで、たちまち話題となり、当初1日50人分を見込みでいたものが、現在約200〜250人分の需要があるなど経営的効果も上がっている。年中行事や市(いち)・ふるさと祭りなどの事業の開催に際しても、狂言、落語、コンサートなどの公演とあわせて実施し、チケット料で経費を賄っている。こうした事業を開催すれば、当然来館者も増えて「見る味る講座」のうどんの需要も増し、相乗効果をもたらしている。
 母屋1階の特産品コーナーでは、市内産品で市観光協会推奨品の販売を、2階では喫茶コーナー、長屋門では地元農産物の直売と、さながら道の駅といった感。「ベに花ふるさと館」の事業運営費だけでとらえれば、目下上昇気流にのって右肩上がりの黒字である。もちろん、興行業、めん製造業、飲食業等の許可を取得していることは言うに及ばない。貸館状況も、公的施設としては、制限が緩やかで、販売行為からお見合いや結納といった個人的使用まで実に多彩。新規事業としては昨年、館から出る生ごみを堆肥化する、「生ごみリサイクル」の実験を行った。今年度は、実験の成果を踏まえ「生ごみリサイクル」を事業化し生ごみの館内処理によって環境にも配慮することにした。作り出された堆肥を利用して、無農薬野菜を栽培し直売するため、農園部を創り、循環型社会の構築を試みている。


エピローグ
 べに花ふるさと館では、オープンしてから1年で来館者は20万人を超えた。そのうち7割の方が市外からの人で、経済的にも、地域間交流の施設としても成果が現れている。
 また、今年度には、高齢者や障害者をはじめ、誰もが使いやすいよう配慮された施設であるとして、思いがけなく埼玉県より「彩の国人にやさしいまちづくり賞」をいただくことができた。これは、ハード面の配慮はもちろんであるが、「ベに花ふるさと館」の基本コンセプトである「お帰りなさい」とお迎えする温かいおもてなしの心を感じ取っていただいたことや、館全体にこうした心が生かされているということが認められたからだと思う。
 いずれにしても、オープンしてから、まだまだほんのわずか。今後も、地域に根ざした事業を展開し、住民あるいは近隣・県内外を含めた多くの皆様のご来館を募り、ご来館していただいた方全員に、「ベに花ふるさと館」を<実家>として暮らしの中に浸透させていただきたいのです。また訪れてくれた折には<実家>として「お帰りなさい」とお迎えしたいために……。