「ふるさとづくり'89」掲載

“伝説と水ばしょう、ロマンの里”づくり
長野県鬼無里村 鬼無里こぶしの会
自然景観の豊かな村で

 鬼無里村は、長野県の西北部に位置し、長野市から20キロメートルで四方を山に囲まれた自然景観の豊かな高原の村である。
 村の人口は約3,000人、85%を山林が占め、昔から炭焼き、養蚕、水田が主産業であったが、現在では水稲の他畑作の中心は葉たばこ、蔬果菜などで飼料畑を生かした畜産が農業生産の第1位を占め今後高齢化の中にあって農業は大きく変化するものと予想される。
 ここ鬼無里村は、古くから伝説の多いロマンに満ちた秘境の村として、その村名も全国に唯一鬼無里(きなさ)村という変わった村名であるが、その由来は、1人の美しい平安乙女の哀れにも悲しい恋の物語であり、今でも京都の二条から五条、加茂川、春日神社など当時の鬼名紅葉の伝説を伝え、紅葉(もみじ)の都への思いを今にして、水ばしょうとともに、我が村観光のメッカとなっている。
 また、この地は太古は海底であったといわれ、貝や魚類、ステゴドンゾウの臼歯の化石が発見されたり、縄文土器が発掘されるなど太古の歴史とロマンと伝説は豊富である。


意見交換・提案の場は村おこしフェスティバル

 農業者の高齢化と荒廃農地の急増に悩む現状を打開するため、従来から続いていた11月23日の産業振興祭での一流芸能人をあげての慰労会から、村民が村の将来を考えあう1日とするため、61年度から村おこしフェスティバルを開催して、村民や村出身者村外から入村定着者などの意見や提言、発想などを発表したり、交換討論する機会としている。
 また、昼食には、おつめり、きびだんごなど、地場産品の振興と見直しを図る機会として生活改善グループのボランティアで、先人の知恵にさらに工夫を凝らした臨時の食堂はさながら家族ぐるみの会食となり、村民のコミュニケーションの場としても大変な好評を得た。ことに特産として定着したおやきは、原料に野沢菜、なす、かぼちゃ、小豆などの生産物を利用したもので、販路も関東、関西から九州方面まで日産5,000個を手作りの対応をしており、農地の高度利用の上からも村での一大産業になりつつある。
 過去2回の村おこしフェステイバルで提案された事柄は、村の有線放送で市況を放送すること、集落ごとに公衆有線の設置、トイレの配置などとして実現され、同時に行われる不用品の交換と漬物コンクールでは生活様式の見直しと健康志向の時代反映に村民の関心の高さを表している。


村誕生100周年へ向けて活発な活動

 このような村内を見つめ直す機会をきっかけとして、村内に、人づくり、産業づくり、環境づくり、村おこしの4つのプロジェクトチームが誕生し、村民全員の創意と工夫を起こさせる土台が出来、議会でも各委員会ごとに担当分野での視察を繰り返すなど、来年施行の「村誕生100周年記念」に向けて一層活気づいている。
 主なる活動をあげると、
(1)あいさつ運動 「笑顔であいさつ村づくり」、心のふれあいはあいさつから、を合言葉に、どこでも、誰でも、いつでも村民が交わしあう、あいさつの声は深い渓間にこだまし明るい村の一日である。
(2)花いっぱい運動 子供、老人、婦人等が中心になって植えたコスモスがコスモス街道をつくり旅情を慰め、村人の心を和ませ、路傍に咲き競う花の匂いこそ、ふるさとの香りである。
(3)児童・生徒の活動 みどりの少年団を軸に植樹、下刈、雪起こし、枝打ち等を行う一方、季節に応じた野外活動(山菜とり、茸がり、魚つかみ大会)を実施し、また、恵まれた自然・文化史跡の探索にあわせ、お年寄りから民話伝説や紅葉太鼓、裾花民謡の踊りを始め、注連縄づくりなどの郷土芸能を伝授する。
(4)青年・壮年の活動 紅葉太鼓、山車の囃子、神楽の囃子獅子舞等の伝授・継承および発祥・由来の研究を重点に、村おこし事業班では綿羊を飼育し、その肉の活用を図る等活動は実を結んでいる。
(5)婦人の活動 婦人団体連絡会では婦人の地位向上に努める一方、裾花民謡、裾花エレジー、鬼女紅葉、鬼無里音頭、水芭蕉等郷土の歌謡曲の普及、舞踊の創作普及に努めている。また生活改善グループでは、山菜加工に取り組む森林組合と連携を取り、ふるさと体験館を活用しむらおこし活動を行う。
(6)実年・老人活動 炭焼きの伝承販売をはじめ、注連縄および藁細工の制作伝承、地元の土を使っての陶芸、七宝焼きの創作を通し、家庭および地域とのふれあいを深めている。また、文化のふるさとづくりとして伝説、民話の伝承に取り組んでいる。


婦人団体が一緒になって

 婦人組織の連携を密にし親睦を図るとともに婦人の地位向上や問題解決をすすめていくために、村内にある23の婦人団体からなる婦人団体連絡会に鬼無里村生活改善グループ協議会(7グループ、35名)が加入し活動を展開している。
 生活改善グループでは昭和30年代から、暮らしの様々な問題を取り上げ、仲間同士集団施行を繰り返しながら解決してきた実績が「生きる技と力」となって村おこしの大きな原動力となっている。
(1)「ここにしかない味」づくり 「身近な産物を利用して、うるおいのある食生活を」というテーマを一環追及してきた学習の成果が村の特産加工品コンテストで、会員が多くの入賞を占めたことで、長野県の「ふるさとの味開発事業」の指定を受け、本格的に味おこしに力を注ぐことになった。新しいものの開発と食文化の伝承を柱にした郷土食の見直しを進めるため次の実践活動が行われた。
(ア)スイコジャムの商品化
田畑の厄介者とされているスイコ(スカンポ)の若い葉と茎を利用してジャムを試作したところ、独特の酸味と旨味のあるジャムが出来、村の森林組合の加工所に依頼し商品化に成功した。「あのスイコがジャムに?」と村内外から驚きの問い合わせも多く、せっかくの苦労を無駄にしてはと、村の協力で特許申請と商標登録申請の手続きをすることが出来た。
(イ)ギフトセット「渓谷ものがたり」
 奥裾花自然園にはたくさんの山菜が自生している。沢あざみ、山ぶきをはじめ、これら山菜の利用をグループでは以前から研究し、季節ごとに我が家の食卓を潤してきたが、ふるさとを離れた人や都会の人に味わってもらえたらと、家庭の味をベースに、あざみの鰊煮、青豆ときのこ、じこぼ、野沢菜、きゃらぶき、またたび、丸なすのからし漬、干かぼちゃ等長い年月をかけての会員同士試行錯誤しながら生まれた瓶詰め加工技術、6本セットで中元・歳暮用に大好評である。
(ウ)「桃太郎」がお腰につけた日本一のきび
 村の自慢の一つに赤きびがある。労力不足や流通、施行の関係等で近年栽培農家も減っているが、自然環境に適した「きび」を生産し、伝統的な食べ方「きびじるこ」を世に出そうと会員が団結し、種を配布、栽培に力を入れた。第2回村おこしフェスティバルで、村民250名に昼食にきびじるこを提供し大好評を博し、さらに村の民宿や食堂のメニューに加えたら、学校給食の献立に入れ子供たちにも郷土料理を味わって欲しい等の励ましや助言があり、会員も味の確信を得ることが出来た。一方「赤きび」と「いなきび」を組み合わせて餅に加工し、鬼女紅葉の伝説と赤、黄の配色を考慮して「紅葉もち」と名付け包装の形を工夫し、商品化した。また、現代っ子にも喜ばれる加工法として「きびクッキー」をも誕生させた。この様に次から次へと生まれる商品、アイデアは一日にして出来るものではなく、長年の経験と知識、会員の輪から得られる技と力のなすものと思われる。また気象条件と高齢者の智恵による乾燥野菜作りとその利用技術は田舎の味、おふくろの味として若い会員に伝承されている。

(2)若妻たちの活動
 生活改善グループ員がリーダーとなり村内の婦人の一人一人の力が1つの目標に向かって静かに動いている。これだけ婦人が社会参加できるのは、影には家族の協力や理解があってこそと、村民の村おこしにかける夢が伺える。このことは昨年から若い会員が増え、各自が特技を生かし活動している(草木染、ハーブ栽培、手作りはがき、羊毛加工、食肉加工等オリジナルの活動)ことからも実証される。協議会長のモットーは「会員は参加する度に必ず、何か1つを自分のものにすること。新入会員や若い会員に対しては、心から和をもってまとめ、引き立てて活動する」と過疎化の進む村での後継者の育成には特に力を入れている。
 村には約100頭を飼育するサフォーク牧場があり、副産物としてでる羊毛の利用に困っていることに注目し、染色や紡毛について講師を招き講習を重ね、本物の良さ、心の豊かさをつかんだ若妻たちの暮らしぶりは村の活性化に大きく根を張っている。

(3)農産加工施設づくりへ一歩前進
 味づくりや即売会、農業振興の村おこし等に、グループ活動や若妻たちの活動の実績が認められ、村から次のような数々の援助を受けそれぞれ活動の励みになっている。
・押し花器の購入(スイコジャムに入れる)
・農産加工用機具の購入(餅つき器、調理用具、ポン菓子機等)
・羊毛加工機具(染色機具、紡毛機具)
・グループ活動の拠点としての村の遊休施設の無料借用
・グループ活動補助金の増額等
 さらに本年末は、瓶詰め加工、菓子製造業、漬物、惣菜関係の営業許可も取れるような施設も計画され、関係者により検討されている。


待望の体験館が会館

 待望の体験館が今年4月26日に過疎地域活性化事業により開館した。村議会では体験施設や食堂をグループに任せ、9月まで無休で会員が交代で自分の得意分野を受け持ち若さを取り戻し張り切っている。この体験を契機にさらに研究のために図書館に通うもの、先進地視察や県内のグループとの交流を図るなど新しい活動の輪が広まり、新作品も生まれている。体験館ではこれら手作り品を村民なら誰でも即売できるシステムになっている。老人の作品である陶芸、藁細工、木工品、炭、山菜、農産物等即売され文字通り村のデパートになっている。また、お盆の10日間、農業委員会と協力し焼きモロコシをはじめ米や大豆のトッカン加工の実演販売を行ったところ、子供のおやつに最適と好評だった。きびじるこ、山菜そば等日替わりメニューに舌鼓、会員のふるさと談義、伝説に耳を傾け、「むらの味」を心と舌に刻み、「また来るからね」と言い残していく観光客。一方村民は「顔を見に来た」と気軽に立ち寄る人、親戚、知人と訪ねる人、家族で食事に来る人等、体験館は老若男女の社交の場として日夜賑わっている。
「豊富な種類と安心して食べられる手作りの味を」「忘れかけていたふるさとの味」「ふるさとには帰れないが四季に送られる味でふるさとを思い出している」等とふるさとを思う「こぶしの会」の声、また「ふるさとのくらいニュースを放送するときは心まで鬱いでしまい、次の放送までも暗い気持ちになるので、ふるさとの便りやニュースは村民の力で明るい話題を多くつくって欲しい」と村出身のアナウンサーの便り。「村民の温かい人情とブナの原生林などを都会の人に提供する機会を多くつくって欲しい」とフェスティバルに参加した人の声。「豊富な伝説と恵まれた自然・人情豊かな活気溢れる村民性は、どこの町村にも劣らないと思う。―― 広大な土地を生かした特産品の開発と心を伝える観光に努め、村民がこの村に住んで良かったと思えるような村づくりをしていきたい」(村長・小林甲子雄――等、ふるさとに期待する声は多い。私どもグループは、村おこしは「心の開発」であり、村民の創意と工夫をベースに、都会の人の話に耳を傾けながら、村をあげて取り組みPRに努めることが今後の課題でもある。