「ふるさとづくり'92」掲載
<集団の部>ふるさとづくり大賞

心にゆとりと、やさしさあふれるさとづくり
北海道剣淵町 けんぶち絵本の里を創ろう会
はじめに

 おそらく北海道のどの町もそうであるように私達の町剣淵町も過疎化の進行町でした。昭和55年度の人口が約5,500人を超えていたのが今や4,700人(平成2年度)そこそこで、年平均60人以上の人が剣淵町を離れたことになります。一方、農業を基幹産業とする剣淵町は豊かな自然環境に恵まれながらも水田基盤整備に伴う農家負債や減反問題、さらには農産物の「自由化で農業がつぶれる」などにみられるセンセーショナルな言い回しが、農業の町の町民に一層の不安感と危機感を与えつづけていたように思うのです。
 こんな時だからこそ町民が心一つにして「何かをする」ことが必要なのではないかと思っていた青年たちが職域を超えて、昭和62年4月に劇団の演劇公演に取り組んだのです。剣淵で「演劇公演なんて成功したためしがない」という壁に不安と同じくらいの情熱を傾け、「剣淵・明日を豊かにする実行委員会」を組織したのでした。この時の通信bQにはこう書かれています。「―この演劇公演の取組みがきっと、成功させようとする人々の絆になる。この演劇を見た人の心を豊かにしてくれる。そして、明日の剣淵を考える力になる。そう信じて―」。
 この演劇公演の取組みではじめて顔を合わせた人達もいた決して若くはない青年たちは「うまくいくはずがない」という声以上に、今、剣淵で「何かをすること」に意味があると賛同する人の励ましに支えられ、この公演を大成功させたのでした。公演終了後、はじめての「町おこし」の活動に燃えた実行委員は、これが契機となって、再び「町おこしの活動」で一緒になることを約束して会を解散したのでした。この取組みは剣淵の青年たちに明らかに「やればできる」という自信と職域を超えた町民の結び付きがもたらす子不ルギーの大きさを実感させました。
 そしてこの時の主な仲間たちが1年後の昭和63年、再び「けんぶち絵本の里を創ろう会」を発足させることになったのです。


「絵本の里を創ろう会」の発足と活動

 きっかけは驚くほど単純でした。63年2月に日頃経営セミナーなどを中心に講師を呼んでいた剣淵商工青年部が、少し発想を変えて話を聞こうということになり、隣市士別市に住んでいた版画家で絵本作家の小池暢子さんを呼んでの町づくり講演会を主催しました。その後小池氏を尋ねて北海道を訪れた児童図書編集者の松居友氏を剣淵に案内した折、「絵本の里」にふさわしい町と評し、日本には絵本原画を収蔵し展示する美術館がないという話を聞き、ほとんど直感的に―絵本で町おこしができないか―と思ったのです。そこであらためて松居友氏にお願いして「すばらしい絵本の世界」と「絵本を使った町づくり」をテーマに講演会を開催したのでした。
 この講演を契機に再び町おこしのメンバーが集まり、驚くほどの情熱をもって賛同者280名を会員に「剣淵絵本の里を創ろう会」を63年6月に発足させてしまったのです。
 以後「会」の活動は目覚ましく、9月には小池暢子氏とポーランドの版画家クリステーナ・ヒエロフスカヤ氏の「国際交流版画二人展」、11月には「手島圭三郎絵本原画美術展」、そして平成元年12月には「会」としては最初の大きな取組みとなった、主に北海道の絵本作家を中心とする「―北海道 絵本の里冬の絵本原画展」を関催し、5日の日程でしかも冬手間にもかかわらず原出展の記帳者が1,000名を超えるほどの関心を呼ぶことになったのです。この時には絵本の原画展とともに絵本についても学びたいという会員の願いに応え、絵本作家による「風土と絵本と子供たち」と「北海道の風土と絵本」をテーマに講演会とシンポジウムを同時に開催し300名の町民や町外の参加者をえたのでした。


絵本の里を創ろう会の拠点「絵本の館」の完成と活動の充実

 こうした活動に町の積極的な理解が得られ、平成元年度ふるさと創生基金の拠出で旧役場庁舎を改修して「絵本の館」を作り、ここに1万冊の絵本を購入して蔵書としたほか、北海道出身作家の「絵本原画」も購入するなど絵本の里作りの基礎となる事業のほとんどについて助成し、さらに平成2年度は絵本原画の保管・収蔵を目的とする「原画収蔵館」を6,500万円で新築して絵本の里を創ろう会の事業を全面的に応援することになったのです。
 ハード・ソフトの画面での町の助成は「会」の活動を飛躍的に広げることになりました。


絵本の普及活動について

(1)普及部の組織と広報活動
 活動の拠点と1万冊の絵本が蔵書されたことにより、従来「会」の活動がどちらかというと「原画展」中心のイベントに偏りがちでその面での批判もすくなからずあったのは事実でした。そこで「会」は絵本の好きな女性会員を中心に町民に絵本を普及させ、親子で絵本を中心とした読書に親しむことを目的に活動する「普及部」を組織しました。
 普及部の活動は目覚ましく、月1度の「普及部だより」を全戸配布し、会の活動の紹介や会員が出会って感動した絵本の紹介など「普及部だより」のなかで伝えました。

(2)子供の親たちに絵本に親しむ活動
 また、剣淵の子供たちに楽しく絵本に触れて欲しいという願いを持って町内4ヵ所の保育所の子供だちと精神薄弱者の施設「西原学園」に出向き「絵本の読み聞かせとフルートとピアノのコンサート」を関催しました。これは子供たちには好評で「普及部」では定期的に保育所を回り、この「絵本の読み聞かせコンサート」を計画しています。
 また、「普及部」の提案で「会員の集い」や「会」の役員会ではお父さんたち男性役員が「絵本の読み聞かせ」をするようになりました。こうした取組みは子供たちが絵本に親しむためにはまず父親である会員が恥ずかしがらず「絵本に親しむ」事が必要で、絵本の普及はまず会員の家庭から実践しようという考えによるものでした。
 町おこしのきっかけで絵本の里作りに参加した父親たちが、いつの間にか真剣に絵本に取組みだし、子供たちに絵本を読み聞かせするようになったのです。

(3)町民に対する普及活動
 会の活動に賛同した個人から寄贈された300冊を全戸回覧したほか、平成元年度日本生命財団からの助成を得て購入した約1,200冊の絵本を保育所や郵便局さらには個人の家庭まで町内25ヵ所を巡回する「絵本巡回文庫」をスタートさせました。
 また、平成2年度から8回にわたって町民による「手作り絵本教室」を開催していますが、参加者は幼児から、自分の作った絵本を孫に残したいという老人、そして父親の参加を含めて毎回50人前後に上ります。


原画展の充実と「絵本の里大賞」の創設

「絵本の館」が完成したことにより絵本の原画展に対する取組みも一層充実することになりました。平成2年度の第3回「絵本原画展」は8月に6日間にわたって「谷内こうたの世界」と精薄者の更生施設「西原学園」との連携で一級の障害を持つ車椅子の画家「はらみちを展しが開催され、期間中の参加者は5,000名に及びました。
 そして平成3年度「会」のかねてよりの念頭であった町民と「絵本の館」の来館者の投票によって決定する「けんぶち絵本の里大賞」を実施できるまでになりました。これは前年度出版方れた絵本を作家や出版社に応募してもらい、「大賞」受貧者には賞金100万円と剣淵の農産物を1年分進呈するというもので、現在143点の絵本が応募されています。また、この大賞投票期間2ヵ月の間に絵本の里作りを応援する画家が実際にアトリエを剣淵に移して絵本制作を町民に見てもらうなどの他、児童文学者の講演、各分野の芸術家との対談などの企画もあって、8月中に全国から剣淵を訪れた人は7,000人にも及びました。そしてこの行事を支える町民は老人大学、高校生、婦人団体西原学園の園生などの拡がりを見せたのです。


福祉施設との連携と農業者の拡がり

 絵本の里を創ろう会は当初から精神薄弱更生施設「西原学園」を連携で活動してきました。それは西原学園という施設の設備の利用であったり、また、職員の会の活動に対する積極的な参加であったりしました。しかし、「会」の活動が進むにつれて、また、西原学園のいわゆる知恵遅れの障害を持つ人達に関わるにつれて、剣淵が「絵本の里」としての地域作り、ふる方とづくりをしていくのであれば障害を持つ人たちにとってもやさしい地域作りでなければならないという事を考えるようになってきました。そこで「絵本の館」ができるときに町に「絵本の館」の一部屋を西原学園の障害を持つ人たちが働く「喫茶店」を設けて欲しいという要望をしました。町はそれに応えて設備をするとともに、館内の清掃を西原学園に委託するという形で助成をしてくれることになりました。
 絵本の里作りが連むにつれて会員の農業者から絵本の里作りにふさわしい農業をという声が上がりました。従来から低・無農薬農業を進めていた西原学園と絵本の里作りに参加する農業者が半年間に及ぶ学習を経て平成2年2月に「剣淵・生命を育てる大地の会」を発足させました。参加する農業者は25名、西原学園が事務局となって会の事務処理や広報活動を担当することになりました。会員の農業者は「土作り」を基本とした有機農法を実践し、それぞれ農場に「赤トンボ農園」「クレヨン農園」など絵本の里にふさわしい農国名をつけました。また、会の出荷用ダンボールやパンフレットは絵本の里に協力してくれる絵本作家にデザインしてもらい、より安全な農産物の生産と絵本の里作りの一体感を高めました。この会の農産物の売上の一部は絵本の里作りの活動資金に拠出するなどの趣旨が理解され、絵本の里作りに賛同する絵本作家関係者の応援もあって、2年目の販売額は3,000万円を超えるほどになりました。
 私達「絵本の里を創ろう会」の活動は発足して4年にしかなりませんが、この会の活動が「西原学園」の障害を持つ人の地域参加とより安全な農産物作りを進める農業のあり方を考えるような拡がりになりました。今後とも活動を通して剣淵が「心豊かな文化の町」として多くの町民が参加する地域作りを一層進めたいと思う次第です。