「ふるさとづくり'99」掲載
<個人の部>ふるさとづくり奨励賞 主催者賞

海・山・川スクールの校長先生
茨城県北茨城市 澤田 清
遠くの山が身近になった

 野原で朝食と野点コーヒーを味わいながらの早朝観察会、暗闇を体験するお月見ハイトハイク、海岸で漂着物を拾い河川のゴミ問題を考えるビーチコーミングなど、時間も場所もテーマも自由に、身近なフィールドを教室にした「親子自然観察会」に人気が集まっている。この体験型環境教育を広めているのが「自然わくわく研究会」で、澤田清さんはその代表であり、指導者である。
 「自然わくわく研究会」は、茨城県の最北部、福島県境に接している北茨城市を舞台に、平成5年5月から始まった。親子自然観察会は、回を重ねるごとに好評で、これまでに80回を越えた。会員は最初6名で始めたのが今は84名に増えた。また、この観察会は北茨城市の生涯学習事業に指定され、会員以外の一般市民の子どもと大人が多数参加する環境共育(教育)イベントに発展した。現在、研究会主催と市主催とを合わせると、年間10〜14回開催、これまでに延べ1541人が参加している。「遠くにあった山がごく身近に感じられるようになりました」─これは観察会参加者の感想である。


本業は救急救命士さん

 同会の生みの親・澤田清さんは45歳、日本自然保護協会認定の自然観察指導員である。本業は、茨城県北茨城市の消防本部に勤務する救急救命士。
 澤田さんは、20代の頃から山登りが好きで、毎年のように尾瀬沼や近くの山に出かけていた。その時の案内ガイドがあまりにも観光的だったり、植物の説明に偏していたことに疑問を感じ、きちんとした形で自然や自然とかかわる農業や林業、漁業などの生活や文化を伝えたいと、自然観察指導員の資格をめざした。しかし、茨城県で開催される同指導員の養成講座はいつも満員で、2回も抽選から外れた。このため遠く山梨県まで出かけてその思いを達したという。消防という特殊な勤務をしながら山梨通いは、さぞ大変なことだったと思う。
 昭和62年、自然観察指導員となるや、早速、環境ボランティアとして、休日や休暇を利用して磐梯朝日国立公園裏磐梯地区に通い、自然解説活動をはじめた。仙台や岡山など全国から集まった同じ資格を持つ仲間たちと「裏磐梯サブレンジャーの会」をつくり、今日まで活動を続けている。現在は、その代表として後進の指導にあたっている。
 平成元年には地元茨城県から県立公園指導員を、また(財)科学教育研究会から研究員を委嘱され活動日数と範囲が広がった。
 さらに平成2年、環境庁自然公園指導員、平成5年、農林水産大臣認定の森林インストラクター、ネーチャーゲーム指導員の資格を次々に取得、日本環境教育学会や(財)日本自然保護協会にも所属するなど、環境教育・保護活動はどんどんエスカレートしていった。


発足のきっかけはPTA

 平成3年、澤田さんの長男が通う小学校から依頼され、「環境教育セミナー」「親子自然観察会」を実施したところ、大好評を博した。再度開催の要望に応え翌4年に3回シリーズで開催、これまた好評だった。この時のPTA有志と一緒に、体験型環境教育の実践研究をめざす「北茨城自然わくわく研究会」を設立し、代表に推された。
 澤田さんは日頃から、国立公園など特別の自然だけを対象にするのではなく、身近な日常的なところで環境教育活動の必要性を感じていたこともあり、「親子自然観察会」を自主的、継続的に開催できるこの研究会の発足は、当然の帰結といってよかった。


「楽しくを」モットーに

 自然わくわく研究会の年間活動は8〜10回。「植物観察会」「バードウォッチング」「蛍観察会」などの自然観察会型、「野草を食べる会」「つるのリース作り」といった自然お楽しみ型、さらには、「野遊び」「森の冒険」「川遊び」などの原体験遊び型といったプログラムが巧みに織り込まれている。これらはみな「楽しく」をモットーに、澤田さんの豊富な知識と経験から生み出されたものばかり。参加者はその都度一般募集、子どもも大人もいっしょに楽しんでいる。運営資金は、年会費、1家族1500円でまかない、それぞれの行事は、その都度300円位の参加費で行っている。


市生涯学習のモデル事業に

 平成5年「親子自然観察会」は、北茨城市生涯学習推進本部のモデル事業に指定された。
 同市の生涯学習推進会議委員であり、リーダーバンク部会長でもある澤田さんは、恵まれた自然環境とそこに暮らす人びとを対象に、体験学習する「自然博物館活動」(エコミュージアム)として第1回を開催した。
 現在は年間6回開催が定着し、自然わくわく研究会主催と北茨城市主催を合わせると、年間10〜14回を数え、一般市民の子どもも大人も参加できる環境共育(教育)イベントに発展した。
 会報「ニュースレター」を毎月発行、会員相互の交流と他団体との情報交換に役立てている。


「あそ坊クラブ」誕生

 エコミュージアムは、企画段階から行政と話し合い、役割を分担しあい、スムーズな運営をしている。活動のひとつを紹介すると、「十石掘源流探索ハイキング」というイベントでは、江戸時代につくられた用水堀に沿って流末の松井部落から石岡の取水口まで自然観察をしながら辿るのだが、途中堀りが庭を通っている滝さん宅では、毎回おばあさんから庭の案内があったり、熟れた山桑の実を毎回取らせてくれる家もあり、地元の人と参加者との交流の場にもなっている。
 一方、平成9年度のウイークエンドコミュニティースクール(県の委託事業)では、「子どもたちにもっとダイナミックな遊びを!」のテーマで、実行委員が市内の遊び場を調査、「遊び発見マップ」を製作。平成10年月、市内の全児童約7000人に配布した。この時の中心的な役割を担ったのも澤田さんである。
 この過程であそ坊クラブが作られた。子どもたちの「なにかやてみたい」という欲求や興味をひとつでも多く実現することを目指すもので、将来子どもたちの自由な遊び場づくりにも発展する可能性があり、澤田さんにかける期待は大きい。


リーダーシップと人徳に納得(スタッフの評)

 澤田さんの指導力には定評がある。女性スタッフのHさんは、「連絡から始まり、全てにわたってきめ細かな配慮をしてくれる。嫌な顔をせず、能力をひけらかしもせず、急場を救ってくれる人。会は、澤田さんなくしては成り立たない。」と断言するほど。
 「自然解説がうまくできなかった場合でも、必ず良かった点を褒めて励ましてくれます」「時間には正確、やむを得ず遅刻する時は必ず連絡をくれる、信頼できると思いました」。
 「前向きな考え方の人です。初めての観察会の時、雨が降ったので、やめてしまおうか途中で帰ろうかと迷って参加したのですが、澤田さんから『今日参加した人は幸運でしたね、雨降りに得した1日を過ごせましたね』と言われて考え方がいいなあと思いました。また、お礼のハガキをいただいたりしました。心配りが行き届いた人です」とCさん。
 小学校5年のK君は「わからない木とか花とかを優しく教えてくれる。バットの木だよと教えてくれた。そのこどもの木を育てているけど、大きくなるのが楽しみです」。


市外からも参加、指導者が育つ

 84名の研究会会員は、会社員、自営業、主婦、幼児、児童、中学生から大学生まで多彩。北茨城市以外からも入会するようになり、「自然わくわく研究会」に会名を変えた。市主催のエコミュージアム活動も実施回数が増え、口コミで参加者が増えている。自然の中で遊ぶ楽しさを知った子どもたちからは「楽しかった。また参加したい」の声も多数。
 運営スタッフの中から、澤田さんの指導で自然観察指導員やネイチャーゲーム指導員の資格を取った人も出てきて、活動に厚みと幅が増した。
 地球環境への関心が高まる「追い風」もあって、環境フォーラムの主催や、県や隣接市町村の団体から講演や指導依頼が増え、諸団体との交流も広がり、澤田さんは忙しい毎日が続く。
 こうした中にもかかわらず、澤田さんは、難関といわれる救急救命士の受験に挑戦、平成8年5月に見事合格した。6か月の東京での缶詰教育期間中も北茨城に戻り、親子自然観察会を指導していたことを後で聞かされて驚いた。


新しいまちづくりに連動

 大きな博物館を建てる代わりに、北茨城全体の素晴らしい自然環境を生きた博物館として見直し、活用しようという「エコミュージアム」活動は、北茨城の新しいまちづくりとして連動され、「施設さえ建てれば」という従来の行政のあり方に転換を迫るものである。また、自分の町の価値を市民自身知ることから始まるまちづくりこそ本物である。
 「まちづくりは、人づくりから!」という合い言葉で、海、山、川の三拍子がそろった北茨城市にとっては、指導者が育つチャンスでもある。「本当の指導者は、地元の住民」という澤田さんの考え方は、人びとの出会いと輪を広げていくことだろう。
 「なによりも北茨城の自然の良さに目が向き始めた人が増えてきたことが嬉しい。これからも『楽しい環境教育』をモットーに、一人でも多くの人に参加してもらうことによって、自然豊かな環境に住める喜びを感じてもらいたい。そのためには、より多くの知恵を出し合える『文殊の知恵体制』づくりの指導者育成、コーディネーター育成が重要課題」と澤田さんは静かに語る。