「まち むら」108号掲載
ル ポ

地域に子どもの声を響かせたい 熱い思いを形に
静岡県掛川市 子育て支援事業所 パンダひろば
 静岡県西部に位置する掛川市。江戸時代に東海道の宿場町、また掛川城を有する城下町として栄え、発達した。市の北東部、三方を山に囲まれ中央に倉真(くらみ)川が流れる倉真地区。県道81号線沿いを車で走ると、目を引く鮮やかな色合いの大きな看板が。パンダのイラストに案内されるまま側道へ入ると目の前には豊かな森が広がり、思わず深呼吸をしたくなるような風景。一段小高い道から見下ろす形で、のどかなたたずまいの園舎が見える。そこが「パンダひろば」だ。
 「つどいの広場」事業(国が推進する事業)として、市の委託を受け「倉真地区まちづくり委員会」の地域福祉事業部が運営。廃園となった倉真幼稚園の園舎、園庭をそのまま残し、学童保育所と併用する形で活用している。
 古くから農村集落として歩んできた倉真だが、現在では専業農家は少なくなり、地域外へ通勤する人が多い。2002年に幼稚園が廃園したとき、危機感が住民を襲った。子どもの声が響いていた園庭は雑草が生い茂り、隣接する倉真小学校の児童数は年々減る一方。これ以上子どもの数が減り続けたら、倉真は過疎化してしまう。なんとしてでも少子化の流れを食い止めたい。形になるような支援を地域ぐるみでしてみようと気勢が高まり、学童保育所と子育て支援事業所を開設することとなった。


こういうところを求めていた!

 2004年4月、倉真地区学童保育所をスタート。追ってパンダひろばの試行期間に入る。もしかして誰も来ないのでは?という住民の懸念をよそに、始めてみれば場所が狭く感じるぐらいの大盛況。無事に認可が下り、2005年4月1日、正式に開設。当時、市内には子育て支援施設が2つしかなかった。
「こういうところを求めていたんです!と口々におっしゃり、1日80〜90人もの方が訪れ、てんてこまいでした」と当時を振り返り笑顔で話すのは副所長の戸塚修子さん。25年にわたる保育士としての経験をかわれ、現場の運営統括を務める。「フタを開けてみて分かったことですが、本当に皆さんが求めていたことだったのだなと感じます」。
 その盛況ぶりは早々に市長の耳に届き、開所間もなく視察に駆け付けたほど。現在市内には12か所の子育て支援事業所がある。施設が増えたおかけでパンダひろばは現在、1日40〜50名の利用で推移している。


不安を口に出せる安心感

 午前10時に開所。11時までは自由遊びの時間。おもちゃを使って遊んだり、絵本を読んだり、園庭で遊具を利用、または砂場遊びをしたりと、各々自由に過ごす。親同士の情報交換の時間でもある。
 掛川市は工場誘致が盛んなこともあり、他県から転勤してきた家族が多い。知り合いのいない土地で育児に奮闘し「“頑張ってるね”と声をかけた途端、泣き出してしまう人もいました」と戸塚さん。
 夜なかなか寝てくれない、わんぱくで言うことをきかない、友だちを叩いてしまうなど「子育てが終わった世代の私たちが聞いたら、あったあったと笑い飛ばせるような悩みも、話せる人がいない状況だと抱え込んでしまうもの。ここに来てやっと友だちが出来たと喜んでいる人がたくさんいます」。不安を口に出せる場があるのは心強い。子どもと2人だけの密室育児は孤独感や閉塞感をもたらし、いたずらに不安を膨らませていくような状態を作りかねない。
 パンダひろばは園庭が広く、また自然に恵まれた環境も手伝ってか、新しい参加者も無理なく馴染めるような和やかな雰囲気だ。十分な広さのある施設を見渡すと1か所に大人数が集まっていない。確かにここなら、母親自身が人見知りでも過度に緊張せずに済みそうだ。
 11時から30分間が支援保育の時間。この日は月に1度の誕生会。今月は地域の高齢者サークルである「ハーモニカ楽団」と即席マジシャンが飛び入り。誕生日を迎える子どもと母親が前に並び、ひとりずつ順にハーモニカの音色に乗ったハッピーバースデーの歌で祝ってもらう。マジックショーが行なわれ、箱から飛び出した子ウサギの可愛らしさに皆大喜び。
 施設でもウサギを飼っていて、家から人参を持参する子どももいる。自分の手で差し出した人参をウサギが食べることがうれしく、動物を可愛がる気持ちが芽生える。
 支援保育の内容は手遊び、リズム遊び、リトミック、創作活動、読み聞かせ、散歩など多種多様。季節によって川遊びやイモ掘り、茶摘みなど野外活動も多岐に渡る。変わったところでは「お祭りごっこ」。県西部は祭りが盛んな地域なので、特有のものといえるだろう。市内や周辺地区の祭りを真似て、パンダを乗せたミニ山車を引いて練り歩く。
 ほかに運動会、クリスマス会といった季節ごとの行事も。また、年に数回は他地域との連絡会や研修会に参加し、保育内容の充実を図っている。
 こうした活動全般には、住民が積極的に参加してサポートする。野外活動の準備、指導から安全のための監視。「お祭りごっこ」では実際にお囃子を披露したり餅つきを教えたりし、本物の楽しさが伝わる形で場をプロデュース。ゲストとしての関わり方ではなく、プランごとに地区内の適任者がリーダーシップを取るようなイメージだ。


より細やかな支援を目指して

 住民が提供する畑での自家菜園は一番の自慢。農家の指導のもと自分たちの手で野菜や花を育てている。土を耕すところから種まき、収穫まで全部を行なう。無農薬だから虫がつく。畑仕事は戸塚さんも初体験だが「アオムシもナメクジも素手でつかめるようになりました。最初は気味悪がっているお母さんたちも次第に平気で手づかみするようになりますよ」と楽しそうに話す。
 自分でまいた種が芽を出し育って行くさまを、子どもたちは毎日ワクワクしながら観察する。スーパーで売っている状態でしか見たことのなかった野菜が枝に実を付ける喜び。とれたては甘くておいしい。自分で育てた甘いミニトマトを食べてから、トマト嫌いを克服できた子もいる。
 午後は自由保育となり、16時閉所。現在の開所日は月・水・金曜と月1回の土曜。毎日やってほしいという利用者の声が多い。スタッフも「畑の管理や草むしりといった自然との闘い=i笑)は年中無休なので」と話し、支援保育がない日も自由保育の場として開所しているのが実態。
 「地域子育て支援拠点事業」の施策では、開所時間や日数などによって施設の型が分けられ、ひろば型、センター型、児童館型の3種類。パンダひろばは現在「ひろば型」だが、「センター型」への移行を希望している。週5日の開所となり、運営の労力が増しても、スタッフの人数を増やせるのでよりきめの細かいサポートが可能になる。後進を育て、先々まで続けられる仕組みを作るのが目標だ。
 子どもにとって一番うれしいのはお母さんの楽しそうな表情。日々の子育てが楽しいと心から思えるような支援を心掛け、故郷の空気にホッとするような「実家に帰った感覚」になれる場でありたいと願っている。