「まち むら」108号掲載
ル ポ

地域で支える地場産給食
福岡県築上町
 福岡県の東部、周防灘に面した築上町立八津田(はった)小学校の給食室には、学級の数と同じ6つのガス炊飯器が一列に並んでいる。完全米飯給食への移行から3年目を迎えた同校の子どもたちの主食は町内産の減農薬・減化学肥料米。6年生が5年生のときに地域の農家の指導を受けながら学校田で育てた米と、町内の農家が子どもたちの健やかな成長を願って心を込めて育てた米だ。


循環型農業の推進

 地場産給食は、この町の農業政策と離れがたく結びついている。旧築城(ついき)町と合併して築上町になる前の旧椎田町は、グローバリゼーションの進展によって衰退した農業の活路を有機農業に求めた。有機肥料の原料として着目したのが、町内で発生するし尿だった。
 椎田町はし尿処理のために周辺自治体と組織した広域衛生組合を脱退し、液肥化する決断を下す。1994年、し尿や浄化槽汚泥を発酵させる有機液肥製造施設を建設。液肥は農地にまかれ、作物に吸収されて農作物を育て、食料として人を養ったあと、ふたたび液肥になるという循環システムをつくった。
 液肥製造施設は国の指定外施設だったため、建設費約3億円は補助金に頼らず、町費でまかなった。だが、運営費約4000万円は広域衛生組合の施設の負担金約7000万円より約3000万円安いため、初期投資は10年で回収することができた。液肥の散布は液肥製造施設の職員が行なうため、農家は化学肥料代を節約し、散布の労働力を省力化できる利点もある。佐賀大学農学部の田中宗浩准教授は、その効果をこう評価する。
 「稲が丈夫に育つなど肥料として優れているだけでなく、し尿処理コストやエネルギー消費量を節約できる経済的・環境的に優れたシステムといえます」
 ところが、2000年に法律が改正され、し尿を原料とする液肥を「有機肥料」と呼ぶことはできなくなる。打撃を受けた町では、有機農業を「循環型農業」に名称を変更し、液肥を利用した米の販売強化に乗り出す。産業課課長補佐の田村啓二さんは次のように振り返る。
 「米の販路のひとつが、アメリカの余剰農産物処理のため、パンを主食にしていた学校給食でした。まず3年以内に町内産米を入れて信頼を得て、その後5年以内に週5回の完全米飯給食にする目標を立てたんです」


安全性をめぐる対立を超えて

 当時の旧椎田町の学校給食の主食は、米が週に3回、パンが2回。各校では、米を含めたほとんどの食材を福岡県学校給食会から購入していた。県内には、学校給食会を経由して地場産米を供給している自治体はあっても、直接供給している事例はなかった。しかし、町では、生産農家の利益を確保するため、学校給食会を介さず、直接供給する地産地消にこだわった。その実現を阻む最大の理由は、米の安全性という問題だった。
 学校給食会が供給する米はガラス選別機を通し、どんな小さなガラス片も混入しないようにしている。椎田町が学校給食米を供給するのなら、安全性を確保するためにガラス選別機を通さなければならない。学校給食会はこう主張した。
 小石や変色した米など着色物をはじく色彩選別機は広く普及しているが、高額なガラス選別機は県内にも数台しかない。田村さんは米にガラス片が混じることはないと反論する一方、学校給食米の納入業者もガラス選別機を使っていない事実をつきとめた。ガラス選別機の有無は学校給食会が権益を守るための抗弁にすぎないことが判明すると、学校給食会は地場産米の産直を容認した。
 こうして障害がなくなると、町は「椎田町学校給食地場産農産物利用促進協議会」を設立。03年の2学期から町内産米の給食を開始した。2006年には、福岡県が「減農薬・減化学肥料特別栽培認証制度」を創設すると同時に、学校給食米の生産農家が認証を取得。築上町の学校給食米は、農薬と化学肥料を半減させるという安全性をも付加したものになった。


完全米飯給食へ

 地場産米の導入が実現すると、それまで週3回だった米飯給食を5回に増やす完全米飯給食への移行に着手する。椎田町と築城町ではともに自校方式を維持してきたが、米飯は自校炊飯の学校と委託炊飯の学校とがあった。合併後の築上町では、炊飯施設のない大規模校では炊飯施設を整え、調理員も増員して全校で自校炊飯ができる体制を整えた。
 また、築上郡3町には、郡内で統一した予定献立があるため、予定献立のうち週に2回のパン食の献立を米飯に合わせ和食中心のメニューに変更した。07年に八津田小1校で開始した完全米飯給食は、現在6校にまで拡大。2年後には町内の全小中学校で実施される。
 文部科学省によれば、完全米飯給食を実施している学校は全国の学校の4.3%にすぎない。しかも、自校方式からセンター方式に変え、センターの運営も民間委託する自治体が増えるなかで、なぜ築上町では施設を整備し、調理員を増員してまで自校方式による米飯給食を推進にするのかという問いに、町長の新川久二さんはこう答える。
 「築上町誕生後初の総合計画の基本理念は『築上町は子どもの生命を護る』です。子どもの心と体を育む教育は食育と環境教育であり、食育の基本は学校給食と考え、自校炊飯による米飯給食、しかも完全米飯給食を推進しているのです」


子どもたちの手で給食を

 八津田小学校の5年生の教室で自己紹介を終えた田村さんは、「おしっこ・うんち」と黒板に大書した。そのとたん、くすくすとという笑いが教室全体に広がった。田村さんは、社会科で稲作を学び、総合学習で稲作を体験する5年生に循環型農業を教える「循環授業」の講師として教壇に立つ。
 「みなさんのおしっこやうんちを醗酵させると液肥ができます。昔、築上町ではおしっこやうんちを捨てていましたが、いまは利用しています。この液肥がみなさんの食べるお米や野菜になり、捨てるためのお金もかかりません」
 循環授業を通して、子どもたちは、町内で生産される米や野菜を食べ、おしっこやうんちを出すことが循環型農業を支えることを理解する。給食の時間になると、茶碗を手にした一人の女の子が、ごはんを見つめながらこうつぶやいた。
 「いままでは何とも思わなかったけど、今日はお米が輝いて見える」
 築上町の小学校では、5年生の子どもたちが育てる米を学校給食に供しているが、町では米だけでなく野菜も子どもたちがつくる自給的な給食にするため食育基本計画を策定している。
 「いずれは1年生から6年生までが学年ごとに作物を栽培する自給自足的な学校給食にしたいですね」(田村さん)
 困難の末に地場産米の完全米飯給食を実現させた築上町なら、その構想をも必ず実現させることだろう。