「まち むら」109号掲載
ル ポ

世代間交流でみんなが元気に 街ぐるみで新米ママの育児サポート
埼玉県草加市 親子のひろば のび〜すく
親が“のびのび”すれば子は“すくすく”育つ

 新田駅(埼玉県草加市)から続く広い道を折れて、平屋や2、3階建ての建物が続く商店街の1本道を抜けていく。しばらく行くと、道路側がガラス張りになった建物に到着。中を覗くと、子どもの遊び場が広がっている。ここは「親子のひろば のび〜すく」。
 朝10時になると、親子の姿が見え始める。「○○ちゃん、おはよう」。スタッフが明るく声をかけると、「おはようございまーす」と子どもたちの元気な声が上がる。
 “のび〜すく”は、0歳児から3歳児までの子どもとその母親が、昼間の時間を安心して過ごせる集いの場を提供している。その特徴は、所属スタッフが男女ともに60歳以上のシルバー世代であること。この広場の運営は「草加市シルバー人材センター」によるもので、スタッフはすべてその登録会員だ。
 スタッフは、男性2名を含む11名。男性スタッフの1人であり、シルバー人材センター理事としてのび〜すく≠発足させた立役者でもある東幹男さん(74歳)は、こう話す。
「スタッフの役割は、心の温かさや懐の深さ、ゆったり感といったシルバーの良さを生かしながら、若いお母さんを手助けすること。主役はあくまで子どもとお母さんです。この考え方を原点に、地域とのつながりを大事にしながら活動を続けてきました」
 開設は2003年5月。“のび〜すく”は、「つどいの広場」(地域子育て支援拠点事業・ひろば型)として、草加市から委託を受けた草加市シルバー人材センターが運営している。「つどいの広場」とは、厚生労働省の資金的援助を受けて、市町村が主体となって実施する子育て支援策の1つだ。これまでに全国で1100か所以上が開設されている。
 草加市は人口約24万人の都市。東京都に隣接しており、都内で働く人のベッドタウンになっている。市内には4つの駅があり、その周辺には団地やマンションが多い。都内への通勤のしやすさや、転勤などの理由で新しく住み始める人が増えているが、これらの人が地域の中に溶け込むには、時間の経過や何らかのきっかけが必要だ。
 年間約2300人の新生児が誕生する草加市では、家庭内で子育てをする割合が半数を超えている。東さんは、こうした家庭における子育てを支援したいと、市と協同して事業を構想。東さんを委員長とする準備委員会がつくられ、計画は進められていった。
 “のび〜すく”という言葉は、東さんがつくった造語だ。「お母さんが“のびのび”と暮らしていれば、子どもは“すくすく”育つ」という思いを込めたのだという。


シルバー世代のスタッフが新米ママをしっかりサポート

 “のび〜すく”の利用料は1か月1200円で、利用回数の制限はない。1日およそ30組、60人の親子が訪れる。11名のスタッフで1日3名のローテーションを組んでおり、1人の出番は月に8回ほど、1人あたりの報酬は月3万円前後だ。
 もっと少ない人数に絞って運営することもできるはずだが、仕事を分け合うことによって、より多くの人と生きがいを共有できれば、そのほうがいいのだという。絵のうまい人、音楽が得意な人、壁飾りを作るのが上手な人……と、それぞれが個性を生かして広場の運営に携わっている。
 保育士の資格をもち、現場リーダーとしてスタッフをまとめる土屋歌代子さん(73歳)は、版画が趣味。大学で教育学を学んだ後、40年以上保育の現場に携わり、60歳代なかばで“のび〜すく”のオープンスタッフとなった。一方、男性スタッフの東さんは、テレビ局に4年間勤めた後、大手広告代理店で30年近く過ごしている。定年後、「とりあえず」のつもりで登録したシルバー人材センターの理事となり、“のび〜すく”の立ち上げから現在まで共に歩んできた。
「女性だけの職場になりがちな保育の場に男性がいてくれると、『こういう考え方もあるよ』と、別の見方を提示してもらえるので視野が広がります」と土屋さん。有資格者や男性など、色々な立場から新米ママをがっちりとサポートしている様子がうかがえる。
「こうやって地域の中で活動していると病気になりにくいので、僕自身の健康のためにもいいのです。運営上は色々と課題もあります。けれども、子どもたちと遊ぶことが自分にとっても元気の源となっています。人生の最後で、こういう仕事に巡り会えたことは本当によかった。こんな幸せな職場はないと思っています」(東さん)


街ぐるみで子育てを応援

 “のび〜すく”は現在、商店街の一角にある「のび〜すく 旭町」に加えて、ショッピングセンターの1階部分にテナントとして入った「のび〜すく 青柳」という、2つの事業所をもつ。いずれも、お母さんたちは“のびのび”と1日を過ごしている。
「毎日利用できるので助かるし、ここにいると落ち着く。スタッフは色々な親子を見ているから、子育ての悩みも安心して相談できます」(池田さん)
「友だちと集まったり、新しく知り合ったりする場になっていますね。ここに通うだけでなく、一緒に子どもを連れて公園に行ったりしています」(山田さん)
「家でじっとしているより、子どもも私も、色々な刺激を受けて生き生きしているんじゃないかな」(手塚さん)
 親子を見守りながら、土屋さんは微笑む。
「お母さんたちは色々な悩みを抱えていて、この広場があって本当に助かっていると言ってくれます。時には、相談しているうちに涙があふれてきてしまう方も。そんなお母さんたちがリラックスできて、友だちとの会話を楽しみ、子育てに必要なちょっとの勇気を取り戻せる、そんな環境づくりに取り組んでいます」
 その中で、経験を積んだおじいちゃん・おばあちゃんとしての役割も求められている。
「私たちは、長い経験をふまえて、人生の中で今がどういう時なのかという視点で話ができますから、その点で安心感があるみたいですね」(土屋さん)
 こうした家庭で子育てをする母親のサポート、シルバー人材センターでも増えてきた女性会員の就業の場の提供とともに、「地域全体で子育てを支援するというのが、1つの大きなコンセプト」なのだと東さんは言う。
 1日30組の親子が商店街を行き来して、行き帰りに商店を利用してくれれば、それだけでも街は華やぐ。さらに、お弁当屋さんが“のび〜すく”利用者に割引サービスを実施したり、“のび〜すく”も商店街のイベントに積極的に参加したりと、互いに交流を図っている。
「何より嬉しいのは、親子と街の人が、互いに挨拶や声かけをする雰囲気が自然に生まれてきたこと」(東さん)
「こんにちは」「“のび〜すく”に行くの?」「車に気をつけてね」と商店街の人たちが声をかけてくれるようになった。3歳になって“のび〜すく”を卒業した子どもたちも、それまでと変わらず、東さんたちスタッフに声をかけてくれる。
 そんな時、東さんは“のび〜すく”で過ごした3年間は確かに、子どもたちの心に目に見えない何かを育んだのだと実感するという。人と人とのコミュニケーション不足が様々な問題を引き起こしていると言われて久しい。「人や地域とのつながり」が身近にある環境で育つことは、“のび〜すく”の子どもたちにとって確かなプラスになるだろう。