「まち むら」112号掲載
ル ポ

地域の絆で高齢者が安心して暮らせる地域づくり
神奈川県横浜市栄区 NPO法人お互いさまねっと公田町団地
 高齢化や地域商店街の衰退が進み、食料や日用品など日常の買い物が困難な「買い物弱者」が増えている。神奈川県横浜市の南部に位置する栄区公田町団地では、住民によるNPO法人・お互いさまねっと公田町団地(大野省治理事長、130人)が平成21年9月に発足。お年寄りの買い物支援をはじめ、さまざまな見守り活動に取り組み、高齢者が安心して暮らせる地域づくりに大きな役割を果たしている。


買い物弱者のために「あおぞら市」を開設

 「今日は白菜が安いよ」。団地の中心部で開かれる「あおぞら市」に元気な声が響く。杖を片手にお年寄りが次々と訪れ、スタッフと会話しながら野菜や惣菜を買い物かごに入れていく。食料品や日用品が詰まった買い物袋は、希望すれば部屋まで届けてくれるので重い荷物を持ち帰る心配もない。買い物の後、多くのお年寄りは隣接する地域サロンに立ち寄り、世間話に花を咲かせていた。5年前に広島から越してきた山本ちえさん(81)は、「野菜やお米など日常の食品が近くで買えるのは助かります。友だちと会って話もできるし、出掛けるのが楽しくなりました。ここがなかったら今頃ひきこもりの状態ですよ」と笑顔を見せた。
 公田町団地は、都市再生機構(UR)の賃貸住宅で1964(昭和39)年に入居を開始した。JR東海道線大船駅からバスで15分ほどの場所にあり、緑豊かな丘陵地に33棟・1160世帯が連なる。高度経済成長期、全国で開発が進んだ大規模団地のひとつであり、65歳以上の高齢者が占める割合は27.5%(平成21年9月現在)と高い。高齢者の一人暮らし世帯も全体の16.7%に上る。
 入居者の高齢化とともに周辺環境も変わった。団地内にあったスーパー「相鉄ローゼン」は平成8年に撤退、翌年できたコンビニエンスストアも3年前に店を閉じた。最も近いスーパーでも団地から約500メートルほど離れた所にあり、坂道を上り下りして買い物に出かけるのは高齢者にとって一苦労だった。
 あおぞら市は、そんなお年寄りに買い物の機会を作ろうと、住民らが平成20年10月から週に1回のペースで開いている。住民が近くのスーパーや直売所から新鮮な野菜や魚介類を調達し、閉店した店舗前の広場に並べる。車を持たず遠出できないお年寄りを中心に、70〜80人が買い物に訪れる。午前中にはほとんどの商品が売れてしまうほどの盛況ぶりだ。翌年にはNPO法人を立ち上げ、あおぞら市開催を活動の軸として、高齢者支援体制づくりに乗り出した。
 空き店舗内には活動の拠点となる多目的交流センター「いこい」を設置。お年寄りが気軽に立ち寄れるサロンや介護予防体操など各種教室を開催するための「つどいの場」のほか、米穀類や調味料、菓子などを常時販売する物販コーナー、うどんやカレーなど軽食を提供するミニ食堂などがある。「買い物やサロンに顔を出してくれるのは元気な証拠です」と専務理事の有友フユミさん(63)は話す。実際、あおぞら市やサロンに顔を出さなくなった人がいると、他の利用者にさりげなく様子を尋ねるなどして気を配っていた。


安否確認や介護予防にもなる「あおぞら市」

 そもそも、お互いさまねっとが活動を始めた目的は、高齢者の「見守り」にある。数年前、団地内の一人暮らし世帯の間で、誰にも看取られず孤独死するケースが相次ぎ、公田町団地は横浜市の孤独死対策モデル地区として指定を受けた。対策を検討するため通算8回開催したタウンミーティングで高齢者から最も多く上がった要望が、買い物手段の確保だった。あおぞら市を地域の交流の場として高齢者が気軽に立ち寄れるようにすれば、安否確認のため個別に訪問する手間も時間も省ける。また高齢者の外出を促し介護予防にもつながる「一石三鳥」の方策だ。
 NPO法人設立後は、社会福祉士による相談事業も手がけ、高齢者らの相談を週5日体制で受け付ける。通院・外出の付き添いや掃除手伝いなどのサポート事業も行ない、利用件数も徐々に増えてきた。大手電機会社を定年退職したスタッフの佐藤保司さん(63)は、「エアコンの掃除や電球の付け替えなど、大した作業ではないですが、お年寄りには結構大変です。あおぞら市で顔見知りになったので、気軽にお願いしてくれるようになったことがうれしいですね」。郷里が同じ福島の男性と知り合いになり、酒を酌み交わすなど団地内の付き合いの幅が広がったという。
 発足から1年余りで活動を軌道に乗せているが、さらなる課題はあるという。「活動を知らなかったり、遠巻きに見ているだけの方に何とか足を運んでもらうのが目下の目標」と有友さんは言う。さくら祭りや七夕、盆踊りなど毎月のように季節の行事を企画するのは、新たな参加者を開拓するためでもある。団地内でお年寄りを見かけると、有友さんは「リクルート活動」と称して気軽に声を掛け利用を呼びかける。
 こうした地道な活動により団地住民の意識も変わってきた。「郵便受けに郵便物がたまっている部屋がある」、「トイレの電気がずっとつけっ放しだけど大丈夫だろうか」などの連絡が住民から入るようになった。住民の間に自然と見守り活動の意識が根付いてくれたのは、予期せぬ副産物だったという。活動を開始して以来、団地内での孤独死は1件も発生していない。


「お互いさま」の気持で見守り、見守られて

 孤独死に関する正式な統計はないが、「60歳以上の単身者」の割合が高い団地で、全国的に相当数の孤独死が起きているとの調査結果がある。団地に暮らす高齢者は家族や親類が遠方にいるケースも多く、容易に支援を求められる環境にないことも影響しているという。買い物弱者についても、経産省の推計によると全国で約600万人に上る。高齢者の多い過疎地だけでなく、公田町団地のような都市郊外の集合住宅にも多く、深刻な地域問題として自治体や政府は対策を迫られている。団地住民が中心となりこうした問題を改善していこうとする取り組みは、大きな注目を集めており、他の自治体やマスコミから視察や取材が相次いでいる。
 しかし、スタッフに気負いは全く感じられない。感じるのは、見守る側と見守られる側という立場ではなく、持ちつ持たれつの関係で一緒にコミュニケーションを楽しんでいこうという姿勢だ。「人との関わりがあるから、お年寄りも私たちもここに集まるんでしょうね。活動を始めてお年寄りの笑顔が明るくなったと言われるとうれしいし、自分の気持ちにも張りが出てきました」と主要メンバーの一人、佐藤美和子さん(60)は目を細める。高齢化の波は50代〜60代のメンバーにとっても他人事ではない。「私たちもいずれは足腰が弱ってくる時が来る。そんな時にも気軽に助け合える地域にしたいんです」と有友さん。
 有友さんは続ける。「活動として大したことはしていません。自分の食べたい物は自分で選び、好きな時に外出して世間話ができる―。当たり前の暮らしができるようお手伝いしているだけです」。かつて地域社会で育まれた人と人とのつながりは、住民に大きな安心をもたらしていた。地域の絆が高齢者を見守り、いずれは自分も見守られる。忘れかけていた「お互いさま」の精神が、文字通りこの活動の根底に流れている。