「まち むら」113号掲載
ル ポ

作って元気、飲んで元気 目指すは「島根で一番おいしいお茶」
島根県益田市美都町 美都60
 一口飲めば、懐かしい感覚に包まれる『美都60山里茶』。
 地域を代表する特産品として、平成21年に益田ブランド認証品に指定された人気のお茶である。
 このお茶を製造するグループ「美都60」のメンバーに会うため、グループの母体である農事組合法人「ゆいの里美都」を訪ねた。
 待っていてくださったのは、副会長の渡辺守さん(73)と事務局の小川律子さん(62)。まずは、事務所前にあるお茶の生産加工施設を案内していただく。
「1年半前にこの建物ができてから、一段と作業がスムーズにいくようになりました」との渡辺さんの言葉に、そこに置かれた裁断機や焙煎機も誇らしげな姿に見える。
 ひと通り見学すると、「ここでは寒いですから、会長さんのお宅に行きましょう」と小川さんに促されるまま、すぐ近くにある小川英子会長(85)のお宅にお邪魔する。副会長の山根浪江さん(73)も加わり、『美都60山里茶』をいただきながら「美都60」の始まりからお話を伺った。


偶然の出会いからブレンド茶製造へ

 美都町は、益田の市街地から東へ国道191号を進んだ山間部に開ける。
 この農村の中心部である山本地区で、圃場整備のため平成15年に設立されたのが、「美都60」の母体である「ゆいの里美都」だ。
 それまでの家族単位の水稲栽培を組合員全員で行なうことで、幾分余裕のできた女性たちは、他に何かできることはないかと模索し始めた。
 そしてその答えは、偶然の出会いによってもたらされる。
 17年夏、美都の山中にお茶の原料を採りに来た益田市の老婦人が、蜂に襲われ役場に助けを求めた際に応対したのが小川律子さんのご主人。それが縁となり、老婦人手作りのブレンド茶を皆で味わうようになった。そして、高齢の身ではいつまで作り続けられるか分からないから引き継いでくれないか、との申し出を受けたことがきっかけとなった。
 女性たちは自家製ブレンド茶の製造へ向けて動き出す。
 18年4月、「みと60」が誕生。グループ名には、60歳を過ぎてもより生き生きと暮らし、まちを元気にし、自らも健康で活躍したいとの思いを込めた。


おいしさが評判を呼び人気のお茶へ成長

 当初の原材料は9種類。美都の豊かな自然に育つ熊笹や桑の葉など6種を採取し、はま茶、えびす草、甘茶づるの3種は遊休田を利用して栽培するところからスタート。
 平成18年秋には300袋の試作品が完成し、おいしいと好評を得て自信がついた。
 しかし、製品となるまでには大きな問題点がいくつもあった。
 まず、茶葉の裁断方法が、家庭用のまな板と包丁などを用いてすべて手作業であったため、大量の茶葉の裁断は過酷な労働であったこと。二点目は、原材料の採取時期が限られていて乾燥がうまくいかずカビを発生させてしまい、破棄せざるを得ない材料が続出したこと。そして三点目は、焙煎機がないため、専門業者の好意で仕事の合間に指導も受けながら短期間で焙煎したものの、疲労困憊であったこと。
 これらをクリアしなければ製造継続は難しい。
 そこで、県のしまねいきいきファンド事業「夢ファクトリー事業」に申請し、裁断機と焙煎機を購入すると一気に作業効率があがり、19年度には1350袋を製造。地域の人たちの要望もあり販売を試みると、なんと約2ヶ月間で完売してしまった。
 20年度は、採取量と栽培面積を増やし、また、銀杏の葉を加えて10種類にパワーアップ。地元のJAや道の駅、市街地の店舗で販売するだけでなく、クチコミによる県外発送も行ない4000袋を完売する。
 こうなると、「ゆいの里美都」の倉庫や事務所を作業場や商品置き場とすることも限界となり、大勢で安全に作業できる場の確保が急務となった。
 そこで、県民いきいき活動支援事業の「ジャンプアップ事業」の助成を受け、21年6月、遊休ハウスをリサイクルした生産加工施設が完成。天候に左右されない自然乾燥が可能となり、茶葉の洗浄・加工作業や製品を貯蔵する場ができた。
 また、益田ブランド認証品に指定され、『みと60健康茶』から『美都60山里茶』に変名すると同時にデザインも一新し、現在のパッケージとなった。
 そして8月には、「美都60」の活動を「ゆいの里美都」が承継。女性グループから始まったお茶作りが、母体である農事組合法人の事業となったのである。
 21年度には6000袋を売り上げ、22年度以降も6000から8000袋を目標に生産を続けている。


『美都60山里茶』は60歳からのロマン

 10種類の原材料はそれぞれの採取時期や加工の仕方が異なり、畑作りから数えると、10種類全てを揃えるまでには60以上の工程が必要だ。現在、60代から80代の会員25名で全ての工程を手がけ、実に丁寧に手間暇かけて作っている。
「除草剤は使わず、有機農法で栽培したものと、自然の恵みが原材料。しかも、私たちが大勢集まって作業している工程を、地域の皆さんは自分の目で見ていますからね」と、山根さん。それは、ごまかしのない安心安全でおいしいお茶の証しというだけでなく、「自分も何か手伝いたい」という地域の人たちの思いまで生み出している。自分と同じような年齢の人たちが生き生きと働く姿は、いわば“60歳からのロマン”なのだろう。
 だからこそ、「山本地区から始まった製茶事業ですが、町全体で協力体制を築ければ」と、渡辺さんたちは口を揃える。例えば、原材料を畑で栽培する協力員や、自分の空き時間に作業を手伝う協力員など、会員以外の協力体制が広がれば、もっと効率よく量産できるとともに、地域全体の活気が増すのではと考える。
 そして何より、「会員の低年齢化を促進すること」と、小川会長。高齢者でもできる作業とはいえ、やはり若手人材の継続投入は必須だ。


「島根で一番おいしいお茶」を目指して

 作業は、定期的に開く役員会で決めた作業日程に沿って会員各自の判断で作業に加わり、その都度自己申告ノートに記載。合計した作業時間で配当となる。
 ただ、ハウスを建てるために出資金も募り、5年返済の1年目を終えたところだ。今は配当金を充分に出せるまでの土台がための時期でもある。
 今後、製造から消費者に届く過程のあらゆる情報を集め、生産だけでなく販売や営業など会員の役割分担を明確にしていきながら、知恵を出し合って確かな製造販売体制を作らなければならない。
 会員はこれまでにも、機会を捉えては、専門家に学び研修会に参加して品質の向上を図ってきた。PRに関しても、地域や県内外のイベントに出店し、インターネット販売するなど、広く知ってもらうよう努めてきた。その成果として「今秋から広島市内のカフェに卸していますし、広島の茶屋よりティーバッグにできないかとの問い合わせも舞い込んでいます」と、事務局の小川さんは話す。
「美都60」が、手間暇と心をかけて作る『美都60山里茶』は、柔らかいコクと甘み、心がほどけるような香りを持つ。
 目指すのは、「島根で一番おいしいお茶」だ。作る人も飲む人も元気にしながら、「美都60」は地域全体のパワーアップを導こうとしている。