「まち むら」114号掲載
ル ポ

子育ての先輩たちが支える、幼い子どもとお母さんの安らぎの居場所
山口県岩国市 子育てサロン灘えくぼ
地域で子育てが始まった

 「おはよう。わぁ〜、1ヶ月見んあいだに、また背が伸びたね〜」3歳の男の子は、少し照れながらうれしそうに笑った。窓から、瀬戸内海の潮の香りが初夏の風に乗って入ってくる。ここは、山口県岩国市の灘供用会館。供用会館がある灘地区は岩国市の南東部に位置し、海から上る美しい朝日と白い砂浜、そして新鮮な魚介を堪能できる恵まれた場所だ。
 毎月第1月曜日の午前10時から11時半まで元気な子どもたちの声が響く。幼い子どもを持つお母さんをサポートする「子育てサロン灘えくぼ」の始まりだ。「灘えくぼ」は、灘地区の民生委員、児童委員、福祉員、母子保健推進委員、食生活改善推進員、保健センター、灘公民館、灘地区社会福祉協議会が企画運営している。現在スタッフは、民生委員24人、児童委員2人、福祉員15人、母子保健推進委員6人、一般の方が数名ボランティア登録している。この中から、毎回当番制で10〜15人が参加している。
 「灘えくぼ」は、民生委員で子どもに係る事業を始めようと考え、平成17年7月から計画を立て始め、平成18年1月16日に開園式を行なった。初めの3年間は、社会福祉協議会から補助金があり、運営費とおもちゃやカメラの購入にあてた。
 「でもね、失敗したんですよ」と、小田推子(おだたずこ)さん。小田さんは、立ち上げから関わり、平成20年からは二代目の代表として活動している。「小さな子どものことがわかってなくてね。子育てしたのに、小さい頃のことは忘れちゃっててね・・・。口に入れたら飲み込んでしまうような危ないおもちゃを買ってたんですよ」せっかく買ったのに、出せないおもちゃがあったそうだ。カメラも、個人情報の壁があり、親子のほのぼのとしたいい写真を撮っても公表できず、使う頻度が少なくなったという。


バラエティーに富む企画で、母子の気持ちをつかむ

 このような苦い経験から、保育士経験者に協力してもらうことにした。現在は、米田信子さんに、行事の企画から運営までアドバイスしてもらっている。米田さんは、「バラエティーに富む行事を任せられていますが、スタッフが多いので助かります。地域の子育てを盛り上げるお手伝いができればと思っています」と話す。
 今年度のスケジュールは、4月「お友達になろう!」、5月「手作り人形腹話術を楽しもう!」、6月「お医者さんのお話し」、7月「七夕祭り」、8月「お姉ちゃん、お兄ちゃん遊ぼうよ!」、9月「そらいろのおうち(読み聞かせグループ)」、10月「運動会ごっこ」、11月「親子遊び」、12月「クリスマス会」、1月「保健師さんのお話し」、2月「手作りおやつ」、3月「警察署のお話し」と、親子を飽きさせない企画になっている。参加費は無料。しかし、クリスマス会や七夕では、1家族100円の参加費をもらって、七夕の材料やスイカやお菓子を買っている。会員制でも、予約制でもないため、何組の親子が参加するかわからない。そのため、準備物があるときは大変だが、親子の一番参加しやすい形にしている。
 「最初の頃は、参加が2、3組で、スタッフのほうが多かったんですよ」と小田さんは笑う。「でも、昨年は参加が多くて、20組っていうこともありました。うれしいんですが、収拾がつかなくて、今年は、あまり宣伝しなかったんですよ。前回の参加は7組で、少なくなったって思ったんですが、このくらいがゆったりしていいですね。しっかりふれあえるし、子育ての悩みもじっくり聞けます」


頼もしい先輩たちに、子育ての悩みも話せる

 今日の企画は、「お医者さんのお話し」。耳鼻咽喉科の城戸信行医師に「急性中耳炎」についてお話してもらう。10時前になると、一組、二組と親子がやってくる。普段は、奥の和室で開催するが、今日はお医者さんのお話しを広い集会場で、お母さんと離れられる子どもたちは、和室で保育をしてもらうことになっている。集合は和室。ここでしばらく親子とスタッフで遊ぶ。
 親子がやってくるたび、喚声が上がる。「あ〜、歩いてる! 歩けるようになったんだね」「大きくなったね」。言葉がかけられるたび、お母さんの顔が和らぐ。やさしく受け入れてくれる人たちがいる安心感なのだろう。おもちゃで遊ぶ子どもたちを見守りながら、お母さん同士、スタッフとお母さんで楽しいおしゃべりの花が咲く。日頃の子どもの様子や、子育ての悩みまで気軽に話せる。「今、妊娠中なんですよ〜。三人目です!」の声に、たくさんの「おめでとう」が温かな光のように降り注ぐ。なんだか、幸せをおすそ分けしてもらったような気持ちになる。言葉は「言霊」。力があるというが、それがよくわかる。言葉によって力づけられ、言葉によってやさしくなれる。ここは、若いお母さんたちが癒される「場」なのだ。
 「さぁ〜、ダンゴムシ体操しますよ〜」米田さんの元気な声。音楽が流れると、楽しい体操が始まった。米田さんが大きな振りで体操をすると、子どもも、お母さんも、スタッフもみんなが真似をする。子どもたちは、お友だちと一緒に体を動かしている。体操が終わると「離れられる人は、集会場へ行ってくださいね」と米田さん。本日の参加家族は9家族、子どもは12人、そしてスタッフは14人。さて、何人の子どもたちが泣かずにお母さんとバイバイできるかなと、興味津々見ていると、赤ちゃんを含めて6人が離れられた。さすが、保育のベテランのスタッフさん。おもちゃでつったり、話しかけたり、抱っこしてお外を見たり。お母さんと離れて泣いたのは1人だけだった。


お母さんの心の宝物、「灘えくぼ」

 お母さんたちに「灘えくぼ」の感想を聞いた。「同年代のお子さんが近所にいないので、ここに来てたくさんのお友だちと遊べてうれしいです。それに、たくさんの先輩がいらっしゃるので、相談もできて助かります」「他の集まりにも行ったことがあるんですが、会費が高くて・・・。ママさんのグループには入りづらいし。ここは、アットホームで来やすいですよ」。子どもにとって、おばあちゃん、おじいちゃん世代のスタッフに、お母さんたちは実家に帰ったような安らぎを感じているのではないだろうか。
 集会場では、城戸医師の、とてもわかりやすい耳鼻科のお話しが始まっている。お母さんから離れられない子どもたちは、抱っこされたりイスにすわったり、とてもおとなしいのに驚かされた。これは、スタッフのみなさんの温かく落ち着いた雰囲気と、細やかな気配りで、子どもたちが緊張することなく穏やかな気持ちでいられるからだろう。
 「少しでも子どもから離れられると、子育ての大変さから離れられますよね。地域のお母さんたちのコミュニケーションが取れる場であればと思って運営しています。子育ての悩みがあれば相談にのります。少しでもね、お役に立ちたいと思っているんですよ」と、小田さんは、親子を見ながら目を細めた。
 お母さんたちの話しから、同年代の子どもが遊ぶ場所、お母さんたちが集う場所がないことがわかる。孤独な母親たちが、ほっと一息つけて、子どもと一緒にハハハと笑えて楽しめる場所。それが「灘えくぼ」。きっと、子育てを終えてからも、お母さんたちの心の中の宝物になるにちがいない。