「まち むら」115号掲載
ル ポ

ごちそうはみんなの笑顔と会話―コミュニティ・レストラン『地域食堂』
北海道釧路市 NPO法人わたぼうしの家
地域の人が楽しめるかを第一に

 北海道東部で人口19万人を抱える釧路市。釧路湿原と阿寒の2つの国立公園を有し、国の特別天然記念物のタンチョウや阿寒湖のマリモ、ヒグマやエゾシカ、多種多様な鳥類に植物など豊かな自然に囲まれている。これらの自然は釧路の基幹産業である漁業をはじめ、酪農を主体とする農業や林業、現在国内で唯一採炭している石炭業などさまざまな産業を支え、住民の生活に大きな恩恵を与えている。
 一方で道内の中核都市とはいえ、釧路も少子高齢化が年々加速。景気低迷などの要因も重なり、生活保護は20人に1人が受給している厳しい状況だ。
 歳を重ねても地域で安心して暮らせるまちをつくろう―NPO法人わたぼうしの家(佐々木幸子会長)は2000年6月、歴史あるまち並みが残る市内南部の弥生地区で誕生した。釧路のNPO法人の中では一番の古株。市内でも特に高齢化率が高い同地区で、認知症の人を対象としたグループホーム「さんぽみち」やデイサービスの介護保険事業のほか、自主事業として高齢者の自立を目指す下宿スタイルの「高齢者生き活きグループリビングほがら館」を開設した。法人立ち上げ時から携わる工藤洋文事務局長は「制度外サービス事業の充実こそが地域の課題を解決する手だて。常にどうしたら地域の人が楽しめるかを第一に考えている」と強調する。
 中でも力を注いだのは、高齢者の声を聞きニーズを把握すること。各戸を回る「声かけ訪問」で地域の課題や要望を聞くうちに、まちづくりの視点から食事の場を提供しようと思い立った。始めたのは月に一度の「地域食事会」。参加者が米1合と300円を持ち寄って全員で食事を作り、共に食べる。多いときは20人以上も集まり、会場はいつもにぎやかな声に包まれた。同時に挙がったのは「誰かと一緒に食べるのは楽しい」との声。工藤事務局長は「食事は心を豊かに、会話を引き出してくれる。怒りながら食べる人はいないでしょう」と笑顔を見せる。
 高齢者に限らず、一人暮らしで自分のためだけに作る食事は味気ない。自然と料理をする機会も減り、スーパーの総菜やレトルト、インスタント食品ですませてしまうなど栄養のバランスも偏り、食事の回数すら減ってしまう。また高齢になると、体力の低下などで外出が億劫という人も多い。さらに独居世帯の中には、一日中テレビをつけたままで家にこもりがちとなり、誰かと会話をする機会がほとんどない人もいる。これが常態化すると気分も滅入り、うつ状態になる人も出てくる。スタッフは食事会をきっかけに、高齢者の外出を促し、集う場所を作ろうと新たにコミュニティ・レストラン(コミレス)の開設に向けた準備を進めた。


地域の人たちが集う居場所に

 2004年4月、コミレス「地域食堂」は誕生した。営業は毎週月曜日の午前11時から午後2時まで。メニューは毎回、定食形式の1つのみで料金は300円。ご飯に汁物、おかずにデザートまで付く。大盛りや少なめ、すべて同一料金に設定した。コーヒーは20円で提供する。
 開店時間を迎えると、食堂はあっという間に笑い声に包まれる。8割は常連さん。あちこちから「元気かい」「体の調子はどう」といった声がかかり「この漬け物どうやって作るの」「ご飯のおかわりちょうだい」と、まるで家族の団らんを見ているようだ。開設当時から欠かさず利用している91歳の女性は「好き嫌いは無し。どのメニューもおいしいし大好き」とにっこり。自営業の一家は「すいとんとカレーライスがおすすめ。メニューが一つなので、みんなで一緒に食べる雰囲気がいい」と箸を進める。常連の一人は「安いことも魅力だが、味がいいから通っている。いろいろな人と話せるのも楽しいよ」と目を細める。
 利用するのは高齢者ばかりではない。口コミで食堂を知り車で通う常連や乳幼児を連れた母親たち、近隣の会社員、学生ら幅広い世代の人たちが訪れるようになった。食堂の隣室は座卓やソファーを置き、ゆったりくつろげるスペースになっていて、特に親子連れに人気。調理を終えたスタッフが、子どもの遊び相手になりあやしてくれたりする。母親たちも「子どもを連れて外食できる場所は少ない。ここは気兼ねなく過ごせて、実家に帰ってきたみたい」と口をそろえる。


地域の人たちに支えられながら

 調理責任者の下山洋子さんは地域食堂のムードメーカー。専業主婦だった下山さんは、明るい人柄と料理の手際の良さで自宅に人を招いてパーティーを開き、数十人分の食事を用意するのはお手のもの。調理の依頼は二つ返事で引き受けた。「野菜をたくさん使い一人暮らしでは作りにくいもの、高齢者が食べ慣れていない洋風のメニューをあえて入れたり、来た人に『晴れの日』な気分になってほしいから普通の白米ではなく混ぜご飯にするよう心掛けている」と毎回工夫を凝らしたメニューを提供する。毎回60〜70人分の料理に7キロのご飯を炊く。月に一度は自家製パンも登場。前日から生地をこね、約150個を焼き上げる。300円の価格を維持するのは厳しいものの、赤字は出していない。ときには知り合いの漁師からもらった新鮮な魚やコンブ、近所の人から野菜の差し入れが届く。
 もう一人、地域食堂に欠かせないのがコーディネーターの野村恵子さん。食堂にコーディネーターとは一見違和感があるが、野村さんは来客の顔と名前を覚え、声をかけたり話し相手になったり、混み合っているときには相席のお願いをするといった役割を担う。特に心を配るのは、相手に名前で呼び掛けること。野村さんは「名前を呼ぶことで親しみを持ち、自分は常連だと思ってくれたらうれしい」と話す。
 食堂を支える調理スタッフはすべてボランティア。50歳代から80歳を超えた主婦を中心に、調理師免許を持つプロもいる。20数人が4グループに分かれ、週替わりで5、6人のローテーションを組んでいる。スタッフは午前8時30分過ぎには集まり、野菜の仕込みを始める。おしゃべりに花が咲き、台所は何ともにぎやか。包丁を持つ手がおろそかにならないのはさすが、主婦業の達人たち。スタッフの一人は散歩の途中で地域食堂を知り、飛び込みで参加した。「これまでボランティアの経験がなく、自分に何ができるか不安だったが、月に一度のペースで無理せず参加できるから続けられた」と振り返る。食堂に集まるのはサービス提供者と受給者ではなく、ともに与え、支え合う仲間たち。佐々木会長は「『地域づくり』がメーン。高齢者が外に出て、食事することで人とつながり、会話が生まれる。地域食堂はみんなにとっての居場所」という。
 コミレスは全国各地で200か所ほどあるといわれる。地域食堂の取り組みは、コミレスの成功例としてさまざまな分野から注目を集め、最近は国内だけではなく韓国や台湾など海外からの研究者も頻繁に視察に訪れる。「コミレスは目的を明確にすることが運営成功のかぎ。理想は徒歩圏内に1軒コミレスがあること」と工藤事務局長。地域を巻き込んだ地域食堂は、楽しい食事と笑顔を届けてくれる。