「まち むら」117号掲載
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里山の自然を生かした地域づくり
山口県美祢市 秋芳八代振興会
 山口県の中央部に位置し、国の特別天然記念物に指定されている「秋芳洞」や国内最大級のカルスト台地、秋吉台で知られる美祢市。秋吉台の西側、長門市に接する山間部にあり、緑豊かな里山の風景が広がる秋芳町八代地区では、地域住民でつくる秋芳八代振興会(中村久会長)が「笑顔の見える里づくり」に取り組んでいる。竹林整備や昆虫観察会の開催など、里山の自然を生かした地域づくりに力を入れている。


竹林の整備に「昆虫村」づくり

 八代振興会は、平成5年6月に設立。毎年6月に地区を流れる厚東川で乱舞するホタルの光を楽しむ「ホタル祭り」、9月には畑を白く染めるそばの花の開花に合わせて「そば花フェスタ」を開いているほか、地区内の県道や川の清掃、公園の草刈り作業を主な活動としている。
 平成22年11月からは、里山の自然環境を生かして子どもたちと一緒に楽しめるイベントを開こうと、手入れのされなくなった竹林の整備に加え、カブトムシなどの昆虫と親しめる「昆虫村」づくりに乗り出した。中村さんが発足当時から会長を務めている「宇部美祢地域の里山を守る会」と八代振興会が協力。山口県が進める「森林づくり活動支援事業」を活用した。
 所有者の了解を得て、道路に面した竹林と梅林合わせて0.1ヘクタールを整備。うっそうと茂っていた竹林を間伐してすっきりとした景観に整えた。この竹林は道路沿いのためアクセスも容易で、子どもたちでも安全にタケノコ掘りを楽しめるようになった。伐採した竹は機械を使って細かく砕いて竹チップにした。
 「昆虫村」づくりでは、昆虫の生態や飼育方法に詳しいやまぐち昆虫楽会の会長、角田正明さんからアドバイスを受けた。間伐した竹林のそばに、パイプを組んで縦4メートル、横5メートル、高さ2メートルの小屋を設置。小屋の周囲にネットを張り、中に竹チップを入れてカブトムシが卵を産みやすい環境を整えた。周辺には、カブトムシが好むクヌギの苗を植えた。


お年寄りの知識を財産に

 昨年5月には、この竹林を会場にタケノコ掘りと昆虫観察のイベントを開催。角田さんから身近に見られる昆虫について学び、カブトムシの飼い方のこつを教わった。普段は静かな山里に、子どもたちのにぎやかな笑い声が響いた。
 カブトムシが小屋の中で産卵するまでには数年かかるため「今年はカブトムシが来て卵を産んでくれるのを楽しみにしている。子どもたちに喜んでもらいたい」と中村さんは期待を込める。今年5月に山口市で開かれる全国植樹祭で、これまでの成果を発表する予定だ。
 中村さんたちが竹林の手入れをしていると、通りかかった70代、80代の地域のお年寄りが「手伝おうか」と声を掛け、おしゃべりをしたり、手助けをしてくれたりしたという。「一人でも二人でも寄ってきて、話をしながら作業をするのが楽しい」ものだ。里山に関するお年寄りの豊富な知識も貴重な財産になる。「お年寄りの知恵を借りることも必要。こうやったら昆虫がたくさん来るようになるとか、そういう話を子どもたちにもしてもらえれば」と考えている。


笑顔が見える地域にしたい

 八代地域の将来像について中村さんに尋ねると、「大きな目標は持ってないんよ」と少し意外な答えが返ってきた。「きょう、あしたをどう楽しく、笑顔で過ごせるかが大事。“地域活性化”や“地域おこし”まではいかないかもしれないけど、その“序の口”を楽しみながらできれば」と話す。
 高齢化率28.0%と、全国4位(平成22年国勢調査)の山口県。八代地区も少子高齢化は深刻で、今後子どもが増える見込みもない。「あちこちから人が来ると、地域が少しにぎやかになる。イベントをやることで地域に笑いが生まれるようにしたい。笑顔が見えるあたたかい里づくりをしたい」。これが八代振興会の願いだ。
 この思いは、閉校になった旧八代小学校を改装した交流施設「八代ぬくもりの里交流センター」にも表れている。地域のお年寄りが気軽に集い、おしゃべりを楽しむ場所をつくりたいと八代振興会が中心となって「秋芳八代ぬくもりの里」を結成。旧校舎は交流センターに生まれ変わり、地域の拠点として機能している。


ホタルのすむ里づくり

 長年、美祢市立秋吉台科学博物館に勤め、周囲からは「きゅうちゃん」の愛称で親しまれている中村さん。「きゅうちゃんがまた何かやりよる」と言われることもしばしばだが、「一つ終わったらすぐ次に取りかかるのが私の悪いくせ」と笑い飛ばす。「何にでも手を出すのう」と言われれば「死んだら手が出せんからのう」と軽妙に答える。
 八代振興会の中心的な行事である「ホタル祭り」は、今年で15年目の節目を迎える。「始めたころは、3回目はないだろうと話していた。祭り当日に雨が降らないだろうかと心痛しなければいけないし、何回やめようと思ったことか…。ここまで続いたのが不思議」と中村さんは振り返る。
 最近では目立った宣伝はしていないが、市外からも家族連れが多く訪れる人気スポットになっている。県内各地でホタル観賞のイベントを行う地域が増えたこともあり、来場者はピーク時に比べれば半減しているが、毎年八代を訪れている常連客も多い。
 昨年のホタル祭りでは、地元の和太鼓グループ、カルスト草炎太鼓の演奏やホタルを題材にした紙芝居の上演、のど自慢大会が行われた。焼き鳥やうどん、山菜ごはんなどのバザーもあり、会場はにぎわいを見せた。地域住民が教える、麦わらを使ったホタルかご作りも人気を集めた。「また来年も来ますね」とうれしい言葉を掛けてくれる来場者もいて、振興会メンバーの気持ちを次回へと奮い立たせている。


楽しさを分け合うもてなしで

 ホタルのすむ里としてまちおこしに取り組む地域には、子どもたちの情操教育にとホタルの幼虫を放流する例も多いが、八代地区では一切、放流はしていない。年によって天候も違い、ホタルの数に差があるが「ホタルには減ったり増えたりする周期がある」と、ゆったりと構えている。
 八代振興会では、イベント開催にあたり主催者自らが「楽しむ」ことを大事にしている。「とにかくまず主催者が楽しむこと、そしてその楽しさを来た人に分けてあげる」というのが八代振興会流のもてなしだ。企画立案から連絡調整、実行へとつなげるのは大変な作業だが、「あくる朝になってみると、楽しかったな、となる」のだとか。
 ただ、元気のある八代振興会でも、後継者がいないことが悩みの種。振興会のメンバーは40歳代から70歳代までの16人で、ほとんどが60歳を超えている。「あと何年やれるかわからん」というのが実情だ。「地域のことは地域の者が本気にならないといけない。メンバーにはいつも、自分で企画する発想を持ってほしいと話している。自分のためにやることが地域のためになるのだから」と中村さん。地域住民の笑顔が輝くあしたへ、八代振興会の挑戦は続く。