「まち むら」141号掲載
ル ポ

地域に根差した地域のためのNPOとして
岩手県北上市 NPO法人くちない
「最寄りバス停まで徒歩30分以上かかる高齢者の足を確保したい」
 路線バス廃止に伴う地域住民からの「困った」の声がきっかけとなり、平成20年、口内地区における「自家用有償旅客運送」の取り組みがはじまった。

限界集落になるまえに対策を―自家用有償旅客運送の社会実験

 岩手県北上市口内町は人口1600人ほどが暮らす中山間地域。
 かつては3000人以上が暮らしていたこの町も現在では高齢化率43%超。このペースで人口減少・少子高齢化が進むと、2020年には地域コミュニティの維持が困難となる「限界集落」となってしまう。
 近い将来、自分で車を運転して病院や買い物に行けなくなる。そんな世帯が地区内の4割ほどに増える―。対策を打てなくなる前に「住民でできることは住民の手で」という意識の下、平成20年度に口内町自治協議会が林野庁の山村再生プラン助成金を活用して自家用有償旅客運送の実現に向けた社会実験を実施。この社会実験では、地域の実情に添った交通システムの構築を目指して、町民アンケートの実施とボランティアドライバーによる試験運送を行った。

各方面と調整に1年以上

 この社会実験で手ごたえをつかみ、自家用有償旅客運送を本格実施するために動き出したが、実施には法人格が必要とわかり、平成21年にNPO法人を設立することとなった(※注 現在は任意団体でも実施主体として登録可能)。
 また、国土交通省・東北運輸局岩手運輸支局へ申請のため、公共交通機関、タクシー会社、労働組合などが参加する協議会の同意が必要だったが、タクシー事業者から猛反対されるなど各方面との調整に1年以上かかり、ようやく平成22年に自家用有償旅客運送のスタートを切ることができた。

町内型運送と町外型運送

 当法人が行っている運送は2種類である。一つは町内の好きな場所まで行くことができる町内型運送(公共交通空白地有償運送)で、登録に1世帯あたり年間1000円、利用料金は片道100円である。もう一つは病院や公共施設まで行くことができる町外型運送(福祉有償運送)で、「要支援、要介護、または市が同等と認める人」が対象となり、料金は距離制で800円〜1200円となっている。
 運送を行うドライバーは現在11人で、法定講習を受けた30代から70代までの地域住民が担っており、車両はドライバーの個人所有車と当法人の所有車を利用している。また、利用者は事前にチケットを購入してそのチケットで支払いを行う。
 利用者数は初年度の261人からスタートしたが、周知活動や利用者同士の口コミの成果もあって年々増加し、平成28年度には交通空白地有償運送と福祉有償運送合わせて延べ1300人以上の利用があった。利用者からは、今までは家族や近所の人の車に乗せてもらって出かけていたが、この有償運送だと利用料を払うので気兼ねなく自分の好きな時間に利用できるといった声も聞かれ、地域の特に高齢者の交通を支えていることが実感できる。

買い物困難者支援にも取り組む

 さらに、町の中心部にあったJAストアが撤退したことを受け、買い物困難者のために旧ストアを借り上げ、平成22年の運用実験を経て翌23年4月から日用品の販売を行う「店っこくちない」の運営を開始した。
 その後、厨房の増設等を行い、手づくりお総菜の販売を始めたほか、買い物困難者のための宅配サービスも行っている。
 バスと自家用有償旅客運送の結節点(待合場所)、打ち合わせやお茶のみ場等、この場所に当法人の機能を集約し、「地域のよろずや」として多くの人が訪れる場所となっている。来店者数は現在、買い物客を含め年間5000人以上、売上も400万円ほどとなっている。

その他にもいろいろな事業に

 また、高齢者や一人暮らし世帯への草刈りや除雪などの生活支援活動、地域の魅力を次世代に伝える星まっりの開催、小中学校のスクールバス運行受託事業、そして地元で採れる「ごしょ芋(菊芋)」を使ったコロッケや餃子などの特産品を開発、学校給食やふるさと納税返礼品へ提供しているほか、イベント出店などで積極的にPRしている。
 いずれの事業も善意に頼ったボランティアで行うのではなく、作業した会員へ対価を支払うことで継続し続ける努力をしているところである。

課題と今後の展開

 当法人の課題としては、自家用有償旅客運送の登録世帯数が少ないことがあげられる。法人設立当初は町内全世帯の登録を見込み、50万円ほどの活動資金が確保される計画だったが、平成28年度の登録世帯数は58世帯と町内全世帯の約10分の1程度にとどまっている。これもあって当事業収支は運賃収入や市からの補助金があっても赤字の状況が続いている。
 しかしながらこの自家用有償旅客運送は当法人の活動の原点であり、地域の重要な生活基盤を支えているという思いから利用料金の値上げは行わず、他事業の収益でなんとか頑張っている状況である。
 今後の展開としては、現在までの事業をさらに充実させていくとともに、2020年には町が限界集落化するという人口予測に対応するため、当法人がこの町のために何ができるかを常に考え、若者世代を巻き込みながら地域活性化に取り組んでいければと考えている。