「まち むら」141号掲載
ル ポ

自然体でまちづくり=「まちあそび」
広島県大竹市 PiNECoNes LLP(パインコーンズ有限責任事業組合)
観光地にはさまれた、何もない“通り過ぎる町”

 大竹市は、広島県と山口県の県境、山と海に囲まれたのどかな田舎の風景と、海岸沿いに大きな工場がひしひしと立ち並ぶ工業地帯という、ふたつの顔を持ち合わせています。観光地とよべる場所も特になく、宮島と錦帯橋という人気の観光地にはさまれた、いわゆる「通り過ぎる町」といわれる市です。
 都市に行けば、お洒落なイベントや場所がたくさんあるのに、このあたりにはぜんぜん無いなあ…と感じていた私たちは、2011年秋、大竹市にゆかりのある雑貨作家にこだわった「デアイマルシェ」というイベントを企画・開催することにしました。大竹市の山間で開催されたこの小さなイベントには、約900人のお客さんがやってきました。
 興奮冷めやらぬ私たちは「もっといろんな人と関わって、楽しいことをしたいね」と話すようになり、グループに“松ぼっくり”という意味の《PiNECoNes(パインコーンズ)》という名前をつけて活動をしていくことにしました。皆が集まったり話し合いをしたりする場所として、メンバーのひとりが経営するカフェに定期的に集まることにし、このカフェが私たちの仮の活動拠点になりました。私たちメンバーはすべて女性で、それぞれカフェやエステ店を経営していたり、WEBデザイナーやグラフィックデザイナー、カメラマンの仕事をしていました。
 デアイマルシェを開催した地区には、2008年に廃校になった『旧松ヶ原小学校』が壊されずに残っていて、カフェの窓から見えるこの廃校が、私たちにはなんだか寂しそうに見えていました。
「次のデアイマルシェは、この廃校を使いたいね」と話し合い、2回目以降のイベントはこの廃校で行うことになりました。このイベントでは、農家さんや地元の自治会の方たちにも協力してもらい、畑から採ってきたばかりの新鮮な野菜や手作りのうどん、郷土料理などを出してもらいました。
 2012年に2回目、2013年に3回目を開催し、延べ7000人以上のお客さんがこの山間の廃校に足を運び、中には「懐かしい!」と見て回る卒業生の方もいて嬉しかったのを覚えています。でも実際は、会場探しや交通渋滞、駐車場の確保などいろいろな苦労をしていたので、私たちは(自分たちの自由になる拠点)という場所を、この頃からぼんやりと意識しはじめていました。

廃校備品、売りませんか?

 2013年の初夏、市役所の方たちと取り壊し予定の別の廃校に入る機会がありました。転売できそうな廃校備品は業者さんが買い取っていき、残ったものは捨てるというのです。「もったいないですよ! これ売れますから!」私たちは思わず言ってしまいました。市役所の方たちは「こんなもの(廃校備品)が売れるのか?」と目を丸くして、驚きの目で廃校備品の価値を伝える私たちを見ていました。
 《デアイマルシェ》を開催した「旧松ヶ原小学校」にも使われなくなった備品がたくさん残っていて、私たちはイベントでの廃校備品販売を市役所に打診し、OKの返事をもらうことができました。この出店が、まさかあんな大変な事態になるとは、この時は誰も思っていないのでした。
 イベント当日、古道具屋さんなどでしか手に入らなかったものが安く販売されると聞き、山間の廃校にすごい人数のお客さんが押し寄せました。一番ビックリし、大興奮したのは市役所の人たち! これがのちに、廃校備品を販売するイベント《廃校ノスタルジア》を開催するきっかけとなりました。
 小さな椅子や楽器、ビーカーや絵本や教材。これらが使われずに朽ちていくのはもったいないし、子どもたちにまた使ってもらいたい。旧松ヶ原小学校を会場にして、2014年11月、市役所と私たちPiNECoNesの市民協働事業として《廃校ノスタルジア》が開催されました。当時、役所が使われなくなった廃校備品を市民に直接販売するスタイルは珍しく、この日、廃校備品販売だけで100万円以上を売り上げたそうです。この活動で大竹市は、広島県から表彰されることになったのでした。

大竹和紙との出会い

 私たちの住む大竹市は、広島県で唯一、手すき和紙の文化が残る地域です。その大竹和紙を管理運営している方たちの高齢化や原料の問題など多くの難題を抱え、近い将来、途絶えてしまうのでは…というところまできていました。
 2012年、私たちは「大竹和紙を盛り上げて手伝ってくれないか?」という話をいただきました。ただ、私たちにはあまりにも課題が大きすぎて、すぐに手を出すことができないでいました。はっきり言えば、私たちは“大竹和紙”をよく理解していなかったし、全然知らなかったからなのです。
 「まずは体験してみよう」私たちは《大竹手すき和紙の里》へ行き、手すき体験をしてみました。ここで和紙の原料である楮(こうぞ)がこの地で栽培され、使われていることを知りました。この楮は非常に手がかかるもので、夏は背丈ほど伸びた楮をかきわけて芽かきをしなければならないし、冬は冷たい水で手を凍えさせながら皮を剥かなければならない。この地に残った貴重な和紙の文化をどうにかして残したいし、伝えたい。でも私たちがそうであるように、よく知らない人も多いはず。…なら、楽しみながら知ってもらうのはどうだろう? と、《大竹和紙小市》という和紙のイベントを開催することにしました。
 《大竹和紙小市》では、多くの作家に大竹和紙を使って作品を作ってもらいました。幸い《デアイマルシェ》のお陰で、作家さんたちとの縁もつながっていたので、私たちの思いも伝えやすく共感してくれる方もたくさんいました。会場は、大竹を見渡す丘に建つ西念寺というお寺を縁あってお借りすることができました。この《大竹和紙小市》は、私たちの予想以上に反響があり、2014年・2015年・2017年と開催しました。

楽しいことを共有できる場所=拠点が見つかった!

 私たちは2013年頃から、《楽しいことを作り、ひとが集まって、行き交い出会える場所=拠点》を、真剣に探し始めました。2年かけて、駅前の商店街や山間部の空き家、休校中の保育園も見に行ったりしたけれど、貸してもらえる場所は見つかりませんでした。
 2015年の夏の日、期間限定の選挙事務所として使われている空き家があることを知りました。この空き家は選挙が終わったら取り壊す予定のようでした。昔は宿場町で賑わい、JRの駅からも近い場所にその物件はありました。築70年のこの空き家は、奥に広く中庭がありキッチンも広い物件でした。2階には日当たりの良い小さい部屋がふたつ。ただ、しばらく放置されていたので所々傷み、雨漏り物件でした。庭はまるでジャングルのよう! すぐに私たちはどうするかを話し合い、メンバー6人でお金を出し合って、思い切ってこの空き家を借りることにしました。2015年11月、拠点を探しはじめてから2年が経っていました。
 借りてすぐ、大工さんの助言をもらいながら天井を落とし、壁の一部を壊し、リノベーションを開始し始めました。この改装でも、今までの活動でつながった人たちが大竹市内外から手伝いに来てくれました。70年分の塵と埃で毎度体中が真っ黒になりながら、休憩時間には一緒に昼食を食べたりし、楽しそうに協力してくれました。資金の少ない私たちには、涙が出るくらいありがたかったです!

生まれ変わった空き家“98base(くばべーす)”

 改装中のこの拠点は、玖波駅の近くにあることから《98base(くばべーす)》と名付けることにしました。全く完成していないのに「未完成見学会」を開催し、延べ200人以上の人がこの空き家を訪れてくれました。
 私たちは「空き家の1階は絶対にカフェにしよう!」と決めていました。見ず知らずの人たちが自由に集まるにはカフェは必須。おいしいものを一緒に食べれば、人は自然と仲良くなるはず。
 雨漏りや虫に泣きそうになりながら、キッチンの汚れを落とし、雨漏りを修繕し、家具もすべて手作りし、半年かけて改装した1階は、手作りの美味しい食事ができるカフェとしてオープンし、若い人から近所のおじいちゃんやおばあちゃんまで、ふらっと食べに来てくれる素敵な空間になりました。朽ちたドアで怖い印象だった2階は、フニャフニャの畳を床板にし、壁を自分たちで何度も塗って、赤ちゃんからお年寄りまでが来る、家族の記録を残す明るい写真スタジオになりました。
 現在、仕事場でも家庭でもない第3の居場所を得た私たちは、98baseが私たち以外の人にとっても居心地のいい場所になれたらいいなあと、日々ニヤニヤしながら98baseの楽しさを発信しています。一見必要とされなくなった物件でも、素敵な人たちに出会うと、決してお金をたくさんかけなくても、素敵に生まれ変わることができると思っています。
 98baseのリノベーションはまだ未完成。…おそらく、ずっとしないんじゃないかなあと思います。駐車場が少ないことなど、まだまだ課題もありますが性別や年齢に関わらず、これからも人が集い、交流し、楽しめる場所として進化していく予定です。