「まち むら」71号掲載
ル ポ

コミュニティバスが走る
三重県鈴鹿市 コミュニティバス・C−BUS
 100円玉1枚で気軽に乗れ、大型バスが通れない路地にも入ることが出来る地域の小型バス、いわゆるコミュニティバスが全国で快走中である。ワンコインという便利さや割安感、町内会バスという気軽さ、不況が追い風となり現在30都道府県で運行、ちなみに116市区が営業運行、計画・検討組は78市区にも及ぶ(日経産業消費研究所調査)。そこで、今年の春、5か年計画で運行を開始したばかりの、三重県鈴鹿市のコミュニティバス・C−BUSに、試乗してみた。
 くっきりと目を引くバス停の表示板―色分けされた二つの路線経路、それぞれの停留所には番号が大きく記されている。ちなみに、ここはブルーの32番、鈴鹿市役所のバス停。鈴鹿山麓の南地域、長沢を起点に庄内を周り神戸へと向かう庄内・神戸線内にある。2時間に1本のダイヤで1日15便。8月の熱い昼下がりにも関わらず、2人のお年寄りがC−BUSを待っていた。間もなく、鮮やかなひまわり色の車体を輝かせてC−BUSが登場。お年寄りたちに続いて乗車、地面すれすれに補助ステップが伸びていて段差を気にすることもなくスムースに車内へ。100円玉1枚を入れコの字型のべンチシートに腰をかける。座席ごとに付設されたお年寄りにも握れる細目の握り棒や降車合図ボタンの設置。車椅子置き場もある。定員は29人、と言う。車内の前方には、貸し出し用の傘が置かれている。31番の近鉄鈴鹿市駅で母親と2人の幼い子ども、30番の神戸7丁目で中学生たちの乗客があり、車窓に緑まばゆい田畑が拡がる頃には、車内は17人ほどの乗客で満たされていた。たまたま幼い子と隣り合った初老の男性が、にこにこと話しかけている。隣り合ったお年寄りは、薬の袋を見せながら、それぞれの病について論じているようだ。


コミュニティバスの必要性とその背景

 名古屋から南西に50キロほどに位置する、鈴鹿市。C−BUSの運行区域は、市の西部地域。鈴鹿川より西、鈴鹿山脈の麓に拡がるエリアで、鈴峰、庄内、椿、深伊沢など高齢化率の高い地域である。ちなみに西部地域の人口、28000に対し、65歳以上の高齢者は4878人、高齢化率は17.2%と高い。また、この地域は三重県でも有数のお茶や花卉栽培の盛んな丘陵地帯で、交通の不便な区域でもある。中心商店街や公共施設、総合病院などが遠く、どこへ出掛けるにもマイカーなしには生活が出来ないので、一家に2台以上、4、5台という家も少なくない。坂道の多い地形ゆえに自転車を使うのも容易ではない。自動車の運転がままならぬ高齢者や主婦たちにとって、最も必要なのは公共交通機関としてのバスだった。既存のバス路線は、庄内地区では既に廃止され椿・鈴峰地区は、鈴鹿市が三重交通に委託して自主運行のバスを走らせていたが、乗客は1便平均2〜3人、街中までバスを利用すると片道だけで720円も運賃がかかる、というのが実情であった。


鈴鹿方式によるコミュニティバス事業

 鈴鹿方式によるバス事業とは、一言でいえば「プロセスを大切にした計画づくりと地域に支援された運行方法」である。この方式は、基本計画から実施計画・運行・改善までの全てを、行政と事業者、市民、専門家のパートナーシップで進めるというものだ。また5年間の実証運行という方法をとることにしたのは、走らせてみて不都合なところがあれば常に柔軟に修正し、本格運行に反映させていこうとしたからだ。
 1998年2月、交通の専門家や事業者、県や運輸省などの関係者をメンバーに「鈴鹿市交通網整備促進研究会」が発足。新しい移動手段の実証運行計画を提案。そして翌年西部地域コミュニティバス実証運行実施計画の立案と事業化が進められた。具体的な作業は、事務局の産業振興部商工観光課とコンサルタントが担当。交通課題の整理や把握、現地踏査による走行環境調査などの調査を行ったが、とりわけ重要な作業は、高齢者と主婦を対象にしたグループインタビュー調査だった。「半日で用を足したい」「家族や近所の人に負担をかけずに外出したい」「西風の日に自転車での帰宅がつらい」―建前ではなく住民の切実な思いの一端を知ることが出来たのである。この調査で注目されたのは、高齢者の欲求、つまり「自分一人で街に出かけたい」というものだった。車での送迎など家族に気兼ねなしに、ゆっくりと買い物を楽しみたい、という願いが多くの高齢者の胸の内に潜在していたのだ。1999年度には「企画推進会議」を作り、運行計画の地元説明会と意見収集などを実施。ルートやバス停、運賃、運行間隔などについて、地元住民に説明し、意見を聞いた。同時にアンケート調査も実施した。利用者数の予測など実施計画に反映させるためである。「バスがあると安心できます、いつでも出かけられるという心に余裕が出来てうれしいです」と言った高齢者の声。「本当におねがいします!通学きつい!」と言った声もあった。グループインタビュー調査や地元説明会、アンケート調査など計画の各段階で西部地域の住民が参加して、利用者の本音を取り込んだシステム、が形作られていった。目指すは、「地域と経済に活力を与える、自分たちで育てることを目的としたバス」である。


自分たちの手で育てるC−BUS

 C−BUSの車窓からバス停に目をやると、色とりどりの花が生けられたプランターが置かれている。そこは13番の下大久保西のバス停。次の鈴西小学校のバス停にもプランターが置かれている。商工観光課の担当者の話によれば、鈴西小学校の子どもたちが、学校区内の八つのバス停にプランターを自発的に置いてくれたそうだ。花の手入れも、もちろん自分たちの手で。心を和ませてくれる話である。長沢のバス停で椿・平田線に乗り換え、椿大神社へと向かう。この路線は1時間に1本の1日26便。乗客の1人が大久保のバス停で降りる。高齢者や学生が雨風をしのげるようにと地元の自治会の手で作られた、という待合所。バスを降りた初老の女性が、手作りの待合所に停めてあった自転車に乗り換え家路へと向かう。C−BUSが運行してわずか3〜4か月余りの間に、関係者に思わぬ吉報をもたらしたのが、こうした数か所の待合所の出現やプランターなどの設置だった。ショッピングセンターでは、経営者の好意で、正面人口や駐車場にバス停や待合スペースが提供されている。鈴鹿市のコミュニティバス・C−BUSは、地域の多くの人々によって、着実に育てられている。