「まち むら」72号掲載
ル ポ

「ムーバス」のネットワーク化に向けて―利用しやすい新しい市民交通システム―
東京都武蔵野市 コミュニティバス・ムーバス
 百貨店や瀟洒な店、飲食店などが立ち並ぶ街、JR吉祥寺駅周辺。一歩路地に入れば昔ながらの魚屋や和菓子を売る店などが密集し、若者からお年寄りまで幅広い年齢層の人々で賑わっています。その吉祥寺の駅前や閑静な住宅街の狭い道を、颯爽と走る小さなバスが目を引きます。シルバーの車体を彩る極彩色の鮮やかな数字のデザインに、思わず「かわいい」と足を止める人も少なくありません。全国各地で今人気の高い、100円玉1枚のワンコインで乗れるコミュニティバス。その先駆けとなった、「ムーバス」です。現在、ムーバスは、東循環と北西循環の2ルートを運行し、それぞれ1日平均1200人余りと1700人余りの利用客を確保。雨の日には2000人を超える程の好評ぶりです。そして2000年11月末、さらに新たな路線がスタートします。


「ムーバス」の誕生とその背景

 武蔵野市は、東京都のほぼ中央、区部と多摩地区の接点に位置しています。人口は、およそ13万1000人。吉祥寺、三鷹、武蔵境の3駅があり、交通過疎とは無縁の地域に言われます。しかし、意外なことに高齢者が、バスでちょいと買い物にと言っても、1人で出掛けることが容易ではない地域があります。「吉祥寺に出たいのですが、足が悪くなってバス停までが遠く、歩けなくなってしまいました…」―ある高齢の女性から市長に宛てた手紙が、ムーバス誕生のきっかけとなったのですが、彼女もまた、過密都市の中のバス交通過疎地域の住民の1人でした。
 1991年に発足した「市民交通システム検討委員会」は、ユニバーサルデザインの考え方にたって「高齢者をはじめ誰もが利用しやすい市民交通システム」の整備を目指し、2年度に渡って調査を実施しました。この調査の特徴は、高齢者が街で何に困っているのかを探るために、グループインタビュー調査やビデオを使った路上観察調査を行ったことです。高齢者を最も怖れさせていたのは、歩道を縫って走ってきたり無灯火で飛び出してくる自転車ということ、見づらい料金表や階段の上下移動ゆえに多くの高齢者が、鉄道を敬遠し、バスを好んで使うことなどが見えてきたのです。またこの調査では、バス交通の不便地域や空白地域も調べています。その結果、一日当たりのバスが片道100本以下(昼間に1時間4本以下)の「バス不便地域」と、バス停から300m以上離れた「空白地域」が大きく5箇所あることがわかりました。その後「コミュニティバス実施検討委員会」が作られ、運行エリアやルートなどを、高齢者や主婦など移動制約者の生の声や、現地調査などを踏まえて決定していきました。運賃の100円は、市長がコミュニティバスを構想した当初からの考えで、グループインタビュー調査でも、シルバーパスが使えなくても100円なら乗っても良いという人が多数を占めていました。
 1995年11月にムーバスは、新しい交通サービスとしてスタートします。吉祥寺駅と杉並区に隣接する住宅街の約4.2キロを25分で1周する東循環です。運行時間(現在の)は、8時から19時まで、15分間隔で1日45便です。1998年3月、吉祥寺駅と市の北西部の約5.2キロを34分で1周する北西循環の運行も開始されます。この路線は13分間隔で52便の運行。住宅街の狭い道を運行するため、定員29名の小型マイクロバスを使用しています。運行区域に当たる二つの地域は、「バス交通空白・不便地域」に選定されていました。また、バス停は200m間隔に設置することを基本にしています。バス停までの100mは、高齢者が腰を下ろさずに歩いて行ける距離であることから算出しています。


ムーバスの導入効果の分析

 1998年に行ったフォローアップ調査によれば、ムーバスを利用する主な理由は、「料金が安い」「バス停が近い」「ほぼ時刻どおりに来る」がベスト3です。また、各年齢層とも外出回数が増えており、80歳以上の人では70%の人が外出が増えた、と回答しています。調査資料を基にムーバスの導入効果を分析すると、まず第一に「移動の困難を改善出来た」ということです。フォローアップ調査のデータを引用すると―「定期バス路線から離れた住居なのでムーバスは大変重宝している」「自転車に乗りにくい雨の日でも、ムーバスのおかげで出かけられるようになった」「足が悪いので大きな道路を渡るのがこわかったが、ムーバスは五日市街道を渡ってくれるので、毎日乗っている」―移動に制約があった人たちが、外出しやすくなったことがはっきりと読み取れます。ムーバスは、「交通弱者」対策という福祉サービスではなく、「移動制約者」対策という市民の移動する権利を保障する交通サービスとして実施しているのです。導入効果は、ムーバスがゆっくりと走るので、他の車のスピードが落ちた、とする「交通安全性の向上」や、ムーバスで外出する機会が増え、街で買い物をする人が多くなったとする「商業活性化の効果」などが挙げられます。また、「公共交通の役割とバスの楽しさの再発見」といった導入効果があることも見逃せません。「座席を譲る、立っている人の荷物を持つ等当たり前のことが当たり前に出来る雰囲気は『この街も悪くないな』と思わせてくれます」「ドライバーが親切で、来る時には必ず声をかけている。挨拶にも応えてくれる」−コミュニティバスの本来の姿「ご町内のバス」を想い起こさせてくれる利用者たちの声は、バス交通の将来像を展望する一条の光と捉えることも出来ます。


ムーバスの新たな試み

 今回新たに営業運行したのは、武蔵境駅南口を発着地点として境南町を循環する「ムーバス3号路線」です。境南循環は、2ルートで運行。各ルートの長さは、武蔵境駅から境南町や三鷹市井口3丁目・日赤病院を西方向に回る西循環が3.8キロ。武蔵境駅南口から日赤病院や三鷹市井口1丁目などを東方向に回る東循環が、3.1キロです。ムーバスの新たな展開として「吉祥寺のムーバスから武蔵野市のムーバスヘ」「隣接自治体へのムーバスの乗り入れによる交通の充実」「通勤や通学の利用への拡大」という三つのテーマが挙げられます。既存のムーバスは、「吉祥寺」という都市機能の集積の高い拠点での事業でした。3号線の武蔵境駅を起・終点とした境南循環は、「武蔵野市」のコミュニティバスというさらなるステップとなる重要な事業です。それは、ムーバスのネットワーク化に向けた新たな試みでもあります。2000年11月26日。この日は、ムーバス誕生から丁度5年目に当たります。新たな夢と期待を満載して、「ムーバス境南循環」の旅立ちです。