「まち むら」78号掲載
ル ポ

「自分たちのまちは自分たちで守る」を合言葉に市民参加型の活動を展開する
愛知県春日井市・春日井市安全なまちづくり協議会
「なかなか上手く描けてるじゃない」「紙芝居だけでなく寸劇やゲームも取り入れようよ」。5月中旬、愛知県春日井市役所本庁舎わきの建物の一室で女性たちのにぎやかな声が響き渡った。同市の安全なまちづくり協議会のボランティア組織「女性フォーラム実行委員会」のメンバーらだ。総合学習の時間を活用し、市内の小学生に安全で安心して暮らせるまちづくりの大切さを分かりやすく訴える活動を6月からスタートさせることになり、その準備に大わらわ。「連れ去りの犯人役を学校の先生にやってもらおうか」。ポンポンと飛び出すアイデアに、メンバーらは時の経つのも忘れたかのように話し込む。


平成5年に発足した安全なまちづくり協議会

「防災や防犯意識を高めることもそうですが、子どもたちにぜひ、自分たちのまちを自分たちで守ることの大切さを知ってもらいたいというのが私たちの願いなんですよ」。活発に意見交換する10人ほどのメンバーらを見やりながら、同実行委の渡辺修子会長が目を輝かせながらこう話した。渡辺会長が口にした「自分たちのまちは自分たちで守る」。これを合言葉に、市民参加型の安全で安心なまちづくりに取り組んでいるのが、まちづくり協議会。今年で発足10年目。多くの市民がさまざまな分野で活動の輪を広げている。
 大都市名古屋に隣接する春日井市に、この協議会が誕生したのは、平成5年6月。犯罪や災害に強いまちづくりを市民参加で実施していく方針を打ち出した自治体は当時、全国にほとんどなく、春日井がその先駆けとして注目された。「なぜ春日井市がと、よく質問されるんですよ」と話すのは、提唱者でもある鵜飼一郎市長。「地域の防災や防犯は、行政だけがやっていれば事足りるという時代ではない。市民の協力が不可欠だし、何よりも市民が自主的かつ積極的に活動に参加してこそ安全・安心のまちづくりができると思いましてね。市民の支持も得られるとの信念で旗を揚げたわけですよ」と振り返る。
 その背景には春日井市の事情があった。春日井市は、多摩(東京)千里(大阪)とともに国の施策として、市東部に建設された住宅都市「高蔵寺ニュータウン」の完成で、昭和40年代前半から人口が急増。「名古屋のベッドタウン」として成長し、現在約30万人を擁する都市に発展した。しかし急激な都市化の進展は、その一方で地域の連帯感や犯罪抑止力の低下をもたらす危険性もはらんでいた。まちづくり協議会の発足は、そうした課題に市を上げて取り組んでいこうという狙いも込められていたようだ。
「発足から丸9年。今では全国から注目されるようになり、春日井に追いつけ追い越せを合言葉に同様の取り組みをしている自治体もあると聞いている。これもひとえに市民の積極的な参加があったればこそ」と目を細める鵜飼市長。そしてこう胸を張った。「多彩な活動ぶりはどこにも負けません」。


110人の「ボニター」がリーダー役として活躍

 現在、まちづくり協議会には、市内の子ども会や老人クラブ、農協、医師会など118の団体が加盟している。このほか小学校区ごとに計185人の推進員、さらに地域のリーダー的役割を担う「ボニター」が配置されるなど安全・安心のまちづくりに向け、きめ細かいネットワークが張りめぐらされている。活動は「安全都市研究」「安全活動推進」「啓発活動推進」「青少年問題調整」「暴力追放推進」の五つの部会が中心となって展開している。「子どもにとっての安全な都市空間」をテーマにしたアンケート調査、ひったくりや痴漢など路上犯罪の未然防止を目的にした「くらがり診断」、地域の危険個所を点検して地図化した「安全マップ」づくり、さらにはため池点検など多方面にわたっている。しかも実施された調査や点検は市に報告され、市の担当課が改善するなどして対応している。
「こんな制度は全国広しといえども春日井だけですよ」と、鵜飼市長が上げたのが「ボニター」だ。ボニターという言葉は、実は「ボランティア」と「モニター」を組み合わせた造語。ボランティアでモニターとしての活動に取り組む市民のことで、まちづくり協議会の委嘱を受け、安全・安心のまちづくりの地域リーダーとして活躍している。防犯灯や街頭消火器の点検や危険個所の安全パトロール、災害図上訓練、啓発活動と活動内容は広範囲に及んでいる。しかも無報酬。その数は現在、男女合わせて110人ほど。主婦、自営業者などさまざまな市民が「手弁当」で活発に動き回っている。
「仕事や家事などをこなしながらの活動だけに大変だけど、みんなやる気満々ですよ」と話すのは、平成11年3月からスタートしたボニターの1期生の村島忠彦さん(62)と青山克子さん(58)。村島さんは建設業、青山さんは主婦。「活動を始めたころは、ボニターって何と聞かれ説明するのに苦労したが、ようやく地域の人たちにも浸透してきた。役目は大変だけどやりがいはあります。もっと多くの市民がボニターとなってまちづくりに貢献するようになれば市民の意識も高まりますよ」。熱く語った後、顔を見合わせながらにやっと笑ってこう付け加えた。「ボニターには任期がないので、極端な話、死ぬまでやるということですわ」。
 まちづくり協議会がボニター育成を兼ね、安全・安心のまちづくりへの市民意識の向上に力を入れているのが「安全アカデミー」。防災や防犯をメーンテーマにした市民大学のようなもので、平成7年度から毎年開講されている。「基礎教養課程」「専門課程」があり、応募した市民らが大学教授や弁護士などの専門家から講義を受けている。これまでの受講者は延べ850人。この中からさらに養成講座を受講した市民がボニターとして委嘱されている。


子どもたちにも「自分たちで守ることの大切さ」を理解して欲しい

「私たち全員、安全アカデミーの卒業生。ボニターにもなっている人もいるんですよ」と声を掛けたのは、最初に登場した女性フォーラム実行委の渡辺会長。「だから自分たちのまちを自分たちで守ろうという意識は人一倍強いです」と団結力を強調する。女性フォーラムでは、小学校やPTA、地域住民の協力を得て平成12年から3年がかりで市内37校区の「安全マップ」づくりをした。「地域の危険個所を改めて知ることが出来たとか、マップづくりを通して住民同士のコミュニケーションも図れたと評価をいただき、やって良かったし活動を進めるうえで自信にもつながった」とメンバーら。
 小学校の総合学習の時間への取り組みにも意欲満々。「現在、13校から依頼を受けている。子どもたちに上手く伝わるかどうか分からないが精いっぱいやるつもり。自分たちのまちを自分たちで守ることの大切さを少しでも多くの子どもが理解してもらいたいですね」と話す渡辺会長。「頑張らなくてはね」とメンバーらがすかさず笑顔で返した。多くの市民が参加して繰り広げられている春日井市の安全・安心のまちづくり。市民を“主役”にした取り組みに今後も目が離せない。