「まち むら」79号掲載
ル ポ

スクールバスに乗って街に出よう
愛知県豊田市 高齢者等交通対策
 愛知県豊田市で、市内にある二つの自動車学校の協力によって、全国初の高齢者等交通対策が、今年7月から開始されている。市内のほぼ全域を走る、教習生の送迎バス。2校を併せた30路線、100便が、その対象となっている。このバスに、市内在住の65歳以上の高齢者や障害者が、無料で乗れるようにしたもので、開始から1か月余りで、述べ人数155人余りの利用があり、県内の一宮市でもこの事業が検討されるなど、各地で話題を集めている。


交通費助成だけでは不十分

「クルマのまち」として世界に知られる豊田市の人口は、およそ35万。全国第2位の製造品出荷額等を誇る工業都市である。一方、市の北部や中部にかけては三河高原の美しい山並み、南部から西部にかけては、田園地帯が広がっている。したがって、市街地を一歩離れれば、山間部となり、相次ぐ路線バスの廃止によって、交通不便地域が、市内各所に存在している状態である。常に市民アンケートで上位を占めているのが、各地域への公共交通の導入という提言である。ちなみに、高齢化率は、10.6パーセント(平成14年4月調査)と、現在はさほど高くないが、10年後には、年少人口(15歳未満)よりも老年人口(65歳以上)の方が多くなることが予測されており、高齢者など交通弱者の足を確保することは、長年の懸案事項となっている。
 豊田市が、平成2年度から開始した、交通費助成制度は、70歳以上の高齢者や障害者、計約3万人に対して、年間4000円から1万6000円の(タクシー、バス、電車等の乗車券)助成をして来たが、例えば、4000円の補助で、タクシーを使った場合、病院に1回行くだけで、使いきってしまう。また、日頃から自動車を使っている高齢者は、他の人にあげてしまうということもあり、課題の多い助成制度となっていた。こうした背景のなかで、高齢者や障害者の方々が気軽に出掛けられるようにと、今年7月より三つの交通対策事業がスタートしたのである。公共交通空白地域の福祉バス運行(1乗車1人100円。週2日で運行本数は、午前と午後各2往復程度)。車いす利用者など通常の車両では移動が困難な人のための、リフト付き車両の移送サービス(1乗車1人500円)、そして、自動車学校スクールバス事業、である。


うちのおばあさんも乗せて行ってもらえないかね?

 高齢福祉課の勝野さんは、スクールバス事業の経緯について、次のようなエピソードを語ってくれた。教習所に通う生徒さんから、「うちのおばあちゃんも乗せて行ってもらえないかね?」と送迎バスの運転手さんにお願いがあった。その自動車学校から、市に対し、「乗せても良いかねぇ」という相談が過去にあった。このことを覚えていた加藤課長は、高齢者等の外出支援を検討するなかで、うまく活用できないかとかねてから考えていた。今回、自動車学校を訪ね、送迎バスの路線網を見せてもらうと、市内全域を走っていることに気がつき、学校にお願いし、活用させていただくことになった。こうした素朴なやり取りから、自動車学校スクールバス事業が、誕生していったのである。
 残暑の厳しい昼下がり、トヨタ中央自動車学校のスクールバスに便乗した。路線は、名鉄豊田市駅に程近い松坂屋や新豊田駅を周り、学校に戻るコース。この時間帯は、教習生の多くは、授業を受けており、私と高齢福祉課の担当者の2人だけを乗せ、出発。マイクロバスの乗車定員は、16人程。タラップは、段差もあり、とくに床が低い訳でもない。高齢福祉課では、高齢者や障害者に優しい車両の改良などについて検討を重ねたようだが、自家用自動車を使用して事業を行うには、無料かつ自動車学校の既存の車両そのものを使うことしか、方法がないそうだ。学校を出ると、道の左右には、緑まばゆい田畑が広がっていく。駅を回り40分ほどで学校に到着。運転手の竹本さんに話を聞いた。「利用者の多くは、女性で、買い物や病院に行く人が多い。最近では、路線を乗り継いで上手に使う常連客もいる」とのこと。
 ちなみに利用対象は、市内在住の65歳以上の人。福祉車両ではないため、一人でドアの開閉、乗り降りが出来なければならない。運行日は、月曜日から金曜日までの、午前9時から午後4時頃まで。とくに、バス停が用意されている訳でもなく、予め決められた路線上(駐停車禁止場所を除く)で、手を挙げて合図し、乗車時にパスカードを提示する。パスカードは、市役所か、自宅に近い在宅介護支援センターで申し込むと、数日後に発行される。この際、路線や乗車場所、時刻表などの資料も、手渡される。7月末までに、500人程の申し込みがあったという。この事業は、平成15年末までの試行運行となっている。


高齢者との出会いによって若者のマナーが向上

 トヨタ中央自動車学校の加藤校長は、スクールバス事業について次のように述べている。「今まで交通安全対策などのキャンペーンなどで、地域や社会に貢献したいと思ってやってきましたが、今回送迎バスを高齢者の方々に利用してもらおうと思ったのは、まさに地域や社会に貢献したいの一言です。高齢者の方々も、免許の更新のための講習などで、学校に出向く機会が増え、新たなにぎわいが生まれています。高齢者の参画によって、秩序が生まれ、若者のマナーもよくなりました」。また、当学校では、事業開始前から教室に「思いやり」というキャッチフレーズを貼り紙し、高齢者の利用を、思いやりを持って、接することを説いた、と言う。


送迎バスが満員の場合はどうするのか?

 もう一つの自動車学校、豊田自動車学校の基本姿勢も、社会貢献であることに変りはない。スクールバス事業の今後の課題について、小林校長は、こう語っている。「教習生の多くは、18歳から19歳の高校の卒業生。問題なのは、教習の期間が11月から3月までの間に集中することです。この間の送迎バスは、時間帯によっては、教習生でマイクロバスが、満員になる場合もあります。そうしたバスに、高齢者が乗車しようとした場合、乗車出来ないケースも出て来ないとも限りません」。
 教習生の送迎に支障の出る場合には、乗車出来ないこともある点については、予めパスカードの申し込みの際、高齢者の方々に、口頭及び資料で補足説明している、と言うのだが…。


住宅地の中を深く入り込んでいる路線網

 自動車学校に寄せられた利用者の感想は、次の通りである。「大変ありがたい。皆に知らせてやりたい(1回乗った女性)」「病院へ行くのに大変感謝(9時半に乗車した男性)」。一方、運転手さんが困ったことには「スライドドアが自力で開けられない人がいた」などのケースがある。そうした中で、若い教習生が、ドアの開閉を手助けしたりする車内での光景が多々見られる、と言う。送迎バスは、若者と高齢者との新たな出会いの場とも、なっているのだ。
 高齢福祉課の河原さんは、当事業についてこう述べている。「自動車学校のご好意によって、全く経費をかけずに、既存のバス車両や路線網を活用させていただくなかで、多くの利用者に大変に喜ばれています。スクールバスの路線網は、幹線道路を走る路線バスと違って、住宅地の中に深く入り込んで走っているので、高齢者にとっても、こうした路線は利用しやすいはずです」。スクールバスを活用した豊田市の高齢者等への外出支援策は、大好評のうちに走り出している。