「まち むら」79号掲載
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韮山町の里山をめざして
静岡県韮山町 立花台区
 静岡県三島から伊豆急修善寺行きに乗り、およそ20分。伊豆長岡駅で下車し、山間に車で5分、徒歩で20分余り山道を登った丘陵地に、韮山町と大仁町にまたがる住宅地・立花台がある。人口900人余りが住む、立花台は、昭和40年代後半に別荘地として開発されたが、市街地に近い立地条件から定住者が多く、韮山町だけで270世帯が住んでいる。県外から移り住んだ人が半数近くを占めるなど、それぞれの故郷は、多様である。かつてこの新興住宅地は、山の麗に住む地元住民から「山」と称されるなど、よそ者扱いされた住区であった。「なんて良い街だろう」「こんな所に住んでみたい!」と思われるような街にしたい。立花台の新たな故郷(ふるさと)づくりや、住民アンケートを基に作成した地区振興計画などは、そうした熱い想いから、出発している。


絵看板のある街・立花台

 立花台に行く途中の山の麓、畑が広がる南條口入口に、カタツムリの飾りが付いた標識が、目を引いた。「富士見坂通り」の名称と「立花台」の方向を示す案内板である。心和む手作りの標識を横目に急坂を登っていくと、丘陵地に、手入れの行き届いた緑の多い住宅地が広がっている。
 この地に、14年前東京都東久留米市から家族とともに引越して来た太田宏明さんは、120坪余りの土地を坪20万円で購入。自ら設計した3階建ての家を、自力で建てている。3年前に区長を務め、現在は広報を担当している太田さんに、新ふるさとづくりの具体的取り組みについて、聞いてみた。「街の新たな顔を創ろうと思ったんです。誰もが住んでみたくなるような街にしたいと思って、まず取り組んだのが、道路の名称や標識を表した、美的な絵看板作りでした。すべて材料は木。この地区の子供会のアイデアを募集し、ポケモンやミッキーマウスなどをデザインしたトーテムポール風の道標や、晴れた日には富士山がよく見える場所に、ベンチを設置しました。いずれ十数か所に増やし、地区外から訪れる人たちが、街を巡回出来るようにしたいです」。
 緑化推進も、街の新たな顔創りの一環として実践されている。ちなみに、毎年3月の環境美化の日には、町内一斉清掃とともに苗木の植え付けなどが、しばしば実施され、今までに住区の山の斜面や中央花壇には、八重桜やあじさい、サツキなど数多くの苗木が植樹されて来ている。


花と緑を増やし「ガーデンシティ立花台」へ

 立花台で、緑と花を増やそうという動きが活性化したのは、静岡県が、3年ほど前から無償で花の苗を提供し始めたことも一因となっている。立花台では、住民も通行人も一緒に楽しめる庭づくりを目指し、各戸それぞれ競うようにして緑化を推進して来た経緯がある。その成果として、立花台は、平成14年6月、韮山町などが主催する「第1回花と緑のコンクール」の一般花壇の部で、区内の中央花壇が、緑化推進賞と緑化景観賞をW受賞している。
 かねてから、「ガーデンシティー立花」を自称し、緑化に積極的に取り組んで来た立花台が、広く静岡県内に、公認されたのである。


引っ越してきた新住民はまず副組長を経験

 立花台の副区長、井上清隆さんは、7年前に勤めていた銀行を退職。神奈川県横須賀市から引っ越して来た。井上さんは、地区の同好会やボランティア活動に積極的に参加。高齢者を初め住民たちとの親睦を図ってきた。地区での活動について、こう述べている。「環境美化ボランティアやペタンク同好会などを通じ、いろんな形で活動に参加しているのは、結局は友だちを作りたいからなんです。老後に頼りになるのは、遠くの親戚より、近くの信頼出来る友です」。
 立花台で毎年開催される夏祭り納涼大会は、現在子供会が主体となっているが、かつては区内のソフトボール部が、夏祭りをしきっていた経緯がある、と言う。子どもからお年寄りまで参加出来るさまざまな行事を通じて、立花台は、住民相互の交流を積極的に図ってきた。そうした「コミュニティ活動の一環として、毎月実施されているボランティアの日に行う清掃作業、園芸などの趣味を通じた同好会での交流、そして13の組ごとに分けて行う組会などが存在している。しかし、「集まる住民は、いつも同じ顔ぶればかりであるのが、最大の悩みの種だ」と、井上さんは困惑ぎみに打ち明けた。そこで、立花台区では、引っ越して来た新住民には、必ず組会の副組長になって貰うという暗黙の取り決めもある。そのようなしくみを作ることにより、住民の参加をはかっている。


8畳間から315平方メートルのコミュニティ会館へ

 平成14年春、立花台の公民館にあたる、コミュニティ会館が落成。990平方メートルの敷地に、平屋建て315平方メートルの会館を、6000万円ほどの事業費で建設した。大会議室や多目的室などがあり、本の寄贈を住民に呼びかけるなど、子ども図書館の準備も始まっている。
 いままで区会などの会合は、8畳間ほどの個人のスペースを借用して、20人を超える住民たちが集まり、立ったまま話し合いをしていた、という。コミュニティ会館の建設は、韮山町立花台区の長年の夢であった、といっても過言ではない。広報担当の太田さんに、会館の活用について聞いてみた。「来年春か夏頃までに、ここで文化祭を開きたいと思っています。習字や絵画、園芸などの作品を応募して集め、ここで展示する。そしてこの会館を、立花台住民の交流の場、さらには外の地域の人々との交流の場にもしたいですね」。


街のグランドデザイン「地区振興計画」

 平成13年度に作成された地区振興計画は、「住環境の整備」「公園整備」「交通手段の確保」「交流・学習」「ボランティア」「危機管理」といった6項目を、住民アンケートを基に柱にしている。そして、それぞれ6〜7人程度の担当者と代表者を設けて、立花台のコミュニティ活動の核とし、その実現に向けて広く韮山町などに働きかけている。地区振興計画について区報には、こう記されている。「地区振興計画」とは、それぞれ町民の住む小さな地域単位で、将来のあるべき姿、理想像に向かって何をすべきか、何が必要なのかを地域の手によって考え、推進していくグランドデザインなのです」。
 樹木の多い丘陵地・立花台には、カブトムシなど昆虫が数多く棲息している。副区長の井上さんの孫は、カブトムシを獲るのが楽しみで、夏休みには毎年のようにこの地を訪れる、と言う。竹林もあり工作する材料も事欠かない。こうした自然に恵まれた立花台を、韮山町の里山として整備していきたい、という大きな夢を、自治会メンバーは抱いている。井上さんは、記している。「自然公園を整備し、自然観察会をやって幾多の草花、昆虫を採集し、いろんな遊びを通じて子どもたちに自然児としてのびのびと成長して欲しいものです」。
 幸いこの地区には、5歳から20代半ばまでの若年層が数多く住んでおり、近年では、東京から立花台へUターンする若者も登場している、という。
 3人の娘を持つ太田さんは、こう述べている。「子どもたちが、他の地域に出て行っても、いつでも帰って来れ、かつ自慢できる故郷にしたい」。立花台における新たな故郷づくりや地区振興計画の、活動の根幹となっている言葉である。