「まち むら」80号掲載
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住民参加のきめ細かなまちづくりをめざして
熊本県・宮原町 まちづくり情報銀行
 10月8日夜。熊本県宮原町の立神(たてがみ)峡にケーナの音色が響き渡った。町北部を流れる氷川右岸にある熊野座神社の秋祭りだ。たいまつが河原の特設ステージを照らし、会場一体に並べられたぼんぼりが幻想的な雰囲気を醸し出した。地域で取れた農産物の即売もあり、多くの人でにぎわった。
 同神社の秋祭りは近年、神楽を奉納するだけの寂しい祭りになっていた。だが2001年、現在のスタイルに大きく変わった。企画から実施までを同町立神地区の住民が担当、町がバックアップした。宮原町の「まちづくり情報銀行」(町企画調整課)が進めている、住民参加の町づくり活動の一環だ。
 熊本市から南に約30キロ。宮原町は、八代平野の中央部に位置する。人口約5100。東部の山林、中央部の丘陵、西部の平野に区分される町の面積は9.89平方キロメートル。県内で最も小さい。


本物の銀行社屋を買収して「まちづくり情報銀行」に

 まちづくりの拠点となるのが、役場向かいの「まちづくり情報銀行」だ。住民の意見やアイデア、地域の課題を情報として集めて「貯蓄」しようというのが命名の由来。町新総合振興計画(1998−2007年)に住民の意見を反映させることを目的として、総合計画の策定が始まった95年に“開業”した。
 旧薩摩街道沿いにある鉄筋コンクリート2階建てのレトロな建物は、大正末期の建造。本物の銀行社屋を町が買収した。企画調整課の職員5人が常駐している。
 「以前の総合計画は、各課の係長以上の職員で作っていた。出来上がった計画は課長が持っているだけで、見たこどがない職員もいた。まして、住民は存在さえ知らない。それで、まちづくりがうまく行くはずがありません」。同課の岩本剛さん(40)は、住民が参加しやすく、地域の実情に即したきめ細かい総合計画作りができる仕組みを考えた結果が、情報銀行の開設につながったと説明する。
 情報銀行は町内14地区に支店を置いている。支店には住民代表の「支店長」と、行員とも言うべき「まちづくり推進員」が計約130人いる。各支店には担当職員2人が付き、活動をサポート。担当職員の任期は2年で、全職員が一度は経験することになっている。
 支店はそれぞれ、まちづくりの目標となる「地区別計画」を立てている。自然や文化財、特産品などを生かした地域の将来像を描いたものだ。同町では、地区別計画を行政の基本計画と並列して、総合計画の中に盛り込んでいる。
 総合計画は、行政と町民が共有するまちづくりの「憲法」であり「羅針盤」との位置付けだ。岩本さんは「計画を作って運用することで、“利子”を町民に還元していくんです」と話す。
 熊野座神社の秋祭りも、立神支店が立てた地区別計画実現のための取り組みの一つだ。同支店は、743年創建の歴史を持つ神社の伝統行事や、町唯一の観光地である立神峡、氷川の自然を大切にすることなどを目標に掲げている。
 こうした支店の活動資金として、町は年間350万円の「支店経営補助金」を出している。年に5回、支店長会議が開かれ、支店長たちは活動に必要な予算を申請し補助金の配分を話し合う。


「まちづくりは自分たちでやるんだ」という意識が定着

 「各支店は年間20から30万円を自由に使える。うちの支店は今年、地区に昔から伝わる踊りを復活させて、盆踊り大会を開きましたよ」と現支店長で、支店長会長の秋山勝喜さん(65)。支店経営を任されることで、「住民の中に『まちづくりは自分たちでやるんだ』という意識が定着してきた」と効果を語る。
 支店では、全住民を対象にした地区会議と、まちづくり推進員や町内会長らによる支店会議を開き、取り組む活動などを決めている。情報銀行は、参加者が対等な立場で知恵や意見を出し合い、自由な雰囲気の中で合意形成を図ろうとワークショップ形式での会議を採用している。町が事業を進めるに当たってもワークショップで住民の声を聞き、事業に反映させている。


子どももお年寄りも参加しての公園の計画案づくり

 例えば、地区別計画に沿って町支店と町が整備した「ギロッチョ池」。ギロッチョとはハゼ科のヨシノボリの地域名で、地区を流れる用水路を活用して造った水辺公園だ。
 ギロッチョ他の整備で開かれたワークショップには、子どもからお年寄りまでが参加。1回目は、きれいだった昔の用水路を振り返って思い出を語り合い、2回目は公園の計画案を図面や模型を使って、気に入った所や変えたい所などを一人ひとりが発表。3回目は、修正した模型をCCDカメラでのぞいて具体的なイメージをつかみ、完成後の4回目は、池を使ってどんなことができるか話し合った。
 1999年3月の完成直後、子どもを中心とした「ギロッチョクラブ」が発足。現在は中学生が会長を務め、年に4回の池の清掃に取り組んだり、地蔵祭やお月見などのイベントが開かれている。「行政が一方的に造った施設とは全然違う。住民は、計画の段階からかかわることで、思い入れや愛着があるんです」(秋山さん)。
 情報銀行は、情報公開と交流の拠点でもある。銀行には、多い日で1日に約30人が訪れる。とくに用はなくても、買い物帰りの主婦らが世間話をしていくのだという。職員はその都度、仕事の手を休めてコーヒーでもてなす。コーヒー代は職員が毎月2000円ずつ出して購入している。同課の中居奈光子さん(26)は「みなさん地域の情報をたくさん持っている。かえって、教えられることが多いんですよ」と言う。
 銀行開設から5年。住民の中に根付いてきた情報銀行だが、一方で、活発に活動する支店と、そうでない支店の差が目立ってきた。
 岩本さんは「支店が今のままでいいと思えば、それでいいんです。行政が無理に何か押しつけたりはしたくない。長い目で見て、その地域が良くなればいいと思う」と話し、住民の意思を尊重したい考えだ。


合併が進むなかで確固たるまちづくり組織が必要

 八代郡市では9月、1市4町3村での市町村合併を目指す法定協議会が発足した。実現すれば、人□約15万6000人の県内第2の都市が誕生する。
 宮原町は1889年の町政施行以来、合併を経験していない九州で唯一の自治体だ。発足前の6月、町議会は法定協設置の同文議決案を否決した経緯がある。
 総務課長兼企画室長として、まちづくり情報銀行の開設に中心になって取り組んだ平岡啓輔町長は「行政が大きくなりすぎると、目が届かない所が出てくるデメリットがある」と指摘する。「宮原に限らず、合併しても地域の良さや特徴をいかに残していくかが大事。そのためにも、確固たるまちづくりの組織が必要です。そして、住民が主体ということを忘れてはいけない」
 全国的な流れとなっている市町村合併。独自の活動を展開してきた情報銀行にとって、今後のまちづくりのあり方をあらためて考える機会となっている。