「まち むら」83号掲載
ル ポ

行政や地域社会と協調した民間主導の公園づくり―「都市の里山」と共生する新住民たちの保全活動―
神奈川県・鎌倉市 山崎の谷戸を愛する会
谷戸と里山が溶け合い、野性が息づく田舎の原風景

 人家が密集した市街地の中に、ポッカリと浮かぶ「濃緑の小島」。山崎の谷戸は絶えざる都市化の波から、かろうじて残った自然の孤塁のように見える。広さは約50ヘクタール。
 背後に低山が入り組む鎌倉には、谷戸と呼ぶ小さな扇状の谷が多い。山崎もその一つで、古くは谷奥から濡く水が溜まる低湿地だったようだ。湧水はいまも枯れることなく、せせらぎとなって市街地へ流れ下っている。この水を利用し、地元農家は長い歳月をかけ谷戸をゆるやかな棚田に変えた。まわりの雑木林は薪炭用の材を得るため、たゆみない手入れを継続。「濃緑の小島」は谷戸と里山が一体となった生産の場であり、人と中鳥草木が共存する田舎の原風景を保ってきたのだ。
 1990年、この谷戸に防災機能も備えた、大型の都市公園をつくる計画を鎌倉市が発表。その計画が谷戸の自然、農的生態系を守る配慮に欠けていたため、危機感を強く抱いた市民グループがあった。幼児の青空保育を自主的に行なっていた「なかよし会」の母親たちである。同会では85年から山崎の谷戸を保育の
本拠地にしてきた。子どもと親が山野に集まり、遊びながら感受性や協調心を育む。それには谷戸のような「野性の息づく田舎」が不可欠。それを痛感していたため、リーダーの相川明子さんを中心に8名の主婦が、「山崎の谷戸を愛する会」(以下「愛する会」)を発足させた。
 自然の中で子どもが遊べる好適地を人工的に整備、変形させず、現状のまま保持する。それが「愛する会」の立脚点だが、活動の幅は多岐に広がっていく。同会の設立当初から公園計画の見直しに賛同する、複数の市民団体が加勢。関東各地の里山保全グループなどとも交流して、気運を盛り上げていった。行政側へも陳情や提言をくリ返すうち、同会と連携した公園づくりをするようになる。


谷戸を守ってきた旧農村の生活や知恵を、若い新住民に伝える

「愛する会」の提言や意見には、谷戸の農的生態系を守る、粘り強く細やかな実践がバックボーンとしてある。会が動きだした初期から、メンバーは農業修行をはじめたのだ。公園計画地になってからは、谷戸の田畑を耕やす地主は櫛の歯が欠けるように減少。わずかに計2反ほどの田畑を守る、地元の老夫婦に頼み、現
場で手ほどきを受けてきた。
「いずれ地主さんが耕作できなくなっても、私たち門外漢が田んぼをやリ続けることが必要だと思いました」。
 水田の維持管理は田舎の景観、生態系のベースになるだけではない。谷戸の下手にある旧農村の山崎地区では、夏祭りの神輿の飾りに青い稲の束が欠かせない。そうした旧来の民俗調査も活動の一環とし、10年に渡り谷水を訪れては聞き書きを重ねる。「はじめは相手にされずに挫折感を味わう」が、少しずつ受け入れられ、やがて「地元の人が、あきれるくらい」綿密に調べて一冊の本にまとめた。都市生活を送る新住民が、近接する谷戸の貴重さに気づき、保存のため自ら農を志す。同時に、その財産を暮らしに活かし、受け継いできた地域の人と生活、知恵を深く知リ、相互理解を図ってきたといえる。いまでは「愛する会」の会員が、夏祭りの神輿の担ぎ手を頼まれるようになった。
 一方では周辺の市街地に住む幼児、小中学生、大人を対象にした、谷戸での農耕・自然体感の催しを定期的に開催。田植え、稲刈りに初参加して、生き物の多さにビックリしたり、泥にまみれる手作業を面白がる子どもが目立つ。1〜2歳児が25名ほどいる「なかよし会」の青空保育も継続するうち、入会希望者が増加。同様の会が2つできたほか、4・5歳児向けの青空自主幼稚園「やんちゃお」が新たに生まれた。小学生になるまで谷戸で野遊びさせたい。その希望が「なかよし会」の親たちから、自然発生的に湧きあがって結成されたものだ。その若い父母たちも保育のフィールドとして親しむ、谷戸の保全を心がけてきた。草刈りや湿地の復元に取り組んだり、「ホタル紙芝居」を毎年主催。谷戸では初夏にホタルの群が舞い、あちこちから見物客が来る。田畑に踏み込んだり捕獲する人もいて、マナーを呼びかけるために紙芝居を現地で始めるようになった。
「青空保育の父母は20代から30代がメイン。多様な幼児たちと野遊びしながら、肌で接します。そうやって自他の子の性格、好み、感性の違いを知ったり、親同士の交流もはじまる。ゆるやかな楽しい付き合いですから、風通しのいい関係が持てる。この世代が『愛する会』を新陳代謝させ、活動の主力になればと期待しています。青空保育に参加した親は、自動的に『愛する会』のメンバーになる仕組みなんです」。


市民に公園の運営管理が委託されれば、さらに活動の自主性が強まる

 鎌倉中央公園となる谷戸に残した田畑で、鎌倉市が市民農業体験を主催しはじめたのは1997年。体験者を一般から公募する方法に変わった。「愛する会」に耕作を教えてきた旧地主の2人が、市から依頼されて田畑づくりの指導員となり、「愛する会」のメンバーもサブリーダー役を引き受ける。この年に「愛する会」をはじめ「かまくら環境会議」「鎌倉自主探鳥会」など、谷戸に関わっていた7つの市民団体(現在は10団体)が連合し「谷戸ボランティアの会」を結成。自然の息吹に富む公園づくりを目標に、園地の管理運営に協力する体制をつくった。
 以後も「愛する会」は他団体と定例会を開きつつ、地道に谷戸保全の作業を続ける。田んぼと適度な湿地の維持が、生態系を守る基本。それらの補修や道端・水路の草刈り、雑木林の手入れなどを、くリ返し行なってきた。炭焼き窯も谷戸の斜面につくり、「鎌倉で炭を焼く会」を派生的に設立。そして今年の11月、鎌倉中央公園は全面オープンの運びとなる。
「開園を契機に市は、公園の一部運営を市民に委託する方針です。これまでは何をやるにしても行政へ届け出ていましたが、委託が決まれば私たちの自主性が強まる。手当てが出るため新規に事務局を設け、10団体でつくるボランティアの会も組織内容を変える検討をしています」。
 谷戸の田畑は公園の一部分のため、収獲物を個人が人手することは原則的にできない。お米は田んぼの前に建てた倉庫(休憩所も併設)にストック。野外に置いたカマドで焚き出し、農業体験者にふるまうことをめざしている。
 これら農林産物の余剰を、直売して新組織の運営費に充てるプランも。谷戸が抱く「田舎」の価値を、率先して保ってきた「愛する会」。その草の根的な実践活動は、次回なるステップヘ踏み出そうとしている。