「まち むら」85号掲載
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町内の学校に給食野菜の7割を供給する
島根県・木次町 木次町学校給食野菜生産グループ
 斐伊川中流部に位置し、ヤマタノオロチ伝説にまつわる史跡が残る島根県木次町。中国地方有数の桜の名所としても知られる、人口約1万人のこの町には、春の桜の華やかさとは対照的に、恵まれた自然を生かし、地味ながらも異彩を放つ取り組みがある。学校給食での地元産野菜の供給だ。
 毎朝8時。同町新市の町立学校給食センターに、地元農家でつくる木次町学校給食野菜生産グループ(勝田ツ子コ代表、メンバー50人)のメンバーが、野菜を届けに訪れる。メンバーが白衣姿の同給食センター職員に手渡した段ボール箱の中には、ダイコンやハクサイなど、旬の味覚がぎっしり。早ければその日の給食の食材として、子どもたちの前に並ぶ。


42品目の野菜を提供

 同町が、農家の協力を得て学校給食に地元産野菜を供給し始めたのは平成5年から。11か所の幼稚園、小・中学校に通う子どもが、新鮮で低農薬の野菜の味を楽しむようになってから10年になる。
 毎年8月に同町が開いている成人式のメーンイベントは、学校給食による会食。一昨年から実施し、これまで延べ200人の新成人たちが、昔懐かしい味に舌鼓を打つなど、独自色あふれる学校給食が、町の顔的な存在となっている。
 学校給食へ地元野菜を導入する動きは、近隣町村にも広がり今では、木次町が含まれる雲南圈域10町村で実施されている。
 木次町がもともと、地元産野菜による学校給食を導入したきっかけは、子どもたちの健康増進と、身近な食材の味を楽しんでほしかったからだ。
 1日に1200食分の給食を用意し、コメや牛乳、鶏卵、みそ、コンニャクなども地元産。同グループが供給する野菜はキャベツやタマネギ、ニンジンなと42品目で、供給率は野菜全体の7割に迫る。
 近年、全国的に注目されている地元の食材を地元で食する「地産地消」の動きにも呼応するだけに、同給食センターには県内はもとより、全国各地から視察が相次ぐ。


おいしい野菜を食べてもらいたい

 地元産野菜の導入のメリットは何か。食べる側では野菜嫌いの子どもの減少、提供する側の農家にとっては「おいしい野菜を子どもたちに食べてもらいたい」という意欲向上につながっている。
「野菜がおいしい」という子どもの増加を裏付けるデータはないが、同給食センターが13年秋に、町内の幼稚園児、小・中学生全員を対象に実施したアンケートの結果は、職員を驚かせるものだった。好きな給食メニューを尋ねたところ、カレーライス、ラーメンという子どもたちに人気の定番料理に続き、地元産のモロヘイヤを使ったカツオ和えが3位にランクされたのだ。
 子どもたちが、家庭でもよく野菜を食べるようになったことなどから、同給食センター職員から調理方法を学ぶため、調理研修会を開く小学校PTAも出てきた。
 また、保護者が町内の産直市で野菜を購入する動きも出始めるなど、地産地消推進の面でも、じわりと効果を見せているという。


給食の食卓を囲むことが励みに

 町学校給食野菜生産グループのメンバーの平均年齢は、70歳代半ばに差しかかる。大半が女性で、家庭菜園の延長のような小さな畑で、季節に応じたさまざまな野菜を生産している。
 土作りや肥料にこだわり、無農薬や低農薬農法がモットー。メンバーの一人の大坂運蔵さん(67)は「子どもが食べるものだから、消毒はなるべく控えている。皆、安全な野菜を供給したいという思いで続けている」と話す。
 そんなメンバーの励みになっているのが、年数回の幼稚園や学校訪問。子どもたちと給食の食卓を囲むなどし、楽しいひとときを過ごす。きれいに野菜を平らげる子どもたちの姿や、野菜作りについて、自分たちの孫より年下の世代の子どもたちと会話を交わすことなどが、何よりの刺激になるという。
 今年は3回、幼稚園や学校を訪問したという、勝田ツ子コ代表(76)は「訪問は毎年しているが、以前と比べ、野菜をきれいに食べてくれる子どもが増えているようだ」と喜ぶ。「腰やひざを痛め、農作業が負担となっているメンバーも多いが、訪問があるから続けられる。生きがいです」とも。
 給食用の野菜を供給することで得られるメンバーの収入は、多くても一人年間10万円に達しない。だが、メンバーの中には、脱会者はいない。毎朝、自宅と同給食センターを往復できる一番大きな原動力は、やはり子どもたちの健康を願う気持ちだろう。


毎日、生産者の名を校内放送で紹介

 もちろんメンバー、同給食センター職員とも地元産野菜を使用する苦労は少なくない。メンバーは農薬投入量が少ないため、野菜に取り付く虫の除去や、キャベツの周りで舞うチョウを追ったりと、高齢の割には作業の負担は大きい。
 給食センター職員も、虫取りのため、洗浄に時間がかかったり、野菜の大きさが不ぞろいのケースが多く、調理に手間もかかる。
 冷夏や日照りなど、その年の気象にも直接的に影響される。同給食センターは、献立を実際に給食がテーブルに並ぶ1か月半前ごろから決めるが、メンバーの育てる野菜の成育が思わしくなかったり、逆に早すぎたりすることもあるため、急きょメニューを変更したり、近くの青果店で野菜を調達することも。
 同給食センターの陶山文江所長も「おいしい野菜を食べさせたいという思いは、メンバー、職員とも共通している。それがなければ、なかなか続く事業ではないだろう」と強調する。
 そうした生産、調理現場の様子も、幼稚園、学校訪問を通じ、子どもたちに知らされる。また、学校では毎日の給食の時間に校内放送で生産者の名前が紹介される。文字通り生産者の顔の見える野菜がテーブルに並ぶことで、食を通じた教育にもつながっているのだ。
 子どもたちからは同給食センターに「安心して給食が食べられます」「残さず食べます」など、うれしい感想が寄せられることもある。
 それでも給食は、子どもたちの年間の食事回数全休の6分の1程度に過ぎない。陶山所長は「安全な食材を活用する動きが家庭でも広がってほしい」と呼び掛ける。
 本格的な地産地消や、本当に豊かな食生活が町全体に根付くのかはこれからの課題だが、同町には、その基盤として農家の地道な活動の上に成り立ってきた、学校給食があることに間違いない。