「まち むら」86号掲載
ル ポ

広報誌づくりは「地域づくり」「自分づくり」
兵庫県黒田庄町・黒田庄町子育て学習センターママ広報部
 山陽本線で西に明石海峡大橋を過ぎると加古川がある。支線に乗り換えて約1時間で中世荘園の名残りをとどめる黒田庄町に着く。人口約8000人の田舎町だが温暖な気候そのままの人情に包まれ、昔は播州織で有名だったが、現在は神戸牛の産地として知られる歴史と伝統の町である。
 一見、何の変哲もない小さな町だが、この町には子育て学習センターがあり、活発な地域活動の中でも牽引車的な存在の「子育て学習センターママ広報部」がある。全国的に地域力衰退・地域活動停滞が言われる中で、広報誌づくりを梃子にして、まちづくりのお手本になるような活動をしているグループが黒田庄町にあった。


子育て支援はつなぐことから始まる

 兵庫県は1992年以降、順次、市町に子育て学習支援センターを設置して「両親教育インストラクター」を配置してきた。「ママ広報部」の生みの親である森脇登志子さんは創設時からのインストラクターである。
 森脇さんは、学習センターの活動に参加されるお母さんたちの中に、うまく自分を語ることができない人や結婚するまでと結婚後の環境の違いに戸惑う人、価値観のぶつかり合いに未熟な人がいることから、新しい地域になれるには、温かく支える時間と経験が必要であることに気づいた。
 都会にくらべて農村は、父母や祖父母と同居する夫婦も多く、大家族の中での妊娠、出産、育児、家事などの負担で疲労と閉塞感が彼女たちにある。そんな環境の中で、一つだけ彼女たちの心を解き放つ場所として出現したのが学習センターであった。
 センターでは、多くの出会いと体験があり、自分自身の居場所も見つけた。子育ては一人でするものではなく、同じ子育て仲間が交流し“つながる”ことの大切さを彼女たち自身が体感していった。
 この体験が森脇さんを動かした。97年にセンター利用者のために発行していた通信紙を「くろっ子ママ通信」と改題して、仕事などでセンターに来られないママさんを含めて、子育てするすべての親を広報誌でつなぐことにした。ここで広報誌は大きく変わった。


私たちの広報誌は私たちが作る

 子育ての悩みから子の成長に感動する母親の声まで掲載されている広報誌は、内容が充実して一段と反響が大きくなった。その悩みと感動を文字で受け取るのではなく、ただちに仲間ととともに分かち合いたいと思う人が出てきた。「私も何か手伝いたい」というママさんたちの声が集まった。「ママ広報部」の誕生である。
 子育てに多忙なママさんたちが、自分たちで広報誌づくりをすると10人余の人が申し出たところに凄さがある。
 あれから7年。配布部数は380部。ママ広報部員は現在20人を超えた。毎月発行の広報誌を3班に分けて3か月に1回ずつ各班が担当する。題字は「くろっこママ通信」でB4判6頁。内容は「くろっこママの育児日記」が子育て報告。「くろっ子ランド」は学習センターだより。「月間予定表」を見れば月の約半分に行事が入っている。その他、保育に関する情報や「遊びの教室」「ちいさななかまたち」と続く。不定期だが小児科や産婦人科の先生、保健師さんのアドバイスコーナーもある。内容は豊富過ぎるくらいだが、これが魅力というよりノウハウの領域であろう。
 森脇さんは「広報誌は専門性がなく、ママさんの目線で書く。例え読みづらいところがあっても、それがこの広報誌の味です」と言って笑った。実績に支えられた人の言葉である。
 広報誌を読むと「24時間労働の子育てに家事を加えると、ママさんは結構忙しい。ほかに何かするなんて、私には無理…」などと書かれている。ほとんどの母親はそう思っているのだろう。ママ広報部のメンバーも部員になるまで、みんなそう思っていたという。
 これまでに発行された広報誌は5月号で141号になる。継続は力である。「私に広報誌づくりが出来るか自信がなかったけれど、みんなで分担して作っているうちに、たくさん話しができた。子育ての素晴らしさも気づかせてくれた。仲間がそばに居て助けてくれた。私はひとりではない。そういうすべてを実感できる中で広報誌はつくられています」と。彼女たちは自分は成長したと素直に認めた。
 広報誌づくりを通して「生きている」「育ててる」「作ってる」という感動を持つようになったという。感動は自信となり、自信がパワーを生み出し、パワーが地域を確実に揺り動かしている。


役割分担で負担が軽くなる

 一般的に広報誌を作ろうという話になれば「誰がつくるの?」「面倒くさい」「文章が苦手」「金がない」などの理由で発行までにはいたらない組織が多い。広報誌に挨拶やお知らせ記事が多いのも事実。マジメに書かれているだけで親しみのない紙面もあり、楽しく読ませる工夫が少ないのも気になる。しかし「くろっこママ通信」は違う。読ませようとする迫力を感じる。その特長は、
@広報誌づくりを人から頼まれてやっているのではない。自分から手を挙げて広報誌づくりを引き受けている。
A自分たちが担当するのは3か月に1回。広報誌の紙面を小分けにして部員たちが分担しているので負担が少ない。
B分担したスペースは、自分が創意工夫して自由奔放に作れる。表現方法も自由。お互いにフォローし合う人もいる。
C私的会話の多い中で広報誌づくりをしている。広報誌づくりがレクリエーションの場であり、会話で慰められ励まされている。
D自分たちがつくった広報誌が読まれ、役立っていることが実感できる。広報誌づくりで自分の世界が広がり、達成感がある。

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 少子化対策で児童手当などを支給して出生率を向上させようという試みもあるが、どんな子育て支援事業よりも、母親が子育てに感動と生きがいを知ることに優るものはない。母親の苦労と頑張りを周囲が認め、励ますことが母親の自信につながる。
 広報誌は、手がかかり、金がかかるが、それほどは読まれないというイメージがあ
る。しかし、学習センターのママ広報部は、それを変えた。
 広報誌づくりは“地域づくり”であり“自分づくり”なのだ。ママさん広報部は、町の長期総合計画見直し委員会や住民まちづくり会議に、それぞれ2人ずつの委員を就任依頼されるまでに成長したのである。
 赤ん坊を横に寝かせて広報誌の発送作業をしていたママさんたちの笑顔がそれを物語っていた。