「まち むら」87号掲載
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合併後の地域づくりの見本に!!10年後見据えた「マスタープラン」
和歌山県田辺市・秋津野塾
 紀伊半島南部、かつての三万五千石の城下町和歌山県田辺市に、「まちづくりの見本に」と、全国各地から視察が相次いでいる地域がある。海沿いの市街地から山間部に五、六キロ、田辺市のシンボルの一つ「高尾山」(標高六百六メートル)のふもとに広がる、上秋津地域だ。
 農村と新興住宅街が混ざり合ったこの地域では、地域内二十四団体が加盟した地域づくり団体「秋津野塾」が、イベントから自主防災、教育、福祉、環境など、地域社会のさまざまな課題に取り組んでいる。住民が自ら、快適で暮らしやすいまちづくりを積極的に進める活動が高く評価され、一九九六年、農林水産祭むらづくり部門で、近畿地方で初めて天皇杯を受賞した。
 さらに、二○○二年十月には、秋津野塾と和歌山大学が共同で、今後十年間の地域づくりの指針とする「マスタープラン」を作成。プランに沿ったまちづくリプロジェクトが動き出している。


全国から視察相次ぐ

 秋津野塾の結成は九四年九月。それまで独自に活動してきた各種団体が、地域全体でまちづくりを進めるために連携した。
 九六年の天皇杯受賞について、秋津野塾の初代塾長、谷中康雄さん(74)は「足元を見直し、誇りをもつという意識が地域住民に芽生えるきっかけになった」と振り返る。
 公民館が秋津野塾の事務局になり、小中学校の「総合学習」にJA青年部や地域のサークルが出向くように手配したり、高齢者の生きがい対策など行政の事業を地域で請け負ったりしている。いわば、塾長が「首長」、事務局長が「助役」、各団体のトップが「部課長」で、田辺市の中に「もう一つの自治体」が存在するようなものだ。
 市町村合併が進む中、「合併前の町村でできるコミュニティづくりを学びたい」と、全国各地から視察や講演依頼が相次いでいる。これまで福岡県総務部や鹿児島県枕崎市議会などが視察に訪れた。


むらの気風と「共有財産」が土台

 なぜ、全国から注目されるほどの「地域づくりの先進地」となったのか。その背景には、塾が結成される以前からあった「むらづくり」の気風と、地域で使える「共有財産」があるという、独特の地域事情がある。
 上秋津地域では塾が結成される前から、新たに事業をしたり生活課題の解決に取り組んだりする時には組織をつくって話し合い、ものごとを決めるといった、むらづくり活動を展開してきた。
 八九年、秋津野塾が結成される五年前には、若手の農業後継者や会社経営者らで「地域のこと、将来のことを自分たちで考えよう」と、「上秋津を考える会」が発足。いまでは、春の「花まつり」、盆と年末の「高尾山人文字ライトアップ」、冬の「高尾山登山マラソン」など、地域を元気づける主なイベントの企画実行を担当している。
 秋津野塾が地域課題に総合的に取り組む連絡協議会とすれば、「考える会」は自由な発想と行動力で地域の活性化を図る、実行部隊となっている。
 もう一つ、「愛郷会」という大きな存在がある。
 和歌山県内には「愛郷会」「保郷会」という名前で、山林などの村の共有財産を保有管理する組織があるが、五○年代から六〇年代の「昭和の大合併」の時、先人から引き継がれてきた財産を処分して住民同士で分配し、解散する会が相次いだ。しかし、上秋津地域では、「社団法人」組織の愛郷会をつくり、財産を保全管理する道を選んだ。
 学校のプールや若者広場の用地購入・確保に必要な資金を出したり、集会所のトイレの水洗化に補助費を提供したり。「マスタープラン」の作成も、愛郷会から資金援助があって初めて実現できたものだ。こうして今日まで、地域づくりを「財政面」から支え続けている。


「生きがいづくりに」直販所「きてら」

 上秋津地域に住む玉井公康さん(63)は、早朝四時半ごろから自宅の庭で野菜の収穫に精を出す。農家や地元住民らが自主運営している物産直売所「きてら」に出荷するためだ。本職は「土木建築会社社長」だが、野菜づくりは趣味を超えたライフワークになっている。
 袋には、「玉井公康」という生産者名と価格を書いたシールを貼る。この日出荷したモロヘイヤ、シシトウ、オクラ、ピーマンなど十種類以上の野菜は、ほとんどが袋百円だ。「きてら」のオープンから五年、「玉井さんの野菜」を目当てに来る固定客もついた。「畑仕事は生きがい。お客さんに喜んでもらうためにも、できるだけたくさんの種類をつくるように頑張ります」と、玉井さんは日に焼けた顔で笑った。
 「きてら」は、地元の産品を直接消費者に届けること、お年寄りらが丹精込めて作った野菜や農産加工品を販売することで、生きがい対策や地域の活性化を目的に、九九年にオープン。当初はプレハブ小屋で営業していだが、〇三年春、面積を倍増し、移転、新築して再スタートした。
 秋津野塾の組織には入っていないが、地域づくりの一環として上秋津地域が力を入れて取り組んでいるうちの一つだ。出資者は六十八人で、当初の三十一人から倍増。出荷する人も、スタート時の約六十人から百七十人と三倍近くまで増えた。笠松泰充代表(63)は「売り上げが伸び、剰余金が出るようになれば、秋津野塾のイベントに補助金を出していきたい」と話す。
 今年四月には、物産店のとなりに加工場も完成。地域の女性グループらが産品を使って加工品を作っているほか、今後、観光客らが加工品づくりを体験するスペースとしても活用する予定だ。


課題解決に動き出す指針にそった地域づくり

 まちづくりの実績が高く評価される一方、新たな課題も生まれている。
 上秋津地域は一年を通して数十種類のミカンを収穫するミカン産地で、和歌山県が全国一の生産量を誇る梅の産地でもある。しかし近年、不況の影響や消費者離れによるミカンの価格下落、農家の高齢化による後継者問題が起こっている。また、田辺市のドーナツ化現象で新興住宅地が増え、以前からこの地に住んでいる人たちと新しい住民との交流や、自然景観の保全も大切な課題となっている。
 そこで、これらの課題を解決し、十年先の地域づくりの目標とその達成のための指針として、秋津野塾と和歌山大学が完成させたのが、「上秋津マスタープラン21」だ。
 同プランでは、とくに重点的な取り組みとして、地域通貨「あきつ」(仮称)をつくってボランティアをした人たちに発行し、上秋津産の農産物や商店で買い物できるようにすることや、生ごみのたい肥化などを挙げている。
 プランに沿い、「きてら」に加工場をつくり、農産物に付加価値を付けて販売しているほか、生ごみのたい肥化やエコファーマーの認証制度についての学習会などが始まった。
 秋津野塾の楠本健治塾長(62)は「マスタープランの実現に向けて、増え続ける住民とも連携し、協働しながら取り組んでいきたい」と話している。(紀伊民報社報道部・中澤みどり)