「まち むら」92号掲載
ル ポ

教師たちが火付け役に地域ぐるみで子どもたちを育成
静岡県焼津市・高草会
 全国一の水揚げ量を誇る静岡県焼津市の焼津港。遠洋マグロ、カツオ船の母港として発展し、鰹節やはんぺん、なるとなど水産加工品製造でも一大産業集積を築きあげた。「水産の街」として名をはせる一方、人口の十二万人を抱えるこの市の北端、高草山の懐に抱かれる東益津地区(人口約一万一千人)では、地域の教育力を最大限に生かしたユニークなコミュニティづくりに大成功していることが注目されている。


火付け役は地域の教師たち
「土日は地域に帰ろう」


 東益津地区には小中学校の現役教員、教員退職者が七十人ほど居住している。それぞれに市内外の各地に散って勤務し、学校教育の場で職務に励んでいる。「でも、自分たちが住んでいるこの地元の東益津の子どもたちのために、われわれ教員が力を合わせて何かできないか」。今から十二年前の当時、東益津地区在住の教員組織をまとめていた杉崎欽一さん(現在は市文化財保護審議会長)や、隣りの静岡市内で静岡県立盲学校の校長を務めていた落合孟郎さん(現高草会会長)、静岡市立城山中学校教頭だった増田俊彦さん(現静岡科学館「るくる」館長)をはじめとする教員有志が仲間に呼び掛けた。現役教員による教育ボランティア「高草会」が新たに出発した瞬間だった。
 学校が週休二日制へと移行していく中、「土日は地域に帰ろう。家庭に帰ろう」と週末に子どもたちを集めて、地域の自然の中でさまざまな体験を通じて楽しく学ぶ場を提供していった。
 例えば、漁協の協力で船を借り、海上に出てプランクトン調査をしたり、断崖が続く「大崩海岸」で地層を学んだりした。野鳥や、高草山に残る貴重な植物キスミレを観察したほか、社会科的な取り組みでは古墳群などの遺跡で歴史を学んだり―。
 こうした取り組みは、地域の人々の強い共感を呼んだ。「自分の勤める学校の本来の仕事だけでも忙しいはずの先生たちが、地域のためにこんなに頑張ってくれている」。地元の自然や歴史の素晴らしさを知って目を輝かせる地元の子どもだちと触れ合うことは、教師たちにとっても大きな喜びだった。
 本来、「教師と生徒」という関係と、「近所のおじさんと子ども」という関係は微妙に異なる。活動を通じて、ボランティアの教師たちと地域の子どもたちは、良い意味でそのどちらにも当てはまらない、新しい関わり合い方を試行錯誤し、絆を深めていった。


広がる地域教育の輪
あらゆる組織が大団結


 その後、地元公民館が社会教育活動の一環として行なう小学生講座について、公民館が高草会にコーディネーター役を委託した。現在も続いている講座「ふるさとジュニアカレッジ」がそれだ。
 子どもたちが飛びついてきそうな通年テーマを練り上げようと、教員たちが知恵を絞る。ある年は、地域のナゾをひも解く「ミステリーハンターになろう」だったり、ある年は、季節ごとに野草を採取して調理法を学びながら身近な草花への好奇心を高める「野草を食べよう」だったり。
 東益津地区は、元来、戦後間もなくから青年団活動の盛んさで知られる土地柄だった。地域ぐるみの子育てにも非常に理解の深い団体が多い。高草会の活動と軌を一にして、地域内のさまざまな文化、スポーツ、街づくり団体が、子どもたちとのふれあいを通じた活動を大展開していた。
 そこで浮上したのは、子どもたちを地域ぐるみで温かく育むことを共通目的にして、さまざまな団体が大同団結した連絡組織「やきつべの里フォーラム」の設立構想だった。
 その組職名はかつて、この地域が万葉集にも歌われたことに通じている。「焼津辺(やきつべ)に 我が行きしかば 駿河なる 阿倍の市道に 逢いし児らも」。この歌を由来として、地区内二十二団体が連携した新組職名は「やきつべ」を冠とした。地域づくりへの熱い思いが、通い未来にまで受け継がれていくよう、願いがこもっている。


公民館と小学校が併設
子どもも大人も共に学ぶ地域


 子どもたちとのかかわりを通じて、地域コミュニティがより円滑味を増していく中、さらに新しい出来事が起きた。それは、東益津小学校と東益津公民館が同じ敷地内に一体化した建物として新築されたことだ。小学校と公民館との完全併設は静岡県内でも初めて。学校教育と社会教育の垣根を取り払おうという思い切った動きは、高草会や「やきつべの里フォーラム」による活動の積み重ねが下地にあったからにほかならない。
 調理室や図書館を共用し、子どもと大人が行き来する。年齢や世代に関係なく、学ぼうとする者が共に集い、憩う場。県内のさまざまな教育関係者から大きな注目と期待を集め続けている。


新しいステージヘ、地域づくりに「上下」なし

 現在、公民館のジュニアカレッジの委託先は、かつての高草会から、上部組織のやきつべの里フォーラムに移管している。
 軌道に乗るにつれ、一層、時間と手間のかかるテーマにもチャレンジしていった。一年を通じた古代米づくりをはじめ、人工池を手摺りしてメダカを放流した「メダカの学校」も作り上げた。どれも、さまざまな専門技能を持つ地域の大人たちの協力なしにはなしえないものだが、支援の輪は広がり続けている。さらに、蛍の里づくりの構想も着々と先に進みつつある。
 「子どもたちに『心の原風景』を残したい」との高草会の理念は、ごく自然に地域の人々に浸透している。小学生時代に楽しい経験を積んだ子どもたちが、中学、高校に進んでも、今度はボランティアの指導者役として活動を支援している。
 高草会は平成十四年、静岡県教委から教育奨励賞を受け、やきつべの里フォーラムも今年十一月に県教委表彰を受けた。人づくりを地域コミュニティ活動の柱とする実践が高く評価されている。
 高草会がスローガンにしているのは「仲間と一緒にロマンを求め、楽しくのんびり感謝しながら」。落合さんは「夢のない地域は発展しない。地域づくりに上下はない」と高草会の役割を「縁の下の力持ち」と位置づけ、地域のさまざまな団体が互いに認め合って年々意欲を増して活動を展開していることに頼もしさを感じている。実際、フォーラムに参画する二十二団体の全ては、それぞれに「地域の主役」として夢とロマンを追い、誇りを持って地域づくりを担っている。