「まち むら」93号掲載
ル ポ

だれもがスポーツを楽しめる地域づくり
千葉県柏市・特定非営利活動法人スマイルクラブ
「すべて国民は、ひとしくスポーツに関する権利を有し、生涯にわたって実際生活に即し、スポーツに参加する自発的な機会が保障されなければならない。スポーツに参加するものは、人種、信条、性別、出生、社会的身分、経済的地位、障害の事情などにより差別されてはならない」。
 これは日本スポーツ法学会が1997年に発表した「スポーツ基本法案」の前文だ。現実には、障害者、なかでも知的障害者がスポーツを楽しめる社会基盤は未整備のままだ。この課題に取り組むNPO法人が千葉県柏市にある。


運動が苦手な子の教室

 日曜日の午後、柏市立旭小学校の体育館に、次々と親子連れが駆けつける。NPO法人スマイルクラブが運営する「運動が苦手な子の教室」は、健常児と知的障害をもつ子どもがともに参加できる運動教室。3時からの1時間は低学年、4時からは高学年以上の子どもが、広い体育館で汗を流す。
 柔軟体操で体をほぐし、かけっこなどで体を慣らした後、跳び箱やマット、縄跳びなどの種目に挑戦する。高学年になると、野球をはじめとするゲームスポーツも楽しむ。子どもと接する時間の少ない父親たちはいっしょに運動し、日々長時間子どもと過ごす母親たちにとっては母親同士の交流を促す場にもなっている。
 一般に、障害児は外で遊ぶ機会が少なく、家で過ごす時間が長いため、体重が増加する傾向にある。体育の授業でも、できないままに終わってしまうことが多い。だが、ここでは多くのスタッフに支えられ、一人ひとりの到達度に合わせた課題に取り組むことで、少しずつスポーツの楽しさを体感できるようになる。
「少しでも体を動かせればいい。そう思って参加したんですが、まさか野球のようなゲームができるようになるなんて、想像したこともありませんでした」
 子どもの動きを目で追っていた保護者の1人が、こうつぶやいた。


知的障害児に運動を

 スマイルクラブ理事長の大浜あつ子さんが、友人の台朝子さんと2人でこの教室を始めたのは1998年。知的障害をもつ子どもの母親から、運動を教えてもらえないかと相談を受けたことに始まる。中学校の体育教師だった大浜さんには、養護学校や盲学校でも教えた経験がある。同じような経歴をもつ台さんの賛同を得て引き受けることにした。
「『知的障害児のための運動教室』にしなかったのは、自分たちはあくまでも障害の専門家ではなく体育の専門家であることと、障害の有無にかかわらずさまざまな子どもたちがいっしょに運動を楽しむ場にしたいという思いからでした」
 スマイルクラブ事務長で、筑波大大学院生の植松岡史さんはいう。この教室の存在は口コミで広まり、希望者の求めに応じて開催場所を増やしていった。知り合いや大学生のボランティアサークルなどに声をかけ、スタッフも増員した。責任をもって活動を継続するため、2001年にはNPO法人格を取得した。
 スマイルクラブの活動は、成人を対象にした健康体操教室や各種スポーツ教室、幼児体操教室などにも広がり、多くの人に体操やスポーツを楽しむ機会を提供している。これらの教室の会員を合わせると約450人。このうち運動が苦手な子の教室に通う子どもが130人を占めている。子どもに運動をさせたいと願い、東京都や埼玉県から通う親子も少なくない事実は、知的障害児の運動の場がいかに少ないかを物語っている。


「苦手だから」嫌いから「苦手だけど好き」に

「20、21、22−−」
 二重跳びを続ける中学生の男の子の動きに合わせて、子どもたちとスタッフ、見学する保護者たちのかけ声が大きな合唱になって体育館中に響きわたる。23回目で縄が足にひっかかった後も、大きな歓声と拍手が鳴り止まない。
「先週は5回までだったのが、今日は一気に22回! すごい進歩ですよ」
 興奮ぎみにこう語るスタッフの木村利男さんは、バスケットボールを通してスポーツの楽しみを知り、友情を育み、人生を充実させてきた。人と競い、優劣をつけるだけではないスポーツのすばらしさを、多くの人に経験してほしいと考えている。だが、スタッフになった3年前には、子どもにどう接していいかわからず、一人ひとりの障害の特性を提択するのに1年以上かかった。教室の後のミーティングを通して子どもを見る視点を獲得し、効果的な指導方法を探る試みはいまも続いている。だが、この教室ではなくては味わえない喜びもある。
「小学生のときから通っていたある子が、高校生になって初めて一人で大縄に入って跳ぶことができた。本人も親もびっくりしていましたが、ぽくらもうれしかった。あの感動は忘れられません」(木村さん)
 時間がかかるからこそ、できたときの感動も大きい。そして、その感動を教室のみんなで共有できる喜びもある。「何かができたときには必ずほめます。こうした成功体験を重ねることによって少しずつ運動が好きになり、『運動が苦手だから嫌い』という子が『苦手だけど好き』に変わるんです」(植松さん)
 その成功体験が体だけでなく、心をも解放するのだろう。子どもたちは言葉をよく発するようになり、コミュニケーション能力も向上するようになるという。


総合型地域スポーツクラブをめざして

 スマイルクラブではいま、障害の有無にかかわらず、あらゆる年齢層の人がさまざまな種目のスポーツを楽しめる「総合型地域スポーツクラブ」をめざしている。2年前、ドイツを視察した木村さんは、日本との違いを次のように語る。
「人口90万人のケルン市に800以上もの総合型地域スポーツクラブがあり、障害者もあたりまえにスポーツを楽しんでいる。知的障害者向けのプログラムも充実していて、指導者の資格者制度や研修もある。だれもがスポーツを楽しめる社会的な基盤が整備されているんです」
 その大きな目標に向けて、これまでの活動を発展させる取り組みにも着手した。運動が苦手な子の教室に通って運動が好きになった人たちが、社会に出てからもさまざまなスポーツを楽しめるよう、スポーツ指導マニュアルとDVDを作成している。来年度からは柏市内の小学校8校の特殊学級で、スマイルクラブのスタッフが体育の授業に加わり、運動が苦手な子のサポートをすることに決まった。
 スマイルクラブには、各地のクラブからの問い合わせが相次いでいる。スタッフたちは、障害の有無にかかわらず、だれもがスポーツを楽しめる地域づくりと、その活動を全国に広める役割を同時に果たしていこうと意欲を燃やしている。