「まち むら」93号掲載
ル ポ

電子町内会で地域コミュニティの強化をはかる
岡山県岡山市
 昭和初期の干拓で生まれた岡山市南部の南輝学区。大型ショッピングセンターや病院が進出し、市街化の波は今も収まる気配はない。2月半ばの夜、同学区の連合町内会の幹部ら12人が地元の集会所に顔をそろえた。
「幼い子どもをねらった昨今の凶悪事件の続発で不審者情報に関心が高まっている。情報の共有が可能となれば、学区が一体となった注意喚起が可能となり、地域を守る活動につながる」
 こう切り出した岡山市市民総務課の粟井慎二係長は、市役所内の「電子町内会」事務の担当者。この日は電子町内会への参加を検討する同連合町内会の会合に足を運び、電子町内会システムの大きな特徴でもある「一斉メール配信」機能を説明した。


安全、災害などの緊急情報の迅速な伝達を

 電子町内会は岡山市が2003年3月、全国で初めて運用をスタートさせたインターネット上のバーチャル(仮想現実)町内会。回覧板、掲示板といった多彩なツールでリアル(現実)の町内会活動を補完し、地域のコミュニケーション強化や市民の市政参加を目指す試みだ。
 一斉メール配信は、電子町内会が持つ機能の1つで、情報を会員向けに同時配信する「電子回覧板」の一種。ウェブサイト内の「会員専用ページ」にある掲示板「e交流エリア」に情報を書き込み一斉配信」を選択すれば、その情報がパソコン、携帯電話など会員が指定する1人2つまでの端末に自動的に送られる仕組みた。
 地域の小中学校、官公庁など不審者、災害といった緊急情報が集まる機関や団体が会員登録し、情報を書き込むことで速報性がより高まる。
 隣県の広島県で昨年11月、小学1年生の女児が下校中に殺害される事件が発生。岡山県内でも04年9月、津山市で小学3年生か帰宅して間もなく殺害される事件があった。子どもたちの安全・安心を求める声は地区を問わず、日ごとに強まる。
 南輝学区の場合、災害への懸念も強い。もともとの海を干拓で切り開いただけに、一帯の海抜は高くても10メートル程度。04年には台風の相次ぐ上陸で水浸しになったつらい経緯もある。
「電子町内会によるコミュニティの結束維持はもちろんだが、緊急情報の迅速な伝達で住民の不安払しょくも実現したい」。同学区連合町内会の山本樹男会長は、3月末までの参加を目指し、準備を急ぐ考えだ。


「情報水道」の活用から生まれた電子町内会

 電子町内会が誕生した背景には、岡山市の情報技術(IT)への積極姿勢がある。
 話は5年前にさかのぼる。
 上水道のように自在に情報を出し入れする―。こんなねらいを掲げ、岡山市は01年3月、地中の下水道施設に光ファイバーを張り巡らせる「情報水道」の実証実験をスタートさせた。世界最先端のIT国家を目指す国の「e-Japan 回戦略」の取りまとめと同時期に着手した先駆的な試み。
 同市西大寺、御南の2地区に基盤を整備。光ファイバーの敷設距離は幹線24キロ、支線94キロにおよんだ。ブロードバンド(高速大容量)通信の1つ、ADSL(非対称デジタル加入者線)が普及し始めた時代に、市民モニター約600人を含め約1万千人が一歩先を歩き、すでに最大100メガビット(学校・企業向け同一ギガ)のブロードバンドの世界を体験した。
 電子町内会は、その情報水道整備の翌年に始まった。両者の関係を同市情報政策謀が説明する。
「岡山市はITを政策実現のツールとしてとらえてきた。情報水道で市域内のブロードバンド化か大きく進展し、岡山市でのITは『普及』から『活用』の段階に入った。電子町内会はその『活用』の実例の一つだ」


単位町内会で20世帯の会員から設立可能

 電子町内会への参加手続きはいたって簡単だ。
 町内会長が兼務する「電子町内会長」のほか、ウェブサイトヘの掲載情報の収集などを行なう「実務責任者」、コンテンツを製作・更新する「ウェブサイト管理者」を各1人ずつ配置。初期会員として地域ごとの「単位町内会」で20世帯、単位町内会を束ねる形で構成する「学区(地区)連合町内会」で30世帯を確保できれば設立が可能だ。
 岡山市市民局によると、電子町内会の参加町内会(2月1日現在)は単位町内会が30、連合町内会が19。市民が会員として利用可能な環境にある町内会は単位町内会ベースでみれば364となり、これは昨春合併の旧御津、灘崎町エリアを除く旧市の全単位町内会(1580)のうち23%を占める計算。


掲示板から生まれた「太戸の滝を守る会」

 各電子町内会のウェブサイトの構成は多彩だ。エリアの歴史や風土の紹介、行事予定などをまとめたカレンダーの掲載は“常連”組。写真をふんだんに織り込み、地域のニュースは随時更新。地域を走る路線バスの時刻表を掲載したサイトもある。
 岡山市牟佐町内会の出来事は、同市による電子町内会のアピール材料としてしばしば登場する。
 地区内にある長さ約100メートルの「太戸の滝」が、草刈りなど手入れがなされないまま長年放置され、景観が損なわれていることが掲示板で報告された。観光地でもあった在りし日の雄姿を取り戻そうと電子町内会を通じて「守る会」が発足した。
「電子町内会での交流が生んだ新たなコミュニティの1つ」と同町内会の田尻祐二会長は胸を張る。
 岡山市街地東部の電子町内会では、会員の女性が、地区内のサクラの木に大量の毛虫が繁殖しているのを目の当たりにし、掲示板に「桜の木がかわいそう」と書き込んだ。これを読んだ町内会幹部が、隣人と薬剤を噴霧して駆除。普段は会釈程度だったというこの女性に直接報告し、ここでも新たな交流が生まれた。
 このほか、医療機関に入院中の会員が、担当医からパソコン使用の許可をもらい、掲示板でのやり取りで励まされたというエピソードも岡山市には寄せられている。


利用度合いの格差や会員数の伸び悩みも

 運用スタートから間もなく5年目に突入する電子町内会だが、課題もクローズアップされてきている。
 その1つがサイトヘのアクセス数だ。今年1月の1か月間で19,745件。平均すると411件だが、最多の町内会が2,351件だったのに対し、7つの町内会は100件未満にとどまった。同月の掲示板への書き込み件数がゼロの町内会も23とほぼ半数に上り、温度差を浮き彫りにする。
 電子町内会の広がりも頭打ちの感が否めない。約300人でスタートした電子町内会員は現在約2,800人と9倍強に膨らんだが、旧市人口約65万人と比較すると1%にも満たない。
 コンテンツの充実も大きな壁だ。電子町内会は実務責任者、ウェブサイト管理者らに実務的な負担が集中することもあり、情報の更新が滞るサイトも散見される。


今後の住民の奮闘に期待

 岡山市の電子町内会は、05年度の地域づくり総務大臣表彰(情報化部門)を受賞。同省自治行政局は「既成の町内会をITによってバージョンアップさせた」と評価し、「防災・防犯の観点からもさらに有効性を高め、全国の先進例として深めてほしい」とエールを送った。
 岡山市市民総務課の吉永信子課長は「受賞を機に電子町内会活動の輪を広げたい」と意気込む。同市は06年度、地域の課題解決に取り組む活動団体に補助を行なう「安全・安心ネットワーク機構支援事業」の実施を打ち出しており、電子町内会の取り組みへの支援も検討する。
 人口の二極化が進み、県都・岡山市でもお祭りや清掃といった地域活動の低迷が指摘されて久しい。そんな中で新たなコミュニティ形成を模索する電子町内会活動がどう育っていくのか。岡山市のバックアップとともに、主役である住民の奮闘を見守りたい。