「まち むら」94号掲載
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町内会同士で災害時の支援協定を締結
宮城県仙台市・宮城野区福住町町内会/青葉区花壇大手町町内会
「30年以内の発生確率99パーセント」―。宮城県沖を震源とする大地震の発生が確実視される中、仙台市の2つの町内会が5月1日付で、地震などの災害時に手弁当で助け合う相互協力協定を結んだ。目標は普段から祭りなどで交流し、いざという時に傾れる「姉妹町内会」のような存在。「地震の場合、最低3日間は行政の援助は期待できない」との考えに基づいている。災害を想定した町内会同士の協定は市内初で全国でもあまり例がなく、こうした試みが今後どのような広がりを見せるか、注目される。
 協定を結んだのは、市東部に位置する宮城野区・福住町町内会と、市中心部にほど近い青葉区・花壇大手町町内会。4月19日に同区で行われた協定の仮調印の席上、福住町町内会の菅原康雄会長が「どんな時でも助け合える町内会の存在は心強い」と意義を強調すれば、花壇大手町町内会の今野均会長も「防災活動が盛んな福住町に追いつけるように頑張りたい」とやる気に満ちていた。
 両町内会が結んだ災害支援提携締結害は「『白分たちの町は自分たちで守る』『互いに助け合う』という理念に基づき、1人でも多くの生命の救済と財産を守るために、小単位の町内会が結束し互いの住民が力を合わせ、真に豊かな社会づくりを目指すものである」とうたった。このほか、ボランティアによる協力と支援を明記し、別紙で他の災害ボランティアと区別する名札、姉妹町内会の緊急連絡名簿などの作成を盛り込んだ。


顔見知りになるため普段の交流を重視

 普段の交流を重視しているのも特徴。夏祭りや防災訓練などで親睦を図り、顔見知りになることを目的にしている。仮に福住町の被害が大きい場合、花壇大手町の住民がボランティアで支援する。他地域から来たボランティアの場合は、被災住民が食と住の世話をすることも考えられるが、花壇大手町の住民にはその必要はない。
「自分でできることは自分で。それでも難しいときは気兼ねなく頼める人にお願いする」。一昔前までは当たり前だった「近所付き合い」の延長線に今回の試みがある。ただ、2つの町内会は直線距離で約8キロ離れ、地理的には近所とは言えない。古くから交流があったわけでもない。では、なぜ災害時に助け合う協定を結んだのか。それをひもとく鍵は仙台という地域の置かれた状況と、両町内会の防災に対する前向きな姿勢にある。
 仙台市を含む宮城県内では、発生が予想される地震への備えが急務となっている。この地震は同県沖にある海底の陸側プレートを震源とするマグニチュード(M)7.5程度、陸側と海溝側のプレートが連動して発生するM8程度の規模が想定されている。平均約37年周期で発生し、1978年6月12日に死者28人、重軽傷者1300人余りを出した前回からすでに28年たつ。
 昨年8月16日には、想定される震源域の一部でM7.2の「8・16宮城地震」が起きた。重軽傷者75人余り、住宅の一部損壊も約300棟に上った。しかし、政府の地震調査委員会が「想定される地震とは言えない」との見解を示し、住民に「もっと大きい地震が来るんだ」という意識が一気に高まった。
 結果として宮城県沖地震ではなかったが、仙台市で震度5強を観測するなど大きい地震に変わりはない。防災訓練を行なったり、自主防災組織をつくったりしている町内会も増えたが、昨年の地震で地域の被害状況を把握できた町内会は少ない。その数少ない町内会の1つが、福住町町内会だ。
 発生直後から役員が、体が不自由な要支援者の安否の確認をしたほか、拡声器を使って情報収集を行なった。発生から約1時間20分後には被害状況がまとまった。「人的被害は顔面頬部に打撲1人、物的被害は酒類を扱う商店1件」。これを災害時に対策本部が置かれる宮城野区役所に報告した。
 2003年8月に独自の防災マニュアルを作り、それに基づいた住民全員参加が基本の防災訓練を毎年秋に実施しているが、「実践」は初めてだった。菅原会長は「宮城県沖地震ではないが、地震は地震。素早く対応できました。町内会会員名簿を作ってあり、支援が必要な人と顔見知りになっていました。役員に『自分のまちは自分で守る』自覚があったからだと思います」と胸を張る。


新潟中越地震被災地の救援に赴き、得た教訓

 行政に頼らない防災に強いまちづくりとともに、以前から思い描いていたのが姉妹町内会の構想だ。実現に向けてその意を強くしたのが、04年10月の「新潟中越地震」だった。
 発生から10日後に町内会で集めた救援物資を車に載せて被災地に入り、物資を渡した。滞在は数時間だが、そこで得た教訓は@災害が起きて行政の援助が届くまで最低3日かかる。その間、公助は望めないA余震が続く暗闇では明かりと火がほしいB時の経過、今の時間を知りたい―の3点。それを克服するには、姉妹町内会のような「助けに来てくれる存在」が重要だと、菅原会長は確信した。
 だからと言って、姉妹町内会は相手がいなければ実現しない。昨年度の防災功労者表彰で防災担当大臣表彰を受けた福住町町内会と「比べられたくない」と、協力関係を結ぶのをためらう町内会もあった。その中で、04年11月から同町内会の活動を参考に防災強化に乗り出した花壇大手町町内会が「一緒にやりましょう」と賛同した。
 「うちの取り組みは進んでいるとは言えませんが、やる気はあります。先進地のノウハウを勉強できるのは貴重です」と今野会長は力説する。
 避難場所や危険個所を記した防災マップはあったが、自主防災組織は今年4月30日にできたばかり。78年の地震では市内の他地区に比べて被害が少なく、「岩盤があって固いから大丈夫」との意見が大勢を占めた時期もあった。泥炭地で地盤がゆるい福住町と対極にあった。


周囲の町内会に刺激を与えた災害協定

 だが、災害は宮城県沖地震以外も起こりうる。花壇大手町は仙台市内を流れる広瀬川沿いに位置し、過去にも水害に見舞われたことがある。また、地盤は場所によって硬軟があり、必ずしも安全ではない。「住民が防災について確認し合うきっかけにしたい」というのが、町内会の共通認識。さらに進めると、その認識はまちづくりに行き着く。
「行動を起こさなければ、ほかから見放されてしまう。地域が孤立してしまう」。
 町内会同士が災害時の協力協定を結んだことは、周りの町内会に少なからず刺激を与えている。福住町町内会は6月下旬に市北部の泉区の市民センターで講演し、その地域の町内会と連携を模索。市外でも災害協定に関心を寄せる町内会が出てきた。
 菅原会長は「福住町が特別に進んでいるとは思いません。防災意識の根を張り巡らせただけです。われわれが持っているものを活用し、逆に足りない部分を教えてほしい。そうやって姉妹町内会のネットワークを広げたい」と訴える。
 福住町と花壇大手町の両町内会は6月末から、本格的に交流を始めた。具体的な動きはこれからだが、いざという時の顔見知りを目指す第一歩を踏み出したことは確かだ。