「まち むら」95号掲載
ル ポ

全国初、小水力の市民共同発電所が完成
山梨県 都留市
 山梨県都留市を流れる家中川(かちゅうがわ)沿いには、かつて多くの水車が設置され、精米や製粉のほか、織機の動力としても利用されていた。明治時代になると、この川の流れを利用した小水力発電が始まる。
 身近な水資源からエネルギーを生み出す。都留市民にとって、それはあたりまえのことだった。今年4月、その都留市で、全国で初めての小水力による市民共同発電所が運転を開始した。


「走る川」の恵み

八月の富士の雪解(ゆきげ)の水湛え
甲斐の谷村(やむら)を走る川かな
 大正末期に都留市(旧谷村町)を訪れた歌人、与謝野晶子は、家中川を詠んだこんな歌を残している。豊かな水量を有し、勢いよく流れるこの川の特性が、川に冠した「走る」という語で的確に表現されている。
 家中川は、江戸時代初期に谷村城の掘水の確保や新田の開発などを目的に開削された。相模川水系の桂川から取水した堰水はいまも谷村地区をくまなく巡り、周辺の農地を潤している。
 ゆるやかな傾斜をなす富士山の裾野に伸びる河道を、水はまるで「走る」ように流れていく。豊かな水量と傾斜地が生み出す落差は多くの動力水車を回し、明治以降には電源としての利用が始まる。
 1903(明治36)年、三の丸外堀の5メートルの落差を利用した70キロワットの谷村発電所が建設された。この発電所は1953年に廃止されるまで、市民に身近な発電所だった。
 地球温暖化を背景に自然エネルギーヘの期待が高まるなかで、家中川の流れとともに暮らす都留市民は、小水力発電の可能性を模索し始める。


市民による発電実験が市を動かす

 小水力発電とは、水力発電のうち出力が1,000キロワット以下のものをいう。1キロワット時を発電するために排出される二酸化炭素の量を電源ごとに比較すると、水力からの排出量は最も低い。国際的には再生可能エネルギーと位置づけられている小水力発電は、その長い歴史のゆえに日本の「新エネルギー法」では「新エネルギー」から除外され、積極的な推進政策もとられていない。
 しかし、小水力発電の歴史を知る市民は、国の政策の不在を言い訳にはせず、自らその可能性の扉を開く。2001年、市民グループ「都留水研究会」が「ミュージアム都留」前の家中川で流速調査を行ない、100ワットの小さな発電設備を設置した。
 市民によるこの先駆的な取り組みが市を動かす。2003年、都留市では「地域新エネルギービジョン」の策定に着手する。小水力発電を研究する信州大学工学部の池田敏彦教授を策定委員会の長にすえたことからも、小水力に寄せる都留市の期待がわかる。
 その期待に応えるように、池田研究室ではビジョンの策定中から、市内で小水力発電の実験を開始。市役所前には100ワットの、谷村工業高校近くには455ワットの超小型水車が設置された。前者はイルミネーションに、後者は「環の拠点」という複合店舗の散水冷房と照明に利用されている。
 後者の水車が生み出す電気は家中川の水をポンプで揚げ、屋根に散水する,すると打ち水と同じ原理で屋根の気化熱が奪われ、建物が冷やされる仕組みだ。「散水冷房は、クーラーと違って心地いい涼しさなんです。屋根に散水した河川水は、樋を通って家中川に戻ります」
 「環の拠点」を運営する「共創マーケット小さなおせわ」の志村裕一さんはいう。
 家中川でのこれらの発電実験は、小水力発電をいっそう市民に身近に引き寄せることになった。


市民共同発電所の建設

 新エネルギービジョンの策定を終えた都留市では、かつて小水力発電所があった三の丸で、ふたたび発電の可能性を探る。しかし、多大な工事費がかかるため、事業化は断念せざるを得なかった。
 次に注目したのは、家中川が暗渠になっている市役所の駐輪場だった。落差はわずか2メートルしかない。だが、低落差に適した水車が見つかった。それが北杜市のベンチヤー企業「ひまわりニューエネルギー」が輸入するドイツ製の木製下掛け水車だった。都留市政策形成課長の奈良泰史さんは、水車の特徴について次のように語る。
「市民が訪れる市役所の敷地内にあり、小学校にも隣接していることから、環境学習の効果が期待でき、市制50周年を記念するモニュメント性、水のまち都留のシンボル性も備えていたんです」
 優美な松村の羽をもつ直径6メートル、幅2メートルのこの水車の最入出力は20キロワット。発電した電気は市役所で使い、余剰電力は売電する。年間の発電量は10万8,000キロワット時。これによって、市役所の年間電気使用量の18%にあたる170万円が節減されるほか、年間80トンの二酸化炭素が削減されると見込まれている。
 この水車は「げんきくん一号」と命名された。「げんき」に「電気」という言葉をかけ、これをきっかけに都留のまちを元気にしたいという願いと、今後のまちづくりに生かしていく決意を込めた。


市民参加型ミニ公募債で資金を調達

 この事業の総工費は約4,300万円。このうち2,700万円は、「つるのおんがえし債」と名づけた「市民参加型ミニ公募債」でまかなった。
 ミニ公募債は、地方自治体が住民を対象に発行する地方債。自治体の資金調達の多様化を図り、住民の自治意識を高めるほか、資産運用の方法のひとつとしても注目されている。
 昨年10月24日から5日間にわたって募集したミニ公募債の購入限度額は、10〜50万円までの10万円単位。利率は当時の国債の利率より0.1%高い0.9%とした。それでも、「集まるかどうか不安でした」と、奈良さんは振り返る。
 しかし、その不安は杞憂に終わる。人数では、40人の当選人数の約4倍にあたる161人、金額でも募集額の1,700万円の4倍にあたる6,820万円の応募があったのだ。こうした市民の反応を、奈良さんはこう分析する。
「問い合わせは市民共同発電所に関する内容が圧倒的でした。国債より金利を高くしましたが、投資というほどの金額ではありませんし、当選者全員が購入手続きを行なったことからも、市民の関心の高さがわかります」
 「水のまち」都留を、ふたたび水の利用によって活性化したい。そんな市民の願いをエネルギーに、水車は今日も回り続けている。そして、市民の願いを受けて、都留市ではこの夏から、さらなる水のエネルギー利用を推進するため、「アクアバレーつる」をめざして調査を開始した。