「まち むら」98号掲載
ル ポ

地域の足を守り、育てる地域住民・企業
三重県四日市市・NPO法人生活バス四日市
 地元住民でつくる特定非営利活動法人が事業主体となって運行する全国初のケースとして、2003年4月から三重県四日市市北部にある羽津、大矢知の両地区を走っている「生活バスよっかいち」。民間事業者のバス路線が赤字で廃止となったため、高齢者や障害者といった「交通弱者」の移動手段を確保しようと始まった自主運行バスだ。地域住民を主体に、沿線の事業所の協力を得ながら自分たちの公共交通を企画・運営する方法で利用者数を着実に増やし、注目を集めている。
「高齢化が進む中、お年寄りが元気に外出できれば介護予防にもなり、地域の活性化にもつながる。お年寄りたちの仲間づくりの場にもなる『動く宅老所』の機能も持たせたい」。「NPO法人生活バス四日市」の西脇良孝理事長らスタッフがバスにかける意気込みも熱い。


世間話の花が咲く満席の車内

 「お願いしまーす」。午前8時15分発の始発のバスには、バス停に停車するたびに2、3人ずつ利用者が乗り込んでくる。ほとんどが通院や買い物を目的としたお年寄りたちだ。「庭でスイートピーがきれいに咲いたから、持ってきたよ」「足の具合はどう?」。ほぼ毎日利用する常連客も多く、顔なじみ同士であちこちで世間話が始まる。利用者の大半が目指す四日市社会保険病院に着くころには、約20席ある座席はほぼ満席。バス旅行のような、ほんわかした雰囲気に包まれた。
「路線バスが無くなってからは、移動手段は自転車しかなかった。このバスに来れば、いろいろと買って帰れる」と75歳の女性。年を取るに連れて自転車の運転技術も鈍り、この数日前にも転んで足を痛めた。付近に座っていた別の女性も「もう自転車には乗らないよう、家族からきつく言われているんですよ」と照れ笑いを浮かべ、買い物をするのを楽しみにしていた。
 羽津、大矢知の両地区と、市中心部にある近鉄四日市駅を結ぶ三重交通の路線バスが廃止となったのは、2002年5月末。羽津地区には近鉄名古屋本線の霞ケ浦駅があり、バスについても近接路線が存続することから、地区全体としては廃止を受け入れた。
 しかし、霞ケ浦駅から約2キロ離れた位置にある羽津いかるが町(約540世帯、人口約1700人)の住民は「公共交通の空白地域になってしまう」と危機感を募らせた。廃線直前の4月、地区住民を対象にアンケートを実施した結果、高齢者を中心に152人から回答があり「買い物や病院へ行くのに不便になる」との声が数多く寄せられた。
「路線バスが廃止になったのは住民があまり乗らなかったからだが、住民にはバスヘの需要はある。住民にとっては利用しにくい路線だったからでは」。当時、羽津いかるが町自治会の副会長だった西脇さんは、結果をこう受け止めた。


住民のニーズを受け止め、廃止時点を超える乗客数

 西脇さんらは市に対して代替バスの運行を要望したが、色よい返事はもらえなかった。対応を模索する中、大矢知地区にも店舗を持つ「スーパーサンシ」が、隣りの鈴鹿市で無料の買い物バスを走らせていることを知り、大矢知店に協力を要請。リスクを避けるため、運行そのものは三重交通に委託し、同店や沿線事業所から協賛金をもらう方法で2002年11月から運賃無料での試験運行を始めた。翌年4月からは、西脇さんら8人が理事となって運営組織となるNPO法人を立ち上げ、有料での本格運行に移行した。
 生活バスよっかいちは、霞ケ浦駅とスーパーサンシ大矢知店を結ぶ約9.5キロを35分ほどで走り、バス停は31か所にある。幹線道路を走っていた三重交通の路線バスと比べ、開業医を含めた福祉施設や商店、住宅街へ細かく乗り入れるルートに変更した。バスを求めているのは、通院や買い物を目的とした高齢者が大半というアンケート結果や、西脇さんらが地元住民から聞き取ったニーズを反映させた。
 バスを走らせるのは、通院時間に合わせた午前8時台から午後6時台までの1日5.5往復便。定員は39人。祝日は運行するが、土曜と日曜は「同居する家族に自家用車で送迎してもらう高齢者もいて、利用者が少ない」との分析から、経費節減のため運休としている。
 料金は1回100円で、11枚つづりで1000円の回数券もあるが、利用者のほとんどは「応援券」と名付けた全区間フリーパスの定期券を持っている。応援券は1か月が1000円、6か月で5000円と割安になるのに加え、家族で2人まで使用が可能。前月の月末に電話で申し込めば、西脇さんらスタッフが自宅まで届けてくれる仕組みになっている。
 これらの工夫の結果、バスの利用者数は初年度の2003年度が1万9898人、2004年度が2万2762人、2005年度が2万4942人と年々増え、2006年度は2万5288人に伸びた。1日平均で換算すると98人で、路線バスが廃止となった2002年5月の1日平均(28人)を大きく上回っている。


スーパーはじめ六事業所が毎月50万円を協賛

 もちろん、利用者からの料金収入だけでは運営資金は賄えない。本格運行に移行して以後も、スーパーや病院など沿線の6事業所が毎月、計50万円を協賛金として支出。市からの毎月30万円の補助金とともに、運行を支えてもらっている。協賛に対してNPO法人側は、バス停の名前に事業所の名前を使ったり、協賛事業所の一覧表をバスの車内に張ったりして、「広告」という形で恩返しをしている。
 このうち、毎月30万円を負担しているスーパーサンシ大矢知店の相川芳樹・統括店長は「地域活性化への貢献はもちろんだが、バスに乗ってお客さんが来てくれれば売り上げにつながり、店にとってもメリット」と話す。同店ではバスの利用者向けにスタンプカードを作成。バス乗車時に発行される券を持参すると、スタンプを押してもらえる。有効期限の1か月以内に5個集めれば卵1パック、20個で1000円分の商品券がもらえる付加サービスだ。
「自分たちのバスは『乗せてやる』のではなく『乗ってもらう』ためのバス。利用されなければバスがなくなってしまうという危機感を、利用者と共有している。一方で自分たち住民自身が一生懸命に活動すれば、行政も放ってはおかないはず」と西脇さん。順調に進んでいるとはいえ、協賛事業所がなかなか広がらないなど、課題もある。「利用者を増やす努力に加え、運営資金を安定して確保するために郵便局や金融機関といった沿線の他の公共機関にも協力を求めていきたい」。地域住民の足を守るため、西脇さんらの努力や試行錯誤には、終わりはない。