「まち むら」98号掲載
ル ポ

共に生きる地域づくり
静岡県磐田市・南御厨地区自治会
 静岡県磐田市は、輸送機器や電子部品関連を中心に県下第2位の出荷額を誇る全国有数の工業都市である。市の総人口、17万6000人余り。その内外国人が、9400人程居住。ほとんどが市内の工場労働者である。外国人が最も多く居住しているのが、磐田市の東方に位置する南御厨(みなみみくり)地区だ。多文化共生社会に向けた当地区自治会の活発な取り組みについて、報告する。


外国人入居者の増加とトラブル

 JR磐田駅から東方に約4キロ、JR線の南側に位置する南御厨地区は、田園と団地が共存する。外国人のほとんどが県営住宅と公団住宅に居住している。南御厨地区自治会は、11の自治会で構成。総世帯数は、1306世帯で、人口は4347人。そのうち外国人の総世帯数は、229世帯、人口835人で、ほぼ2割を占める。外国人の8割をブラジル人が占めている。当地区自治会の杉田友司さんは、平成14年4月地区長に就任。今年の3月まで地区長を務めた。外国人が増加した当時の地区内の状況について「外国人というと、怖い、不安、犯罪といったマイナスイメージを持つ人が多かった。ごみ出しも出鱈目、夜遅くなってもステレオを鳴らしたり、騒いだりで、苦情が絶えなかった」と述べている。文化や生活習慣、言葉の違いからコミュニケーションが図れず、ごみ処理、騒音、教育問題などでトラブルが発生していたのだ。


外国人との顔の見える関係を

 そうした中で平成15年度から、外国人との共生を、地区自治会の課題として対応。その考え方は、外国人居住排除ではなく、地区住民との協力や協働をどのように構築していくかを基本としている。そして次の事項を通じて外国人との顔の見える関係を目指した。地域で生活を営む場合、外国人にも応分・公平の責任。文句や怒ったりする前に外国人に説明することを優先。行政の対応を待つよりも、地域で出来ることは実行する。出来るだけ文書はポルトガル語に翻訳して、外国人世帯全戸に情報提供をする。通訳者は外部に依頼せず、地元住民のブラジル人が担当する。共生課題への対応は、地域、行政、外国人の3者による共同対応が必要である。行政に機関設置要望。その他、地区自治会の防災や文化祭などの事業に参加してもらうことや学校教育への対応など、多岐に渡っている。
 しかし、多文化共生への取り組みは、一朝一夕に実現出来るものではない。先に挙げた項目の一つ、通訳を地元住民のブラジル人から選出すること一つを取っても容易なことではなかった。当初通訳の公募をしても1人もいなくて、改めて公募し直したこともあった、と言う。せっかく決まった通訳と親しくなっても、会社の異動でいなくなってしまったこともあった。そうした中で、平成16年度に発足したのが「自治会サポート委員」で、県営住宅自治会や公団住宅自治会の役員から5名を選出。自治会の会議時の通訳や防災訓練時の通訳が、その主な業務である。


外国人住民の防災・防犯意識を促す

 太田川が流れる南御厨地区は、地盤が弱い地域であり、それゆえ地震などに対する防災意識は高い。しかし、ブラジル人には地震の体験がなく知識も乏しい。地区自治会では、ブラジル人などを対象に、平成15年から防災研修や訓練を実践している。その初期には、起振車乗車体験や防災ビデオ視聴から始まり、最近では、見学型から体験型へと移行してきている。平成18年7月、地域の外国人が半数を占める東新町1丁目で行なわれた訓練では、消火器の使用法や心肺蘇生法、簡易生活テントの設営などを行なった。訓練を実施した理由について杉田さんは、「大規模地震が起こったら、日本人も外国人も同じ責任を負い、協力しあうことが求められる」と説明する。南御厨地区では、防災に加えて、防犯活動も活発だ。日本語とポルトガル語で「防犯パトロール実施中」と書かれたプレートを車体に貼った「子どもたちの見守り隊」である。当番チームを編成し、昼と夜間、徒歩と車輛での地域内のパトロールを行なっている。地域ぐるみで防犯活動に取り組んでいることを外国人にも理解してもらい、外国人の防犯活動への参加を促す試みでもある。


外国人の子育て、学習支援の活動

 地域に定住を望む外国人労働者が増加するにつれて、外国人児童のための日本語学習や教育の必要性が高まっている。そのため自治会が地元に子育て支援の設置を要望。平成16年度から、「子育て支援センター」が県営住宅の集会所に開設された。そこでは、外国人や日本人の子どもたちの宿題補習や日本語の補習を実施、さらに子育て中の父母相談などの窓口にもなり、対応を図ってきた。このセンターがきっかけで、不就学児が学校に行くようになるなど大きな成果を上げているが、利用者の増加によって、専用の施設が求められていた。平成18年4月、磐田市が、外国人への子育てや学習支援の新たな施設を「多文化交流センター」を東新町に開設した。県営住宅から始めた自治会の地道な活動が、磐田市を動かした成果である。鉄骨2階建て、延べ床面積150平方メートルと集会所の2倍の広さとなり、学習室や遊戯室などを備えて、機能性も大幅に向上した。


多文化共生社会への取り組み

 センター開設の翌月、地区の自治会が外国人住民と地元の日本人住民とのコミュニケーションを図るための「多文化共生地区懇談会」をこのセンターで開いた。ブラジル人住民からは、「ごみの分別方法がわからない」「言葉の壁が一番の問題」などの意見があった。一方、日本人住民からは、「ごみの分別など地域のルールをブラジル人同士の間でも広めてほしい」などの要望が出されている。ちなみに、市から、ごみを出す場合の基本ルールを図解したポルトガル語による資料が配布されている。
 多文化共生の取り組みは、どの自治会にとっても前例のない初めての経験であり、教科書というものがない。杉田さんは、「こうした取り組みは、生きた教料書づくりだ」と言う。そして、次の重要項目を挙げている。行政の対応を待つのではなく、地域で出来ることは地域で実践。そのためには、自治会長が一歩踏み出せるかどうかである。また、地域、行政、外国人、3者の共同対応も重要。そして、最初は、家族世帯と顔見知りになることにチャレンジして、顔の見える関係を作っていくことである、と結んでいる。
 6月の昼下がり、県営住宅で外国人親子を見かけた杉田さんは、即座にポルトガル語で挨拶を交わす。するとブラジル人のご婦人から、元気な挨拶が返って来た。顔の見える関係を築こうとする杉田さんや南御厨地区のチャレンジは、今まさに継続中である。