「まち むら」99号掲載
ル ポ

安全・安心を築くコミュニティ力
兵庫県神戸市須磨区・北須磨団地自治会
 安全で安心して暮らせる街にしたい、そんな思いがこれほど強い街があるだろうか。神戸市須磨区友が丘の北須磨団地は市中心部から西に車で30〜40分ほどの郊外にある。緑豊かな丘陵地に広がる住宅街だ。1997年、ある大事件が起きて以来10年、この街を注目してきた。酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)事件といえば思い出す人もいるかもしれない。小学生5人が酒鬼薔薇と名乗る14歳の中学生に襲われ、全国を驚かせた。住民にとってはつらく、思い出したくない過去だが、北須磨団地自治会は、事件をばねに住民同士が支え合うコミュニティ力を磨き、「安全・安心」の街づくりに挑戦し続けている。


子どもたちを守る

 北須磨団地は40年前に開発され、この周辺の開発団地と合わせ、須磨ニュータウンと呼ばれる。自治会資料によると、今年6月1日現在、2691世帯、市民5975人が暮らす。
 事件が起きたとき、評論家らからニュータウン特有の近所付き合いのなさや、整然とならんだ無機質な街並みが、犯罪を呼んだかのように指摘され、住民らは唇をかんだ。
 この街は「隣人が何をやっているかわからない」といった人間関係が希薄な街ではなかった。それだけに余計に悔しがった。北須磨団地は神戸市内に数あるニュータウンの中で、積極的な地域活動が評価される街だった。
 事件をきっかけに、住民主導の防犯活動はいっそう力が入り、今も月1回の防犯パトロールが続いている。
 事件の1年後、団地中央を貫く道路沿いに自治会が「友が丘防災・防犯センター」を設けた。赤色灯をつけた白壁の小さな2階建て。交番のように見えるが、警察官はおらず、中から子どもたちのにぎやかな声が響いてくる。子どもたちが下校の際に立ち寄り、勉強したり、遊んだり。ボランティアで常駐する元自治会役員が目を細め、子どもたちの声に耳を傾ける。センターは子どもたちの居場所であり、悩みを打ち明ける駆け込み寺でもある。


人と人結ぶふる里祭り

 コミユニティカが犯罪を防ぐ。近所同士で気心が知れた関係なら、街に入り込んだ不審者をあぶりだすことができる。災害が起きたときは、助け合いにつながる。1995年の阪神・淡路大震災で、助け合いが多くの命を救うことを市民は学んだ。
 コミユニティづくりのため、「音楽の夕べ」「夕日を楽しむつどい」など、自治会が中心になって数々のイベントを開催する。8月初旬にも「ふる里祭り盆踊り」が小学校グラウンドであった。中央に建てられたやぐらから四方にちょうちんの列が伸び、屋台が並ぶ。浴衣の子どもたちが音楽に合わせて踊る。毎年、この日に合わせて里帰りする家族も多く、数千人の笑顔でにぎわっていた。
 サークル活動も盛んで、自治会館は年間1万9000人の利用がある。また、近隣の小、中、高校はもちろん大学との交流を深める。縦と横の濃密な人間関係が街のセーフティーネット。過去10年で強盗は1件しか発生していない。


幼稚園から老人ホームまで

 この街の特徴は、開発の歴史抜きには語れない。兵庫労働金庫(現・近畿ろうきん)の創設15周年を記念した宅地開発事業として、兵庫県労働者住宅生活協同組合(住宅生協)が主体となって造成工事が始まり、労働者による自主的な地域社会の建設を目指した。
 1967年に入居開始。労働金庫への積み立てが住宅購入の条件でもあり、入居者は労働組合関係者が多かった。入居翌年、北須磨団地自治会が発足。労組役員経験者が混じり、自治会運営にその力を発揮した。
 当時は開発途上で建設の槌音が響き、商店すらなかった。最寄駅まで遠く、「陸の孤島」などと言われた。自治会は市バスの団地乗り入れを市に求め、住宅生協購買部がストアを開設。さらに多井畑小学校を移転誘致し、住宅生協が北須磨保育センターを設立した(後に社会福祉法人に移行)。センターは全国に先駆けて、幼児教育と保育事業を合わせた幼保一元化に取り組み、さらにその後、特別養護老人ホーム、障害者施設などを手がける。
 センターは、地域住民が主導する自主福祉運動実践の場として位置づけられ、住民が理事や評議員を務めるなど、自治会とは不可分の存在だ。自治会設立当初から33年間、会長を務めた石田一一(かずいち)さん(享年90歳)は「うちの街は、『ゆりかごから墓場まで』や」と、イギリスのかつての社会福祉政策を示す言葉を用いて、福祉の街づくりを熱っぽく語っていた。
 その言葉通り、76ヘクタール、人口約6000人の規模にもかかわらず、数々の施設が整う。ろうきんのある男性職員は「全国各地で住宅開発を行なったが、これほど成功した例はない」といい、3代目の自治会長となった西内勝太郎さんも「うちみたいな街はな、全国どこいってもないで」と自信に満ちた顔で言う。


在宅福祉を応援

 北須磨団地が掲げる「安全・安心」は防災、防犯だけでなく、安心して暮らせる福祉の街でもある。
 全国的にニュータウンの高齢化は著しく、北須磨団地も同様の傾向。60歳以上の人口構成比率は46.9%に達し、65歳以上は昨年同時期よりも2ポイント伸び、38.7%となった。
 街では「スクスク・いきいき・ピンピン」をキャッチフレーズに健康づくりや寝たきりの高齢者をつくらない運動に力を入れている。
 昨年5月には、社会福祉法人「北須磨保育センター」が、在宅福祉支援拠点「すこやか友が丘」を完成させた。デイサービスや小規模多機能型居宅介護事業所などを兼ねた施設だ。居宅介護事業とは、地域密着型の福祉サービスで、在宅介護を強化・支援するため、住み慣れた家での生活を継続できるように支援する。介護報酬の少ない軽度の利用者が多いため、全国的には設置数が伸び悩んでいるが、保育センターの多田信男事務長は「運営は(金銭的に)しんどいが、寝たきりを出さないために重要な施設」と強調。住民らが理事を務める社会福祉法人だからこそ、設置に踏み切れたのだろう。
 また、昨年のふる里祭りに、神戸大学一医学部保健学科の職員を招いたのがきっかけとなり、交流が始まった。同大が高齢住民のために、歩行支援プログラムをつくり、健康増進に役立てる。このプログラムで得られたデータを大学側が活用するといった具合に、お互いが手助けし合う。このほかにも、高齢者向けの体操講座が開かれ、その模様はケーブルテレビで放映されている。


40周年を祝う

 今年11月、北須磨団地が誕生して40年を迎える。これからどんな街にしていくのか。住民らが6回のワークショップを開催。今後、さらに住民意見を募り、街の新たな目標をつくっていく。自治会長の西内さんにこんな質問をしてみた。「地域活動って大変でしょう。嫌になりませんか」。答えはあっさり返ってきた。「みんなで一緒にやっているから疲れへん。やりがいがあるからな」