「私たちの生活学校」151号掲載
ル ポ

子どもに勉強教えて高齢者も脳の活性化
群馬県前橋市・駒形地区生活学校
 「オレには二百点くれ〜ッ」「名前が上手に書けるようになったらあげるよ。今日は百点ッ」と笑って大きな花マルをつける駒形地区生活学校(代表・松本雅子さん)のメンバー――。前橋市立駒形小学校(田村澄子校長、児童数三百九十七人)で行なわれている“寺子屋”での一こま。高齢者の脳の活性化と子どもたちの学習支援を兼ねた取り組みが六月から始まった。


生活学校の協力で市内のトップバッターに

 前橋市教育委員会が放課後の学習支援事業として今年度からスタートさせたのがこの「寺子屋」。子どもにとっては、「放課後の学習支援とボランティアと交流して豊かな人格の形成に」、高齢者にとっては、「ドリルで脳の健康増進。子どもと触れ合い楽しみながら子育てに貢献」がねらい。
 市内四十五校ある小学校のうち、今年度は、ボランティアの体制が整った十六校でスタートすることになった。皮切りとなったのが駒形小学校だ。申請を出したのは駒形小が一番遅かったそうだが、松本さんたち生活学校のメンバーがボランティアを買って出たので、最も早く体制が整い、トップバッターとなった。初日には地元報道機関なども取材に押し寄せ、華々しいスタートだったようだ。「初回は、子どもの数も多いし、お客さんもいっぱい。なにがなにやらわからずに、私たちも舞い上がってしまって、大変でしたよ」と松本さんは笑う。
 寺子屋の対象は一〜三年生。毎週月曜日と木曜日の午後二時から三時まで開かれる。毎回二十数名の子どもたちがやってくる。会場は「集いの木の部屋」。一回四〜五人のメンバーが担当する。


子どもと触れ合うことで自分も活気づいていると実感する

 最初は要領がわからなくて、ドリルの隅に小さく百点と書いていたら、教育長から「もっと大きく花マルを書いてあげないと」とアドバイスされたそうだ。大きく花マルを書いてあげると、子どもたちの喜びようが全然違うことを目の当たりにした。
 「こういうふうに子どもたちとつながりを持つことで、子どもたちだけでなく、私たちも活気づいていくんだということを実感しています」と松本さんは言う。家に閉じこもりがちな人もこういう場に出てみてはどうか? そのためにもこうした取り組みを各地の生活学校で増やしてみてはどうか? 「自分たちがやってみて元気が出てくるのがわかった。時間に余裕のある人を引っ張り出したいんです。そうすれば、その人も自分が変わっていくのを実感しますよ」と松本さん。
 「はい、先生できたヨ。あっ。先生じゃないや」と言えば、他の子が「先生でいいんだよ。おばさん先生だもん」「おばさん先生かい」と笑う生活学校のメンバー。
 「ちょっと、ちょっと、二から一を引いたら三かいな? おばさんの頭とちょっと違うなァ」
 もう何年も子どもたちとふれあうこともなかったので、最初はどう接したものか、皆目見当もつかなかったとメンバーは話しているが、教える側の笑顔と教わる側の笑顔を見ていると、子どもと接していなかった期間の長さは、子育ての経験があっという間に補ってくれると感じさせる。


子どもと触れ合うといっても最初の一歩がむずかしい…

 同生活学校では、当協会が進める安全なコミュニティづくりに取り組もうと、登下校時の見守り活動をやろうと話し合っていた。どうやって子どもたちとかかわるか具体的な計画を練ろうとしていた矢先、持ち込まれたのが寺子屋事業だった。寺子屋を通して子どもたちと関係ができれば、その後の取り組みも案外スムーズにいくのでは。寺子屋は、子どもとのつながりを求めていた同生活学校にとっても「渡りに船」のように好機だった。その好機を松本さんたちは確実に形にしていった、ということだろう。


もっと地域の人が子どもたちと触れ合う機会を!

「ドリルをやるということは、子どもたちにとっては勉強の補習になる。一方高齢者にとっては、脳の活性化になるという二つの点で効果的な取り組み」という生涯学習課の高橋悦史さんは、寺子屋の効果を次のように話してくれた。「そして、親でも先生でもない、おばさんが教えるというのがいいんですよ」とも。NPOなどによる取り組みはこれまでにもいくつかあるようだが、前橋市のように全市的な取り組みとしては、日本初。来年度は四十五校すべてに広げたいと高橋さんは言う。
 二〇〇七年問題と言われる、団塊の世代が一斉に定年を迎えるときを見越して、地域に受け皿をつくろうというねらいもあるようだ。
 最近では道を歩いていても、「寺子屋のおばちゃんだァ」と声をかけられるようになったし、そういう関係が築けていれば“寺子屋のおばちゃん”として、イタズラっ子も注意がしやすい。寺子屋の外でも子どもたちとの関係を深めていける。PTAなどを卒業してしまうと、学校を訪れる機会がめっきりなくなる。選挙と地区運動会くらいだろう。だからこそ、「もっと学校に足を向けられる機会をつくりたい」とメンバーは話す。そのきっかけとしても寺子屋はもってこいの企画だった。


始めたことに満足せずに、次なる展望

 「始めました、終わりました。では、意味がないです。次の人が続けられるように土台を作っていきたい。そのために、今後はリタイアした男性を巻き込みたい」これが松本さんたちの次なる目標。そのために自治会にも働きかけていくのだという。取材に訪れた日は、地元自治会の小森眞一自治会長が初めて寺子屋で子どもたちにドリルを教えていた。「採点をしながら一人ひとりに一言ずつ言葉を書いてあげたよ。そうすれば、親御さんも寺子屋でどんなふうにやっているか、わかるでしょ」と小森会長。「これから自治会に協力してもらって、男性にも入ってもらいたいとお願いするときに、会長さんに体験してもらえたことは大きな力になるはず」と松本さん。
 この日、松本さんは田村校長先生に切り出した。「ドリルばかりだと子どもたちも飽きてしまうんじゃないかと思います。紙芝居を子どもたちと一緒に作って演じてみたい。それから、県では食育カルタというのを用意しています。そういうのもやってはどう?」「それはぜひやりましょう。子どもたちの食べ物はものすごく偏っています。修学旅行に行ったら、朝食のバイキングで、フライドポテトばかり山盛りで食べる子がいたりする」。
 今後について松本さんは次のように話す。「レールは敷いたけど、後が続かない、ということにならないように、継続するために、地域の人の参加を呼びかけたい。まずは、皆さんに寺子屋でどんなことをやっているのか知ってもらいたい。この取り組みを生活学校だけの取り組みに終わらせたくない」。